それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
2023年11月3日、国会議事堂前では元アメリカ系難民を中心に、多くの人々が集結していた。
「我々に生きる権利を!」
「難民政策の見直しを!」
プラカードや横断幕を掲げ、元難民たちが口々に叫ぶ。行っていることは毎度国会前で行われているデモ活動と全く同じ。だがその規模はいつもの物とは比べ物にならない程に大規模だ。
デモ隊の規模は主催者である「フロンティアスピリッツ」の発表によれば約4万人。この数はデモ参加を表明した団体をただ単純に掛け合わせただけのものであり実際に数えた訳ではないのだが、警察発表では3万5千人であることから、そこまで実態からかけ離れたものではない。
「こちら国会議事堂前です。こちらでは元アメリカ系難民による抗議デモが続けられています」
デモ隊から少し離れた位置で、テレビクルーと思われる団体による撮影が行われていた。それも同じような集団がいくつも見られている。ワイドショーの生放送でスタジオとのやり取りをしている局も多い。
国会のデモ活動だが、世間の注目度は近年でも稀に見るほどに高い。21世紀に入って日本で起きたデモの中では上位に入る規模の大きさという面もあるのが、やはり主体が元アメリカ系難民という目新しさがマスコミの注目を集めているのだ。メディア陣の好みも多分に含まれているのだが。
そんな背景もあり、元アメリカ系難民団体「フロンティアスピリッツ」が主催する国会前デモはリアルタイムで全国に放送され、多くの人々の目に留まっていた。
「では彼らの主張には全面的に賛同している、との事でよろしいのでしょうか」
『ええ、その通りです』
国会前でデモ活動が行われている中、「千葉未来の会」代表の松場は、あるワイドショーに中継で出演していた。今回のデモが「千葉未来の会」の仲介によって実現したことは、ある程度活動団体の業界に精通している者なら周知の事実であるし、何より「千葉未来の会」はアメリカ系難民団体を支持していることはマスコミのおかげで有名なのだ。このような場に松場が招待されるのは当然の事であった。
『日本国籍を取得するに当たって教育を受けたそうですが、彼らの話を聞くとかなりおざなりなものだったようです。一年にも満たない教育期間だけで彼らを言語も習慣も何もかも違う日本社会に放り出した結果、元難民が苦しんでいるのは、政府の失策としか言いようがありません。今回のようにデモが発生するのは当然の結果です』
「では元難民と近隣住民のトラブルが頻発しているのも、収容所での教育の問題が原因なのでしょうか?」
『全くもってその通りです。我々もその手のトラブルの解決に動く事があります。トラブルの原因も様々ではありますが、根本的には日本とアメリカの習慣の違いや生活苦からくるものが多いのです』
「なるほど」
『今やアメリカ系難民は日本国籍を持っているれっきとした日本人です。真鍋政権は彼らの声に耳を傾けなければなりません』
「千葉未来の会」の支持者層的にも、政権の監視者を自称しているマスコミ的にも、満足のいく形で番組を進めていく松場と司会者。色々と報道の自由が制限されるようになった現在であるが、日本において反艦娘は厳しく制限されているものの、政府批判については一定レベルで報道の自由は保障されている。もちろんやりすぎれば公安が介入してくるので好き放題には出来ないが、今回の場合はテレビ局上層部も問題ないとしてGOサインが出たし、政府からのクレームも見受けられないので問題はない。
このままつつがなく番組は進んでいくだろう。番組関係者や松場がそう思い込んでいた時、
『お話し中、失礼します。現場の平沼です』
デモ隊を現場で中継していたアナウンサーが割り込んできた。
「平沼さん、どうしましたか?」
『デモ隊で何かトラブルが起きたようです。これは――』
『……え?』
松場の呆けた声がスタジオに響いた。
今回のデモ活動の主催者である「フロンティアスピリッツ」は元アメリカ系難民団体の中では最大規模であるが、同時に「元難民同士の相互扶助」を目的としている穏健な団体でもあった。それゆえに過激な主張は行わないし、法を逸脱するような行動などもっての外である。幾度かデモ活動を行った事はあるが、デモの最中も法律違反を行わないように注意を払っていた。今回のような大規模デモが警察に許可されたのも、このような実績があったからでもあった。
だからこそ、
「艦娘は敵だ!」
デモ隊の中央部にいた一部のデモ参加者――応援出来ていた団体――が、いきなりそのようなことを叫び、更に艦娘を侮蔑するようなプラカードを掲げ始めた時、その周囲の人々はぎょっとした。
今回のデモの主題である「元難民の生活向上のための、日本政府への抗議活動」からかけ離れたことを叫んだのもあるが、一番まずいのは艦娘批判だ。日本は各種マスコミへ反艦娘をしないように強制しているが、個々人に対しては思想の自由の面で反艦娘の強制をしていない。だが同時に日本政府は「艦娘差別は人種差別である」であると公言しており、世論もそれを当然の事と認識しているのだ。そんな国で公の場で艦娘を敵視するような発言を声高に叫べばどのような事になるかなど、危険極まりない事である。
だがこの本来のデモの目的から大きく外れた主張を掲げたのは、彼らだけではなかった。
「我々に特権を!」
「日本政府がアメリカを奪還せよ!」
「日本は大麻を解禁しろ!」
先ほどの反艦娘の主張をきっかけに、デモ隊内部のあちこちからデモの主題からかけ離れた主張をする者たちが現れたのだ。中にはどこから持ち込んだのか、鉄パイプのような武器になりかねないものを掲げる者すらいる。
「おい、何をやっているんだ!?」
この常軌を逸した状況に、当然のことであるが周囲のまともな人々が彼らを止めようと一斉に詰め寄った。せっかく平和的なデモであったのに、彼らのせいで世論を敵に回しかねないのだから当然だろう。
だが問題は――
「うるせぇ!」
相手がそんな程度で止まるような輩ではなかったことだ。反艦娘など好き勝手叫んだ者たちは、以前から過激な発言や行動が見られ、度々他の団体や周辺住民とトラブルを起こしていたいくつかの活動団体に所属しており、周囲が静止した程度で辞めるはずもない。それどころか逆上して周囲に襲い掛かる始末だ。そしてそんな事になれば周囲に混乱が生じるのは当然である。
「何が起きたんだ!?」
「おい、どうなってんだよ!」
デモ隊は強力に統制がされている訳ではない。所詮複数のグループが集まっただけの集団なのだ。そんな集団の中央部で暴力沙汰が発生すれば周囲は混乱するし、生じた混乱は更に周囲に伝播するという悪循環を生むことになる。
「落ち着いてください!」
主催の「フロンティアスピリッツ」のメンバーがデモ隊の混乱を収めようと奮闘するも、群衆に一度生じた混乱を収める事は困難だ。彼らの努力も虚しく、混乱はあっという間にデモ隊全体に広がっていき、統制が取れなくなってしまう。
そんなことになればそこにあるのは、ただ無秩序に集まったパニック状態の群衆と変わらない。ある者はどうすればいいのかわからず呆然と立ち尽くし、ある者は混沌と化したこの場から離れようとし、――そしてある者はこの混乱に乗じ暴徒と化し、手当たり次第に暴れ回った。
「暴徒化したぞ!」
「不味い、止めろ!」
これにはデモに合わせて派遣されていた機動隊も動かざるを得ない。デモ隊の周囲に点在していた機動隊員たちが、暴徒を鎮圧すべく突入、暴徒の鎮圧に乗り出した。
とはいえこんな程度で暴徒たちの戦意が削がれるはずもない。
「突っ込めぇ!」
一部の暴徒たちが国会議事堂に乗り込むべく突貫していく。その数は数百規模。機動隊もジュラルミン製の盾を手に議事堂前に展開しているが数的には不利であった。だが彼らにも切り札があった。
「よし、来い!」
「ちゃんと手加減してよ?」
長門、陸奥を始め国会議事堂の警備任務にあたっていた艦娘たちが、機動隊に混ざって盾を構えているのだ。
彼女たちの管轄は防衛相にあるが、事前の打ち合わせにより国会議事堂正門前に限り、機動隊と協力するように許可を出していたのだ。これには越権行為になると警視庁のお偉い方々も顔を顰めたが、指揮権自体は警察にある事、艦娘に逮捕権を持たせないということもあり、矛を収めた。そもそも国家公安委員会から「艦娘と協力するように」とのお達しがあったので、拒否など出来るはずもないのだが。
そんな裏事情を知る由もない暴徒たちが、彼女たちに襲い掛かっていく。だが、
「効かん!」
盾を構えた艦娘たちはどこからか持ち込まれた鉄パイプや角材で叩かれようが、複数人で体当たりされようが、欠片も揺らがない。それどころか彼女たちの持つ盾が揺れることすらない。人間と同じサイズにも関わらず軍艦の力を発揮する艦娘が、そんな程度の攻撃など効くはずもないのだ。
艦娘を中心とした機動隊により、暴徒たちの突破力は完全に消失。暴徒たちの目論見は脆くも崩れ去った。
その後も機動隊による暴徒鎮圧が続けられ、200名以上が拘束される大惨事の末に、デモ活動から始まった一連の騒動は解決された。
国会議事堂前のデモ活動から一週間後、首相官邸のある会議室では国家を動かす閣僚たちが憂鬱気にため息をついていた。
「あんなことになればどうなるかは大体予想はついていたが、やはり悲惨だな」
真鍋首相の言葉に、多くの者が頷いた。彼らの前には官僚たちによって急遽収集された元アメリカ系難民についての様々な情報が提示されていた。
11月3日のデモから派生した暴動は、あらゆる方面で悪影響を与えていた。
まずデモを主催した「フロンティアスピリッツ」とデモの仲介をした「千葉未来の会」は、デモの大失敗により組織への信頼性を失ってしまった。
「フロンティアスピリッツ」の方は脱退者が相次ぎ更に資金状況も悪化している。一応これまで行っていた難民同士の相互扶助に関する活動こそ行われているものの、これまでのようにデモの開催は当面行わないと明言しているし、仮に将来デモを行えたとしても今回の大失敗により、大規模なデモは不可能であろう。
「例の地域政党は?」
「この一週間でボロボロになっていますね。下手をすれば党自体が解散するかもしれません」
「自業自得ではあるが、居たたまれないくはあるな」
そして「千葉未来の会」の方は更に悲惨だ。なにせテレビの生放送でデモ隊の全面的支持を表明した直後にあの暴動が起きた事で、視聴者に「目的のためには暴動も容認しかねない」との印象を与えてしまったのだ。もちろん実情は違うし、「千葉未来の会」もすぐに暴力は容認しないと宣言しているが、それでも印象は最悪としか言いようがない。脱退者の続発、資金状況の悪化だけでなく、これまで右肩上がりだった支持率も急降下した上に、国政野党との連携の話も立ち消えてしまう憂き目にあっている。またデモの失敗の原因が、仲介のチェック段階で要注意すべき団体を弾き損ねた事も知られてしまい、仲介者としての仕事も激減したという。
とはいえこの程度ならば首相官邸の面々にとっては、地域団体が二つ落ちぶれただけに過ぎないので特に問題視する事はない。今回の騒動で一番の問題は――
「そろそろ本題に入ろう。……先の暴動以来、アメリカ系を中心に元難民への国民の目が厳しくなっている」
岡本総務大臣は苦々し気に呟いた
元アメリカ系難民は、今回のデモにより確かに自らが置かれている苦境を世間に伝える事は出来ただろう。だが直後に暴動に発展したのは不味すぎた。一連の騒動の結果、元アメリカ系難民は「自らの境遇が気に入らないと、暴れ回るような輩」と世間からは目されるようになってしまったのだ。これは日本では近年ではデモが暴動に発展したケースがなく、今回の暴動が悪目立ちしてしまった事に起因している。
「マスコミを使った国民への工作は行っているが……」
今回の事態を受けて、政府はマスコミを巻き込んで元アメリカ系難民に好意的なキャンペーンを行っていた。政府とてこの問題を放置すれば最悪国内対立に発展しかねない事は理解しているのだ。マスコミも元々のリベラル気質により難民に好意的であったため、この方針には粛々と従っている。ただし、暴動を起こした者を庇うような真似はしていなかった。これは事前に公安から「暴動を肯定するような報道をしたら、どうなるか分かっているんだろうな」と釘を刺されたためである。
とはいえ、
「今のところ効果は無し、か」
「あんな事があった直後なんだ。早々に効果は出ん」
彼らの努力も虚しく、効果はいまひとつだ。実際に暴れたのは極一部であり暴力が難民の総意ではないことは公表されているのだが、残念なことに悪評というものは当事者すべてに降り注ぐものだ。この汚名を濯ぐには相当の時間を掛けなければならないだろう。
「全くどうしてこうなってこんな事になってしまったんだ……」
真鍋はただただため息をつく事しか出来なかった。
千葉未来の会「どうして……」
元アメリカ系難民「どうして……」
日本政府「どうして……」