それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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久々に舞台は日本へ。久々に秋山君が出てきます。


海を征く者たち15話 ある提督と艦娘のお仕事

 パナマ陥落によって各国の政府上層部が頭を抱えることとなったが、現場で働く者たちの仕事は、当事者の南北アメリカ各国を除いて早々変わるものではなかった。これは海が深海棲艦の手にあり、各国が強制的に分断されているため影響が限定的になっているためであった。

 日本においてもそれは変わらず、現場で動く提督や艦娘のやることは変わらない。精々自衛隊上層部から艦娘建造ペースを上げるように通達があった位である。それに伴い仕事量が増えた者の、これまでの仕事の延長線上だった。

 日本の提督及び艦娘の仕事は簡潔に言えば日本の防衛であるが、艦種や得意とする技能によって担う仕事が分かれている。

 一つは迎撃任務。こちらは日本に侵攻してくる深海棲艦に対する迎撃を行うものであり、海自が以前まで通常艦隊で行っていた仕事と変わらない。艦娘は防衛範囲の各地を飛び回り、深海棲艦と戦うこととなる。なお出撃メンバーについてだが、出現する敵の編成によって変更される仕組みとなっている。そのため、人数の多い駆逐艦や軽巡などの補助艦艇と、人数の少ない戦艦や正規空母と言った主力艦とでは、一人当たりに割り当てられる仕事量に差があった。余談ではあるが新規艦娘建造を最も願っているのは、主に主力艦たちである。

 二つ目は防空任務。空母級や敵拠点から飛来する深海棲艦の航空機を撃墜し、本土への被害を防ぐ任務だ。主に戦闘機を使った制空争いを得意とする空母艦娘が担当しており、時には空自や陸自と連携して空襲への対処を行っている。この任務は航空偵察も含まれており、ごく一部の艦娘は専門でこの任務に就いている者もいた。また防空任務は任務の関係上、空自や陸自との交流が多いため、現場においての艦娘への理解の促進に役立っていると言う側面もある。

 そして常設ではないが、必要に迫られた場合のみ編成される特別任務がある。内容も演習での敵役と言った安全な物もあれば、強硬偵察の様に危険なものなど様々である。そのため迎撃任務以上に人事面は柔軟であり、内容に応じて様々な艦娘が就くことになっている。

 そんな特別任務であるが、全提督、艦娘、そして一部官僚にとって喜ばれる仕事が存在した。それは任務の関係上主力艦が組み込まれることは殆どなく、高練度で技能も秀でた艦娘のみに割り当てられる仕事であった。

そんな特別任務が横須賀鎮守府で7月上旬に編成される事となった。確認された敵の編成を考慮し、即座に艦隊が編成される。その中には秋山と彼の艦娘たちの名前があった。

 

 

 

 千葉沖50㎞の海域。戦艦を旗艦とした深海棲艦の小艦隊と、迎撃に出た艦娘たちの海戦が行われていた。戦況は迎撃艦隊が優勢であるが、深海棲艦側も粘りを見せており、油断すれば思わぬ損害を受けることは確実だった。

 そんな激戦を繰り広げている海域――の後方、駆逐艦4隻で編成された特別任務艦隊が目標に向かって航行していた。メンバーは秋山の乗艦する旗艦叢雲、そして僚艦に白雪、朝潮、皐月。朝潮と皐月は秋山が7月に入ってから建造された艦娘で、この特別任務は今回で2回目だった。

 秋山の乗艦により増設された電探が敵を捉える。反応は6。情報と差異はない。

 

「12時方向に電探に感あり。恐らく目標だ」

「どうするの、司令官?」

「このまま単縦陣で突入だ。総員、行くぞ!」

『了解!』

 

 号令と共に艦隊は増速し、敵艦隊に接近していく。距離が縮まるにつれて敵の姿が露わになる。軽巡ホ級1、駆逐イ級3、輸送ワ級2の小艦隊である。本土に侵攻しようとしている艦隊への補給部隊だろう。2隻の輸送ワ級を守る様に輪形陣を取っている。

 

「朝潮。目標駆逐イ級、砲撃開始! 訓練通りに落ち着いていけよ?」

「了解!行きます!」

 

 装備している連装砲を先頭の駆逐イ級に向け、砲撃を開始する朝潮。斉射された彼女の砲撃は、回避行動を取るイ級を囲むように飛来し2発が命中。当たり所が良かったのか爆発と共に駆逐イ級は沈んでいった。艦隊では一番射撃が上手い朝潮だからこそ出来る芸当だった。

 

「撃破確認。流石じゃない」

「でもあの撃沈は偶然だわ。もっと訓練が必要ね」

「朝潮はホントに真面目ね」

 

 どこか悔しそうな朝潮を見て、苦笑する叢雲。練度の面では叢雲が勝っているが、射撃では彼女に勝てそうになかった。

 先制攻撃に成功させた秋山艦隊は、そのまま敵に直進。瞬く間にお互いの交戦距離に入る。

 

「全艦砲撃開始。目標は戦闘艦のみだ!」

 

 秋山の号令と共に、艦隊は深海棲艦に艦砲を向け砲撃戦を仕掛ける。それに負けじと、深海棲艦も応戦を始める。

 飛び交う火砲。同時刻に近場で発生している迎撃艦隊と深海棲艦の海戦と比べれば派手さは無いが、お互いの砲弾が乱れ飛ぶ激しいものだった。戦況は互角ではあったが、主導権は秋山たちにあった。深海棲艦側は輸送ワ級を守りながらの攻撃であり狙いが甘く、更に陣形は砲雷撃戦に向かない輪形陣。そんな敵艦隊の砲撃など、秋山たちにとって回避するのは容易だった。だからこそ均衡が崩れるのは早かった。

 

「撃て!」

「沈んじゃえー!」

 

 朝潮と皐月の集中砲撃により、駆逐イ級が撃沈する。それを見た秋山は即座に艦隊に命令を出した。

 

「叢雲、ホ級を追い込め! 白雪!」

「了解、行くわよ!」

「はい!」

 

 叢雲は突撃しつつ軽巡ホ級に向けて艦砲を連射する。応戦しつつも叢雲の激しい砲撃から逃れようと大きく転舵する軽巡ホ級。それこそ秋山たちの狙い通りだった。

 

「発射します!」

 

 白雪から9発の魚雷が放たれた。発射タイミング、射線は完璧。放射線状に放たれたそれを軽巡ホ級には回避する余裕はなかった。3発が命中し、大爆発と共に軽巡ホ級の身体は水面に沈んでいく。

 その光景を見た深海棲艦は不利と判断したのか、離脱しようと反転する。

 

「司令官、敵が逃げてくよ!?」

「追撃する!叢雲!」

「ええ!」

 

 だが秋山は逃がすつもりなど無い。彼の意図を察した叢雲は敵の進路を塞ぐように立ちはだかった。先頭を行く駆逐イ級が障害物を排除しようと砲を向けようとするが、その先に叢雲はいない。

 

「沈みなさい!」

 

 一気に距離を詰めて振るわれた叢雲の槍が駆逐イ級の身体を切り裂く。急所を引き裂かれた駆逐イ級は、断末魔を上げる時間すら与えられず横転、その機能を停止させた。

 残るは輸送ワ級2隻のみ。そしてここからが今回の特別任務の本番だった。

 

「叢雲、皐月。頼むぞ」

「皐月、行くわよ」

「まっかせてよ!」

 

 叢雲が槍を構え突貫し、その後を皐月が続く。輸送級故に駆逐艦程の速度は出すことが出来ない。また迎撃しようにも通常の輸送ワ級には対艦戦闘の出来る自衛武装が無く、精々が機銃程度。まず敵を逃がすことはなかった。

二人を近づけまいと機銃で弾幕を張る輸送ワ級。だがそれは散発的であり、回避運動を取りつつ急接近する艦娘たちの足止めにすらならない。

叢雲がフェイントを織り交ぜつつ急加速し、一気に相手の懐に踏み込む。彼女の動きに輸送ワ級は対応できない。

 

「そこっ!」

 

 敵の無防備な姿を逃さず、叢雲は相手の首を目掛けて槍を振るう。彼女の攻撃に気付いたのか回避しようとする輸送ワ級だったが、時既に遅し。一撃によって輸送ワ級の頭部が刈り取られる。残った胴体が一、二度の痙攣の後横転し、その動きを止めた。

 

「やるなー、それじゃあボクも!」

「前みたいに被弾しないように気を付けろよ」

「分かってるって、司令官!」

 

 弾幕の中とは思えないような軽口を叩きつつ、狙いが定まらないように回避運動を取りつつ皐月は残った深海棲艦に接近していく。その動きは叢雲よりも若干劣るものの、散発的な機銃で命中させられるようなものではない。瞬く間に輸送ワ級の目の前まで迫ると、右手の単装砲を相手の顎下に突き付け――、

 

「やっ!」

 

 引き金が引かれ、轟音と共に相手の頭だけが吹き飛ばされる。残った胴体は砲撃の反動で若干後ろに動いたが、直ぐに動かなくなった。

 

「本体は無傷か。問題ないな。白雪、頼む」

「はい」

 

 白雪は頷くと、今回の任務用に持ってきていた曳航用のロープを輸送ワ級の残骸に結び付ける。

 

「叢雲と白雪は曳航、朝潮と皐月は周辺を警戒だ。それじゃあ帰還するぞ」

『了解』

 

 こうして特別任務、「鹵獲任務」はほぼ完了し、秋山たちは帰路についた。

 

 

 

 輸送ワ級。対深海棲艦戦争初期に、陸地を海に変える能力が確認され、現在でも優先殲滅目標の一つとされている深海棲艦であるが、身体のタンクの様な部分には、燃料を始めとした各種の資源がため込まれていることが当初から確認されていた。これまではそれらの資源は活用できなかったのだが、現在は資源加工施設が完成したため、艦娘戦力の運用に使えるようになっている。

 そうなるとこんな意見が出てくるのは当然だった。

 

「輸送艦級を鹵獲出来ないか?」

 

 輸送ワ級は碌な武装が無いため艦娘にとって脅威ではなく、それでいてその体内には多くの資源が貯蓄されている。少しでも資源を節約したい日本にとって、輸送ワ級は宝の山に見えたのだ。

 この動きに海上自衛隊上層部は防衛戦力が分散される事を懸念したのだが、艦娘運用で資源不足実感していた地方隊上層部や、現場で働く提督たち、そして少しでも資源を得たい一部の官僚が賛成に回ったため、押し切られる形で許可が下りることとなる。

 こうして特別任務として鹵獲任務が行われることとなったのだが、実際にやってみると様々な問題点が分かってきた。

 一つ目は護衛の排除。輸送艦ということで当然護衛が就くのだが、それらを排除する必要があった。これは練度の高い艦娘を複数投入すれば問題は無いのだが、次からが問題だった。

 輸送ワ級に必要以上にダメージを与えてはいけないのだ。下手に攻撃して沈めてしまえば、狙っていた資源も輸送ワ級と一緒に水底に沈んでしまい苦労が水の泡となるのだ。特に資源が貯蔵されているタンク部分への被弾は避けなければならず、輸送ワ級への攻撃は急所を精密に破壊する技術が必要とされた。

 そして更に問題なのが、資源の収支だ。護衛の排除だけ考えれば戦艦や空母等の強力な打撃力を持った艦を出せばいいのだが、それで消費した資源が鹵獲した資源より多ければ意味がない。出費を抑えるためにも、出来る限り戦闘での消費の少ない艦――駆逐艦が望ましかった。

 つまり鹵獲任務は、「護衛を排除できる練度があり」「目標の急所を正確に破壊出来る技能を持つ」「駆逐艦」という必須条件のハードルが高い任務なのだ。そのため鹵獲任務に就くことは、駆逐艦艦娘や彼女たちを運用する提督にとって、ある種のステータスの様に扱われていた。

 

 

 

 秋山の乗艦により叢雲に増設された対空電探が反応を示した。ふと空を見れば本土側から沖に向かって空母艦娘が出したと思われる航空機編隊が飛行している。

 

「迎撃かしら?」

「だろうな」

 

 同じく叢雲も気付いたのか、空を見上げている。航空機編隊の規模は小さいので、深海棲艦の少数の重爆撃機によるゲリラ爆撃への対処だろう。

 

「最近、多いですね」

 

 そう呟く白雪に秋山は小さく頷いた。7月に入ってから、ほぼ毎日空襲が発生している。それもまるで嫌がらせの様に少数で迎撃範囲に侵入し、こちらが迎撃機を出せば引き返すことを繰り返している。そのため防空任務に就く艦娘はこの連続出撃に疲弊し始めていた。

 この問題に提督たちも頭を悩ませているが、大した権限を持たない彼らの出来る範囲では、どうすることも出来ないのが現状だった。

 

「……迎撃はあっちに任せて、さっさと帰ろう」

 

 秋山の言葉に艦娘たちは頷くと、再度母港を目指して航行を始めた。

 


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