それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
イベントはE-4-3の装甲破壊ギミックがようやく終った所です。Wマスの警戒陣は許されないと思うんだ……。
2018年大晦日の夕方。世間一般が去る年に思いを馳せながら過ごすような日。自衛隊を始め、深海棲艦と戦う者たちも、同様と言う訳ではない。深海棲艦は年末だからと言って攻撃を辞めるはずもない。そして当然、深海棲艦との戦いの最前線を務める各鎮守府も通常営業が行われている。
とはいえ、このハレの日であっても日常と変わらないのも、艦娘の精神面においてよろしいはずもない。そのため担当海域が一定レベルで安定している鎮守府では、業務はある程度その量を減らすなどの措置が取られる場合が多かったりする。
伊豆諸島鎮守府もその一つだ。パトロールや迎撃に出ている艦娘を除き、鎮守府内では艦娘たちがお節料理の調理に追われたり、自室を掃除したり、のんびりとしていたりと、各々が思い思いに過ごしている。
そんな鎮守府の一角、秋山の私室に秋山と北上の姿があった。
「あー、やっぱりコタツはいいねー」
鎮守府のトップの私室にしてはこじんまりとした部屋の真ん中に置かれたコタツに入りつつ、ミカンを摘まむ北上。そんな様子に同様にコタツにいる秋山は、何処か呆れたようにツッコミを入れる。
「『ここは本土より温かいから、コタツは要らないんじゃない?』とか、言ってた艦娘の言葉とは思えないな」
「それはそれ、これはこれ。やっぱコタツがあったら入りたいじゃん」
「まあ分かるけどさ」
「でしょ? それにここなら、ミカンとか食べ放題だし」
「それ、俺が買った奴なんだが……。てか、今日非番だろ。ここに居ていいのか?」
「良いの良いの、大掃除も終わって暇だったし」
「……まあ、今日の秘書艦は大井だから大丈夫か」
ここは秋山の私室であるが、私室であっても諸々の事情により秋山が一人になれる時間は無く、秋山の側には艦娘の誰かがいる。その役割は基本的にその日の秘書官が担当する事になっているのだが、プライベートで彼の私室に遊びに来る艦娘もいる。北上もそのタイプなのだ。
「そういえば、大井っちはどうしたの?」
「厨房に行って餅を焼いてる」
「あー、提督の実家から種もみと一緒に送られて来た奴?」
「そうそう、自家製の奴」
「良いねぇ。……ところで種もみが来たって事は、来年から稲作始めるの?」
「当然。そのためにわざわざ本土まで行って来たんだ」
「よくやるねぇ」
秋山による「食料自給令」をフル活用して行おうとしていた米作りだが、横須賀地方隊の担当者を唖然とさせつつも、その余りの荒唐無稽さに却下されそうになった。だがこの事態に、発起人である秋山と何だかんだで秋山と同意見の叢雲、更に鎮守府の食糧管理を一手に担い同時に何かと管理に苦労している間宮が、横須賀基地にまで直接乗り込んで交渉を開始。担当者との戦い――各種データに基づいた説得、農業従事者視点による各種工程の説明、更には軍令の適用範囲の解釈について等々、テーブル上での戦いが行われていた――の末に、伊豆諸島鎮守府は、当初よりも規模が小さくなったものの、見事に米作りの許可を獲得していた。
「……まあ、米作りの代償はそれなりにあったけど」
「んー、私的には、代償の方が嬉しいかな」
「野菜はともかく、俺も流石に果物系は作った事は無いからな? 上手くできるかは分からないぞ?」
米作りの許可の代わりに課せられた仕事。それは何と、園芸作物やアシタバ、パッションフルーツ、マンゴーと言った、元々伊豆諸島で作られていた作物の栽培であったのだ。この事を知った伊豆諸島鎮守府の艦娘たちは、大いに喜んでいた。
「本土に送る分はともかく、形が悪いやつとかはウチで食べていいんでしょ? 良いじゃん。皆喜んでたよ?」
「これの背景を考えると、下手なモノは作れないんだよ」
「あー、国民にアピールする、だっけ?」
このような事になった背景には、やはり自衛隊上層部に残るトラウマによるものだ。
近年での災害支援での活動や深海棲艦との戦いにより、国内の自衛隊の地位はかつてよりも確実に上昇している。
だが自衛隊や防衛省上層部の面々は、今の自衛隊の地位に慢心してはいなかった。何かと世間が軍を軽視どころか敵視していた頃の事を、彼らは経験しているのだ。そんな苦い経験があるからこそ、彼らは国民から好意的に見られる様になったとは言え、それに胡坐をかき、そして増長してしまえば、またかつての環境に逆戻りしてしまいかねないと考えていた。
そのため防衛省は、深海棲艦との戦いという緊急事態であるにも関わらず、ある程度民間と協力して、自衛隊を国民にアピールしているのだ。
「今回の場合はどちらかと言うと、民間協力事業って事で無理矢理美談を作ろうってやつだけどな」
伊豆諸島鎮守府による各種作物の少数生産もそのアピールの一つだ。艦娘出現前、激化する深海棲艦との戦いから、国民保護の観点により日本政府は離島の住民を強制的に本土に移住させていた。
対象となった住民たちには、政府により給付や職業の斡旋などサポートは行われてはいるものの、慣れない土地という事もあり、未だに新生活に苦労する者や多いし、元の島に戻りたいと願う者もまた多い。また新天地に移住したために、移住前にあった風俗や地域文化が散逸しているケースが散見していた。過去の例で言えば「アイヌ民族が日本人と同化していった結果、アイヌ文化が散逸してしまった」事と似たケースである。そしてこの問題は、伊豆諸島の元住民の間でも例外ではなかった。
その様な元伊豆諸島の住民の問題に、横須賀地方隊は目を付けた。
「新天地で苦労している元伊豆諸島の住民のために、伊豆諸島で作られた作物を贈呈する。これは絵になるんじゃないか?」
発想がいささか陳腐ではあるが、「新天地で苦労する元住民を思いやる自衛隊」という構図は、元住民だけでなく全ての日本国民へのアピールになる事には変わりはない。しかも今回の場合、彼の地の提督は元農業従事者であり、作物の生産は十分であると判断されたのだ。
このような政治的思惑に、伊豆諸島鎮守府は巻き込まれる事となったのだ。もっともこの思惑に秋山が全面的に乗ったお蔭で、稲作の許可だけでなく、各種肥料や農薬、いくらかの農業機械の導入に繋がったのだから、痛しかゆしであるのだが。
また伊豆諸島鎮守府で作る事になったものは、野菜や果物だけではない。伊豆諸島で作られていた、ある伝統食品も作る事になったのだが――こちらは別の方向で問題になる事が確定していた。
「でも美談のために、鎮守府が臭くなるのはちょっと」
「……いや、まあ俺もそう思うんだけどな」
二人そろって深々とため息を吐く。伊豆諸島の特産品であるくさやの少数製造も任されたのだ。世界で5番目に臭い食品である「くさや」を、である。幾ら鎮守府業務の一環であるとはいえ、艦娘たちから苦情が出る事はほぼ確実であった。
「……そこは臭いが外に漏れないように明石と相談しておく」
「そうだね。あ、テレビ付けて良い?」
「ああ。チャンネルは好きにして良い」
「んー」
北上がリモコンを操作して、部屋に備え付けられているテレビを点け、チャンネルを回していく。暫しの間、画面に年末の定番になった格闘技の試合やバラエティ番組など、次々と映し出されていく。
「んー、これで良いか」
呟きと共に、目まぐるしく移っていたテレビ画面が固定される。そこには年末恒例の某歌番組があった。
「ああ、これか」
「私、演歌とか好きなんだよね」
「へえ」
そんなやり取りをしつつ、二人して長い歴史を持つ歌番組をぼんやりと眺め始める。
「そういえばさー」
「ん?」
「ウチの他にも民間協力事業とかやってる鎮守府ってあんの?」
「あるぞ」
「あ、そうなの?」
「山下提督の所。元々漁師だったって事で、地元の漁協と協力して漁の護衛をしてるんだ」
「あー。どこも大変だねー」
民間協力事業で鎮守府が関わる場合は、秋山や山下の様に、提督の前職業を生かしている場合が多かった。更に防衛省は様々な分野で民間協力事業を薦めようとしている事から、協力事業に関わっている鎮守府は少なくない。なお事業に協力した場合、一定の対価や優遇等を得られる事から、各鎮守府としてもある種のボーナスとして認識されている。
二人がとりとめのない雑談をしている間にも流れていた歌が終わり、司会の姿が映し出された。
『本日は何と、彼女たちが特別ゲストとしていらしています!』
「じゃあさー」
オーバーリアクションの司会を眺めつつ、北上は呟いた。
「これも民間協力事業って事?」
『今日のために特別に結成されたアイドルユニット、NAKA48の皆さんです!』
彼女の呟きと共に、テレビの画面に軽巡艦娘の那珂「たち」が登場した。その数実にユニット名そのままに48名。
『皆ありがとー!』
画面の中の那珂たちが観客の歓声の仲、歌とダンスを披露し始めた。そんな光景を、秋山と北上は眺めている。
「民間協力事業らしいぞ?」
「マジで?」
「マジ。何でも番組プロデューサーが防衛省に持ち掛けたらしい」
「へー。このアイドルユニットなら、アイドルに興味ない人でも直ぐに覚えられそう」
「そうだな。一人分の名前と顔を覚えたら、全員分覚えた事になるから、滅茶苦茶楽だぞ」
「ねー。ところでさ、なんで那珂ちゃんオンリーなのさ?」
「さあ? プロデューサーの悪乗りじゃね?」
「かもねぇ」
実際の発起人は悪乗りした防衛省担当者であり、それに乗る形で番組プロデューサーが各鎮守府の那珂を選考しアイドルユニット「NAKA48」を作ったのだが、そんな事情など二人とも知る由は無い。
「……で、ウチの那珂は?」
「那珂ちゃんなら大量の弾薬と標的を持って、演習場に行ったよ」
「流石にこの映像は見たくはないか」
「通知貰った時、暫く部屋に引きこもってたからね」
「……まあ、暫くしたら帰って来るだろ」
「そうだね」
そんな気の抜けた雑談が交わされつつも、伊豆諸島鎮守府の夜は更けていった。
紅白で那珂ちゃんたちを歌わせるにはどうすれば良いか考えてらた、なんか変な国家事業が生えて来た。今の所後悔はしていない。