それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
自衛隊の上層部が悲鳴を上げているのなら、現場で動く人々も忙しいのは道理ではある。硫号作戦で艦娘戦力を多く出すこととなる横須賀地方隊でも、突然降ってわいてきた仕事に誰もが悪戦苦闘していた。作戦参加メンバーの選出に加えて、作戦期間中の防衛計画の立案。更に作戦に参加する艦隊が横須賀に集結するためそれらを迎えるための準備など、重要な仕事が大量にあるのだ。更に当然の事だが通常業務もこなさなければならないため、忙しさに拍車を掛ける事となっていた。
そんな誰もが多忙な日々を過ごしているある日の横須賀基地の総監室。佐久間横須賀地方総監は提出された書類に目を通していた。それには硫号作戦における横須賀地方隊の担う役割の詳細が記載されている。
「作戦に参加させる艦娘は計300人か。それも主力艦クラスも多数」
「はい。これだけあれば硫黄島の攻略は出来ると予測されています。また近隣からの援軍があったとしても十分に対応出来るとの事です」
矢口参謀長は頷いた。硫黄島の戦力は大よそ100隻程度。勿論油断は禁物ではあるが、勝率は十分に高い。相手を圧倒的に上回る数で敵を押しつぶすのは、古来から続く戦場での常套手段だ。この人数は作戦の主体となる自衛艦隊から求められた人数だった。
「しかしこれだけの数を出すとなると、横須賀の守りが空になりかねないが?」
「硫号作戦の実行は二か月後の9月の半ば。現在の艦娘建造ペースで計算した場合、300人を出しても、防衛戦力に問題はありません」
「ふむ……」
日本で艦娘の建造が可能になって約1か月。日本の長大な海岸線を防衛するために艦娘の建造が急務であったこともあり、日々艦娘は増えている。当初は頭数を揃えるために建造資材が少なくて済む駆逐艦の建造が多かったが、最近ではある程度数が揃ってきたため、主力艦クラスの建造が多くなってきていた。
「しかし『戦艦が毎日のように建造される』なんて、大戦期のアメリカを超えているな」
「確か、『隔月刊正規空母、月間軽空母。週間護衛空母に日刊駆逐艦』でしたか。確かにアメリカを超えましたね。……後は、安定して艦娘が供給されればいいのですがね」
「まさか建造結果がランダムだとは思わなかったな……」
艦娘の建造は工廠で働く妖精によって行われるのだが、誰が建造されるのかは妖精の気まぐれという、俄かには信じられない様な問題があった。当初、佐久間たちは笑えない冗談だと考えていたのだが、
「そういうモノなのです……」
と、提督たちからもはや達観しきった顔で言われてしまっては引き下がるしかなかった。建造計画も何もあったものではないこの問題だが、佐久間たちの様な非提督にはどうしようもないため、提督たちに一任している。なお、武装の開発においても同様の問題があるようだが、こちらもどうしようもない。
「それで提督の方だがメンバーの選出はどうなんだ?」
「作戦の参加には25名を選出しました。これは主にこれまでの戦績を考慮して選出していきます。ただ……」
「どうした?」
「一部に少々気になる提督がおりまして……」
矢口はそう言うと、手にしていた書類を佐久間に差し出す。軍事機密とされている提督のプロフィールや戦績、所属する艦娘等、提督についての詳細が記載されている書類だ。それが3束、執務机に置かれる。
「3人か」
「はい、順に説明させていただきます。まず鞍馬提督の資料をご覧ください」
佐久間は促されるままに書類を手に取った。
「防空任務専門か。――しかも戦績はトップクラス」
「爆撃機、戦闘機共に高い撃墜率を誇ります」
鞍馬は早くから防空任務に就いており、当初からその頭角を現していた。特に制空戦闘を得意としており、九六式艦戦で格上の航空機をいとも簡単に相手取れるのは彼女ぐらいであった。
「どこが問題なんだ?」
「……制空戦闘は文句なしなのですが、対艦戦闘に難があります」
「何?……撃破数3?」
「しかも撃破出来たのは最弱とされる駆逐イ級のみです」
防空任務は防衛範囲の制空確保が主な任務ではあるが、低脅威度の敵艦隊への航空攻撃をすることもある。相手は駆逐艦を中心とした小規模艦隊であり、航空兵力もなく対空砲火も疎らであり、一方的に攻撃出来るということで、複数の空母を保有する提督にとって楽に戦果を稼げる仕事とされていた。当然、防空任務の専門家である鞍馬も対艦航空攻撃をする事もあるのだが、彼女も彼女の艦娘も対艦航空攻撃については適性が無かったらしく、碌な戦果を挙げられずにいた。
「どうやら対艦攻撃についてはからっきしの様で」
「ここまで尖っているのも中々珍しいな」
苦笑する佐久間。矢口の懸念も最もだ。空母の強みである対艦航空攻撃がここまで振るわないとなると、重要任務に出すべきか迷うのも当然だろう。とは言え今回では問題は無かった。
「まあメンバーに入れても良いだろう。対艦攻撃は他の提督に任せられるしな。それに情報では敵に新型航空機が確認されている。それへの対処を彼女に任せよう」
今回は複数の提督が合同で行う作戦行動であるため、多少の欠点があっても補える。むしろ、懸念材料だった深海棲艦の新型航空機を抑えられる可能性がある鞍馬を外すのは、デメリットが大きかった。
「分かりました、では鞍馬提督は内定とします」
「次は誰だ?」
「橋本提督です。彼の所には潜水艦が多数所属しており、それらを中心とした戦術で戦果を挙げています」
「潜水艦隊か。珍しいな」
提督化する際に出現する艦娘や建造された艦娘は、基本的に水上艦が多い。その中で潜水艦を多数保有する橋本は稀な存在と言えた。
「主力艦の撃破こそ少ないが戦績は問題ないな。戦術は……空海同時攻撃?」
「艦隊から発艦した航空機と連携して雷撃するそうです」
橋本の得意とする戦術は潜水艦らしく奇襲攻撃だった。最も彼の場合は雷撃だけでなく、遠方で航空機を発艦させ敵艦隊に攻撃、敵が航空攻撃に気を取られている間に接近し雷撃を敢行するという一種の空海一体攻撃だった。詳細を確認する佐久間だったが、ふと疑問を覚える。
「しかし彼の所属艦には潜水空母が無いようだが?」
潜水空母として有名なのは伊400型ではあるが、現在確認されているのは佐世保に配属されている2人のみ。横須賀には潜水空母はいないはずだった。だがその疑問は直ぐに解決することとなる。
「何でも一部の潜水艦艦娘は改造すると潜水空母となるらしいです」
「何がどうなってそうなるんだ?」
思わずツッコミを入れる佐久間。
「因みに使用する航空機は晴嵐ではなく瑞雲です」
「それは普通の水上機では?」
「……使えるそうです」
「……分かった」
達観した顔をしている矢口を見て、佐久間はそう返すしか出来なかった。艦娘について詳しくない彼らにとってツッコミどころ満載だが、そういう物だと割り切るしかない。佐久間は痛い頭を押さえつつ、話を先に促す。
「それで? 何が問題なんだ?」
「彼の戦術は基本的に奇襲。ですので大規模な艦隊行動ではその強みが発揮出来ない可能性があります」
「ふむ……」
硫号作戦は大規模艦隊による艦隊決戦が予測されていた。そのため潜水艦の戦術と噛み合わない可能性が高かった。しかし艦隊の警戒網を敷く際に、潜水艦は有効ではある。実際アメリカの空母打撃群の護衛には潜水艦が組み込まれており、艦隊の前路哨戒や攻撃任務も担っている。
「……保留だな。下手すると作戦に関わることになるかもしれん。自衛艦隊の方に回そう。却下された場合に備えて、補欠候補も選出してくれ」
「かしこまりました」
艦娘戦力を出すのは横須賀地方隊だが、作戦自体は自衛艦隊の管轄であるため、両者による齟齬を無くすためにすり合わせが必要となる。この件については彼らだけでは決めかねたのだった。後日話し合う必要があった。
「最後は誰だ?」
「秋山提督ですね。駆逐艦を中心とした水雷戦隊ですが、特別任務を多数こなしています」
「補給艦狩りか。そうなれば実力は十分だな」
「また先日に戦艦も建造しており、打撃力も強化されました」
「ふむ。問題は無いようだが?」
ここまでの情報だけなら、むしろ是非とも作戦に参加して欲しい人材である。何があるのかと佐久間は頭を捻る。そんな彼を余所に、矢口は顔を歪め簡素に問題点を口にする。
「彼、15歳です」
「駄目だろ」
大きすぎる問題に佐久間は頭を抱えた。艦娘保有国では国家が艦娘や提督を招集しているのだが、その中には当然だが未成年ながらに提督となった者も多い。提督や艦娘に関する各国の事前の取り決めでは戦力不足を勘案して「義務教育を修了していない提督は軍事行動を行ってはならない」とされている。義務教育期間は各国様々ではあるが、各国はこの決定に従い艦娘や提督を軍に取り込んでいた。
だがこの決議はある視点から見た場合、大きな問題があった。少年兵に関する国際法である。国際法では18歳未満の子供は徴兵されないとされており、これに見事に引っかかっているのだ。提督自体は正規の軍人としての地位と待遇を与えられており、第三世界での紛争で起こっているような問題は無いのだが、年齢的には問題しかない。
この問題に関して各国は「国家存亡の危機」や「対深海棲艦でのみ戦闘に参加」と理由をつけて彼らを軍に取り込んでいるのだが、このことは公表されていない。これが国民に知られた場合、政府に対するバッシングとなることは目に見えていた。そのため提督の家族には報酬を払い徴兵についてを秘密にさせていたし、また彼らの運用においても出来る限り彼らが国民の目に晒さないようにするために軍は努力しているのだ。
「絶対に秋山提督は外してくれ。いくら戦績が良くてもこれはマズイ」
「やはりですか」
今回の様な大規模な作戦の場合、作戦前にしろ作戦後にしろ、ある程度の情報開示が求められる可能性が高い。もし秋山が硫号作戦に参加した場合、彼の存在が知られる可能性が出てきてしまうのだ。このような事態を防ぐため各国では「未成年者の提督は国民に広く知られるような戦闘には出さない」と言う暗黙の了解があった。
「本当なら自衛隊に彼がいること自体が問題なのですがね」
「……言うな」
矢口の若干諦めの入った言葉に、佐久間はそう返すしかなかった。自衛隊だけでなく各国の軍にとって、未成年者にまで頼らなければならない状況についは思うところがあるのだ。
政府からの命令もあるが、彼らも取り入れなければ深海棲艦の攻勢を防げない事は良く理解している。生き残っている国はどこも何十、何百万と死者を出しているし、南半球を中心に崩壊した国家も多い。深海棲艦による死者は、直接的、間接的を合わせれば8億人以上出ているとされている。経済損失は天文学的な数字となるだろう。そんな状況の中で子供を含めた全ての提督を軍に編入させない分、各国政府はまだ理性が残っていると言えた。だが感情面では反発はある。
(自衛隊も随分と落ちぶれたものだ)
自嘲する佐久間。彼の様な考えを持つ軍事関係者は多数派であった。本来なら防衛対象である民間人、それも子供に本来なら自分達の仕事を押し付けなければならないのだから、当然とも言えた。
若干気分が落ち込んでしまったが、彼は小さく頭を振ると気持ちを切り替える。やらなければならない仕事は山積みなのだ。
「取りあえず急いで選出しなおしてくれ。硫号作戦に向けて自衛艦隊との合同訓練がある。そちらの準備を進めなければならんしな」
「了解」
こうして艦娘と関わりの深い者たちも、作戦に向けて各々の仕事を進めていた。
この世界ですが、末期な世界の割には比較的優しい世界です。