それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
アメリカ東海岸に近いとある海域。その上空を巡洋艦から発艦した艦載ヘリコプターが飛行していた。機長は水平線を睨みつつ、部下に声を掛ける。
「ウィリー、どうだ?」
「相変わらずレーダーにそれらしき反応なしです」
同じくレーダーとにらめっこをしている部下が視線を外さずに返答する。
ホワイトハウスでの会議の後、すぐさま水上戦闘群が編成された。編成はタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『カーター』、アーレイ・バーグ級ミサイル駆逐艦の『ハースト』『ロング』の3隻編成。小規模ゆえに即応性に優れた編成だった。そんな彼らは海軍上層部からせっつかれるように警備艇が襲撃された海域に派遣されることとなった。
経済や航路の安全もあったが、海軍を含めた軍は未確認物体が持つ戦闘能力の秘密を知りたがっていたためだ。そのため今回の任務の中に未確認物体の残骸の回収も含まれていた。
「しかし上層部も変にケチ臭いですよね」
操縦桿を握る副機長のハルがぼやく。機長は彼との付き合いは長いが、相変わらず軽口が多い。何度か注意はしているが本人は治す気はない様だった。
「そんなに例の未確認物体が欲しいなら、早期哨戒機を出してくれればいいのに」
「それは同感だがマスコミ対策だとよ」
「水上戦闘群を編成しといて今更でしょ」
今回の任務は、世間にはあくまで『警備艇を襲撃した海賊の殲滅』とされていた。政府としても事実を話して、無駄に国民を混乱させる気はなかった。
なおマスコミからは今回編成された水上戦闘群に対して、「過剰戦力だ」と批判が出ていた。この事態に対し軍上層部はこれ以上批判を避けるために、当初予定していた早期哨戒機の使用は取りやめとなっていた。そのため現場では艦載ヘリを代用どして使われている。
「ところで未確認物体の正体はなんだと思います?」
「さあな。案外どこかの国が作った兵器かもな」
軍では今回の未確認物体の正体について話題が持ち切りだった。特に水上戦闘群に参加したメンバー内では正体について、至る所で賭けが行われる程盛況だった。
「おっと、機長は兵器派ですか。じゃあ俺はエイリアンに10ドル」
「賭けか。それなら俺は20ドルだ」
「攻めますね機長。ウィリーはどうだい」
「そうですね。私は海のモンスターに50ドルで」
「大穴狙いとはやるな」
そのような雑談を挟みつつも、彼らはしっかりと仕事をこなしていく。
数時間後、規定通り機長が定時連絡を入れようとしたところだった。レーダーを見ていたウィリーは声を挙げる。
「レーダーに反応。かなり小さいです」
「見つけたか。場所は?」
「現在地から北北西に約25海里(約37キロ)です」
「よし、向かうぞ」
「了解」
一気に速度を上げ該当海域に向かう。幸いなことに目標はかなり近く、数分で到着するが、彼らを出迎えたのはとある光景だった。
「これは、中々珍しい光景だな」
「珍しいというより、まずあり得ないでしょう……」
「現実にそこにあるんだ。認めろ」
「しかし円の中だけ波が穏やかっていうのはシュールですね」
彼らの視線の先には海が広がっていた。風も強く少々荒れている。その様な海に存在する、半径5キロ程の波の穏やかな円状の海域は異様に目立っていた。そして円の中心には艦隊が探していた未確認物体が鎮座している。
「旗艦に目標発見の報告を入れろ」
「了解」
「それでどうします?攻撃しますか?」
ハルはミサイルの発射ボタンに指を掛ける。今回の偵察に置いて対艦ミサイルとして「ヘルファイアⅡ」を4発搭載している。射程は8キロあるため、円の外から攻撃できた。
「いや、あの円の中に入るぞ」
「未確認物体は5インチ砲相当を持っています。対空として撃たれる可能性があります」
「上層部の指示で、『出来るだけデータを取ってこい』だそうだ。やるぞ」
「了解。上層部も軽く言ってくれるぜ」
ハルがぼやきつつもヘリコプターを円の上空に向かわせる。慎重に操縦し円の内側に入ったところで、レーダーを見ていたウィリーが声を上げる。
「レーダー、通信機器にノイズがかかり始めました。」
「やはりか。――ハルどうした」
今まで順調に飛行していたヘリコプターが若干だがグラつき始めたため、機長はハルに声を掛ける
「機長、ヘリの電子機器にも影響があるみたいだ。調子がおかしい」
「電磁パルスに近いか。墜ちそうか?」
「そこまでじゃないが――目標より発砲炎!」
ハルの叫び声と共に、機体の右を砲弾らしきものが高速で通り過ぎていく。いつの間にか未確認物体から伸びた砲塔がヘリコプターに向けられていた。
「やはり対空もできるか。すぐにここから離れるぞ!」
「了解!」
撃たれつつ即座に円の外に出るヘリコプター。機体やレーダー、通信機の調子はすぐに元に戻ったが、砲撃は相変わらず続いていた。
「反撃だ!全弾打ち込んでやれ!」
「了解、攻撃開始!」
4発のミサイルが未だ砲撃を続ける未確認物体に殺到する。相手も回避しようとジグザグに動いているもののミサイルの速度に対して遅く、3発が命中することとなる。しかし――
「目標健在。しかしダメージはある様です」
「だろうな。砲撃の頻度がだいぶ落ちた」
事実、ヘリコプターに飛んでくる砲弾は目に見えて減っていた。しかも狙いもかなりあいまいになっており、こちらが静止でもしない限り命中することはなさそうであった。
「しかしどうします?ミサイルは弾切れですよ」
「旗艦に攻撃要請する。俺たちは攻撃範囲外に退避だ」
「了解」
ヘリコプターは機体を反転させ、攻撃範囲外に後退していった。しばらくして、艦隊から発射されたであろう3発ミサイルが目標に殺到、内1発が直撃し大きな火柱が上がった。同時に凪いでいた海域が元の荒い海に戻る。
火炎が収まったそこには、未確認物体の姿はなく、代わりにその残骸だけが周囲に漂っていた。
「終わったか」
アーレイ・バーグ級ミサイル駆逐艦『ハースト』の艦長が呟いた。
「結局、我々の出番はありませんでしたな」
「そうだな」
副官の言葉に艦長は頷いた。今回の出撃において未知の存在が相手であることを考慮して、各種ミサイルを搭載していた。最も艦載ヘリと旗艦によるミサイル攻撃によって敵を撃破できたため、ハーストは周辺警戒のみにとどまっていた。
「まあ訓練と考えれば良い経験になっただろう」
「ずいぶんと金のかかった訓練ですがね。財務省が文句を言いそうです」
「いつもの事だ」
軍事行動は金がかなり掛かるものである。もちろん未確認物体を排除しなければアメリカ経済全体にも影響があるので、財務省は軍艦の派遣自体には納得していたものの、出来る限り出費は抑えたがっていた。
「ともかく税金泥棒なんて言われないように、しっかりと任務を継続するぞ」
そうして引き続き周辺警戒を続けて5分程経過した頃、通信士が声を上げた。
「見張り員より報告。当艦周辺が凪いでいます」
「なに?」
その報告に艦長は艦橋から海面を見る。海には異様なまでに波がない。
「電子機器に異常は?」
「異常ありません。対電子パルスは有効な様です」
「よし、総員警戒」
艦長の号令に艦橋がにわかに慌ただしくなる。艦橋要員が各々の仕事に集中する。
緊張感が艦橋に漂う中、突如レーダー手が声を上げた。
「南西5キロに反応、数3!」
「見張り員より報告、海中から現れたようです!」
「ソナーはどうした!」
「魚群に紛れて近づいていた様です!」
そのようなやり取りの間にも、敵が放った砲撃がハーストの近くに着弾。衝撃でハーストの船体を大きく揺らしていた。三体の未確認物体は隊列を組む様に一列に並ぶと、攻撃をしながらハーストに接近していく。その様子を見ながら艦長は声を張り上げる。
「戦闘用意!先頭に集中攻撃をかける!僚艦には援護を要請しろ!」
ハーストの主砲、ミサイルが敵に狙いを定める。敵に回避行動をとるような動きも見せ始めていた。
「撃ち方始め!」
号令と共にハーストから砲撃と対艦ミサイルが放たれる。攻撃は敵に集中するが、命中しないものも多い。
「やはりあそこまで小さいと命中率が悪いか」
艦長は指示を出しつつも思うように攻撃が命中しない光景に歯噛みする。
軍艦が装備する武装、特にミサイルは迎撃がなければ命中率は高い。しかしそれは相手が地上施設や艦艇の様に巨大な目標である場合の話だ。今回のように数メートル程度の大きさの敵に当てることなど想定されていない。ましてや回避行動も行っているため余計に命中しにくくなっていた。
それでも数でカバーすると言わんばかりにミサイルを連射することで、艦隊は確実に相手にダメージを与えていく。
しかし未確認物体も攻撃されるだけでは終わらない。ハーストとの距離は縮まったことにより砲撃の精度が上がっていき、ついにはハーストに命中弾が発生することになる。轟音と共に船体が大きく揺れた。
「ダメージレポート!」
「左舷に3発被弾、戦闘に支障ありません!」
艦長の大声に対し即座に報告が入る。今回の被弾は幸運なことに動力機関やレーダーなど戦闘に必要不可欠な装置への被害はなかった。
この被弾に艦隊はお返しとばかりに攻勢をかけ、二体の未確認物体を撃破することに成功する。
その様な戦況になったところで、事態は動き出す。
「目標、潜航を始めました!」
「なんだと?」
未確認物体は不利を悟ったのか砲撃を続けながらも、徐々に海中にその身を沈めようとしていた。その光景を見た艦長は即座に命令を下す。
「主砲の発射速度を最大、CIWS、25mm機関砲も使え!逃がすんじゃないぞ!」
アーレイ・バーグ級駆逐艦に搭載されている主砲、『Mk.45 5インチ砲』の発射速度は最大20発/分だが、通常は発射速度を落として使用される。これは砲身の温度上昇から来る砲身の歪みによる命中精度の低下を防ぐためだ。これを無視した場合、最終的には砲身は破損することになる。
艦長はそれでも発射速度を上げさせた。未確認物体が逃走すれば、再度船舶への襲撃をされかれない。少しでも撃破できる確率を上げるためだった。
そして――彼は賭けに勝つこととなる。
「目標、沈黙しました」
オペレーターの声が艦橋に響く。足の生えた魚の様な腹を見せながら海面に浮かぶ未確認物体の姿が、戦場に残っていた。
「結果が出たか」
未確認物体の戦闘から3日。大統領はホワイトハウスの一室で技術局からの報告を受けていた。会議室には各省庁のトップがそろっている。議題はもちろん撃破した未確認物体についてだ。
「結論から言いますと、全くの未知の存在です」
目の下にくまが出来ている技術局局長はそう言い切った。会議室が少しざわつくが、ある程度予測はしていた様子でもあった。
「とりあえず、詳細を頼む」
「まず身体の上部を覆っている殻の様なモノは、甲殻類の殻ではなく金属――それも1cmの高張力鋼板でした。また、腹部は深海魚に近い体組織をしています」
その報告に海軍長官が声を上げる。
「待ってくれ。1cm程度の高張力鋼板?それでミサイルや5インチ砲を何発も耐えたのか?」
高張力鋼板は現代の駆逐艦の装甲にも用いられている鋼材だが、1cm程度ではミサイルや艦載砲を防ぐような防御力はない。
「恐らく生きている時のみ高い防御力を発揮するのでしょう。続けます。血液と思われるものはガソリンと同じ成分、内臓器官は魚類に近いですが見たことのないものでした。口腔内にあった砲の様な器官ですが、砲の内部に実包が装填されていました。また砲の付近に実包を貯蔵する器官もありました」
「すまない実包とは何だ?まさか銃で使うやつか?」
「その実包です。サイズはブローニングM2の使用弾と同等で、解体してみましたが内部は第二次世界大戦中に使われた5インチ砲の榴弾砲と同じ構造でした」
「撃ったのかね?」
「ブローニングM2での発射試験を行いましたが、5インチ砲相当の威力は出ませんでした」
これらの報告に会議室に沈黙が訪れる。あまり期待はしていなかったとはいえ、ここまで不明な点が多いとは思わなかった。
その空気を感じ取った技術局長は、一つ咳払いをするとやや強めの口調で言った。
「確かに現状では不明な点が多いですが、解明できれば我が国に大きな利益をもたらすことは確実です。そのためにも、人員の増員と追加予算を願います」
その言葉を聞いた大統領は、軍事に関わる者たちに視線を向ける。
「海軍としては、その意見に賛成です」
「陸軍も同じくです」
国防を担う者たちは大きく頷いた。軍部としても未確認物体が持っている戦闘能力は魅力的だった。
「財務省としてはどうだ?」
「満額は難しいでしょうが、追加予算には賛成です」
財務長官も賛成に回る。民生にも活かせれば経済力の向上につながると判断したためだ。
「よろしい、人員増員と追加予算を認めよう」
大統領が頷いた――その直後会議室の扉が乱暴に開かれ、一人の男が息を切らして駆け込んできた。彼は大統領の秘書だった。その様子に全員が何事かと顔を向ける。
「ドーバー海峡に未確認物体の集団が出現、沿岸部に砲撃を行っております!またカリブ海、東シナ海、ハワイ近海にも出現しました!」
全員があまりの事態に絶句する。
「……どうやら事件はまだ終わっていなかったようだな」
苦り切った顔で大統領は呟いた。
またダイスのログがない……