それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
イベントは未だにラスダン中。6択はキツイね。
2022年夏のとある昼下がりの防衛省の大臣執務室。その特殊性により現代日本において防衛大臣職に最も適性があると評されている坂田防衛大臣は、相も変わらず執務机に山になっている書類と格闘していた。最近は太平洋方面からの深海棲艦の攻勢もある程度落ち着き戦線が安定しており、忙しさと言う面では大分落ち着いているのだが、今は戦時中だ。当然の事であるが平時のそれよりも捌かなければならない事案は多い。書類が積み重なるのは当然の事であった。
「提督、失礼します」
そんな坂田の元に、秘書艦の大淀がやって来た。彼は手を止めずに、顔を上げる。
「どうしました?」
「お茶をお持ちしました。少し早いですが甘いお菓子と一緒にお召し上がりください」
「ありがとうございます。ではいつもの所に置いておいて下さい。成る程、餡だんごですか」
「はい。丁度作り立てだったので、買ってきました」
「ふむ……」
笑顔を見せる大淀。しかし坂田の顔は晴れない。彼女が坂田の好物を買ってきた場合、決まって厄介ごとを持ってくるパターンなのだ。
「今回は何がありましたか? 陸? 海? 空? それとも私の所の艦娘たちが?」
「落ち着いて下さい、重大案件ではありません」
「そうですか。で、答えは?」
「今回は陸からです。こちらを」
坂田は大淀が抱えていた書類を受け取ると、手早く一通り目を通す。そして暫し後、小さくため息を吐いた。
「……嘆願書ですか」
「陸自戦力の規模縮小に対する抗議でした」
「主導した私が言うのも変ですが、気持ちは分かりますがね」
2020年に制定された防衛大綱では、海自戦力の大幅増強が目玉となっているが、その煽りを大きく受ける形になったのが陸上自衛隊なのだ。地対空、地対艦ミサイル連隊の増強、地対艦レールガンの開発など戦力強化こそ図られているものの、深海棲艦との戦いが始まって以来、大幅に増設されていた師団及び旅団が大量に解体される事が決定されていたのだ。
とはいえ事情があるとはいえ、大幅に部隊が削られるのは、当事者からすれば堪ったものではないのもまた事実だった。
「嘆願書は各師団、旅団の連名ですが、その名前はどれも削減予定の部隊ばかりでした。どうも今のポストを失いたくないようですね」
「ここまで大幅削減となると、人事にも影響は出ますからね。とは言え、彼らが表看板として掲げている提言も間違っていないのも厄介ですが」
アメリカの事例を見ても、陸自が活躍する状況はそれ即ち追い詰められた末期戦であるので、その点を考えれば増えすぎた陸自の師団を削るのはアリなのだろうが、だからと言って、削り過ぎれば国防に影響が出る事もまた事実だった。実際、陸自戦力の大幅削減には、国民も疑問視している。
とはいえ、
「では、この嘆願を受け入れると?」
「それこそまさかですよ」
坂田は彼らの願いを聞き入れるつもりは無かった。いや、正確には聞き入れたくても、今の日本の状況がそれを許さないのだ。
その原因は、ある意味で全軍事組織の天敵といっても過言ではない「予算」の面もとても大きいが、今回の場合、陸自部隊削減には他にも要因があった。
「経産省を始め、様々な方面から自衛隊に取られていた人員を民間に戻す事を求められていますからね。戦時中とは言え、彼らの言葉を無視は出来ませんでした」
「マンパワー不足ですか」
「ええ、日本の人口は増えていないにも関わらず、台湾、フィリピンと広大な領土を得る事になったのです。それらを活用するためにも、マンパワーが必要になりますからね」
急拡大した領土の活用のためにも、民間に広く募集を掛けているものの、必要とされる人員の確保は大いに苦労しているのが現状である。また同時に、現在の日本は対深海棲艦戦のために行われている徴兵制により、自衛隊に若い人間をとられているために、市場の規模縮小や労働力不足に陥っている。
これらの解消のために、経産省を始めとした各省庁だけでなく、経済界からも自衛隊に取られていた人員を民間に戻すように、強く要請していたのだ。先の陸自部隊削減は、彼らへの返答の側面もあった。
「しかし、深海棲艦の脅威は去った訳ではありませんし、ここまで大幅な部隊削減は問題では? 民間でも今回の件については、不安視しているようですし」
「それは分かっています。正直な所、あそこまで部隊を減らしたくは無かったですし。しかし今回の場合、日本が艦娘大国である事が話をややこしくしてしまいました」
「……艦娘大国だからこそ、深海棲艦と戦うための戦力は十分あり、その分人間の軍隊の出番は少ない。ならば余剰となった人員を民間に戻しても問題は無い。こんな感じですか?」
「全くその通りです。艦娘という安く強力な戦力が大量に得られる環境にあるからこそ、出てきた思想なのでしょうね」
国防を担う側からすれば噴飯物であるが、国全体の視点から見れば、自衛隊ばかりに人員を集中させるのもまた問題なのだ。軍が筋肉であるならば、経済は血液だ。幾ら筋肉があっても、血液が足りなければ直ぐに動けなくなってしまう。ましてや今は艦娘という武器が手に入ったのだ。多少筋肉を落として、血液を増やしても問題は無かった。
「それで、経産省や財界の反応は?」
「概ね歓迎ムードですね。お蔭で今は圧力が収まっています」
「ならこれで、人員問題は解決出来たという事でしょうか?」
「残念ながら、そう上手くは行かないでしょう。時間が経てば、また騒ぎ始めます。経産省や財界の本音は、自衛隊を志願制に戻す事が最終目標なのですから」
「今は選抜徴兵制ですよね? 志願制に戻して、人員は足りるのですか?」
「当然、足りません。それは陸海空共に共通していますよ。よっぽどの事が無い限り、選抜徴兵制だけは死守です」
「ですよね」
特に海自は今後新規護衛艦や空母の建造も控えている。勿論、システム周りを工夫して省力化を目指しているものの、それでも相応の人員は必要になるのだ。質はともかく、一定数の人員を確保できる選抜徴兵制を維持したいのが、防衛省の本音だった。
「勝算はありますか?」
「……芳しくありませんね。何せ選抜徴兵制を望んでいるのは我々防衛省だけですから、防戦一方になるでしょう。選抜の基準も押し上げられる事も覚悟するべきです」
「……ままなりませんね」
「全くです」
二人は揃ってため息を吐いた。
日本の軍事トップがため息を吐いている同時刻、大阪のとあるビルの一室では、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
「おい、宇津田さんが乱心したぞ!?」
「取り押さえろ!」
錯乱し奇声を上げて暴れ回る次世代AI研究プロジェクトの宇津田主任の姿があった。
「うがあああああああああああああああ!」
「って、力強っ!?」
「ガリッガリなのに、抑えきれないだと!?」
「あああああああああああああああああああああああ!」
他の研究者たちが取り押さえようとするも、それを細身の身体からは考えられない程のパワーで振り払い、暴走する宇津田。
だが、そんな彼を許さない存在もすぐそばにいた。
バタンと扉が勢いよく開くと共に、恰幅の良い男が飛び込み、
「うるせええええええええええええええええええええっ!」
「ぶふっ!」
お隣の次世代義肢開発プロジェクト研究室の主任である内藤が、見事なラリアットで宇津田を床に沈めた。
「折角人が気持ちよく寝てたのに、何奇声挙げてんじゃあ!?」
「ちょっ、追撃のチキンロック止めて!?」
「知るかああああああああああ!」
制止を無視して、内藤は宇津田に関節技を決める。そんな光景に周囲の研究員は止めるどころか、騒ぎが収まったかの様に自分の仕事に戻っていく。この研究所ではもう見慣れたものであるのだ。
「またやってるのか、君たちは」
そんな二人が暴れている――今や暴れているのは一人だが――研究室に、この場には似つかわしくないスーツ姿の中肉中背の男が顔を出した。
「ああ初盆さん。久しぶり」
「久しぶり内藤君。……宇津田君も」
「あの初盆、内藤止めてくんね?」
「いや、今の時点で徹底的にやらないと、また暴れるでしょ。と言う訳で、内藤君よろしく」
「任せろ」
「ちょ、逆エビやめろぉおおおああああああああ!」
暫しの間、宇津田の悲鳴が辺りに響き渡った。約10分後、3人の姿は研究所隅の応接スペースにあった。
「で、文科省の官僚様がこんな場末に何の用だよ」
「ねえ、もうちょっと歓迎してもらっても良いんじゃないかな?」
「ちゃんと茶は出したし良いじゃん」
「いや、それ社会人として最低限のやつだからね?」
「社会人なら、事前にちゃんとアポ取れよ。社会人なってねーぞ」
「これでも君たちの協力者なんだけど……?」
色々と失礼な科学者二人に、頭痛を覚える初盆。
彼らとのやり取りから分かる様に、初盆は文部科学省の官僚、それも次世代AI研究プロジェクトと次世代義肢開発プロジェクトの創設に深く関わっている官僚だ。そして同時に両プロジェクトの裏の目的、メイドロボ作成に賛同する協力者でもあった。
「まあいいや、本題に入るよ。とはいっても、別に大した用事じゃない。精々ちょっとした視察さ」
「その視察のために、わざわざ東京から大阪まで来たのかよ。官僚ってのは随分暇なんだな」
「出張のついでさ。本命の仕事が意外と早く終わったから、ここに寄ったんだ」
「ふーん」
つまらなそうに茶を啜る宇津田。そんな彼に初盆は眉を顰める。
「話聞いてた? これ一応視察なんだけど?」
「視察っつーても、仕事はちゃんとしてるから、やましい事なんてねーぞ?」
「メイドロボの研究はしてるけどね。でも実際、表向きの研究が滞っている訳でもないし、自研にも報告書を上げてあるけど?」
メイドロボ作成という色々と残念な真の目的があるものの、宇津田も内藤も表向きの研究に手を抜く事は無かった。彼らとしても真の目的の研究にかまけて、資金と場所を提供してくれる国家と言う強力なパトロンを逃すつもりはないのだ。
首を傾げる二人に、初盆も小さく頷く。
「うん、そっちは僕も把握している」
「じゃあなんだよ」
「僕が気にしてるのは裏の方。で、どうなのさ」
「あー、そっちかぁ」
「って事は、もしかして」
「うっ……。うお――」
「次暴れたら、パイルバンカーな」
「はい」
内藤の脅しに、一気に平静を取り戻す宇津田。ともかく二人の様子で、初盆は大体の事を察した。
「僕としてもいち早く完成する事を望んでるけど、やっぱり難航してる?」
「ぶっちゃけ、その通り」
「だよねー」
内藤と初盆は肩を落とした。そんな二人に宇津田が口を挟んだ。
「おいおい内藤。もうちょっと正確に説明しろよ」
「ああ、ゴメンゴメン」
「うん? どういう事?」
首を傾げる初盆。そんな彼に内藤は口を開いた。
「難航してるって言ったけど、正確には違う。AIもボディも研究自体は進んでる」
「? じゃあどうして難航なんて言ったんだい?」
「確かに研究は進んでいるんだけど、今の研究速度じゃ、メイドロボを作るまでに滅茶苦茶時間が掛かるんだ。それこそ完成するまでに最短でも30年は掛かる」
「げ……。それじゃあ僕らおじいちゃんになってるじゃないか」
メイドロボ作成はいわば現場の科学者たちによる、個人的な研究なのだ。表立って国からの支援を受けられない以上、研究速度はとても速いとは言えない。表の研究により得られた技術がメイドロボ作成に役立つのは確実ではある物の、それを考慮しても完成までには長い時間が掛かる事が予想されていた。
「……ついでに、俺がついさっき気付いた事も教えてやるよ」
「もしかして、さっき発狂してた原因?」
「てっきりいつもの発作かと」
「うっせ。……結論を先に言うぞ。仮にメイドロボか完成したとしても、それだけじゃ俺たちがメイドロボを手に入れる事は出来ねぇ」
「どう言う事?」
初盆の問い掛けに、皮肉気に笑う宇津田。
「メイドロボが完成したとしても、それまでに掛かる開発費を回収しなけりゃいけねえ。だからメイドロボを量産して売り出さなきゃならねぇんだが――、ぶっちゃけ需要が限られてやがる」
「そう言えばそうだな。工場とか建設現場とかなら、それ専用の機械の方がよっぽど効率が良いし」
「オフィス系もわざわざ人型にする必要はないね。需要があるとすれば接客業? でも、それなら一定の需要があるはずじゃ?」
「……仮に開発期間が30年とすれば、開発費も滅茶苦茶高くなる。そうなれば当然、メイドロボの単価も高くなる。俺の推測じゃあ、最初期のメイドロボの価格は下手すりゃ億に届く」
「……普通に人間を雇った方が安いな」
「そう言うこった。こんなんじゃ量産効果が出ず、結局買えるのはよっぽど物好きな金持ち位になる。当然、俺たちの様なメイドロボを待ち望んでいた人間が、手を出せる代物じゃなくなっちまう」
「……このままじゃ完成まで時間が掛かる上に、出来たとしても高すぎて手を出せない、かぁ」
重苦しい沈黙が辺りを包み込む。研究の先が自分達にとって明るい物ではないのだから、仕方のない事でもあった。
「ちなみに解決方法は?」
「大量生産出来れば量産効果で安くなるが、需要が限られる以上、その手は使えん。手っ取り早いのは研究速度を上げて早期にメイドロボを完成させる事だ。そうすりゃ、最初期こそお高いだろうが、時間が経てば安くなるだろうよ。そのうち自動車並の値段になるだろうな」
「パソコンみたいなものか」
「そう言うこった。だがこれをするには、難関がある」
「資金と人手?」
「ああ。研究速度を上げるにはこれしかない。……でだ」
「そこの所、どうなの初盆さん」
科学者二人の視線の先に居る官僚は、暫し考えた後、結論を下す。
「……無理があるね」
「やっぱり?」
「僕を始め裏の目的を知ってる官僚たちが頑張ったからこそ、現状、表向きの目的だけなら、資金も人でも十分に揃っているんだ。逆に言えば、現状ではこれ以上テコ入れする事は難しい」
「……」
ため息を吐く3人。八方塞がりだった。
「取りあえず、僕も帰ったら仲間に相談してみるよ。もしかしたら他に手があるかもしれないし」
「頼む」
「ところで宇津田君。例の件用の人材の選出はどうなってるの?」
「あ? ……あー、あれか」
「……もしかして忘れてたの? しっかりしてよ」
「わりぃわりぃ」
二人のやり取りに、内藤が首を傾げた。
「何かあるの?」
「内藤君も防衛省が空母を作ろうとしているのは、知ってるでしょ。どうも空母の省力化システムの構築が上手く行っていないらしくて、文科省に助けを求めてきたんだよ」
「それで宇津田の所に声を掛けたって事は、AI関係?」
「そ。どうやら省力化にAIを使いたいらしい。どう使うかは僕もよく知らないけどね」
「ふーん。で、宇津田は乗り気じゃないと」
「いや興味ない」
「知ってた」
「んじゃ、適当な奴を出向させて――ん? 省力化?」
その時、宇津田の頭に「省力化」のワードが引っかかり、そして一気に思考が高速で回転する。そして暫しの思案の後、宇津田は再び口を開いた。
「なあ初盆。省力化システムが必要って事は、要するに海自は人員不足って事なんだよな?」
「そうだね。因みに陸自も人員不足に苦しんでるみたい」
「尚更結構。でよぉ、軍艦、いや兵器ってのは、人が使う様に最適化されてるんだよな?」
「当然だね」
「後は今の日本ってのは軍事に結構金掛けてるんだったか?」
「戦時中だからね。平時よりは多いよ」
「よーしよし」
「あ、僕も分かった」
初盆の説明を聞いた宇津田、そして今のやり取りで彼の考えを察した内藤は、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「へへ、あるじゃねーか。金も需要も」
「海は微妙かもしれないけど、陸なら食いつくな。部隊削減に反対してるって聞いた事あるし」
「あの、君たち?」
「行くぞ内藤。あと初盆も来い」
「おう」
「えっ? いや何処に?」
席を立ち手早く旅支度を始める科学者二人。そんな様子に初盆は付いていけず、戸惑いつつも声を掛けた。
「あん? そんなん決まってるだろ」
「防衛省だ」
「えっ」
数刻後、新幹線の中で書き上げた「アンドロイド兵計画」の考案書を手に、宇津田、内藤、初盆の三人が防衛省に殴り込み、強引にプレゼンを開始。
防衛大臣とその秘書が余りにぶっ飛んだ計画に頭痛を覚えたりしたものの、金を掛けるだけで部隊を増やせるという下りに陸自が食いつき、次いで大量生産すれば量産効果で調達価格が安くなる上に、アンドロイド故に遺族年金も不要であるため、総合的に普通の兵士より維持費が安くなる(かもしれない)とのセールスで財務担当が食いつき、場は混沌と化したと言う。
――そして数か月後、防衛省と文科省の合同事業での新たなプロジェクト「機人計画」が発足した。そしてその主要メンバーには、宇津田と内藤の姿があった。
正直、内藤の口調をAAに寄せたくて仕方なかった。