それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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 もう何度目かのおっさん達の会議シーン回。大海戦があったのに、結局最後まで艦娘が描写されずに終わってしまった……。




海を征く者たち14話 パナマ占領による影響

 深海棲艦のパナマ占領。このニュースは瞬く間に世界中に駆け巡った。艦娘の出現により戦況が若干好転してきていたため、誰もが最初は誤報ではないかと考えた。だが次々と入ってくる情報によりそれが事実であると分かると、各国政府は対策を迫られることとなる。

 

 

 

 アメリカ、ホワイトハウス。会議室には各省庁のトップが一堂に会し、パナマ占領に伴う問題の洗い出しと対応の会議が行われていた。その誰もが疲れ切った表情を隠しきれていない。何せパナマが深海棲艦に占領されて以来、次々と現れる仕事を前に、碌に休むことが出来ないのだ。

 

「東西両海岸で行われた各海戦では、深海棲艦を多数撃破出来ました。この戦果は艦娘出現以前では考えられない程のものです」

「確かにこれだけの戦果があれば、うるさい奴らを黙らすことは出来るな」

 

 クーリッジ大統領は配布されていた資料に目を向ける。そこには通常兵器で戦ってきた頃とはあり得ない程の戦果が記載されている。特に以前は苦戦していた戦艦級の撃破数は文字通り桁違いとなっている。人類だけではこの戦果を出すことは出来ない。この事実があれば、艦娘脅威論者をある程度静かにさせることが可能であった。

 

「こちらの被害は?」

「艦娘が前衛を務めていたため、通常戦力への被害は殆どありません。艦娘の方ですが練度の低い駆逐艦を中心に轟沈が出ています」

「やはり訓練期間が足りなかったか」

「今回は仕方がありません。建造したての艦娘も出さなければ、押し切られていました」

 

 現場からは建造したばかりの艦娘をいきなり実戦、それも大海戦に投入するのは反対意見が多く、また海軍上層部としても無為に戦力が損失しかねない事はしたくなかったのだが、敵の大規模攻勢の前にはそう言っていられなかった。そのため少なくない数の轟沈者が出ていたが、海軍は沈んだ彼女たちの犠牲を無駄にするつもりはない。轟沈原因の洗い出しをし、轟沈者を少しでもなくすための研究が行われていた。

 

「……しかしこうして数字にして解りやすくされると、我々人類が如何に艦娘に頼らなければならないかが良く解るな」

 

 皮肉気に笑うスチュアート内務長官の言葉に、場が苦笑に包まれる。その中には軍関係者も混じっている。

 

「仕方無いだろう。はっきり言って我々だけでは深海棲艦に勝てんよ」

 

 クーリッジの言葉が彼らの認識の全てを現わしていた。艦娘に頼り切りという状態に思うことが無いわけではないが、現状の人類では深海棲艦に適わない。否が応でも艦娘を当てにするしかないのだ。

 こうして諸々の戦闘で生じた問題について結論を出した後、本題であるパナマ問題に取り掛かった。

 

「分かっていたが問題だらけだな」

 

 顔を顰めつつため息を吐くクーリッジ。良い情報など有るはずもなく気が滅入る。

 

「既に報告しましたが、パナマを敵に取られたため、南米との交易路が寸断されました。不足分の資源を南米から賄っていた我が国だけでなく、南米諸国にとってもこれは大きな問題です」

 

 パナマは南北アメリカをつなぐ要所。そこを深海棲艦に占拠される事は、南北アメリカの連携が分断されてしまうことと同じである。この問題はアメリカだけでなく、南アメリカ諸国にとっても大きな問題となる。

 

「艦娘の護衛による海上輸送による交易はどうだ?」

「出来なくはないでしょうが、敵の拠点が航路の近くにあるため船団への猛攻が予測されます。収支を考えれば赤字になる可能性が高いです」

「……そうか」

 

 頭を抱えたくなるクーリッジ。だが、パナマ問題は交易が封じられた事以外にもある。バーダー国務長官が資料を手に立ち上がった。

 

「パナマから脱出した難民が我が国に向かってきていますが、この集団に異変が生じています」

「異変?」

 

 パナマを占拠されたことにより、現在深海棲艦から逃れようとするパナマ国民が、周辺国に避難してきていた。南米に逃れた難民はラテンアメリカ最大の経済力を持つブラジルへ、そしてパナマの隣国コスタリカに逃れた難民はアメリカを目指して進んでいた。その事はアメリカも把握していたのだが、時間が経つにつれて予想外の事が起こっていた。

 

「我が国に近づくに従い、難民の規模がドンドンと大きくなっています。恐らく、中米諸国の国民がパナマ難民に合流したかと」

 

 パナマと言う近場に深海棲艦の拠点が出来てしまったため、中米諸国の国民は深海棲艦の攻撃を恐れて、アメリカに逃れようとパナマの難民集団に合流する者が多発していた。またこの機に自国よりも豊かなアメリカに移り住もうとする経済難民も含まれている。そのため難民の規模はアメリカに近づくにつれて、雪だるま式に大きくなっていた。

 

「規模は?」

「現在の推定で500万人。アメリカに着くころには更に増加している可能性が高いです」

「……スチュアート内務長官。受け入れは」

「分かっていると思うが、そんな余裕など無い」

 

 現状で国力、軍事的に世界で一番力を持っている国はアメリカではあるが、だからと言って何百万もの難民を受け入れられる余裕など存在しない。

 このような事態を引き起こした原因であるパナマであるが、そちらでも動きがあった。

 

「パナマの敵拠点ですが、既に滑走路らしきものが確認されています。また確認された深海棲艦も侵攻時よりも規模を大きくしています」

 

 パナマが占拠されたものの、アメリカもそのままにするつもりはない。パナマ占拠直後から衛星や航空機による深海棲艦の監視は続いていた。アメリカ軍はこれらの情報を元に国防計画を作成していた。

 

「やはり国防総省の予想通り我が国への爆撃か?」

「間違いないかと」

「防衛の準備は?」

「対空ミサイル及び空母艦娘を各地に配置し、迎撃態勢に入っています。これでひとまずは深海棲艦の爆撃を防げるかと思われます」

「ふむ、何とかなるか」

「しかしそれに伴い両海岸の艦娘の航空戦力が激減しています」

「そこは仕方がない。提督たちには空母艦娘の建造を行うように命じてくれ。航空戦力の減少はマズイ」

 

 この指示は減少した航空戦力を補充するのは当然ではあるが、それ以外にも目的は合った。クーリッジは閣僚を見渡し、語気を強めて言い放つ。

 

「我々はいつまでもパナマを占拠されている訳にはいかない。国防総省はパナマ奪還のための作戦を計画してくれ」

 

 こうしてアメリカは、深海棲艦から人類の領域を取り戻すための計画を立てていった。

 

 

 

 アメリカと太平洋を挟んで位置する島国、日本。この国でもパナマをめぐる一連の戦闘における影響は起きていた。

 防衛省庁舎のある会議室。坂田防衛大臣を初めとして、防衛省上層部が一堂に会していた。彼らの手には日本が入手できる範囲のパナマ占領までの緒戦の情報が記載された書類があった。

 

「流石アメリカと言った所だな」

「太平洋では合計700隻近くの深海棲艦を撃退。しかも艦娘だけでなく通常戦力の活躍も大きかったらしい」

「原子力空母3隻と空母艦娘により航空優勢とし、前線で戦う艦娘の援護として通常艦隊のミサイル攻撃を行う。これは海上自衛隊にも参考に出来るぞ」

「海自単独では難しいでしょうが、本土近海ならば陸自、空自と連携すればこれと同じことが出来そうだ」

 

 議場にアメリカ太平洋艦隊が行っていた戦闘についての意見が飛び交う。暫くその様子を眺めていた坂田だったが、一つワザとらしく咳払いをすると、やや強い口調で言った。

 

「皆さん、そろそろ現実逃避は辞めてください。今日私が皆さんを呼んだ理由は分かっているのでしょう?」

『……』

 

 一瞬にして沈黙が場を支配する。それまで議論していた者たちの顔色はお世辞にも良いとは言えない。彼らもパナマにおける一連の出来事が、自分たちに大きな影響、それも悪い方の影響が出たことは分かっていたのだ。前田海上幕僚長は小さくため息を吐き坂田が言いたかった事を代弁する。

 

「東南アジア進出計画が破綻しましたな」

 

 パナマ侵攻における一連の戦闘で、ハワイ拠点とイースター島沖拠点がパナマを占領するために連携を取っていた。その事実が日本の戦略を破綻させることとなった。

 何せ現在の東南アジア進出計画は、通常艦隊と艦娘戦力を文字通り東南アジアに送り込むのだ。南沙諸島拠点を攻略するためにガラ空きとなった日本本土を、ハワイ拠点の深海棲艦が見逃すとは思えない。アメリカ太平洋艦隊が交戦した規模と同等の深海棲艦艦隊が攻めて来ると仮定した場合、空自、陸自だけ撃退することはまず不可能であった。

 

「……海自も本土防衛用の戦力を用意する必要が出ましたな」

「しかし自衛艦隊の増強出来ない現状では、採れる手段が限られています」

「分かっています」

 

 現状の日本では、アメリカの様に通常戦力を補充する能力は有していない。精々、陸、空自の若干の増強ぐらいしかできなかった。そうなれば必然的に普通ではない戦力に頼るしかない。

 

「艦娘戦力の増強しかありませんな」

 

 前田の答えが今の日本に採れる選択だった。会議室のメンバーはそれに頷き、そしてこの場で一番艦娘について詳しい人物である坂田に注目が集まる。

 

「艦娘の数自体は建造ペースを上げることである程度対応できますが、問題は練度です。艦娘は建造したてでもある程度は戦えますが、経験を積んだ艦娘と比べれば実力は劣ります」

「戦えるなら問題ないのでは?」

「いえ、経験がないため効率的な動きが出来ないこともあります。最悪、ただの的になりかねません」

 

 坂田の意見に、誰もが唸り声を上げる。

 

「艦娘も万能ではない、か……」

 

 その言葉が会議の出席者の考えていた事を的確に示していた。既存の兵器よりも深海棲艦に対して有効であるため人類から超越した存在の様に思えていたが、内実は練兵や補給等、既存の軍事と通じる部分が多い。今更ながらに艦娘という存在は、あくまでも軍艦が人の形となっただけの存在と言うことを再認識させられることになった。

 

「ともかく東南アジア進出計画の改定をします。時間がありません。どんな些細なことでも意見をお願いします」

 

 こうして、日本が破滅から逃れるための計画を進めていった。

 

 

 

 日本の西、広大な領土を保有する国、中華人民共和国。彼の国もパナマをめぐる一連の戦闘から来る情報によって、緊急会議が行われていた。中国と言う国家を動かす政府機関トップたちが集っているが、その顔色は一人の例外なく悪かった。

 

「核が無効化されるとは……」

 

 中国のトップである朱主席が唸る様に呟いた。それが今回の緊急会議が行われる原因だった。

 中国は南沙諸島拠点からの攻勢を始めとした深海棲艦からの攻撃に対して、劣勢に立たされていた。それらへの対応として地対艦ミサイルの増産や戦闘機の配備、そして軍艦の建造などで対応していたが、中国共産党及び軍部はそれだけでは不十分であると考えていた。そこで手を出したのが核戦力の増強だった。クロスロード作戦の戦訓から「艦艇を模している深海棲艦に効果が薄いのでは?」という声もあったが、だからと言って他に深海棲艦との戦力差を埋める手段がないため、断行されることとなった。

 そうして揃えられた核兵器だったが、パナマで起こったアメリカの核攻撃の失敗により、彼らの努力が無駄となってしまったのだ。

 

「朱主席。核兵器の製造は……」

「即座に中止だ。代わりに通常戦力の増強を急げ」

「はっ」

 

 中国には無駄な兵器を作っている程、余裕があるわけではない。この命令は当然であった。朱は会議室のある人物に目を向ける。

 

「宋海軍司令員、仮に700隻の深海棲艦が侵攻してきた場合、海軍はそれらを防ぐことは出来るか?」

「それは……」

 

 言い淀む宋。しばらくの沈黙の後、彼は意を決して答えた。

 

「まず無理でしょう。仮に陸、空軍と連携しても700隻もの大軍となると押し切られる可能性が高いです」

「……そうか」

 

 朱としてもこの答えは予想できていたが、落胆はあった。その様子を見ていた曽国防部部長がフォローを入れる。

 

「軍では既存兵器の増産と共に、レールガンを始めとした新兵器の研究が進んでいます。これらが完成すれば戦力の増強は確定です」

「その新兵器はいつ完成する? そして完成までの間はどう対処する?」

「……既存兵器で対応する事となります」

 

 その答えに朱は気付かれないように、小さくため息を吐いた。彼が欲しいのは短期間で手に入れられる戦力なのだ。

 

「我が中国の戦力は核攻撃が封じられた事から、実質的に戦力が減少している。何としてでも短期間で戦力を回復させる必要がある。何か案は無いか?」

『……』

 

 場を沈黙が支配する。誰もが頭を悩ませていた。そのような案など、そう簡単には出てくるものではない。そんな若干諦めの空気が漂い始めた頃に、おずおずと挙手する者がいた。宋である。

 

「台湾から脱出した艦娘は使えないでしょうか」

「艦娘か……」

 

 4月23日、世界各国で艦娘が出現したその日。中華人民共和国には艦娘は現れなかった。かつて中華の地に所属していた軍艦の化身が現れたのは、台湾だったのだ。

 そのことを中国が知ったのが5月に入ってからだった。台湾は2017年1月に食料不足や経済破綻により国家が崩壊し、無政府状態となっていたため情報収集が遅れていたのだ。

 現在、中国には少数ではあるが台湾から脱出した艦娘と提督が存在している。彼らは人数も少ない事から軍には組み込まれておらず、中国政府が保護している状態だった。

 

「確かに艦娘は強力だが、現状では数が少ない。戦力として数えられるのか?」

「脱出した艦娘や提督からの情報では、台湾にはまだ艦娘と提督が残っているそうです。それらを取り込めば戦力として数えられる規模になるかと」

「だが問題はどう確保するかだ」

「侵攻しますか? 無政府状態の現在の台湾なら障害はありません」

「確かに侵攻とその後の併合は可能だが、問題はその後だ。台湾住民を養う余裕はないぞ」

「しかしみすみす艦娘戦力を逃すのは得策ではありません。それに台湾が深海棲艦の手に墜ちれば、我々に被害が及びます」

 

 白熱する議論を眺めつつ、朱は静かに考え込んだ。

 確かに艦娘と提督がいる台湾を併合することは軍事的にメリットが大きい。朱が望んでいる短期間での戦力増強が可能であるし、また艦娘保有国として国際的にも発言力が向上できるだろう。問題は艦娘と提督以外の人間だ。これらの住民を養うにはかなりの労力がいるのだ。また、住民の反対運動も起こることは目に見えている。

彼はメリットデメリットを勘案し――決断した。

 

「よろしい」

 

 朱は立ち上がった。活発だった議論が一瞬にして止まり、全員が彼に注目する。朱は会議室全体に響くような声で宣言した。

 

「台湾への侵攻を行う。各部署はそれに伴う計画を早急に立案しろ」

 

 こうして中国も自国が生き残るために動き出した。

 




 とりあえず、パナマをめぐる一連の騒動は一区切り付きました。
次回はちゃんと艦娘が登場する……と思う。

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