それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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冬イベで消し飛んだ資源がようやく回復。今日からデイリーまるゆチャレンジです。


海を征く者たち21話 募る不安

 9月16日。深海棲艦による合計10回の小規模襲撃を跳ね除け、第一護衛隊群はついに目標である硫黄島近海まで辿り着いた。既に全艦娘は出撃済みで、艦隊の前方に展開が完了しており、いつでも戦闘は可能だった。そして硫黄島を占拠している深海棲艦も待ち構えていたかのように、艦隊が展開されえている。

護衛隊群にとって深海棲艦が海上で迎撃態勢を取っている事は、好都合だった。精鋭を集めただけあって艦娘は海上での戦闘経験は豊富なのだが、陸戦の経験など無かったためだ。少なくとも軍艦の火力を持つ深海棲艦となへ泥沼の陸戦が回避され、作戦指揮官の岩波は胸を撫で下ろしていた。後は全力を持って深海棲艦を撃退し、硫黄島を奪還するだけである。しかし話はそう簡単な物ではなかった。

 

「哨戒機より通信。目視にて深海棲艦を確認とのこと」

「数は?」

「大よそ100。レーダーに映らないため、正確な数は不明とのことです。また結界内に敵の航空機が多数空中待機しています」

「そうか」

 

 「あたご」のCICにで上げられてきた報告に岩波は忌々し気にモニターに目を向ける。そこには目指すべき島が映し出されているが、異常な物も見られていた。

ハワイ占領、パナマ近海での核攻撃、パナマ占領で確認された赤い透明な膜。その見た目から『赤色結界』と命名されたそれが、硫黄島全体を覆っているのだった。

 

「レーダー波も通さないか……」

「上空のF-15J改が赤色結界への攻撃許可を求めています」

「核も耐えたんだ。無駄だな」

 

 通信士官の岩波は肩を竦めた。深海棲艦の規模は100隻近く。規模としては自分達の方が優位ではあるが、無駄弾を撃つほど余裕がある訳ではない。F-15J改の提案を却下したのは現場の立場としては正しい物であった。事実、F-15J改もその決定にあっさりと従っている。しかし現場の判断が全ての立場にとって正解とは限らない。

 しばらく後、再び通信士官が声を上げる。

 

「防衛省から赤色結界への対艦ミサイルによる攻撃命令が出ました」

「……どういうことだ?」

「赤色結界に対する情報を収集せよ、とのことです」

「……了解したと返信しろ」

 

 世界では赤色結界の観測は度々されているのだが、結界に干渉する事例はパナマ沖での核攻撃のみであった。そして核攻撃の時は、爆発により結界自体の観測が出来ないでいた。そのため防衛省は結界が攻撃を受けた際に、赤色結界がどのような反応を起こすのかの情報を欲していた。

 岩波の指示により攻撃、そして観測の準備が迅速に行われる。全員若干の不満はあるが、だからと言って手は抜かない。

 

「哨戒機、定位置に着きました」

「観測を開始しろ。艦長、頼む」

「了解。90式艦対艦誘導弾改、発射。目標、赤色結界」

 

 艦長の命令と共に、「あたご」からミサイルが1発だけ放たれる。噴煙と共にそれは一直線に硫黄島に向かっていき――そして予測通り結界にぶつかり爆発した。結界には傷一つついていない。

 

「赤色結界への命中を確認」

「……さて、これが藪蛇にならなければいいが」

 

 岩波は自身が抱く懸念に備えて、艦隊に警戒態勢を取らせる。暫しの沈黙。だが深海棲艦に動きは見られない。岩波は顔を歪めた。

 

「あちらからは動く気はない、か」

「いかがしますか?」

「……動かないなら好都合だ。赤色結界の調査の継続と硫黄島を占拠する深海棲艦の偵察をするぞ」

 

 

 

 横須賀から100㎞程の近海。ここでも海戦は行われている。戦艦金剛を旗艦とした6隻編成の艦隊と、戦艦ル級を含む深海棲艦の艦隊の砲撃戦だ。戦力は艦種で見ればほぼ同等。しかし海戦でも互角の戦いが演じられている訳ではない。艦娘たちの砲火は激しく、それに深海棲艦は押されている。どちらが優勢かは明らかだった。

 

「Target in sight!」

 

 金剛が敵に主砲を向ける。照準の先にはエリート級の戦艦ル級。エリート級は通常のものよりも各種性能が向上された深海棲艦であり、戦艦クラスがエリート級ともなれば金剛型の35.6cm砲8門の斉射を全弾命中させても、一撃では撃沈出来ないことも多い。

 だが今回は少々事情が違った。

 

「Fire!」

 

 艤装に備え付けられている主砲『10』門が火を噴く。

放たれた砲弾は距離も近い事もあり、一発も逸れることなく戦艦ル級の身体を捉える。通常なら耐えられる事の多い攻撃。

 だが次の瞬間――戦艦ル級は砲弾にその身を貫かれた。

 

 

「Yey!」

 

 喜びの声を上げる金剛。対照的なのは深海棲艦の方だ。頼みの戦艦が一撃で撃破されたために動揺したのか一気に動きが悪くなる。そしてそんなチャンスを艦娘たちが逃す筈もない。

 

「いくわよ!」

 

 三隻の駆逐艦が一気に畳みかける。叢雲が槍を構えて接近戦を仕掛け、朝潮がその突入を砲撃で援護。敵の陣形が乱れた所を白雪が雷撃で仕留める。この戦法は彼女たちの十八番だった。連携により次々と深海棲艦を沈めていく。

 既に趨勢は決した。深海棲艦は撤退しようと反転する。しかし艦娘たちは逃すつもりはない。ダメ押しの一撃が空から放たれる。

 

《艦載機のみんな!お仕事、お仕事!》

 

 通信から響く明るい声と共に、九九式艦爆を主力とした航空隊が深海棲艦に食らいつく。慌てて対空砲火を上げるも貧弱なそれでは空襲を防ぎきれない。次々に急降下爆撃が敢行され、蹂躙されていく。

 5分と経たずに深海棲艦はその身体を水面に沈める事となった。この海域には艦娘のみが残っていた。

 

『レーダーに敵影なし。龍驤と皐月はこちらに合流してくれ』

《了解や》

《分かった!》

 

 彼女らの提督、金剛に乗艦している秋山は、後方で航空攻撃に専念させるために艦隊から分離させていた龍驤と護衛役の皐月と合流することにする。

 

『皆、お疲れ様』

「ま、あれ位なら大したことないわよ」

「ワタシもまだまだ元気デスヨー!」

 

 澄まし顔の叢雲に笑顔の金剛。白雪と朝潮に目を向ければ、疲れた様子もなく笑っている。今回の海戦では誰も直撃を受けなかったためダメージの面は問題ない。完全勝利だった。

 秋山は一つ息を吐くと、海戦前から気になっていた事を確認すべく金剛に声を掛けた。

 

『金剛。艤装の方はどうだった?』

「テートクのお陰で砲撃は問題ありませんデシタ」

 

 金剛は背負っている艤装に目を向けた。本来は35.6㎝連装砲4基備わっている艤装であるのだが、今の彼女は2番、3番には46㎝3連装砲となっている。

 先程の海戦でもエリート戦艦ル級を一撃で沈められたのも、これのお陰だった。46㎝砲ともなれば攻撃力は格段に向上されるのだ。だが、

 

「でも46㎝はこれが限界デス。これ以上載せたらマトモに当てられませんネ」

『やっぱり難しいか』

 

 46㎝砲ともなれば、反動も格段に大きくなる。以前試験として46㎝砲を4基積んだ際は、余りに反動が大きく至近距離でも目標を外す程だ。今回は金剛に『乗艦』して金剛の能力を向上させてみたが、それでも2基が限界であった。

 

(やっぱり金剛型は35.6cm砲がベストだな)

 

 たまたま46cm砲を開発出来たので、何とか活用したかったのだがそう簡単には行かないものだ。その様な事を考えつつ、秋山はある人物に通信を繋いだ。

 

『五十鈴、そっちはどうだ?』

《提督? こちらも戦闘が終わったわ》

『そっか』

 

通信の相手は五十鈴だ。彼女はここから少し離れた海域で旗艦として艦隊を率いていた。

 

『そっちはどうだった?』

《相手は水雷戦隊だったし余裕よ》

『流石だな』

 

 自然な様子の五十鈴に秋山は安堵した。既に他の提督が行っているので運用に問題は無いのだが、秋山の下は初めての試みが行われているので気が気ではなかったのだ。

これまで日本の提督は防衛省の指示もあり、規模を大きくするために建造を続けてきていた。その甲斐もあってか、9月現在では6隻編成の艦隊を複数個運用できるまでに規模を拡大できている提督は多かった。秋山もその中の一人だ。

そこで先日から開始されたのが、「艦娘のみでの出撃」だった。これは複数の艦隊を同時に運用できるというメリットがあるため防衛省は推奨しており、今後の艦娘運用の基本としようと画策していた。余談だが、これには提督という金の卵が戦死するリスクを抑えたいという意図も多分に含まれている。

秋山は本来なら艦娘のみでの出撃は後日に行うつもりであったのだが、急に深海棲艦が活発化し始めたために手が足りず、急遽五十鈴を旗艦に水雷戦隊を編成する事にしたのだ。

 更に詳細を聴こうとする秋山。そんな彼を女性の声が遮る事となる。

 

《こちら横須賀基地。秋山提督、聞こえますか?》

『こちら秋山です』

 

 聞きなれた横須賀基地のオペレーターだった。返答しながら秋山は嫌な予感を覚えた。オペレーターが通信を入れて来るという事は、大体が何か事件があったということなのだ。

 

《近海に深海棲艦の艦隊が出現しました。直ぐにそちらへ向かってください》

『了解。燃料、弾薬を補給後、迎撃に向かいます。――みんな聞いての通りだ。直ぐに補給に戻るぞ』

 

 秋山の指示に従って航行を始める艦娘たち。だがその顔は何処か浮かない。日本の近海でここまで深海棲艦が頻発するのは殆どなかったのだ。誰しもが不安を覚えていた。

 

「……何も起こらなければいいけどね」

 

 叢雲の呟きがこの場にいる者たちの気持ちを代弁していた。

 

 

 

 第一護衛隊群が硫黄島に到着して既に数時間が経過した。未だに両軍は戦闘態勢に入ったままにらみ合いを続けている。その様な中、「あたご」のCICでは、岩波と川島参謀長は収集された情報を精査していた。

 

「予測はしていたが赤色結界は艦娘の攻撃も防いだか」

「しかし橋本潜水艦艦隊の報告によれば、艦娘による結界の通行は出来たとのことです」

「艦娘の航空機も、な。お蔭で航空偵察が出来た」

「彩雲による強行偵察により敵の詳細が解りました。海上に出ている深海棲艦は哨戒機の報告通りでしたが、島の方に砲台子鬼が多数配備されています。また、元から硫黄島にあった飛行場には敵の航空機が多数配備されているとの事です」

「やはりか。因みに敵の航空機の種類は?」

「既存の物が主だったとの事ですが、一部に例の新型が上がってきているそうです。ただ数はかなりの量です。艦娘の航空隊のみでは押されかねません」

「だからと言って結界がある限り我々が援護する事は出来ない、か。厄介だな」

 

 元々、航空戦は通常兵器で援護をする事が前提で作戦が建てられていた。このまま策もなく空戦が始まれば苦戦は必至だった。そしてそれだけでも問題なのに、更に悪いニュースは続く。

 

「更に問題なのは、戦艦棲姫が1隻確認できない事です」

 

 川島は苦々し気に資料に目を通す。そこには姫級の位置が記載されているのだが、旗艦である硫黄棲姫と戦艦棲姫1隻の分はあるが、事前に確認されたもう1隻の戦艦棲姫の居場所が分からないでいた。

 

「島の内部にいる可能性もあるが、行方不明なのは痛いな」

「戦闘能力の高い戦艦棲姫に奇襲されれば、艦隊が大ダメージを受けかねません」

 

 懸念材料を出し合った所で、二人の間を沈黙が支配する。問題が大きすぎる。これからどう行動するか。二人は頭を悩ませる。

 暫しの間の後、沈黙を破ったのは岩波だった。

 

「参謀長の意見を訊きたい」

「懸念材料が多すぎます。攻撃の延期、もしくは中止を進言します」

「やはりか」

 

 慎重派の川島らしい答えが返ってくる。いつもであれば岩波も賛同しただろう。しかし今回はそうもいかなかった。

 

「……済まないがそれは却下されそうだ」

「と、言いますと?」

 

 川島の問いかけに、岩波は顔を歪めた。

 

「情報収集衛星がマリアナ諸島での深海棲艦の動きが活発化している事を捉えた。防衛省は硫黄島への援軍の準備だと判断している」

「……」

「この機会を逃せば、次は増強された深海棲艦と戦うことになりかねん。それ故に、今回で攻め落とさなければならない」

「分かりました……」

 

 こうして攻撃は決定された。そうなればリスクに対する対策を取らなけければならない。岩波は腕を組み唸る。

 

「戦艦棲姫については周辺への警戒を密にするとして、問題は赤色結界だ。発生装置とかは無いのか?」

「発生装置は確認されていませんが、赤色結界展開以来、硫黄棲姫とその周囲に発光現象が見られています。恐らくそれかと」

「……やはりか。そうなると手段は限られるな」

 

 川島の報告に岩波はため息を吐く。ハワイでも中枢棲姫が結界を展開したとの報告がある。硫黄島でも同様である事は予測できていた。

 結界を消すには敵の旗艦を叩く必要があるが、艦娘だけでそれを行うには展開されている深海棲艦の艦隊を突破しなければならないし、例えたどり着けた当然護衛がいるだろう。航空攻撃に頼りたい所であるが、敵の新型航空機が邪魔をする。こうなると取れる手段は限られる。そして作戦指揮官たる岩波はその手段を用いることを決断した。

 艦娘のみによる深海棲艦艦隊との艦隊決戦。それが現状で第一護衛隊群の取れる戦法だった。

 彼の命令が出てからの第一護衛隊群の動きは早かった。艦娘たちは提督の指揮の下、硫黄島へ乗り込むべく陣形を組み、通常兵器を操る者たちは彼女らのフォローや奇襲への警戒を密にする。そしてその時がやってきた。

 

「攻撃開始」

 

 作戦指揮官岩波の号令と共に、深海棲艦との決戦の火蓋は切られた。

 




そろそろダイスを降るべきか……

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