それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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色々な準備をするための会議回。


海を征く者たち17話 自衛官たちの憂鬱

 内閣により硫黄島攻略の命令が正式に下され、自衛隊は攻略のために動き出したのだが、すぐさま出撃出来るわけではない。当然のことだが、作戦の立案や準備が必要になる。

 物資については東南アジア進行作戦のために掻き集められてはいたので、一部を流用出来るものの、選別する必要があった。また詳細な作戦を練るために偵察や情報収集を行い分析する必要があるし、作戦に必要となる船舶を用意しなければならない。そのため準備期間には最低でも2か月は必要だった。そしてその「短期間で準備をする」という事項の代償が軍関係者に降り注ぐ。

 

「デスマーチ確定ですね……」

 

 顔を青くして呟く坂田防衛大臣の言葉が全てを物語っていた。命令が下されたその日から、陸海空自衛隊の各部署の部屋の明かりは消えることは無くなった。誰もが悲鳴を上げながら各々の業務に取り掛かっており、その様子を防衛大臣の秘書として坂田と同じく徹夜して仕事に臨んでいる大淀が、「後方にいるにも関わらず、戦死しかねない」と漏らす程だった。

 その様な状況が防衛省で続くある日、防衛省庁舎のある一室で、陸海空のトップと統合幕僚長、そして防衛省のトップである坂田が集まり、硫黄島攻略――「硫号作戦」についてのもう何度目かの会議が行われていた。

 

「連日空自と海自の空母艦娘で偵察を行った結果、敵の旗艦は当初の予測通り、姫級でした」

 

 倉崎航空幕僚長の言葉に、各員が事前に配られていた資料に目を落とす。偵察の際に撮影された航空写真や、現時点での硫黄島の様子が記載されている。

 

「艦隊規模は?」

「約100隻。以前と規模は変わっていません」

「やはり硫黄島は3級拠点だったか」

 

 深海棲艦に占領され拠点化された土地は世界各地に存在するが、規模や脅威度によって等級が区分されている。硫黄島は姫級がいるものの、独自で深海棲艦の建造が行われていないことが確認されたため、「やや脅威度の高い拠点」である3級拠点と区分されていた。

 

「現状確認されている姫級は、旗艦クラスと思われる仮称「硫黄棲姫」、それの護衛らしき「戦艦棲姫」が2隻。後は通常の戦艦や空母にその護衛です」

 

 詳細が報告され、会議室のほぼ全員が唸る。予測はしていたが、敵の戦力はかなりの規模である。以前であれば、自衛隊の総力を持ってしても勝つことは出来ないだろう。だが今は違う。

 関口統合幕僚長はこの場で一番、彼女たちを知る人物に向き直る。

 

「坂田大臣。この規模ですが本当に艦娘で勝てるのですな?」

「決戦に持ち込めば勝てるでしょう」

 

 坂田は肩を竦める。

 

「これまでも艦娘たちは深海棲艦と戦ってこれましたし、そもそもアメリカが太平洋で今回以上の規模の深海棲艦を決戦で撃退出来ています。問題はありません」

 

 アメリカでのパナマをめぐる戦闘の情報は世界中に渡っており、各国により研究、分析が行われている。幕僚長たちもその事は知っているのだが、やはり専門家と言っても良い坂田のお墨付きが欲しかった。

 とは言え、問題がないわけではない。

 

「問題は通常戦力です。我々にはアメリカの様に強力な通常艦隊がありません。前田さん、自衛艦隊残存艦の修理はどうなっていますか?」

「予想より消耗が激しく、予定より時間が掛かる様です。硫号作戦の開始予定である9月までに作戦行動に出られるのは「あたご」「あきづき」のみです」

「それだけしか出せないのか……」

 

 アメリカ太平洋艦隊と深海棲艦の決戦において、通常兵器の活躍も大きい。当然自衛隊もそれを参考に自衛艦隊を艦娘部隊の掩護として出したかったのだが、壊滅状態にある自衛艦隊には難しかった。更に悪いニュースは続く。

 

「また陸自部隊の輸送は「おおすみ」が行いますが、問題は現在、艦娘母艦として改装中の「しもきた」です。9月の始めに改装は終わりますが、乗員の練度に不安が残るでしょう」

「硫号作戦は急に決まりましたからね。仕方ありません」

 

 艦娘母艦は、艦娘用に補給や整備を洋上で行う目的で実装予定の艦種である。これは元々東南アジア進行作戦において、遠方でも艦娘の運用をするために計画され、輸送艦「しもきた」を改装することになっていた。関口は顔を歪める。

 

「艦娘母艦の投入は見送るべきですな」

 

 その言葉に前田も小さく頷いた。訓練中の艦を当てにすることは出来ない。そのためこの意見が出るのは当然ではあるのだが、そこへ坂田が反対意見を出した。

 

「いえ、補給や整備を遠方で行える艦娘母艦は作戦に必須です。多少練度に不安があっても出すべきです」

「艦娘母艦は新しい艦種。不具合の洗い出しは必要ですぞ」

「分かっています。しかし「おおすみ」では艦娘用の設備がないため、長時間の作戦行動が出来ません」

「……」

 

 坂田と関口の間の空気が段々と険悪なものになっていく。それを感じ取った倉崎は気付かれないようにため息を吐くと、二人の間に割って入る。

 

「坂田大臣、関口統合幕僚長、落ち着きましょう。「しもきた」はまだ改装中。改修が遅れる可能性もありますし、改修が完了してから投入の有無を決めましょう」

「そうですね……」

「関口統合幕僚長の練度問題も当然の懸念です。ですので地上でも出来る訓練をするなど、事前に準備をするのはどうでしょう。それならば改修後に訓練を始めるよりは習熟は早いはずです」

「……そうだな」

 

 二人とも若干の不満は残っているようだが、とりあえずこの場は何とか収まり、緊迫した雰囲気が霧散する。それを感じつつ倉崎は続ける。

 

「先日の空自による航空偵察ですが、一つ気になることが」

「どうしました?」

「高度一万mにアメリカの核投下作戦時に爆撃機隊が遭遇したという、新型航空機が迎撃として上がってきました」

「こちらにも出現しましたか……」

 

 顔を歪める坂田。彼にとって敵の新型航空機は懸念材料の一つとなっていたのだが、それが硫黄島でも確認されたとなると気になる。

 

「猫の耳が生えた白いボールの様な奴でしたな。確かF4Uコルセアがモデルでしたか?」

「いえそれは飽くまで推測です。現状は情報が少なく詳細が分かっていません。ただしこれまでの機体よりも高性能化している事は間違いないでしょう」

「空母艦娘の使う零戦21型の最高速度は533km。新型を仮にF4Uコルセアとすると、最高速度は671km。日本とアメリカとでは性能を測る際の条件が違いますので差は縮まりますが、それでも性能の差は大きいですね」

 

 倉崎は太平洋戦争時の日米の戦闘機のスペックを思い出しながら顔を歪める。空母艦娘の使う数的主力となっている戦闘機は零戦21型と九六式艦戦である。仮に硫黄島から繰り出される戦闘機が全て新型であった場合、制空権は敵側に取られる可能性が高かった。

 その事を分かっているのか、坂田が倉崎に視線を向けていた。

 

「倉崎さん。空自による航空支援は可能でしょうか」

 

 艦娘で対応できないなら、対応可能な所に任せればいい。事実、アメリカの爆撃機隊は新型航空機群をミサイルで薙ぎ払っていた。問題は無いはずだ。倉崎もその視線に応えるように頷いた。

 

「硫号作戦では第7航空団を当てることになりますので、航続距離的にも防空支援は可能です」

 

 関東地域の防空を担う第7航空団は、以前はF-4EJ改のみで構成されていた。しかし対深海棲艦戦の激化に伴い戦力を大幅に増強されることとなり、対艦攻撃が可能となったF-15J改、そしてF-2Aが配備されていた。だが問題が無いわけではない。

 

「とはいえアメリカ太平洋艦隊の様に、手厚いエアカバーは難しいでしょう」

「やはり他の航空団からの援軍は難しいですか」

「各地の守りを考えると、作戦で使えるのは第7航空団だけになります」

「そうですか……。そうなると艦娘の航空戦力の増強も進めなければなりませんね」

 

 航空自衛隊のトップである倉崎にそういわれては、坂田もどうしようも出来なかった。

 海の戦力は艦娘に偏り、空も万全とは言い切れない。残るは陸だが、こちらは未知数と表現される事となる。

 

「陸としては敵の撃破後も気になる所です」

 

 そう発言したのは陸上幕僚長の黒木だった。

 

「敵の拠点がどうなっているのかが誰も分からない状況では、準備のしようがありません」

 

 これまで人類は、深海棲艦の拠点を攻略するという行為を実行した事が無かった。対深海棲艦戦初期は陸地を拠点化される事は無かったし、世界各地に深海棲艦の拠点が出来始めたのは、イースター島沖拠点が出現して以降。その頃には人類は防戦一方であり、とても敵の拠点を攻略する余裕など無かったのだ。そのため拠点化された地域はどうなっているのか、何がいるのかが、全くと言って良い程に情報が無いのだ。そのため陸上自衛隊では様々な仮説が飛び交っていた。

 

「仮に深海棲艦の歩兵型が存在していて、地下坑道で待ち伏せされている、となった場合、上陸部隊での攻略は困難です」

「現状、そのような敵は確認されていないが……」

 

 反論する関口だったが、その口調は弱い。黒木の仮説には根拠はないが、いないという証明が出来ないのだ。更に彼は続ける。

 

「では確認されている敵のみで想定でよろしいですか?」

「……ああ」

「仮に深海棲艦の砲台型――砲台小鬼が山中に隠れていて、部隊が上陸して内陸に進んだ所で突如として砲撃する。このような事態が想定されます」

 

 深海棲艦のパナマ占領後、敵地を偵察したアメリカ軍の報告から、砲台型深海棲艦の存在が確認されていた。黒木はこの存在によって、かつて硫黄島で起きた戦闘を思い起こさせられたのだ。

 

「硫黄島の戦いと同じ戦法か……」

「砲台小鬼は陸上での自立行動が出来る上に、全長が1mもありません。坑道にでも隠れられた場合、手の出しようがありません」

 

 更に言えばその小ささで隠れられた場合、事前砲撃を行っていたとしても効果は殆どないだろう。隠匿された砲台に事前の砲撃は効果が薄い事は歴史が示している。

 

「また以前より駆逐級や軽巡級の様な既存の深海棲艦が、陸地での行動が可能であることは確認されています。こちらが出てこられた場合でも、上陸部隊での対応は不可能です」

「ハワイでは歩兵部隊による敵の撃破の報告があったらしいが?」

「あれは入念に防御陣地を構築して、更に多数の犠牲を払ったからこそ出来た芸当です。攻勢側では難しいでしょう」

 

 黒木の返答に反論できずに渋い顔で黙り込む関口。それを気にすることなく、黒木の説明は続く。

 

「他にも懸念はあります」

「まだあるのですか……」

「あります。深海棲艦に占領された土地は人間にとって無害であるかが不明です」

「と、言いますと?」

「ハワイやパナマでは、深海棲艦が展開する赤い膜――バリアの様な物ですかね――、それが展開された途端に、バリア内の人間は死亡しているとのことです。原因はバリアであることは分かるのですが、そのバリアがどのように人間を死に至らしめるのかが解りません」

 

 この現象について各国でも研究はされているのだが、全く究明がされていなかった。パナマの際に犠牲者の遺体が入手されたとのことではあるが、死因は不明であった。

 

「窒息、中毒、病死。考えられる原因はさまざまです。問題はそれらの死に至る原因が、深海棲艦がいなくなった後でもその土地に残っているのか、です。仮に残っていた場合、上陸した途端に部隊が全滅するかもしれません」

「……」

 

 誰もが沈黙するしかなかった。坂田としては考え過ぎな様にも思えたが、それらを妄想であると否定する材料が無いのだ。

 

「陸自の予定としては、深海棲艦撃退後、上陸前にドローンによる偵察を行い、敵が発見されない場合、カナリアなどの実験動物を投入。安全が確認された後に対NBC装備の部隊を上陸させる予定です」

「分かりました、万全の準備をお願いします」

「また陸上で深海棲艦と遭遇した場合、艦娘に応援を要請しますがよろしいでしょうか?」

「構いません」

 

 こうして日本の軍事を担う組織の上層部による準備は、様々な不安を孕みながらも進んでいく。

 




艦これ世界の陸戦の情報、無さすぎじゃないですかね……

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