それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
「結婚したい」
「……」
ある日の昼下がりのある鎮守府の提督の私室。提督から突如として飛び出した言葉に、加賀は思わず読んでいた本をめくる手を止めて、ゆっくりと声のした方向に顔を向けた。
目を向けた先にあるのは、加賀の提督であり、提督の中では比較的珍しい女性提督である鞍馬が、ベッドに寝転がりながらファッション誌を眺めて入いる姿がある。
「……」
加賀は表情を変えずに、今の提督の発言の意味を考える。加賀はこの鎮守府では鞍馬との付き合いが一番長い艦娘であるが、流石に話の前後とか関係なく、唐突に飛び出してきた結婚という言葉の意味を掴みかねていた。
とはいえ、完全に反応しないのも問題がある気がする。結婚などという言葉が出来てたからには、鞍馬は何かしらの意図を持っているはずなのだから。
加賀はどう返せばいいか思考を巡らす。そしてちょうど10秒後、結論が導き出だされたので、口を開く。
「ごめんなさい。提督は尊敬しているけど、私はレズじゃないわ」
「ごめん、いきなり何言ってるの?」
ガバっと身を起こしツッコミを入れる鞍馬。そんな提督の様子に加賀は小首を傾げる。
「唐突に求婚してきたと解釈したのだけど、違うのかしら?」
「違うからね? 私レズじゃないからね?」
「なら何で結婚したいなんて言ったのかしら?」
「……これ」
鞍馬が差し出したのは一通のハガキ。そこには男女二人組の写真が印刷されており、更にそこには「結婚」の字が印字されている。
「結婚報告ね。ご友人?」
「そっ、高校時代の同級生。最近、こんなハガキばっかり届くの」
「提督の年齢的にも、ちょうど結婚する人が多くなる頃合いね」
「こう……やっぱり、周りが次々と結婚しているのを見てると、やっぱり焦るのよね」
「それで『結婚したい』なんて言ったのね」
「うん」
鞍馬は小さく頷いた。
「今から頑張れば、すぐに結婚出来ると思うのよ。私って結構お買い得だし」
「というと?」
「ほら、私って一般と比べたら高給取りじゃない」
「そうね。提督は基本給だけじゃなくて様々な手当が付くから、給料は良いと言われているわ」
「それに社会的地位も高い」
「そうね」
「そしてそんな高スペックなのに20代半ばという若さ。ね、お買い得でしょ?」
「……」
提督の言い分に、加賀は口を閉ざし考え込む。
20代半ばにして高い給与を受け取っている上に、提督という今の時代では最も尊敬される地位の一つに着いている。なるほど、確かにそれだけを聞けば、彼女の言っている事は正しいと思えるだろう。
「提督」
「なに?」
だがそんな言い分を聞いてもなお、提督の秘書艦である加賀は、
「あなた、少し認識が甘いんじゃないかしら」
「……え?」
バッサリと切り捨てた。
「男側の視点で見ると。今の提督はかなり難物よ」
「どういう事?」
鞍馬は首を傾げる。そんな彼女に、加賀は続ける。
「提督の言っている事自体は、間違ってはいないわ。今のあなたの地位ならば相手は選び放題。致命的な失敗をしない限り、結婚を前提にお付き合いするまでは簡単よ」
「じゃあ、何も問題ないんじゃ?」
「問題はその後よ。あなたがお付き合いする人は、確実に国からの身辺調査を受ける事になるわ。それも公務員採用の時のそれと比較も出来ない程の徹底ぶりで」
「え、何で?」
「最悪その男が外国から派遣されたハニートラップ要員である可能性があるからよ。あなたも、提督の世界的な地位はわかっているでしょう?」
深海棲艦と正面から対抗できる存在である艦娘を生み出せる唯一の存在が提督だ。それ故に提督という地位は日本だけでなく、世界的に見ても高い地位にある。特に日本系提督はアメリカ系程ではないものの、そのスペックの高さ故に提督内の地位でも上位にあたる。
そんな人間が結婚という身内を欲して動いているとなれば、いろんな人が提督を引き入れようと狙うだろう。それこそ提督の地位や武力を利用したい反社会的勢力や、提督を何としてでも引き入れたい外国も、だ。
「私も流石に分別ぐらいはあるけど……」
「それは国からすれば、あてにすらしていないわ。『愛は盲目』とも言うわ。事実、過去の事例を見れば、愛に狂って大変な事になったケースが散見しているわ」
鞍馬のパートナーになった人間がそういった悪意のある人間であった場合、碌な事にはならないだろう。反社会的勢力の場合、鞍馬を誘導して艦娘戦力を利用できるようになれば、社会は大混乱に陥るだろうし、国外勢力ならば亡命させて自国の戦力として活用していくだろう。こういった不都合を、日本政府は何としてでも避けなければならないのだ。
「だから身辺調査かぁ……」
「それも国が全力を尽くすレベルでやるでしょうね」
それこそ防衛省や公安が、全力で鞍馬の相手とその周囲の環境を調べ上げるだろう。その過程でその相手が不利益を被り、場合によっては破局することになるかもしれないが、日本政府は気にする事はないだろう。提督一人の不幸と国家全体に被るかもしれない不利益、どちらを防がなければならないのかは、火を見るよりも明らかなのだから。
「後、この身辺調査は、度々行われるらしいわ」
「そうなの?」
「後から危険な勢力に取り込まれる可能性があるわ」
提督の身内に反社会的勢力や国外勢力が接触しようとした例はあり、度々調査が行われているという。これの事例的にも将来、提督と結婚することになる相手に度々調査が入るのは確実であった。
「ああ、その身辺調査にも利点はあるわ」
「え、あるの?」
「身辺調査をするとなると、本人の性格とかも調査する事になるから、調査を突破できる人は、人格面が優れている事の査証になるわ」
「そうなるの、かなぁ?」
背後に問題がある面々でなくとも、提督という社会的地位や金を目当てに寄ってくる男も確実にいるので、そういった人物を排除できるのはメリットであろう。
「その調査をパス出来る人ってどのくらいいるのかな?」
「……さあ?」
調査がかなり苛烈である事を無視すればの話ではあるが。
「……ここは調査をパス出来た人がいるって仮定しよっか。その人となら大丈夫だよね?」
「そうね。国も私たち艦娘も、そこまでは干渉する気はないでしょうね。……でも、ちょっと気掛かりがあるわ」
「え?」
さて、そんな提督の婚活だが、色々と厄介な身辺調査を突破すればOKなのかと問われれば、それもまた違ったりする。
「デートしている時に、近くに艦娘がいることになるでしょうけど、大丈夫かしら?」
「えっ、どういう事?」
「対テロのために護衛を出すことになるでしょうね」
「げ……」
日本では深海棲艦教によるテロ未遂以来、艦娘による提督の護衛は必ず行われているのが現状だ。当然デート中であろうと艦娘が護衛として着いていく事になるだろう。二人にとっては邪魔の一言であろうが、艦娘及び国側からすれば提督を殺される訳にはいかないのだ。
「こう……手心とかお願い出来ない?」
「その時は流石に二人に見えないように護衛する形になるでしょうね」
「じゃあ、大丈夫かな」
「でも問題はその後の、結婚生活よ。結婚したら鎮守府外に住居を構えるのが許可されるのは知ってるわね?」
「うん。もし結婚したら新居は鎮守府の近くにしようと思ってるけど」
「その新居、確実に艦娘がいるわ」
「待って。新婚生活なのに?」
「新婚だからと言って護衛を放棄する訳にはいかないわ」
「えぇ……」
事情があるとはいえ、折角の新婚生活が色々台無し確定である。また艦娘関連以外でも、戦局の関係で鎮守府に缶詰になったり、鎮守府の仕事や遠征などで出張したりと、幸せな新婚生活の障害になるような要素は多かった。
「何とかならない? 身辺調査を何度も受けても平気だったり、新婚生活に艦娘がいても平気な人なんていないよ」
「自衛官なら身辺調査は大丈夫でしょうけど、艦娘関連までは上手くいくかはわからないわ」
都合の悪い側面ばかり見せつけられゲンナリと肩を落とす鞍馬。これには加賀も苦笑するしかない。そう告げた瞬間、ある事を思い出す。
「……いえ、いました」
「え、いるの?」
「男性提督よ」
「あ、そっか」
鞍馬は納得したように頷いた。実際の所、女性提督の結婚相手として男性の提督と結婚するのはアリである。身辺調査の面では、反社会的勢力及び国外勢力との関わりはありえないし、提督の仕事に関しても同業者故にパートナーの理解を得やすいのだ。
余談だが日本政府としても提督同士による婚姻は、生まれた子供が提督になる可能性を期待している事から、割と推奨されている。土地の確保以外でも提督の母数を増やせる方法が見つかったのなら、それはそれで嬉しいのだ。
「でも狙える男性提督はいないも同然だから、フリーの提督を探す方が大変かもね」
「え?」
とはいえこの案は、中々に苦難の道でもあったりする。
「提督になる前から結婚していた人以外の男性提督は、大半が自分の所の艦娘をパートナーにしているわ」
「ダメじゃん」
艦娘は誰もが見た目が麗しい女性である上に、提督を慕っている。提督はそんな艦娘たちと四六時中ともに過ごしているのだ。よっぽどの事情がない限り、独身の男性提督は艦娘になびいており、今更同僚の女性提督が彼らにアタックを仕掛けた所で、切り崩せるような状況ではなかった。
正直な所、身辺調査や家庭に艦娘がいる生活を許容できるような一般人を探した方がよっぽど早い。
鞍馬は肩を落とした。
「提督狙いは却下。最初の予定通り、一般人狙いで行くわ」
「それが良いわ」
鞍馬は小さく頷くと、ポケットからスマートフォンを取り出し画面の操作を始める。
「何をしているのかしら?」
「んー、今度の休みに早速街コンでも行ってみようかなってね」
「それがいいわ。それじゃあ予定が決まったら教えてちょうだい」
「え?」
「私も護衛として参加するわ。当然でしょう?」
「あー、そっか。うん、そうなるよね……」
加賀の言葉に、何とも言えない表情を浮かべる鞍馬。そんな提督の様子に加賀は訝しむ。
「どうしたのかしら?」
「……加賀って美人でしょ? 私より加賀の方が注目されるんじゃないかなーって」
「……」
学生時代の仲間内ではそこそこ美人で通していた鞍馬ではあるが、流石にそこら辺のモデルも裸足で逃げ出すような美貌を持っている艦娘には勝てない。街コンが基本的に初対面同士で行われる以上、相手側の注目が加賀に集中するのは容易に想像できたのだ。
「な、何とか相手を提督に誘導するわ……」
「……うん、お願い」
加賀の必死に絞り出すように答えに、鞍馬はそう返すしか出来なかった。
余談だが後日行われた街コンに公務員として――世間からの提督の注目度的に身分を隠さざるを得なかった――参加した二人だったが、鞍馬の懸念通り男性側も注目が加賀に集中。男性側からのアタックにしどろもどろになる加賀の姿が見られたという。
国としては提督の結婚を妨害したいとかはないのです。ただ「もしも」に備えたらなんか妨害しちゃっただけで……。