それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
なお今回は結構短いです。そして誤字修正ありがとうございます。
2022年8月、日本海のロシアの排他的経済水域内に存在するとある小島。ロシア海軍の演習場ではあるものの、海洋にあってアクセスが悪い上に別にそこにしかない訓練施設がある訳でもないため普段ならば無人になっているこの島だが、今日は打って変わって大変な賑わいを見せていた。
「目標上空の航空優勢の確保に成功」
「了解した。艦娘部隊は上陸を開始せよ」
沿岸には多数の艦娘たちの姿が見え、その上空には航空優勢の確保の為に出撃した艦娘用の航空機の姿もあった。
その規模はロシアの一鎮守府の戦力以上であり、場所の事もあり、多少事情を知る者が見ればこの訓練がロシア太平洋艦隊が主催したものである事が予想出来るだろう。事実、演習場から離れた海域には太平洋艦隊所属の2隻の艦艇の姿があり、今回の演習への力の入れようが解る。
とはいえ大規模訓自体はロシア特有の物ではない。艦娘保有国であれば頻度はともかく定期的に行われている様な代物だ。
しかし今回の訓練は、これまでの大規模訓とはいささか毛色が違っていた。
「ロシア艦娘部隊に合わせて、上陸を開始せよ」
「了解」
ロシア海軍の艦娘たちの動きに連携するように、日本系の艦娘たちが演習場である小島に上陸しているのだ。また海上に目を向ければ、ロシア太平洋艦隊の艦艇群の隣に海上自衛隊の艦艇群の姿がある。
「露日特別演習」。それが今回行われている演習の名称だった。
そんな大規模演習をロシア太平洋艦隊旗艦、スラヴァ級ミサイル巡洋艦ヴァリャークの艦橋から、初老の男――露日特別演習派遣部隊の指揮官であるトルストイ大佐は若干険し気に眺めていた。
「流石海軍国。やはり精強だな……」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。その中には多分に悔しさが滲み出ている。
今のロシア海軍は、確実に強くなっている。艦娘出現前に大幅に数を減らしていた艦艇の数も回復してきているし、艦娘戦力もロシア系艦娘だけでなくアメリカ系艦娘を手に入れられたため、一気に戦力が増強出来た。以前は広大な自国領海の防衛に常に悲鳴を上げていて、時には日本に領海の防衛を手伝ってもらった事すらあったが、もはやその様な事は起こりえない、との声が海軍内で上がる程だ。
そんな精強になったロシア海軍だからこそ、トルストイも自信を持って今回の日本との合同訓練に臨んでいた。
だがそんな自信は海の向こうの島国から来た海軍によって、揺らいでしまった。
「……日本には幾度も外征の経験があるんだったな。当然と言えば当然か」
演習で見せた海上自衛隊の艦娘たちの動きは洗練されていた。大規模な艦娘部隊による艦隊行動、既存艦艇との連携、敵拠点への上陸。その全てを日本は幾度も実戦で経験しているのだ。基本的にロシア領域内で防衛戦に徹していたロシアの艦娘部隊と比べて、動きが良いのは当然だった。分かってはいた事だが、上には上がいるのだ。
「こうして見ていると、一部に蔓延し始めているという日本脅威論も、あながち間違いじゃないな……」
色々と苦労している日本政府及び自衛隊関係者が聞けば噴飯物ではあるが、2022年時点のロシア軍上層部、政府主要人物の一部からは、日本が自国の脅威となる国であると目され始めていた。
「経済力も軍事力も勝っている国がすぐ隣にいるんだぞ。脅威以外の何者でもない!」
日本脅威論者はそう言って憚らないが、彼らの言っている事も説得力があった。
まず経済力だが、かなりの差がある。GDPのランキングだが、日本は1位の経済大国だ。もっとも戦前まで1位2位にあったアメリカと中国が崩壊したため、なし崩し的に今の順位になったのだが、その経済力は世界一位に相応しいレベルにある。
対するロシアはヨーロッパや日本への資源輸出で経済力が成長しているとは言え、未だに6位。経済力で日本に勝つのはまず不可能だった。
そうなると頼りになるのが軍事力なのだが、こちらも様々な要因が重なったせいで、ロシアの総合的な軍事力は日本に負けているとするのが、今のロシア軍内では一般的だ。
今の時代軍事力を語るには海軍戦力が重視されているのだが、その海軍戦力が日本に圧倒的大差で負けているのだ。
通常艦艇だけでもイージス艦やミニイージス艦が複数ある上に、空母戦力も原子力空母1、軽空母1を保持している。ロシア海軍もそれなりに艦艇は残っているし、空母戦力としてアドミラル・クズネツォフもあるが、その艦艇数は日本に負けている。
だがこの程度はまだ些細な問題だ。一番の差はやはり艦娘戦力である。
「我が祖国はアメリカ系艦娘を入手出来たが、それは日本も同じだ。そうなると戦力差を決めるのは、自国が元から保持していた艦娘戦力。……まず勝てんな」
日本系艦娘のラインナップを思い出し、トルストイは深くため息を吐いた。
ロシア系艦娘が特別貧弱と言う訳ではない。ロシア系はそこそこの数の艦娘がいるし、弩級とはいえ戦艦艦娘も複数存在している。そのため世界的に見ればロシアは艦娘中堅国と分類されている。
だが今回相対する日本の保有する艦娘たちは、ロシアのそれを圧倒的に上回っているのだ。主力も補助艦艇も量、スペック共に日本の方が上であるし、そもそもロシア系にはない空母艦娘を多数保有している。艦娘大国は伊達ではない。
つまりロシア海軍は通常艦艇でも艦娘戦力でも負けているのだ。仮に日本と戦う事になった場合、緒戦で確実に行われる海戦では、ロシア海軍はなす術も無く敗北する事になるだろう。
「制海権を取った日本は、ロシア各地に揚陸を開始する。そこからはロシア陸軍の出番だが……」
陸軍戦力だが、こちらはロシアが圧倒している。元々ロシアは陸軍国であるため陸軍は規模が大きく、質も高い。日本も陸上戦力の質は高いとされているが、数の面ではロシアにまず叶わない。そもそも日本は2020年の防衛大綱によって戦時中にも関わらず陸上戦力を減らしているのだ。普通の陸上戦なら余裕で勝てるだろう。
そう、「普通」の陸戦ならば。
陸戦においても、ネックになるのはやっぱり艦娘戦力だった。何せ艦娘は陸上であっても、その火力と防御力を保持したまま活動出来るのだ。軍艦の能力を持った人型を相手に陸上戦力で対抗するのは困難である事は、アメリカでの事例で判明している。当然そんな艦娘を相手にするには、こちらも艦娘戦力をぶつけるのが良いのだろうが――彼我の戦力を比較して、敗北は必至である。
上陸した日本軍が艦娘戦力を前面に押し出しながら、ロシアの大地を切り取っていくのが目に見える。
「……勝てるのは空軍位か」
非常に幸いな事であるが、空軍戦力の面ならば日本に勝てる。数は日本に上回っているし、第5世代機もそれなりの数を揃えているのだ。もっとも日本側も第5世代機を多数保有しているので、苦戦は必至だあるが。また現代戦闘機が艦娘に対して優位であると言っても、その攻撃力は艦娘を撃破出来る程ではない。対日戦で最も厄介な艦娘戦力を撃ち滅ぼす事はまず不可能だろう。
つまり陸海空で総合的に見ると、まともにぶつかっても日本には勝てないのだ。
「ならば通常でない戦力、核戦力を使えば良い」
こんな状況だからこそ、このような声が上がるのは当然だった。
核兵器は確かに深海棲艦には役立たずであるが、人類に対しては有効である事には変わらない。実際、ロシアも対深海棲艦のために各弾頭の数を大幅に減らしてはいるが、外交のために完全放棄まではしていないのだ。
外交関係を完全に無視して全力で核を使えば、例え日本と戦争になっても撃ち滅ぼす事は出来るだろう。
しかし、
「日本が秘密裏に核兵器を保有している可能性がある、と」
このような噂がロシアの軍部、政府内にまことしやかにささやかれていた。
アメリカ崩壊以降、アメリカの原子力潜水艦が日本に亡命しているケースが度々見られている。日本は乗員を保護した上で原子力潜水艦とそこに搭載されていた核ミサイルを解体していると発表しているのだが、それが本当かどうかが確証が持てない。日本が核武装をしている可能性も捨てきれないのだ。仮に軍内部の威勢のいい者が言っていた様に日本に核を撃ち込んだ場合、反撃の核弾頭が飛んでくる事も十分あり得た。
そのため軍や政府からしても日本の核保有については、何とか探りたいと常々考えている様であるが――残念な事に上手く行っていない。日露間の航路こそ維持されているが、戦時中である事から民間人の行き来は制限されている。また艦娘による諜報もあるが、在日大使館に武官として派遣された艦娘の報告によれば、各省庁は妖精による分厚い防諜体制が敷かれており、妖精を用いたスパイ活動はほぼ不可能との報告が上がっていた。
「……軍事力を上回られ、核のカードすら持っているかもしれない、か。全く厄介な相手だ。仮に戦うとなれば日本のスタミナ切れを狙うしかない」
とはいえ、日本にも弱点はある。無資源国故の戦略資源の不足だ。実際、ロシアと平和条約を締結する前までは資源の欠乏で日本は崩壊すると目されていた程に、あの島国は戦略資源を産出しない。
通商破壊戦を展開するなり、持久戦を展開して息切れを狙うなり、一応の対抗手段はある。――これまでだったら。
「……そう言えば、フィリピンがあったな」
ロシアにとって最悪な事に、日本はフィリピンを獲得したお蔭で、ある程度資源を自活できるようになっているのだ。勿論完全に自活出来る程ではないのだが、日本の体力が伸びた事には変わりない。以前よりも持久戦でロシアが守り切れずに敗北する可能性は高くなっていた。
これだけでも頭が痛いのに、更に日本は東南アジア全域の制圧を宣言している。しかも「深海棲艦からの解放」という、まず表立って反対する事など出来ないお題目を掲げてだ。この目論見が成功した場合、これまで日本の弱点だった資源問題が完全に解決され、ますますロシアが手に負えない国になるのは確実である。
「戦えと言われれば戦うのが軍人だが、出来ればあの国の相手はしたくないな……」
日本の実力を理解している者たちからすれば、余程の事が無い限り彼の国と事を興したくないのが本音だ。そもそも深海棲艦がいるのに人類同士で戦ってどうするんだ、との指摘もあるが。
そして当然の事であるが、政治側も日本と対峙する事が面倒である事は理解している。
「幸い今の政権は日本に対して融和政策を採っている。当面は大丈夫……だろう。多分」
今のロシアの政権は、日本への圧力は控え協力体制を維持していく事が基本方針だ。特に太平洋方面の深海棲艦に対しては、露日共同防衛協定を最大限利用し、日本を矢面に立たせるつもりである。もちろん余りに露骨な押し付けをすれば、日本に不信感を与えてしまうので、多少は敵を引き受ける必要があるが。
このロシアの対日外交政策だが、現在の所上手く行っていた。日本側もロシアへ圧力を掛けるような事も無く協調路線を進めており、大きなトラブルは起きていない。
「頼むから、これからも平和であってくれよ?」
もしもの時に真っ先に日本と対峙しなければならない立場にあるトルストイは、誰かに聞かせるでもなくただ祈る様に小さく呟いた。
次回は日本から見たロシアの話をする予定です。