それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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梅干しが出ねぇ……


海を征く者たち16話 余裕のある国の悩みと余裕のない国の決断

 深海棲艦の出現は世界を強制的に分断させた。これはグローバル社会であった世界各国にとって大きなダメージとなったのだが、この危機を逆にチャンスと見た国も存在する。

 その主たるものが、農業や鉱業など第一次産業が強い国だ。例を挙げれば南米各国。アメリカは深海棲艦に海運が分断されて以来、輸入先の代替として南米各国から資源を輸入していた。そのため交易に関しては、パナマ占領前まではそれなりに利益をもたらしていたのだ。

 そしてユーラシア大陸でも、このように利益を上げている国は存在する。

 

「とうとう完成したか」

 

 ロシア連邦。大統領執務室で部下から上げられた報告書を手に、この部屋の主であるノーヴァ大統領は満足げに頷いた。

 

「はい。今回は石油採掘施設だけですが、近い内に他の鉱物資源の採掘施設も完成します。年内で採掘ペースが跳ね上がる事は確実でしょう」

 

エネルギー省の大臣であるハラモフは上機嫌に報告を続ける。

 

「また既存施設の第二次拡張計画も順調に進んでいます。こちらは若干の遅れはありますが、来年の初めには完了します」

「ふむ、それぐらいなら問題はないな」

 

 何かと西側諸国と対立することが多かったロシアだったが、その状況が変わったのは深海棲艦の出現だった。出現当初こそ深海棲艦も弱く、直ぐに駆逐できるであろうと考えていたが、徐々に敵が強化されていく事態に、ロシアは危機感を覚えると同時に商機を見出した。

 現状は各国とも何とか海路を維持しているが、近い内に海上封鎖される可能性が高い。そうなれば各国は形振り構わず石油を初めとした資源を手に入れようとするだろう。その中には当然、資源の一大消費地ヨーロッパが含まれている。そしてヨーロッパ各国が資源の入手先として頼ることになるのは、近場であり、資源大国であり、国土防衛のための軍事力もあるロシアとなるだろう。

 当時の産業貿易省の予測に、ノーヴァは賭けに出た。軍事力の増強の傍ら、石油、鉱物資源の採掘ペースを向上させた。同時に採掘施設の拡張や増設も行い増産体制も整えていった。また農業面でも増産を測り輸出に備えたのだ。

 そしてロシアは賭けに勝った。海上封鎖されたヨーロッパ各国はこぞってロシアに各種資源の輸出を求めた。石油や鉱物資源は飛ぶように売れ、更にヨーロッパの穀倉地帯であるフランスが情勢不安定であったため、食料についても予想以上に売れた。また工業製品についてもロシアの広い国土を活かして工場を内陸部に移設していたお蔭で、安定して供給出来たので、こちらもヨーロッパには好評だった。

 こうしてロシアはユーラシアの生産拠点としての地位を確立した。戦力についても既存の海軍戦力こそこれまでの戦闘で目減りしていたが、艦娘については空母こそ無いが戦艦を始めとした強力な艦娘が出現していた。そのため現在のロシアの国際的な地位は高かった。

 

「増産された資源はやはりヨーロッパへ?」

「私もそう考えていたが……」

「何か問題が?」

 

 ノーヴァは小さく頷くと、執務机から書類の束を取り出し、机の上に置いた。表紙には外務省から提供された物だと分かる。

 

「よろしいのですか?」

「構わん。どうせ近々公表される」

「では、拝見します」

 

 ハラモフは書類を受け取ると、速読を駆使して内容を短時間で確認していく。そして彼は大統領がなぜ言い淀んだのかを理解した。

 

「ヨーロッパ各国で資源採掘量が上昇傾向ですか……」

「原因は深海棲艦のインフラ破壊頻度の減少だそうだ」

 

 これまでヨーロッパでは深海棲艦による工業地帯や資源地帯への攻撃を受けることが多く、その生産能力を十分に発揮できなかった。その状況が変わったのが艦娘の出現だった。彼女たちによる迎撃によりインフラへのダメージが大幅に軽減され、徐々にその生産能力を取り戻し始めていたのだ。

 

「ヨーロッパが自国である程度資源を採れるようになれば、資源の価格を下げざるを得ない可能性が高い」

「それは……」

 

 「自前で資源を用意出来る」という事実は、価格交渉の場面で大きな武器となる。需要を考えればヨーロッパへの輸出は続くだろうが、これまでの様に高値で資源を売ることは難しくなると予測された。

 

「資源は我が国にとって強力な武器だ。出来る限り有効に使いたい」

「しかしこのヨーロッパの流れは、我が国では止められません」

「……そうだな」

 

 他国から見れば贅沢な悩みであるが、国を預かる本人たちにとっては真剣そのものである。余所からは余裕のある国と見られているロシアの悩みは尽きない。

 

 

 

 日本国、首相官邸。定例となった閣僚級会議が開催されているのだが、今回の会議はある問題への対応についていつになく荒れていた。

 

「この作戦を実行したところで、メリットは少ないです!」

「だが放置すれば被害は増すばかりだ! それに防衛省から提出された資料から考えても、戦力なら横須賀地方隊だけでも可能なはずだ!」

 

 坂田防衛大臣と総務大臣の岡本の激論は、かれこれ1時間近く続いている。この議論に各大臣は賛成派、反対派に分かれており議論に参加しており、時折彼らによりそれぞれの派閥の援護が行われ、更にヒートアップしていく。中立は真鍋首相と今回の議題にあまり関わりのない省の大臣だった。

 

「分かっていたが、荒れるな」

「議題が議題です。当然でしょう」

 

 真鍋の呟きに、井上財務大臣は肩を竦めた。今回、財務省は中立を貫くよう真鍋から要請されていたので、この議論に殆ど口を出さずに眺めているだけだった。

 

「そうだな。……しかし以前では考えられない様な議題だ」

「全くです。『硫黄島攻略』とは」

 

 切っ掛けは先日に東京で起きた空襲だった。ここ最近増えていたゲリラ爆撃であり、いつもなら迎撃機が出撃するのだが今回は勝手が違った。深海棲艦側は爆撃機2機という小規模で、更にレーダー網を避けるために低空侵入をされたために発見が遅れてしまったのだ。気付いた時には東京に侵入されており、若干の被害が出ていた。件の爆撃機は慌てて追ってきた迎撃機によって、2機とも撃墜された。

 空襲された事自体は左程問題なかった。艦娘出現以来かなり減ったものの、依然として日本では空襲による被害は続いているため、言わば日常茶飯事なのだ。だが今回の問題は爆撃された場所だった。よりにもよって皇居の目の前で空爆が行われたのだ。皇居は迎撃が間に合い無傷だったのだが、この事態を一部の人々は問題視した。

 

「敵爆撃機基地を破壊すべし!」

 

 今回は防げたものの、もし皇居に爆撃されれば、そしてそこに住む人物に何かがあれば日本に悪影響が出ることは確実。それを未然に防ぐためにも、現在は深海棲艦に占領されており、日本への爆撃機基地となっている硫黄島の攻略を主張した。

 この主張に国民の多くは賛同した。皇居の件もあるが、これがなされれば自分たちの安全に繋がるのだ。以前ならともかく、今は艦娘という強力な戦力を有している。攻略は可能なはずだ。かくして世論での硫黄島攻略の主張は日に日に強くなっていった。

 この世論の動きを日本政府は無視することは出来ず、今回の会議が開催されたのだが、意見は真っ二つに割れる事となり、今に至っていた。

 

「敵の本土爆撃を防ぐためにも硫黄島の攻略は必要なはずだ!」

 

 そう主張するのは賛成派の岡本総務大臣を中心とした、日本の社会活動に関わる者たちだった。彼は攻略賛成派の議員とも関わりが強く、かつ総務省と自身の考えにとっても賛成派の主張は頷けるものがあったため、硫黄島攻略を主張していた。

 確かに艦娘によって依然と比べれば空爆の被害は格段に減ったが、完全になくなったわけではない。日本の空爆被害の中心となっている硫黄島からの爆撃機を抑えれば、交通機関や工場などのインフラ設備の損害をほぼゼロに出来ると考えていた。

 

「硫黄島を攻略した所で、今度はマリアナ諸島から爆撃されるだけです!」

 

 対して、反対意見を出しているのは坂田防衛大臣と江口経済産業大臣である。彼らは賛成派の主張には理解を示しているが、その主張には坂田が言ったように穴があった。また石油や鉱物等の戦略物資の消費により、後に行われるだろう東南アジア進行作戦への悪影響を危惧していた。そしてそれ以外にも問題がある。

 

「確かに硫黄島の戦力は少ないです。総務大臣のおっしゃる通り横須賀だけでも攻略は可能でしょう。また硫黄島攻略は軍事的にもメリットはあります」

「ならば――」

「しかし問題はその後です。現状では硫黄島を維持する余裕など有りません!」

 

 防衛省が硫黄島攻略に反対する一番の理由がこれだった。

 確かに硫黄島を攻略すれば深海棲艦側の戦略爆撃機はマリアナ諸島からでしか出撃できなくなる。そうなれば航続距離の関係上、護衛戦闘機を就けられなくなり、爆撃機の迎撃は以前よりも容易になる。また硫黄島を取り返せればマリアナ諸島からの戦略爆撃機を監視できる早期警戒システムの拠点と出来るだろう。

 だが問題は硫黄島の維持だった。東京から約1000km離れた硫黄島を日本の領土として維持するには、多くの物資や戦力、労力が必要となるのは確実である。後に行われるであろう東南アジア進行作戦の事を考えれば、温存しておきたかった。

 

「だが現状では国民の声が大きすぎる。このまま無視は出来んぞ!?」

「そこは政府からの情報公開で抑えるしかありません」

「不可能だ! ……何とか維持費を抑えられないか? 例えば提督と艦娘だけを駐留させれば」

「通常戦力の配備よりは物資は抑えられるでしょうが、防衛戦力としてかなりの戦力を出す必要があります。後々の作戦行動に影響が出ます」

「艦娘戦力の増強ペースを上げる事で対処出来ないか?」

「これ以上は無理です」

 

 議論は続くがどこまでも平行線だった。どちらも言っていることは理解できるし、どちらも譲ることは出来ない。このままでは無為に時間だけが消費されるだろう。そしてこの場を収めることの出来る人物は限られている。

 そう判断した真鍋は、高速でメリットデメリットを天秤に掛け思案する。そして決断を下した。

 

「分かった」

 

 真鍋の言葉に議論の中心にいた者も含めて、全員が彼に注目する。

 

「硫黄島攻略を行う」

「総理!?」

 

 半ば悲鳴を上げるような坂田を余所に、真鍋は続ける。

 

「日本は民主国家だ。我々は国民の声を無視することは出来ない。……色々と後ろ暗い事はやったがね」

 

 一部の閣僚から苦笑が漏れる。これまで日本という国を維持するために、かなりの無茶をしてきたのだ。当然国民の意に沿わないことも多々やってきたし、表立っては言えない様なこともやってきた。そんな彼らがお題目として「国民の声」を掲げるのだから皮肉でしかない。

 

「それにこれは東南アジア進行作戦の前哨戦だ。拠点攻略の経験が積める。問題点の洗い出しにもなるし、これはかなり大きい」

「それは……」

 

 その点を突かれると防衛省としては痛い。唯でさえ東南アジア進行作戦は成功率が未知数なのだから、少しでも成功率を上げるべく経験を積む必要があることは分かっていたのだ。

 

「資金や物資については、出来る限り自衛隊に融通する。それで何とか頼む」

「……分かりました」

 

 坂田は苦虫を噛み潰したように答えるしか出来なかった。7月15日午後4時。こうして日本は深海棲艦を叩くべく動き始める事となる。

 




米しかねぇ……
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