それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
今回の話は、某スレで紹介された某政党と市民団体の関係から閃きました。
2021年、日本は主にイギリスの策略より約20万人ものアメリカ系難民を押し付けられた。この緊急事態に日本政府関係者は真っ青になりつつも、難民収容所の建設や難民教育の内容策定、各自治体やNPOとの協力の取り付けや各種法整備など、難民受け入れに必須事項を急ピッチで実施していくこととなる。
途中、アメリカ大陸からの難民が予想以上に多い事が発覚し、再び開催された難民に関する国際会議の結果、難民のお代わりがやってくるという悲劇も起こったものの、何とか無事に難民の収容に成功。元アメリカ人たちは教育課程が修了次第、順次日本国籍を取得し、そして新たな日本人として生きていくこととなる。
「色々あったし、今も現場じゃトラブル続きだけど、何とか無事に回るようになってよかった……」
収容時のゴタゴタや教育期間で発生する不具合、風習や文化の違いからくる軋轢など、各種トラブルに対応し続け疲れ切っていた神山法務大臣のこの言葉に、同じく疲弊していた法務省の官僚たちは大きく頷いたという。
色々と手間はかかったが難民を日本人にする事が出来た。後はどんな形であれ、日本に溶け込んでいってくれるだろうと、彼らは考えていた。
だが――それは間違いだった。難民のトラブルはこれだけで終わりではなかったのだ。
2023年9月。永田町のとある大通りに多くの人々が集まって行進をしていた。
「このままじゃ、生活出来ない!」
「職を寄こせ!」
「我々が安心して暮らせる環境を!」
彼らはそう叫びながらプラカードを手に、国会議事堂に向かって歩みを進めていく。そしてその周辺には少数ながらも警察官の姿も見える。戦前でもよく見られた活動団体によるデモ行進だ。
深海棲艦との戦いが続く時代だが、各種デモ活動はこれまでも行われていた。別に戦時中だからと言って国民の権利が制限される訳ではないのだ。そのためこのようなデモは別に珍しいモノではなかった。
もっとも、ここ最近で行われているデモは、以前の物といささか毛色が違うものとなっていたりもする。その最たるものは、参加する人間だ。
「我々に生きる権利を!」
そう訴える声は、いささかつたない。そしてよく見れば彼らの持つプラカードの文字も、どことなく変な日本語も混じっている。そして最もわかりやすいのは、参加者の人種だろう。白人、ヒスパニック、黒人、アジア系。アジア系はともかく、他は日本ではあまり見ない人種で、このデモ隊は構成されているのだ。
そう、彼らは元アメリカ系難民なのだ。
「またやっているのか」
100名強からなるデモ隊の姿を、国会議事堂の警備を任されている坂田防衛大臣配下の長門は、廊下の窓からどことなく呆れたように眺めていた。そんな彼女に同じく警備の任についている陸奥は肩を竦めた。
「国会の前でデモなんて、前からあったじゃない」
「それはそうだが、最近は元アメリカ人のデモが多いからな。それが気になった」
「あら、目的はわかるでしょ?」
「まあな」
長門は苦笑した。彼女としても、彼ら元アメリカ系難民がデモをする気持ちは分からなくもなかった。
アメリカ大陸から身一つで這う這うの体で逃げてきた彼らだが、日本という新天地での生活に中々馴染めない者も多い。収容所で教育がされているとはいえ、即席培養の短期教育程度では、アメリカとは文化も風習も言語も違う日本に中々適応出来ない人は多いのだ。
また職に中々就けない者も多いという。医者や科学者など、一部の高度な技能を持つ人材は全く問題はないのだが、そうでない一般人は簡単にはいかない。元難民の失業率は高いままだった。
そんな自身の環境が彼らをデモに駆り立てているのだ。
「たまに変な主張をする奴がいるが……まあ、言いたいことは分かるな」
「でしょ?」
「しかし、かなり頻繁にデモをやっているようだが、許可はとっているのか? 海底会事件以来、法の適用が厳格になったんだろう?」
戦前もそうだったが、以前までは無許可でのデモであっても、警官との乱闘などよっぽどの事がない限り取り締まられることは少なかったのだが、坂田がテロの標的になりそうになって以来、国会や各省庁、軍事基地をはじめとした政府系施設付近でのデモに対しては厳格化されていた。テロリストがデモに紛れ込んでいる可能性に考慮してのものだ。これに一部の活動家が「表現の自由の制限だ」と叫んだが、元々デモの許可は下りやすいということもあり、世間では問題視されていない。
「私も気になって調べたけど、ちゃんと警察に届け出が出されているみたいよ?」
「そうなのか?」
「後、デモも一つの団体が毎回も使う訳じゃなくて、複数の団体が申請をしているらしいわ」
「複数の団体?」
長門は首を傾げると、改めて国会前の大通りのデモ隊に視線を向ける。そして彼女は更に首を傾けた。
「あのデモ隊の前から二番目にいるモヒカン頭とか、3日前のデモで見たことあるぞ?」
「……誰が参加しているとか覚えてるの?」
「いや、あの頭は特徴的だったから、記憶に残っていた。それで、どうなっているんだ?」
「んー、多分だけど、他の活動団体からの応援じゃないかしら?」
「応援?」
「そ。応援。さっきも言った通りデモみたいに社会運動をする団体はいっぱいあるのだけど、団体間で相互に協力し合っているの。募金活動をしている団体がデモ活動をする団体からの応援を受けてデモに参加する。逆に募金活動の人員の確保のためにデモ活動をする団体に応援を要請する、みたいにね」
「なるほど」
長門は小さく頷いた。だが同時に彼女に新たな疑問が湧き出てくる。
「だが陸奥よ。そういった社会運動をするような組織はいくつもあるんだろう? 団体間を取り持つような組織があるんじゃないのか?」
「あら、鋭いわね。その通りよ」
「それくらいは直ぐにわかる。で、どんな組織なんだ?」
「あら、ああいった活動に興味があるの?」
「純粋な好奇心だ。他意はない。で、どうなんだ?」
「名前は確か……『千葉未来の会』ね。千葉県に拠点を置いている、いわゆる地域政党よ」
千葉県千葉市一角にある「千葉未来の会」の会本部。千葉の統治機構改善を看板政策にし、それなりの歴史を持つ地域政党本部のとある会議室では、党を動かす幹部たちが一堂に会していた。
「資金の方はどうだ」
「順調そのものです。これなら当面、金で苦労する事はありません」
「それは何よりだ」
「代表。新聞社から来週日曜日に取材をしたいとの申し込みがありますが、いかがしましょう?」
「来週は確か代表は出張ですよね。断るか、日付を変えてもらいますか?」
「いや日付は変えなくていい。取材を受けるくらいの余裕はあるさ」
「わかりました。ではそのように」
党の今後を決める重要な会議ではあるが、会議の出席者たちの表情は一様に明るい。その要因は会議室のプロジェクターにあった。
そこには資金状況や党員数、支持率など、「千葉未来の会」に関わる数値がグラフになって記載されているのだが、そのどれもが右肩上がりに増大していた。特に支持率については、最近になって全国的な知名度を得た事もあり、大幅に伸びているのだ。健全な政治家からすれば、この数字を見て喜ばない者はいないだろう。
そんな明るいニュースがあるからこそ精神的な余裕が生まれ、会議も円滑に進む好循環を生んでいた。
「では人事についてはこのように。――しかし本当に順風満帆ですな」
「全くですよ。こんなことになるとは思ってもみなかった」
「そうですな」
口々に現状への思いを述べる幹部たちに、千葉未来の会代表である松場は大きく頷いた。
「私も驚いているよ。まさか一地方政党だった『千葉未来の会』がここまで躍進できるなんて、考えてもみなかったな」
感慨深げに呟く彼の言葉は、この政党を知るものが聞けば大いに頷くものであった。
彼ら「千葉未来の会」は、元々は千葉の県議会、市議会を中心に細々と活動していた地方団体だった。党の歴史はそれなりにあるため、地元ではそれなりの知名度はあるものの、全国的な知名度は低い。そんな地方政党だった。
そんな彼らを変えたのが、難民たちの存在だった。
「GDP1位の国にいるのに、なんで生活が苦しいんだ!」
全国では日本国籍を得て収容所から出た後、日本の生活に馴染めなかったり、上手く職に就けなかった元アメリカ系難民は多く、その不満により元アメリカ系難民による活動団体が乱立し、好き勝手に活動をしていた。
とはいえ彼らの活動は、全体的に見た場合あまりにも非効率的だった。小規模団体が多すぎたため、デモをしたところで注目されることは殆どなかったし、デモ活動の場所取りなどで既存の活動団体だけでなく、元アメリカ系団体同士でトラブルになることもあった。このような光景は全国的に見られており、当然千葉でもこの手のトラブルが見られていた。
そんな時に、「千葉未来の会」の運命を変える出来事があった。
「あいつらを何とかしてくれないか?」
「千葉未来の会」と交流のあった活動団体が元アメリカ系団体とのトラブルに巻き込まれ、「千葉未来の会」に助けを求めてきたのだ。これに「千葉未来の会」はすぐさま対応。トラブル自体はそこまで大きなものではなかった事から、すぐに円満に収める事が出来たのだが――同時に、松場はある事に気づいた。
「もしかしたら、こういった仲介は需要があるのでは?」
こういったトラブルが頻発していることは、松場も知っている。うまく仲介できれば、活動団体が自分たちの党の支持に回ってくれるかもしれない。
そんな松場の思い付きと思惑に幹部たちの大部分も賛同し、すぐさま活動団体間の仲介の仕事を開始。千葉県の各活動団体に周知した。
その結果だが――松場の予想を超えた大反響をもたらす事となった。
すぐさま千葉県内の活動団体から、仲介の依頼が殺到。それらを対処している内に、噂を聞きつけた他県の活動団体からのも依頼をされるようになったのだ。その後も松場を始め党員たちが奮闘及び仲介業務の効率化を続けた結果、いつの間にか「千葉未来の会」は元アメリカ系活動団体の相互扶助の元締め的な存在と化す事となる。
これには「千葉未来の会」のメンバーも、「どうしてこうなった」とため息をついてしまったのだが、その分メリットもあった。
多くの活動団体との繋がりが出来た事により、元アメリカ系難民を中心に支持率が増加し始めた上に、それらの団体の一部が選挙活動中に手を貸してくれたお陰で、今年行われた県議会選挙で野党第一党になるほどの大躍進を果たしたのだ。
また元アメリカ系の支持が多い事や活動団体を助けている事実に、元々リベラル色が強かったマスコミが飛びついたため、全国的な知名度が大幅に伸びている。これにより党員や寄付金も大幅に伸び、さらにこの躍進を見たある国政野党から国政選挙での連携を持ち掛けられる程となっていた。
飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのことであった。
「そういえば、例のデモの方はどうなっている?」
「例のデモ? ……ああ、国会議事堂前でやる予定の」
松場の問いかけに、ある幹部は近々予定されている大規模デモの事を思い出した。
国内の元アメリカ系難民団体の最大手である「フロンティアスピリット」が、「元難民の生活向上のための、日本政府への抗議活動」として、11月3日に国会議事堂前にて大規模なデモを計画しているのだ。このデモには「千葉未来の会」も他組織への応援要請の仲介という形で関わっている。
「コネクションがある団体に声を掛けてみたところ、大半がデモの参加を表明しています。このままいけば相当な規模になるのは間違いないでしょう」
「よし。ならば問題はないな」
こういった団体同士の連携では、双方の主張が大きく違っていた場合は応援を断るケースもあるのだが、今回の場合は「生活向上」という大雑把なお題目を掲げている。そのため多くの元アメリカ系団体が参加しやすい空気があったのだ。
だが「フロンティアスピリット」はこれだけで、満足していなかった。
「ただ先方から更に注文が入っています」
「なに?」
「なんでもアメリカ系以外の団体にも参加を呼び掛けてほしいと言ってきています」
「アメリカ系以外となると、中国系とかか?」
「はい。出来る限りデモの規模を大きくして、政府に要求を通しやすくしたいそうです」
この要請に、幹部たちはうなり声をあげた。現状の日本において、難民と言われるとアメリカ系が真っ先に思い浮かぶ者が多いのだが、実の所、アメリカ系以外にも難民はいたりする。中国、韓国、北朝鮮系など、戦前から日本におり、祖国が滅んでしまったため難民となってしまった者もいるのだ。そんな者たちの一部は相互扶助として各々が活動団体を結成しているケースがあるのだ。「フロンティアスピリット」はこれらの団体にも目を付けたのだ。
「なるほど。意図は理解は出来るな。だが……」
しかしこの要請には、会のある事情から幹部たちもためらいがあった。
「確かにこれまでの仲介活動でアメリカ系以外にもつながりはあるが……」
「しかし仲介業務も現状で手一杯です。これ以上増やすのは不味いのでは?」
「千葉未来の会」は、ここにきて急成長した組織の弱みが出てきていた。手足となる人員が不足しているのだ。通常業務こそ何とかこなしているものの、件の大規模デモの仲介によって、すでにキャパシティがオーバー状態となっている。ここで更に業務を増やすのは、はっきり言って無謀なのだ。
「……いや、ここは受けよう」
だが松場は現状を知っていてもなお、「フロンティアスピリット」からの要請を受けようとしていた。
「よろしいのですか? 人手不足は深刻なのですよ?」
「勿論わかっている。だが党の更なる拡大のためには、ここが踏ん張り時なんだ。それに最近はアメリカ系以外の元難民団体からの仲介を請け負う事が多くなっている。ここで彼らを除け者にすれば、これまで築いてきた信頼が損なわれてしまう」
組織間の仲介組織としては「千葉未来の会」は新興そのものである。それゆえに各活動団体が「千葉未来の会」へ向ける信頼は、とても強固とは言えないのが現状だ。仲介組織としての確固たる地位を確立させるためにも、今回の要請は断ることができない。松場はそう考えていた。
「しかしそうなると、人員不足はどう対処しますか?」
「……一部の通常業務の一時停止で何とか対処して欲しい。党員やサポーターには苦労を掛けるが、今回が踏ん張りどころなんだ。何とか今回のデモを成功させて欲しい」
「……かしこまりました」
こうして「千葉未来の会」の方針は決まったのだが、そのしわ寄せが来るのは当然のことであるが、トップ陣営の下で実際に働いている者たちである。
「はい、こちら『千葉未来の会』です」
「11月3日のデモへの参加ですね。では団体名を――」
「え? 参加人数の訂正ですか?」
「おーい、『大田区会』からメールが来たぞ。交通費はどうなんだだって」
「そんなもん主催者に……って、そこはトラブルメーカーで有名な所じゃねーか! 参加拒否だ!」
11月3日デモ緊急対応室と標識が掲げられている「千葉未来の会」会本部の一室では、引っ切り無しに舞い込んで活動団体からの連絡を前に、多くの人々が対応に追われていた。
「ああくそっ、休む暇もねぇ!」
「発狂してる暇があるんだったら、これのチェックでもしてろ!」
「畜生っ!」
あまりの忙しさに悪態をつく者も多数いるが、そんな悲鳴も次々に舞い込んでくる業務の波に強制的に押し流されていく。
デモの詳細な取り決めこそ主催者である「フロンティアスピリット」が行うものの、それでも仲介者だからこそ生じる仕事は多い。ましてや今回の大規模デモは全国から活動団体が集まることになっているのだ。最近は党の規模拡大に伴いある程度人員を増やしているとはいえ根本的には人員不足が続いている「千葉未来の会」にとって、今回のデモ活動を実現させるための業務量は、膨大なものであった。いくら上の人間がある程度現状を理解して一部の業務を停止させて仕事量を減らそうとした所で、ほんの慰め程度にしかなっていないのが現実だった。
そんな背景がある故に、
「おーい、今日問い合わせがあった活動団体のリストが上がったぞー。チェック頼む」
「おー」
疲労による思考力の低下、多数の案件を処理したために発生する業務のルーチンワーク化、期限内までに終わらせなければならないという焦りetc。各種要因によって業務の質は低下するのは仕方ないのだろう。
注意すべき人物や団体がいないかどうかのチェックは、ありえない程手早く行われ、
「よし、大丈夫だろ」
問題はないとして、チェックリストは処理された。
――このことがのちに大変な事態に繋がる事は、この時誰も知る由がなかった。
千葉未来の会の現場猫「ヨシ!」