それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
……27年でアメリカ制圧までやるのかぁ(白目)
宇宙太陽光発電衛星。
太陽という無限のエネルギーを電力に変え地上に送信するという、一昔前であればSFでしか語られないような代物が、2030年代に実現した要因は、いくつかある。
すべての始まりは、2022年に日本が打ち上げた宇宙太陽光発電の実証実験機によるある実験だ。彼の実験機は幾度かの発電、地上送信実験が行われ良好な結果を得られた後、防衛省協力の元で最後の実験が執り行われる事となる。その対象は、深海棲艦。宇宙から照射されるマイクロ波が深海棲艦に有効であるかの実験であった。
そしてその結果は――見事に成功した。実証実験機のスペックは地球低軌道上から鶏肉を調理できる程度でしかなかったものの、駆逐ロ級を撃破したのだ。その後も幾度かの試験が行われた結果、ほぼ全ての深海棲艦――鬼、姫級はテストできなかった――に効果がある事が確認された。
この実験結果は即座にIDROを通して各国に公開され、多くの国々が関心を示すこととなった。
とはいえ、この結果だけであったら、各国が発電衛星の開発に着手する事はなかっただろう。無限のエネルギーが約束されている宇宙太陽光発電衛星には、非常に現実的であり同時にとてつもない問題が立ちふさがっていた。
「これを一基作るのに、どれだけのコストがかかるんだよ……」
2022年当時、マイクロ波攻撃の有効性に歓喜していた各国の軍人たちだったが、試算された宇宙太陽光発電衛星の取得コストに、あえなく轟沈していったという。
そもそも高度な衛星を開発出来る国が限られているという問題もあるのだが、一番の問題は予算だ。純粋に発電するにしろ、マイクロ波での攻撃手段にするにしろ、発電衛星には巨大なソーラーパネルが何枚も必要となってくるのだが、それらをロケットで打ち上げるとなると恐ろしい程の費用が掛かるのだ。具体的にはロケットでの打ち上げに必要な費用は、キログラム当たり数千ドルである。
幾ら有用な発電手段兼兵器であっても、コストパフォーマンスが悪い物に金を掛ける事は出来ない。そのためこのコスト問題が解決されるまで、宇宙太陽光発電衛星が実現する事はない、多くの軍人たちはそう考えていた。
だが開発国の政府はこの衛星開発に膨大な、それこそ一部の軍事費すら投入する程に多くの予算を投入する事を決定し、衛星の開発速度は恐ろしい程に加速する事となる。これには一部の軍人たちが反対したのだが、政府は無視を決め込んだという。何せ政府上層部は予算問題を解決するための手段が、もうすぐ完成することを知っていたからだ。
2029年、元カザフスタン、現ロシアのバイコヌール宇宙基地。ロシア有数のロケット発射場にて、世界初のマスドライバーが完成した。
アメリカが開発し各国で少数ながらも運用されているレールガンを応用したマスドライバーは、物を宇宙まで運ぶ手段の視点で見れば、まさに革命といっても差し支えない。マスドライバーは大雑把に言えば「コンテナを打ち上げるための大砲」であるので、これまでロケット打ち上げで必要とされていた諸々の費用を大幅に削減できるのだ。
余談だがこのマスドライバーの建造に関しては、アメリカ崩壊の直前に現地研究者が各国にネット経由で流した研究データが大いに用いられていたりする。
それはともかく、マスドライバーの宇宙開発に関わる者たちにとって福音であり、そして軍人たちにとっても福音であった。
バイコヌールのマスドライバーは幾度かの試射の後、早速、各国が開発した宇宙太陽光発電衛星の打ち上げ及び軌道上での組み立てが開始される事となる。また翌年の2030年には日本の種子島宇宙センター、ノルウェーのアンドーヤロケット発射場のマスドライバーも完成し、マスドライバーによる打ち上げ回数は増していった。
なおこれらの衛星の組み立てについてだが、軌道上で衛星を組み立てられるように設計はされてはいるものの、完全な自動化までは出来ておらず、一部では人力での作業が必要であった。そのため各国から組み立て要員が宇宙に送り込まれる事となるのだが、彼らの居住基地となっていたのは、国際宇宙ステーションであった。この時点で国際宇宙ステーションはかなり老朽化していたものの、最後のお勤めという事で酷使される事となる。
そして2032年4月、
「ああ、これで我々の野望が一歩前進した」
JAXA上層部たちの感慨深げな呟きと共に、世界初の宇宙太陽光発電衛星「アマテラス1号」の組み立てが完成した。そしてほぼ同時期にフィリピンに受信施設が完成し、後は安全確認のためのテスト後に、本格稼働が始まる――はずであった。
なんと深海棲艦の大艦隊が出現したせいで、テストが行われる前にもう一つの機能であるマイクロ波による対地戦略兵器としての機能がぶっつけ本番で刊行される事となってしまったのだ。
「テストは?」
「そんな時間はない」
「えぇ……」
この事態に現場の技術者たちが半ば祈るようにアマテラス1号を起動。結果についてだが彼らの祈りは天に届いたらしく、マイクロ波攻撃は予定通り通り迫りくる深海棲艦の体内の水分を振動させて熱を持たせる事に成功した。敵の姫級たちが即座に対応したため撃破数こそ少なめだが、未知の攻撃を警戒したのか深海棲艦は撤退、こうして「アマテラス1号」はデビュー戦で日本の危機を救うという華々しい戦果を挙げたのだった。
この史上初の宙対地攻撃の成功は、多くの軍人たちに対深海棲艦戦の在り方が変わった事を確信させる事となる。宇宙という深海棲艦の手が届かない領域から行われる迎撃不能な不可視の攻撃(ついでに弾薬も無限)。これを活用しない手はない。
「これがあればどんなに強力な拠点も攻略できる!」
アマテラス1号のデビュー戦から1か月後。NATOは亜大陸そのものが深海棲艦の拠点と化しているインドの攻略を立案した。
今のインド亜大陸だが旧インド共和国全体が深海棲艦の巣となっているのが現状だ。インド北部でかつてタージマハルで有名であった都市であるアーグラに、チャゴスから移転してきた大型拠点が居を構え、更にガンジス川を始めとした河川を利用して所々に防衛用の中小規模の拠点が守っている。そんな地域を攻略しようというのだ。
この作戦にはイギリスを中心に各国から多数の軍が拠出される予定であり、実行されれば今大戦最大規模の兵力が動員される事となるだろう。だが今次作戦の目玉は、この兵力ではない。彼らの切り札は6月に稼働が予定されている、宇宙太陽光発電衛星「ヘリオス」だ。このヘリオスは欧州宇宙機関が開発、製造した宇宙太陽光発電衛星であり、各国の軍上層部は先のアマテラスの事例から、彼の発電衛星に大いに期待を寄せていた。
2032年10月。作戦の前段階としてインドから逃れた難民が多数いるアフガニスタン及びパキスタンをさっさと併合した後、NATOによるインド攻略作戦、「ノルマンディー作戦」が開始された。
最初の両軍の激突はインド洋だった。イギリスのクイーン・エリザベス級航空母艦2隻を中心としたNATO艦隊が、迎撃に出てきた深海棲艦と交戦しようとしていた。NATO艦隊は欧州からかき集めた2万名規模の艦娘戦力を有する強力な艦隊ではあるものの、相対する深海棲艦は約4万。まともにぶつかれば苦戦は必至だった。
だがこの状況であっても艦隊司令官を始め、全ての者たちには焦りなどなかった。
「飛んで火にいる夏の虫とはこのことですな」
「全くだ。ヘリオスに支援攻撃を要請。奴らをまとめて薙ぎ払ってやれ」
深海棲艦たちが小型機を発艦させようとしたタイミングで、NATO軍はヘリオスによる宙対地攻撃を実行したのだ。その効果はやはり覿面であり多数の敵艦を撃破、更に敵が混乱している所に、NATO艦隊の航空隊及び水上艦隊が殴り込みをかけた事により、一方的な蹂躙の末に敵艦隊を撃破したのだ。
この海戦の勝利で流れに乗ったNATO軍は、予定通りパキスタンからの陸路侵攻、インド南部のコーチン港からの上陸を難なく成功させ、深海棲艦の巣となっているインドを切り取りに掛かっていく。
インド本土の戦いだが、序盤は順調そのものと言っても過言ではなかった。インドでは河川や水路、陸上という、艦娘の機動力や火力が制限される戦いばかりであったが、この時期にはすでに各国とも艦娘による陸戦でのノウハウも蓄積されていた事もあり、十分対応できていた。また陸上戦でもヘリオスの神通力は健在であり、各地の拠点や反攻のために敵が集結した地点にマイクロ波を照射して次々と深海棲艦を撃破していった。
とはいえ深海棲艦もやられっぱなしではない。インド西部、ラージャスターンでの航空戦の際に、それは現れた。
「YF-23だと!?」
なんと深海棲艦はここにきて第5世代ジェット戦闘機相当の新型大型機を繰り出してきたのだ。見た目はYF-23そっくりであり、性能の方も第5世代機そのものであった。結局、ラージャスターン航空戦では先手を打たれた事もあり、タイフーン、F-35で編成されたNATO空軍航空隊は敗北してしまう。
後にNATOコードで「ブラックウィドウ」と名付けられることとなった、敵新型大型機の登場は、各国が運用していた第3、第4、第4.5世代機を対深海棲艦戦の空から駆逐し、第5世代機の優位性が消え去ってしまい、各国空軍は頭を抱える羽目になった。
またインド攻略の後半戦ともなると、深海棲艦側も宙対地攻撃の仕様をある程度把握してきたのか、出来る範囲での対策を取り始めるようになってきていた。一見無敵に思える宇宙太陽光発電衛星からの攻撃だが、ピンポイントに照射する事は難しいという弱点を有しているのだ。(発電用にマイクロ波を受信する施設は直径4キロの巨大施設であり、それだけ照射範囲は広い。また照射精度についてもピンポイントに照射できるほどの精度は今の所ない)その特性に気付いた深海棲艦たちは小規模艦隊による一撃離脱や接近戦を駆使してNATOの前線部隊を苦しめていく。
そんな若干のイレギュラーが現れ始めたインド攻略だったが、速度こそ低下してはいるものの、侵攻自体は着実に進んでいた。これにはNATOがインドを攻略しているにも関わらず、深海棲艦側に援軍が来ない事に起因している。
正確に言うとオーストラリアの深海棲艦も危機的状況にインドの救援のために戦力を送ろうとしているのだが、それを阻む存在がいた。
「ここで援軍が到達すればインド攻略が失敗しかねん。邪魔をさせてもらうぞ、深海棲艦」
EUからの要請を受けた日本が、インド洋に新型空母「りゅうじょう」を旗艦とした大部隊を派遣、更にアマテラス1号も活用してオーストラリアからの援軍を妨害しているのだ。日本的にもインド攻略は東南アジア西部からの圧力の大幅緩和になるし、これまでロシアを通しででしか出来なかったヨーロッパ諸国との通商も直接可能になるため、インド洋への艦隊派遣は十二分に理にかなっていた。
派遣された艦隊は精鋭で構成されており、インド洋東部ではノルマンディー作戦終了までに幾度もの大海戦が行われる事となるが、作戦後半戦に至っても一度たりとも援軍の突破を許す事はなかった。
また侵攻が順調に進んでいるのは、戦力、物資面が潤沢である事も大きい。
「物資、弾薬、兵力、どれだけ投入してもいい! なんとしてでも攻略するんだ!」
インド攻略は各国に少なくない負担を強いられる事となるが、緒戦の快進撃や苦戦中の現在に至っても着実に攻略出来ている事から、今がユーラシア大陸に巣くった深海棲艦を叩き出せるチャンスであると、ヨーロッパ各国の軍人も政治家も一般人も理解していたのだ。このような声により各国は現地軍が欲する分だけの物資が与えられており、インド攻略部隊は潤沢な補給の元で存分に戦えていた。
NATOインド攻略部隊はそんな前線の外からのバックアップを受けつつ、激戦を繰り広げながら前進を続け、2034年4月にはとうとうインド最大の拠点であるアーグラの攻略が行われた。
アーグラの拠点だがこの1年半での戦闘で消耗しているにも関わらず、強固な防衛設備と多大な戦力を保持しており、迫りくるNATO軍に激しい抵抗を敢行。対するNATO軍もインドに派遣されている陸海空軍の大半をアーグラに投入した上に、ヘリオスだけでなく、国家間交渉の末に援護として日本のアマテラス1号及びロシアの宇宙太陽光発電衛星である「ダジボーグ」も作戦に参加した事で、アーグラでの戦いは史上類を見ない程に激しい戦いが繰り広げられた。
戦況はここにきて膠着。NATO軍は敵の防備に大いに苦しめられる事となるが、時間は彼らの味方であった。何せ深海棲艦側は包囲されているせいで補給が途絶しているのに対し、NATOは後方からドンドンと物資が運び込まれている。優位性は人類側にある。事実、時間が経つに従って、徐々にではあるがアーグラ拠点を少しずつ占拠する事が出来ていた。
そして戦闘開始から1か月後の2034年5月、
「本日、我々はインドを深海棲艦の魔の手から解放した」
NATO軍最高司令官は記者会見の場でそう高らかに宣言し、同時にボロボロになったアーグラ拠点に、ネイビーの地に白いコンパス図が描かれたNATOの旗が至る所に陰られている画像を公開された。
こうして1年半にも及ぶノルマンディー作戦は大成功を持って幕を下ろした。
この大ニュースに歓喜する人類。だがこの時、
「待たせたな」
世界の在り方を変えかねない代物が完成しようとしていた。
今回出てきた新ワードの解説
〇宇宙太陽光発電衛星
外伝4で試作していた奴の発展型。宇宙で太陽光発電をしてその電力を地上に送信する代物。ついでに中継衛星を駆使すれば24時間発電可能。マスドライバーが完成して打ち上げコストが滅茶苦茶下がったので実現できた。本来なら文字通り発電用だが、マイクロ波が深海棲艦に効果があるので、対深海棲艦戦に投入されている。ぶっちゃけ切り札的存在。弾が無限な上に、使わない時は発電に使えるので、軍事的にも内政的にも使いやすい。現在、日本、ロシア、EUが一基ずつ持っているが、今後増えていくのが確定している。
元ネタは佐藤大輔著「遥かなる星」
〇マスドライバー
アメリカの遺産その1。外伝4で少し言及している。本作ではレールガンが実用化されているお陰で建造可能になった。因みにマスドライバー研究はレールガン開発国のアメリカがかなり先行していて、そのデータのおかげで建造が滅茶苦茶早まった。日本、ロシア、EUが一基ずつ持っている。(こうでもしないと、宇宙太陽光発電衛星の実用化が出来ずスケジュールに間に合わない……)
〇クイーン・エリザベス級航空母艦
イギリスが建造した空母。本編の番外編4でほんの少し言及している。大体のスペックは現実のそれと同じだが、この世界線ではF-35Cを載せているので、電磁式カタパルトとアレスティング・ギアを用いる所謂CATOBAR空母。1番艦「クイーンエリザベス」2番艦「プリンス・オブ・ウェールズ」
〇深海棲艦の新型大型機「ブラックウィドウ」
深海棲艦側が繰り出した新型大型機。見た目はまんまYF-23で、性能もちゃんと第五世代機。ぶっちゃけ、アメリカの遺産その2。各国の空軍関係者は泣いて良い。(深海棲艦側テコ入れその1)
〇りゅうじょう型航空母艦
外伝2で言及していた日本が建造した空母。見た目はミニニミッツ級。余談だが当初動力が蒸気タービンの予定だったが、F-35Cを飛ばすにはキツイという事で、割と初期の設計段階でガスタービンに変わった。なおカタパルトはイギリスから導入している。