それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
シークレットダイス:02、21、31
今回は動きは無いですね。
提督と艦娘が各地方隊に配備され2週間が経過した。各地で艦娘運用用の基地が急ピッチで建設された際は、ドン引きしていた自衛官たちだったが、艦娘の出撃がされるようになるとその認識を改めた。これまで散々苦労してきた深海棲艦を次々と撃破していく姿に多くの者たちは喝采を上げた。艦娘の能力に危機感を覚える者も一部には出たものの、現状の自衛隊では深海棲艦に対抗できない事は分かっているので、目立った動きをすることは無かった。また日本国民も艦娘に対し大方は好意的であるため、日本での艦娘運用を遮る要素は無いと言っても過言ではなかった。
その様に日本中が歓迎ムードに包まれている中、自衛隊の上層部と提督、艦娘は焦りを覚えていた。艦娘の運用に必要とする重要な要素が全く足りないためだ。燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト。提督たちが資源と呼んでいるそれらが不足していた。そしてそれは首都防衛の要である横須賀基地でも同じだった。
横須賀基地からすぐ近くに建設された艦娘用の基地である『横須賀鎮守府』。今日の出撃を含む業務が終了し、艦娘と提督は鎮守府で思い思いに過ごしている。
「不味いわね」
横須賀鎮守府の食堂で叢雲は呟いた。
「メシが?」
「違うわよ」
秋山の言葉に即座に訂正を入れる叢雲。現在は夕食時。提督と艦娘が食事のため食堂にやってきており、かなりの賑わいを見せていた。秋山と叢雲もその中の一人だ。
「そもそも食堂の責任者って間宮さんとその提督じゃない。美味しいに決まってるわ」
「まあ、そうだな」
初期艦として呼び出される艦娘は、性格や技能などで呼び出した提督と相性がいい艦娘が呼ばれるとされている。鎮守府建設の中心人物だった提督は一級建築士の資格を持っていたし、鎮守府の食堂の責任者は以前はホテルの料理人だった。
「そうじゃなくて、資源よ資源。このままじゃジリ貧よ?」
「それは分かってるけどな……」
艦娘を運用するにおいて戦闘、修理、建造、開発と様々な要素に必要とされる資源だが、既存の物をそのまま使えるわけではない。提督には妖精と共にそれらの資源を艦娘用に加工することが出来るのだが、ある種の手作業であるため量産は難しい。提督総出で資源加工作業をやっても、現在保有する艦娘を運用するだけで精一杯だった。大量生産をするには専用施設がいるのだが、建築するにはある程度の量の艦娘用資源を使用するため、建築がなかなか進まないでいる。現状の想定では6月の後半に完成予定とされていた。
「正直どうしようもないだろ」
「諦めないでよ」
提督たちも資源不足は認識しているものの、地道に資源加工施設を建築していく以外どうしようもないと半ば諦めの空気が漂っていた。
「節約するとかあるじゃない」
「具体的には?」
「砲撃をやめて接近戦で倒すとか」
「それ被弾が増えて、逆に出費が増すぞ」
「……戦艦や空母を中心に遠距離攻撃するとか」
「被弾は少なくなりそうだけど、弾薬の出費が凄いことになりそうだな」
「……提督たちが不眠不休で加工作業?」
「節約ですらなくなったぞ」
「……」
二人の間に沈黙が漂う。分ってはいたがそう簡単に有効策が思い浮かぶわけではない。
「深海棲艦から回収した資源がそのまま使えれば楽なのに……」
「出来ないものはどうしようもないだろ」
深海棲艦出現直後から人類は深海棲艦の研究を続けていた。これまで科学者や生物学者が頭を抱えたくなるような研究結果しか出ていなかったが、艦娘が出現し彼女らの協力により研究が進み始めていた。深海棲艦が使う装甲、弾薬もその研究により明らかになったことの一つだった。深海棲艦が使用している装甲や弾薬等は、艦娘の使用するそれと近い物であることが判明した。
「これを艦娘用に使えないか?」
そんな話が研究者たちから出てくるのは当然だった。深海棲艦はそれこそ無数にいる。特に輸送艦クラスからはそれなりに纏まった量が採れることは以前から知られていた。彼らは、現状では既存の資源を加工することでしか作れない艦娘用の資源を、これで代替とすることを目論んだのだ。
早速明石など、技術力がある艦娘に話を持ち掛ける研究者たち。だが、帰ってきた答えは芳しくなかった。
「加工しないと使えませんよ?」
明石曰く、「深海棲艦から採れる資源は深海棲艦用に加工された物であり、艦娘が使うには提督による加工が必要」とのことだった。結局、彼らの目論見は頓挫することとなった。
「幸い6月には施設が完成するんだ。気長に待とう」
「……そうね」
今の自分達には何も出来ない。そのことが改めて確認されただけであり、若干気落ちした気分を紛らわすように、二人は食事を再開した。
「駄目ですか」
「ええ、駄目でした」
防衛省、大臣執務室。坂田防衛大臣と前田海上幕僚長は顔を突き合わせていた。
「財務省と掛け合ってみましたが、残存艦の修理費用は満額引き出せました。しかし――」
「新艦の建造は却下された、と」
ため息を吐く二人。この問題は軍事に関わる人間にとって、頭の痛いものだった。
現在の海上自衛隊の戦力は、いずも型1隻、あたご型2隻、汎用護衛艦8隻。他国と比べればまだ戦力は残っていると呼べるが、どれも損耗が激しかった。
そのため海上自衛隊は艦娘の登場により、ある程度戦力に余裕が出来た事を期に、海上戦力の建て直しを図った。
第一次艦隊再建計画と名付けられた計画。その内容は以下の通り。
○残存艦の修理及びメンテナンス
○あたご型三番艦の起工
○汎用護衛艦3隻の起工
○いずも型二番艦「かが」の建造の再開。
「かが」についてだが、対深海棲艦戦の初期に起工したものの、戦況の悪化により物資が他の兵器に回されてしまい建造が中断されていた。海自としてはヘリコプター搭載護衛艦が1隻しかない現状を打破しようと目論んでいた。
海上自衛隊から防衛省に提出されたこの計画に、坂田も賛成。海上自衛隊関係者は計画を進めようとしていた。
そんな彼らに待ったを掛けたのが財務省だった。
「戦時下ですら予算不足に泣くはめになるとは……」
「しかし計画に予算を回せない理由が国防に関わることですので、反論できませんでしたよ」
日本の財政状況は増税や戦時国債の発行など様々な手を打ってはいるが、既に破産寸前まで来ていた。その様な状況の中で従来の軍事活動に加え、空自のF-15J改修計画、陸自の地対艦ミサイル及び対空ミサイルの大量配備、更には新兵器の開発と予算が投入されてきたのだ。軍艦の新規建造という金食い虫に、予算を回せる余裕など既に無かった。
それでも坂田は何とかならないかと交渉を続けていたが、財務省に味方をするものが現れる事となる。
「それに経済産業省まで出てこられては、私もお手上げです」
戦略物質を管轄する彼らに取っても、この計画は看過できないものだった。
「既に日本の戦略物資は危険域だ。護衛艦を新規に建造する余裕は既にない」
財務省との幾度目かの交渉の後、話を聞いた江口経済産業大臣が坂田にコンタクトを取ってきた際に言われた言葉だった。計画の必要性を説く坂田だったが、更に江口は続ける。
「物資が限られる現在、残されたリソースを艦娘に集中させるのが良いのでは?」
「……」
その言葉に坂田は沈黙するしかなかった。現状で深海棲艦に対して有効な戦力は艦娘のみ。残り少ない物資を艦娘に集中させた方が最善であることは明らかだった。
更に江口が艦娘を推す理由に、必要とする資源の少なさもあった。艦娘の建造や運用には確かに各種資源を使うことになるが、既存の兵器と比べても非常識な程必要な資源は少ないのだ。低コストで高いパフォーマンスを見せる艦娘。そのような存在を推さない者はいなかった。
財務省と経済産業省。二つの省に押される状況では、既存艦の修理をねじ込むのが精一杯だった。
「では第一次艦隊再建計画は中止であると?」
「いえ、中止ではなく中断です」
「中断?」
「はい。財務省と経済産業省から資源の輸入もしくは自活が出来た場合、計画を再開出来ることを確約させました」
色々と反対意見を出していた二つの省だが、坂田の語る「艦娘消失のリスク」については納得しており、自衛艦隊再建には理解を示していた。そうでなければ既存艦の修理すら行われなかったであろう。新規建造が却下されたのはそれを行う余力がなかったためだ。言ってしまえば計画を実行するには時期が悪すぎたのだ。
「自衛艦隊には悪いですが、今は艦娘戦力の強化に集中させていただきます」
「分かりました。自衛艦隊司令官には私から」
「よろしくお願いします」
このようなやり取りの末、自衛艦隊の立て直しが始まった。
「マズイ……」
井上財務大臣は財務省の執務室で頭を抱えていた。執務机には大量の資料。どれも日本の財政について記載されているが、そのどれもが冗談で済まないぐらいに危機的な状況を示していた。
「このままでは破産する」
それほどまでに日本の財政はひっ迫していた。
事の起こりは当然のことながら、4年前の深海棲艦の出現。深海棲艦により世界中の海は安全地帯でなくなり海運が不安定になったことと同時に、世界中の経済は大混乱に陥り、その煽りを日本も受けることになる。
これらの混乱に対して、当初は日本政府は公的資金を投入するなど、経済の安定化を図った。井上としてもこの判断は間違っていないと考えている。この混乱が何年も続かなければ、という但し書きがなければ。
「経済の下支えだけでもかなりツライのに、同時に軍事費の急拡大に戦災復興支援なんて無理があるぞ……」
深海棲艦など直ぐに駆逐できると考えていた井上。そんな思いとは裏腹に、深海棲艦は駆逐されるどころかドンドンと攻勢を強めていった。当然それらに対抗するために日本も軍事力を強化するが、同時に負担も大きくなっていった。
それらの予算を捻出するために、政府は様々な手を取ってきた。増税、社会保障費を始めとした各種予算の削減、赤字国債の発行とインフレ覚悟で行われたのだ。だがそんな努力を嘲笑うかのように必要とされる予算は加速度的に増加していった。これで経済規模も拡大していれば何とかなったのだが、深海棲艦の攻撃によって経済は縮小していた。
詰んでいるとしか言いようがない状況の日本。そんな所に現れたのが艦娘だった。
「彼女たちがこの状況を打破する鍵になるのか。……それにしても軍事力と見られている艦娘に、経済的に期待することになるとは」
戦力が足りていない自衛隊にとって救世主の様な存在であるが、経済においても救世主となりえる可能性があった。
下落が続いていた経済状況だったが、艦娘の発表の後、若干の落ち着きが見られるようになってきた。財務省では日本の防衛力が艦娘によって向上し、「彼女たちによって深海棲艦の被害がなくなるのかもしれない」と期待されたためと分析していた。
また艦娘の運用コストの少なさも、財務をつかさどる者にとって歓迎できる要因だった。必要となる資源は既存兵器と比べて少なく済み、更に建造は工場で作るのではなく提督がある種の手作業で行われる。それなのにその能力は折り紙付き。低コスト・ハイパフォーマンスな艦娘は、これまで散々軍事費の拡大に苦しめられてきた財務省にとっても救世主となっていた。
「後は貿易でも東南アジアの進出でもいいから資源が確保できれば、経済が上向きになるのは確実。頼むぞ……」
井上は祈るように呟いた。