それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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これで準備回は終わりです。次回から硫黄島編に入れるかと思います。


海を征く者たち19話 提督の本音 艦娘のホンネ

 8月中旬のある日の昼間。さも当然のように気温が30度を超える日々が続き、誰もがその暑さに辟易している時期であり、その例に漏れず秋山も焼けるような暑さに憂鬱な気分になりながら、横須賀鎮守府の施設内の演習場に備え付けられているベンチに腰掛けていた。空は雲一つない晴天。ベンチには雨よけがあるため夏特有の強い日差しからは逃れられているものの、それだけで暑さからは逃れられない。

 湿気が含まれ粘り付くような暑さにため息を吐きつつ、秋山は演習場に目を向ける。秋山の元で所属している艦娘たちが二組に分かれて模擬戦を行っている。模擬弾が激しく飛び交う派手な試合が繰り広げられているのだが、その様子はどこか殺気立っていた。特に叢雲はイライラした様子を隠す気もなく連装砲を連射している。

 

「おーおー、随分荒れてんな」

「そうだな」

 

 不意に掛けられた言葉に返答しつつ、秋山はその声の主の方に顔を向ける。そこには見慣れた浅黒く日焼けした男がこちらに歩いて来ていた。横須賀に配属される前に行われた模擬戦の相手であった山下である。彼も横須賀に配属されており、模擬戦での縁ということで交流が続いていた。山下はドカリとベンチに座ると、手にしていたラムネ瓶をあおる。

 

「やっぱあれか?硫号作戦か?」

「やっぱり分かる?」

「そりゃな」

 

 肩を竦める山下。秋山としてはため息を吐くしかなかった。

 先日、硫号作戦の参加メンバーが発表された。横須賀の戦績上位陣が軒を連ねる中、その中に秋山の名前は無かった。秋山の戦績は横須賀でも上位に食い込むレベルであり、それだけを見れば参加は確定だったのだが、結局年齢がネックとなり外されることが通達された。

 この結果に叢雲を筆頭に秋山の艦娘たちは激怒することとなる。自分たちの提督の指揮能力が低いのなら仕方ない。自分たちの実力が不足しているのなら、不承不承ながらも納得しよう。だが秋山の「年齢が足りない」。それだけのことで他の提督より劣るとされた事実に彼女らの不満は爆発した。

 未成年を大きな戦場に出す事についての問題点を説かれるも、

 

「その未成年を今まで散々戦わせといて、今さら何を言っているの!?」

 

 その一言で一刀両断されていた。基本的に秋山の艦娘たちは戦闘意欲が高く、戦績や実力を考えれば作戦メンバーに選出される事は確実であっただけに怒りは強かった。秋山も何とか彼女らをなだめようと手を尽くしているものの、結果は芳しくない。

 

「演習で発散できないかと思ったんだけどな」

「……時期が悪くねーか?」

「今日しか演習場が空いてなかったから仕方ない」

 

 演習を持ってしても彼女たちの不機嫌さは解消される様子はなく、むしろ増していた。実は今日は自衛艦隊と作戦参加メンバーによる合同訓練が行われており、そんな日に個人で演習をすると言う当てつけの様な事をしていれば当然であった。

 

「で、どんくらいやってんだ?」

「そろそろ30分位。もう終盤かな」

「その割には被弾が少ねーな」

 

 演習を行っている艦娘たちはそれなりの時間を演習に費やしているが、その割には演習用模擬弾として使われるペイント弾による汚れが殆ど見られない。それは殆ど被弾が無い事を意味している。

 

「ウチの艦娘の傾向は『運動性』だし」

「あー……」

 

 納得したようなしないような曖昧な返事を返す山下。提督の前に現れる艦娘には、呼び出した提督によって何かしらの傾向があった。その内容は艦種、能力、性格と様々であり、同じ艦娘であっても所属する提督によってかなりの違いがある。秋山の場合は小回りが利き、攻撃を躱す事を得意とする艦娘が建造されていた。

 とはいえ終盤まで殆ど被弾がないというのも中々見られない光景である。それだけ艦娘の練度が高い事の証明であった。

 演習が終盤に入り一部の艦娘が近接戦闘を慣行し始めるも、各艦娘の被弾率は若干上がった程度であり、まだまだ決着まで時間が掛かりそうである。そんな様子を見て、山下はふとある事に思い至る。

 

「もしかして攻撃が当てられないから、余計にイラついてんじゃねーか?」

「……あっ」

 

 山下の指摘は的を射ていた。今回の演習はストレスの発散を目的としているのだが、どんなに撃っても相手に回避されるのだから面白いはずもない。これで如何に相手に攻撃を命中させるか等の何かしらの教訓が得られたのならいいのだが、今の精神状態でそれらを得る事は難しいだろう。前述の合同訓練と演習状況によって、艦娘たちのストレスはこれでもかと言うくらい溜まっていた。

 

「で、どうすんだ?」

「……これが終わったら、全員で間宮。俺の奢りで」

 

 秋山はため息を吐きつつ答える。かなりの金額になるだろうが、艦娘たちのストレスを少しでも軽減させるための必要経費と割り切るしかない。提督は医官の様に特別待遇ではあるが三等海佐相当で海上自衛隊に所属しており、給料面は階級と見合った物であるし様々な手当が付くのでかなりの金額となる。そのため余程高い物ばかり注文されなければ大丈夫なはずである。

 

「そう言えばアンタはどうしてここに来たんだ?」

「あー、それなぁ」

 

 秋山の問に若干バツの悪そうに顔を歪める山下。演習場の予約を見る限り山下の名前は無く、この場に足を運ぶ必要性は無い。

 

「吹雪がうるさくてなぁ」

「ああ、いつものか」

 

 防衛省が9月に予定していた提督を日本各地に分散させて沿岸部に防衛網を敷く計画だが、硫黄島攻略が急遽決まった関係で、10月に延期される事となっていた。とはいえ時間がそこまであるわけではなく、即席培養に近い形で各提督は基地の運営についての教育を受けていた。

 当然山下も研修は受けており、成績については平凡ではあるのだが、それを良しとしない者がいた。名前は吹雪。山下の初期艦である彼女はどうやらかなりやる気があるらしく、空いた時間を見つけては山下との勉強会を試みていた。

 傍目から見れば良い艦娘なのだが、当事者である山下はそこまで根を詰めてやる気はない。そんな訳でここ最近は吹雪主催の勉強会が始まりそうになった場合、何かと理由を付けて逃亡していたのだ。

 

「そういうお前はどうなんだ?」

「研修は出てるけど、アンタと違って横須賀から出ないぞ?」

「どういうことだ?」

「年齢の問題だってさ」

 

 防衛省の掲げる提督分散配備計画だが、ここでも年齢がネックとなっていた。各地に提督を派遣した場合、どうしても地元の住民と関わることが多くなる。なので、未成年の提督を派遣する訳にはいかないのだ。そのため提督の年齢が18歳以上になるまで、各地方隊で身柄を預かる事が決められていた。横須賀地方隊の場合は、他の未成年の提督と共にそのまま横須賀鎮守府に所属することとなっている。

 秋山も他の提督の様に基地運営についての勉強は行っているが、山下の様に大急ぎで勉強する必要は無かった。

 

「そりゃ羨ましいな」

「俺はいいんだけどな……」

 

 茶化すように笑う山下に対し、言い淀む秋山。その様子に山下は疑問に感じ、そして直ぐに察した。

 

「まさか艦娘の方が……」

「確かに楽だろうけど年齢で区別するなんて、だとさ」

「おいおい……」

 

 年齢によって何かと制限が付いてくる秋山だが、提督分散配備計画においてはこのまま横須賀にいる方が有利となってくる。何せ秋山の他にも提督がいるため戦力が大きく、地域の安全性的にも提督や艦娘のこなす仕事量的にも横須賀に留まる事は好ましかった。

 だが秋山の艦娘たちは、それについても若干だが不満はあった。確かに自分たちの負担は減るが、その分自由に動けない事を問題と見ていたのだ。

 

「何というか……、お前の所は随分と好戦意欲が高いな」

「それもあるけど、俺の歳を理由にして色々と制限を掛けて来る上層部を目の敵にしている感じかな」

 

 秋山は今回のことをそう認識していた。

 

「そもそも俺はそこまで文句は無いんだよ」

「おー、艦娘とは逆の意見か」

「そうそう。こう……正義だとか義務だとか色々言ってる奴もいるけど、俺の場合はそういうのはどうでもいいんだよ。危険な所には行きたくないし、危ない目には遭いたくない」

「ほー。ってことは、今回の年齢制限は――」

「艦娘たちには悪いけど正直助かってる」

 

 深海棲艦の拠点と化した硫黄島の攻略など、激戦となるのは誰が見ても明らかである。「自分は死にたくないし、自分の艦娘が轟沈する所など見たくない」と常々考えている秋山にとっては年齢制限については渡りに船と言った所だった。

 

「でも皆ヤル気満々なんだよな……」

「まあ、頑張れや」

 

 秋山から今日何度目かのため息が漏れた。

 

 

 

 演習を終え、艦娘たちが間宮謹製のデザートに舌鼓を打ったその日の夜。横須賀鎮守府のある一室に二人の艦娘の姿があった。

 

「そっちはどう?」

「うん、大丈夫みたい」

 

 腰まで届く銀髪が特徴的な艦娘とセミロングの髪を後ろで二つに括った艦娘、秋山の下に所属している叢雲と白雪である。彼女らは行っていた作業が一通り終わると、安心したように一つ息を吐いた。

 

「全く、自分の部屋を調べないといけないなんてね」

「仕方ないよ。他の人に知られる訳にはいかないし」

 

 彼女たちはこの部屋に盗聴器や隠しカメラが無いかを探していたのだ。それも彼女たちだけでなく、妖精さんたちも協力しての徹底的な作業である。彼女たちの相部屋であるこの部屋にその様な作業をする事は異常ともとられかねないが、これから行う会話内容は自衛隊の人間や提督に知られる訳にはいかなかった。

 叢雲は手にしている封筒から中から書類を取り出しつつ苦笑する。

 

「これを見られるだけなら問題ないけどね」

 

 そこにあったのは『艦娘通信』とタイトルが着けられた雑誌だ。もっとも雑誌と言っても厚みは無く、新聞に近い物だ。内容は提督や艦娘のちょっとした事件や料理情報と言った女性週刊誌の様な情報を掲載しているのだが、記事内容は突出して面白い訳ではない。これを作っているのは横須賀に所属する青葉を始めとした一部の艦娘であり、そのためか横須賀鎮守府内では購入している艦娘は多かった。また少数ではあるが横須賀以外の艦娘にも郵送されている。

 そんな極々狭い範囲のみに流通する雑誌ではあるが、これは艦娘たちにとって恐ろしく重要な情報源となっている。

 

「……政府の方は変なことをする気はないみたいね。やっぱり防衛大臣が提督だからかしら」

「でも防衛省や自衛隊の一部には、私たちの事を面白く思っていない人も多いみたい」

「それに一部の政治家もね。全く嫌になるわ」

 

 二人は雑誌の読み合わせをしつつ、意見交換をしていく。だが内容は雑誌の内容ではなく、政府中枢についての情報である。

 『艦娘通信』は見た目こそ薄い雑誌ではあるが暗号化されており、艦娘たちだけが知っている暗号解読法を行った場合、違った情報を読み解くことが出来るのだ。そして真の情報は政界や政府機関を始めとした様々な情報が記載されている。中には世間一般には公表されない様な情報すらあった。情報収集は一般人にはその存在を認識することの出来ない妖精さんが行っているため、どんなにセキュリティを強化しようとも情報は筒抜けであった。

 そんな危険度の高い情報を取り扱うのだから、艦娘以外の人間にばれない様にするために警戒するのは当然であった。

 

「……冷静に考えたら、凄く危ないことをしてるね」

「私たちの安全のためにも情報収集は必要よ」

 

 若干不安に駆られる白雪と対照的に、叢雲は全く悪びれる気もない。彼女たちは国家の都合によって使い潰される事を危惧しているのだ。そしてこの考えは、艦娘にとって珍しいものではない。

 そもそもの話であるが、艦娘たちは国家に対する帰属意識は存在しない。今の日本政府は艦娘を正当に扱っているので、彼女たちは日本に留まって深海棲艦と戦っている。しかし仮に方針が変わって虐げるようなら、艦娘たちは躊躇い無く国など捨てるだろう。そのもしもの時に備えて密かに準備をしている艦娘は多かった。

 

「司令官のためにも、でしょ?」

「う、うるさいわね……」

 

 顔を赤くしそっぽを向く叢雲の姿に、白雪はクスクスと笑う。

 

「もう、素直になればいいのに。艦娘が司令官の事を好きなのって普通の事なんだよ?」

「うっ……」

 

 白雪の言葉は艦娘だけが知っている事実であり、そして各国が探し求めている情報が含まれていた。

 世界各国では人間が提督となるための条件を探しているが、未だに発見されていない。提督となった人物なら分かるかとも思われたが、艦娘に対する全ての情報があるわけではなく、捜査は難航していた。

そんな各国が追い求める提督となるための条件であるが、実は恐ろしく単純であり――難しい物である。

 

『艦娘たちが好意を持っている人物』

 

 それが答えである。艦娘たちは提督の前に現れる前からその人物に好意を持っており、そして提督が危機的な状況にあったためにその姿を現わしたのが真相だった。

 つまり艦娘たちは、『人類』ましてや『国家』を守るために現れたのではないく、愛する『提督』を守るために現れたのだ。そしてこの事実を『提督』を含めた人類は知る由は無い。

 

「と、ともかくさっさと終わらせるわよ!」

「そうだね」

 

 こうして彼女たちも、守りたい者のために準備を進めていった。

 




白雪の口調ってこれでいいのかな……

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