それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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人類が勝った場合の理由付け及び「あれ」の投下回。話の配分をミスって「後編」なのに分割する羽目に……


海を征く者たち12話 東太平洋海戦後編・上

「敵艦隊、撤退を開始しました!」

 

 太平洋艦隊旗艦、ブルー・リッジ級揚陸指揮艦「マウント・ホイットニー」のCICに通信士官の声が響いた。

 

「司令官、追撃しますか?」

「無用だ。こちらも損耗が激しい」

 

 太平洋艦隊司令官ワーグナー大将は首を振った。追撃を掛けられる程の戦力は残っているが、長く続いた戦いのために無視出来ないレベルの損耗が生じていた。ここで無理をすれば、後々に悪影響が出る可能性があった。

 

「敵の撤退に合わせて、こちらも後退する」

 

 即座に命令は太平洋艦隊全体に通達される。同時に艦隊全体に漂っていた張り詰めた空気が徐々に弛緩していく。長く続いた戦闘がようやく終了したのだから、当然の事ではあった。

 

「……ようやく終わりましたね」

「ああ。だがこれからが大変だ」

 

 戦闘こそ終わったが、軍のトップに立つ者たちの仕事はまだまだ残っている。山積みの仕事を思い出し、小さくため息を吐くワーグナー。そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ヘインズ参謀長は口を開いた。

 

「司令官。パナマの件ですが……」

 

 彼の言葉に、ワーグナーは顔を顰めた。南米での動きについては太平洋艦隊にも通達されていた。当然、パナマに向かう敵艦隊に核攻撃が敢行されることも知らされていた。

 

「効果があると思うか?」

「核弾頭を複数で運用するそうですので、多少なりとも効果はあると思いますが……」

 

 返答するものの煮え切らないヘインズを見て、ワーグナーも頷いた。彼らはこれまで深海棲艦と散々戦ってきた者たちである。だからこそ、その厄介さをよく知っている。彼らは深海棲艦が核攻撃に対して、何かしらの対抗手段を講じている可能性を捨てきれなかった。

 

「今から全力でパナマに向かった場合、接敵出来るか?」

「無理でしょう。敵艦隊がパナマに近づきすぎています」

「やはりか。……艦娘の状況は?」

「駆逐艦を中心に中、大破艦多数。戦艦も損傷した者が多いです。空母系は基本的に後方に配置されていたため、目立った損耗はありません」

「ふむ……」

 

 目を閉じてワーグナーは深海棲艦の動きや太平洋艦隊の戦力を勘案し高速で思考する。暫しの間の後、彼は命令を下した。

 

「パナマへ援軍を出す」

「よろしいのですか?」

 

 太平洋艦隊は損耗が激しい事はワーグナーもよく分かっている。だが彼はそれを勘案しても援軍が必要になると考えた。

 

「艦船への核攻撃は効果が薄い事は周知の事実だ。パナマに侵攻している艦隊がダメージを受けても、侵攻を続ける可能性がある。核だけに頼るわけにはいかない」

「理由は解りましたが、今からでは間に合わないのでは?」

「いや、かなり艦娘と提督には負担を掛けることになるが、手はある。すぐに取り掛かるぞ」

「了解」

 

 こうして、太平洋艦隊は動き出した。

 

 

 

 中米近海、高高度を高速で飛行する編隊があった。B-1B2機、そして護衛のF-15Eが16機。パナマへの深海棲艦の侵攻を阻止するために急遽出撃した航空編隊だった。

 

「もう夜明けか。不味いな」

 

 風防から飛び込んで来る朝日に編隊の指揮官兼B-1B機長のモーガンは、予定より遅れが出ていることに気付き小さく舌打ちした。核攻撃を決定した以上、投射する海域の放射能汚染は免れないが、余りに陸地に近かった場合放射能の影響が人の住む地域に及んでしまう。そのため出来る限り陸地から離れた海域で核爆弾を投下する必要があった。

 本来の予定では夜明け前に深海棲艦の艦隊と接敵するはずだったのだが、核爆弾の積み込みや護衛戦闘機の編成、メキシコ領空を飛行する際のゴタゴタでかなり時間が掛かってしまった。その遅れは超音速戦略爆撃機であるB-1Bのスペックをフルに発揮しても巻き返せるものではない。

 焦るモーガンだが、そんな彼に追い打ちを掛ける報告が飛び込んで来る。

 

「レーダーに反応、これは――深海棲艦の航空機編隊です!」

「なんだと?」

 

 レーダーを見ていた乗員の言葉に、モーガンは思わず聞き返す。

 

「ここは高度1万m以上の高高度だぞ?」

 

 これまで深海棲艦の航空機が出現するのは、精々6000m程の空域だった。そんな存在が彼らのいる高度に現れるとは予測していなかった。

 

「間違いありません。前方より航空機多数です」

「……そういえばF4Uコルセアは高高度まで上がれたな」

 

 深海棲艦の航空機は実際に存在した機体がモチーフである。当然高高度まで上昇出来る機体があるのも当然の事である。

 彼の知らない事であるが、パナマに向かう深海棲艦の艦隊は夜明けと同時に各方面に哨戒のために航空機を出しており、その内の1機がアメリカ爆撃機編隊を発見していた。偵察からの報告を聞いた深海棲艦は高高度に展開できる機体を慌てて発艦させていたのだ。

 

「迂回しますか?」

 

 副機長のウォーリーが提案するが、モーガンは首を振る。

 

「いや時間が惜しい。そのまま直進する」

「危険では?」

「レーダーを見る限り、航空編隊は小規模だ。これならば護衛機でも対処可能だ」

 

 護衛のF-15Eは対空装備ではあるが、爆撃機の航続距離に付いていくためにフルに増槽を装備しており、従来の物よりミサイルなどの武装は少なかった。

 とは言え敵の艦隊の規模の割には現れた機体数はかなり少ない。そのためモーガンは問題は無いと判断した。

 

「Eagle-1より、護衛隊各機へ。敵航空機編隊への攻撃を許可する」

《Shield-1、了解。全機行くぞ》

 

 護衛隊の隊長機の指示の元、各機が攻撃を行うべく一斉に敵編隊に照準を合わせる。

 

《Shield-1、FOX-3》

《Shield-4、FOX-3!》

《Shield-8、FOX-3、FOX-3》

 

 符号と共にミサイルが次々と放たれる。ミサイル群は1発も逸れること無く深海棲艦航空機編隊に飛び込むと、大爆発を起こし敵を凪ぎ払う。

 爆炎が収まった頃には、爆撃機のレーダーには何も映らないレベルにまで、敵の数は激減していた。その光景にモーガンは素早く次の指示を出す。

 

「このまま直進する。敵航空機との衝突に気を付けろ!」

 

 彼の命令と共にアメリカ爆撃機編隊は一気に速度を上げ、二つの編隊が急接近していく。

 敵編隊の中央突破。それがモーガンの選択だった。かなり強引ではあるが時間が余り無い状況であるため、この方法を取ることにしたのだ。

 

《Shield-2、Gun!》

《Shield-3、Gun》

 

 機銃発射の符号が飛び交う。護衛隊の機銃を先払いにして、深海棲艦の航空機の群れに飛び込む。B-1Bの風防には、相対速度により敵航空機が猛スピードで後方に流れていく。

 

(思ったより残っているな)

 

 深海棲艦の使う航空機は1mにも満たないが、相対速度が音速を越える状況で機体と激突すれば、最悪撃墜もあり得た。

 若干の後悔を覚えるモーガンを余所に、二つの航空機編隊の交差は続く。深海棲艦側も止めようと動き出すが、進路上に立てば護衛隊の機銃に粉砕され、追いすがろうとしても性能差が大きく不可能だった。

 時間にして数十秒。モーガンたちは深海棲艦航空機編隊の突破に成功した。損傷、損失機無しと完璧な成果である。無線を通して歓声が上がる。

 

「所で機長、さっきのあれ見えましたか?」

「ああ」

 

 ウォーリーが重い浮かげている物を直ぐに理解しモーガンは頷いた。今まで出現しなかった高高度に敵が現れたのだから、このことは予感はしていた。だからこそ驚きはしない。

 

「ありゃ新型だな」

「猫の耳が生えた白い球体。相変わらず航空力学に喧嘩売ってますね」

 

 これまでに確認されていない新型艦載機との遭遇。それを見たのが艦娘ならば慌てていただろう。だが軍用機のパイロットの彼らは何も感慨も無い。

 

「まあ性能もそこまでではないし、サーモバリック弾頭で撃破出来るなら問題ないな」

「そうですね」

 

 いくらその航空力学を無視しておりその小ささには非常識な戦闘能力を有しているとはいえ、その性能は飽くまで第二次世界大戦時の物と同等程度。現代で運用されている軍用機にとって小さいだけの的と変わりない。深海棲艦出現当初はその小ささに苦戦したが、サーモバリック弾頭搭載型対空ミサイルが充実すると、唯の障害物でしかなかった。

 

「それよりそろそろ目標の艦隊が近い。準備にかかれ」

「了解」

 

 敵の航空機が出現したという事は、近海に目的の深海棲艦艦隊がいることは確定している。敵に人類の持つ最大火力を叩きこむために、爆撃機の乗員は最終確認を始めた。

 今回の作戦に参加しているB-1Bは第二次戦略兵器削減条約において削減の対象となっており、1994年に核攻撃任務から外され、本来なら核搭載能力は無かった。しかし深海棲艦の攻撃の激化により、アメリカ軍は劣勢に陥っていた。この事態への対応策として軍備強化が行われているのだが、その一環でB-1Bの核搭載能力が復活していた。ただし核搭載型巡航ミサイルの運用は出来ず、自由落下型のみ。今回の作戦では2機のB-1Bに各2発づつの核爆弾を搭載している。

 

「最終確認完了しました」

「よし……」

 

 爆撃機編隊に徐々に緊張感が漂い始める。この作戦の成否が文字通りアメリカの命運を左右するのだから当然の事である。誰もが口を開かず沈黙が編隊を支配する。そして――

 

《目標発見!》

 

 編隊に半ば叫びに近い無線が響く。深海棲艦の小ささと爆撃機体の高度故にその艦隊は豆粒の様にしか見えないが、確かにそこにあった。

 

「投下用意!」

 

 B-1B2機が目標に照準を定める。使用する核爆弾は自由落下型のため深海棲艦艦隊から若干ずれる可能性もあるが、その火力故に問題は無い。兵装システム操作員が核を投下しようとする。だがその時異変は起こった。

 

「目標、赤いフィールドの様な物を展開!」

「何!?」

 

 モーガンが慌てて確認すると、そこには確かに艦隊を覆うように赤く輝く膜の様な物が出現している。爆撃機隊は高高度故に分からなかったが、艦隊は航行を停止しており、艦隊の旗艦である新型の姫級を中心にフィールドは出現している。

 

「どうします!?」

「構わん、投下しろ!」

 

 明らかなイレギュラー。だが彼らに採れる選択肢は存在しなかった。再度照準が定められる。そして――

 

「投下!」

 

 計4発の自由落下型核爆弾は放たれた。それらは風の影響で若干流されるも、目標へ向かって落下して行き、指定された高度で信管が起動。直後、

 

 深海棲艦を人類の持つ最大の炎が覆った。

 




多分次回でパナマ編は終わります。場合によっては「中」が付くかも?

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