それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

38 / 184
あきつ丸を讃えるための、七日間デイリーあきつ丸チャレンジの結果。
比叡、まるゆ、扶桑、扶桑、榛名、金剛、金剛

わーい、まるゆだー(白目)


海を征く者たち22話 苦戦

 作戦指揮官岩波の号令と共に、待ってましたと言わんばかりに、空母艦娘たちが航空機隊を次々と発艦させる。編成は深海棲艦側の新型機に備えて、戦闘機を多めにしている。

 発艦した航空機は素早く編隊を組むと、赤色結界に向けて飛び立った。

 

「海自や空自のミサイルが無くたって!」

 

 一部の空母艦娘は気炎を上げていた。

 日本、というより世界各国の対深海棲艦戦において、深海棲艦本体を叩く場合は通常兵器よりも艦娘の方が有効とされている。

 しかしことが航空戦となると事情が変わってくる。深海棲艦の繰り出す航空機に対して、条件付きではあるが通常兵器の方が有効であるとされているのだ。これは雲霞の如く飛来する航空機をサーモバリック爆薬搭載型の対空ミサイルを持って一挙に撃破出来た事例から起因している。そのため航空戦では通常兵器が「主」、艦娘の航空機が「副」とされている。

 この事に対して一部の艦娘たちは面白く思っていなかった。深海棲艦との戦いの主役は自分達艦娘だ。航空戦でもそうあるべきだ。その様な嫉妬にも似た思いを抱いていたのだ。彼女たちは今回の海戦でそれを証明しようとしていた。

 

 そんな一部の者の思惑を孕みつつ放たれた航空隊を待ち構えるのは、深海棲艦の航空隊である。編成は既存のカブトガニ型が中心であり、警戒していた猫型は少数であった。だが深海棲艦艦隊の規模にふさわしい規模が揃えられている。

 艦娘たちの航空機隊が赤色結界に飛び込み、直後に二つの航空勢力による航空戦が始まった。合わせて2000以上の航空機が入り乱れる一大決戦だ。戦況は一進一退。両勢力の航空機が激しくぶつかり合う。だからこそ、

 

「突入するぞ!」

 

 空母戦力とその護衛を後方に残し、戦艦を主力として編成された打撃部隊が進撃を開始する。硫黄島の深海棲艦の数はおおよそ100程度。制空が拮抗状態の今なら数の差で優位に立てると判断したのだ。次々と赤色結界を潜り抜ける艦娘たち。

 

「全主砲、薙ぎ払え!」

 

 打撃部隊の先鋒を務める大和の46cm砲の砲撃と共に、砲雷撃戦が始まった。

 両陣営の砲弾が激しく飛び交う戦場。戦況は艦娘たちの優位だった。

 硫号作戦に参加したメンバーは、横須賀地方隊に所属する艦娘の中でも高練度の者ばかりだ。勿論提督も彼女らの実力に見合う能力を有している。また艦隊間の連携も、先月から行われていた合同訓練によって十分に機能している。数で劣る深海棲艦艦隊に後れを取ることは無かった。打撃部隊は旧日本海軍が目指した艦隊決戦思想によって作られた艦の性能を、この硫黄島近海で大いに発揮していたのだ。

 

「行けるぞ!」

 

 段々と押されていく深海棲艦に好機と見た提督、艦娘たちは一気に押し込むべく前へと戦線を伸ばしていく。

 誰もが勝利を確信する。

 そんな時――彼方の空からそれはやってきた。

 打撃艦隊の前方。硫黄島の方向から編隊を組んで飛来する深海棲艦の航空機群。

 

「――敵機多数接近!」

 

 真っ先に見つけた一人の艦娘の声に反応し、打撃艦隊は迎え撃つべく注視し――次の瞬間、その場の誰もが絶句した。

 

「敵第二波航空機は全機新型! 繰り返します、全機新型航空機です!」

 

 悲鳴のような報告に、戦場にいる者たちの顔が青くなる。そうしている間にも、第二波航空攻撃は戦場となっている空域に飛来する。

 

 そこからは一気に情勢が深海棲艦に傾き始めた。

 深海棲艦が硫黄島の飛行場から送り出した第二派航空機隊の数は、精々300機程度であり、第一波と比べれば数は少ない。しかし互角の戦いをしている戦場に纏まった数の高性能機が到着するとなれば、拮抗を崩すには十分過ぎた。

 艦娘たちの送り出した航空機たちが次々と撃墜されていく。敵の新型機のモデルはF4Uコルセア。艦娘側の数的主力である零戦二一型では対抗しきれない。極少数ながら投入された紫電改二や烈風なら対抗は出来るものの、300と言う数を押し返す程の力は無かった。

 

「現在制空劣勢状態です!」

「敵の艦爆、艦攻が来るぞ! 対空戦闘用意!」

 

 敵機を撃ち落とす、もしくは攻撃をさせないために、艦娘たちの対空砲や機銃により弾幕が形成される。必死の迎撃によりある程度は撃墜出来たが、敵の航空攻撃を止めるには至らない。

 艦娘たちに着実にダメージが増えていく。そして深海棲艦はそれを見逃すほど甘くはない。

 

「水上艦の攻勢が激しくなっている!?」

「マズイ、押されるぞ……」

 

 これまで対艦攻撃に集中できていた艦娘たちだったが、ここにきて空への警戒も行わなければならなくなったのだ。十分に対艦攻撃を行えるリソースが無いのだ。押し返されるのは当然と言えた。

 

『反撃するぞ!』

「はい!」

 

 その様な状況ではあるが、反撃を試みる者も当然いる。戦艦大和に乗艦している有賀もその一人であった。彼は特に砲火の激しい戦艦ル級を攻撃するように指示を出す。

 

「照準良し」

 

 全9門の46cm砲が敵に照準を合わせる。敵との距離は近く、全弾命中も不可能ではない。

 

「撃ちま――」

『っ敵雷撃機接近!』

「――!?」

 

 大和の艤装から雷撃機を近付けまいと対空砲火が放たれるが、努力も空しく魚雷が投下される。

 

『取り舵一杯!』

「っ、撃ぇ!」

 

 回避と共に主砲が放たれる。しかし狙いである戦艦ル級からは大きく狙いが逸れ、ただ水柱を上げるだけの結果に終わった。大和は悔し気に顔を歪める。

 

「すいません、提督……」

『あれは仕方ない。こんな状況で大ダメージを受けるわけにはいかない』

「しかしこのままでは……」

『ああ、敵の航空機を何とかしないとどうしようもない』

 

 大和が遭遇した光景は、この戦場の各海域でも見られていた。攻撃をしようとすれば敵の航空機により妨害される。そのため深海棲艦の攻勢に対応できないでいたのだ。

 その様な状況の中、艦載機を繰り出すために後方に控えている空母たちも、何とか打開しよう奮闘している。

 

「烈風部隊の残弾がゼロ。帰投させるわ」

『OK、補給を済ませたら再度出撃させて!』

「零戦二一型部隊の補給が完了しました。再出撃します!」

『前線部隊から支援要請が出ているわ。そっちに向かわせて!」

「敵の新型により一部の航空機隊が全滅したとの報告が!」

『さっき出撃させた零戦五二型部隊を送って!』

 

 比較的少ない女性提督である鞍馬は、乗艦している加賀から艦娘たちに矢継ぎ早に指示を出していく。制空能力に長けた彼女はその能力を買われ、今回の硫号作戦に参加することとなり、先程までは期待に違わず深海棲艦側の航空機を相手に十二分に戦えていた。

 しかし深海棲艦が新型である猫型を繰り出した事により、状況は一変。苦戦を強いられていた。

 

『加賀、烈風部隊を敵の新型に当てれない?』

 

 烈風は零式艦上戦闘機の後継機として開発された戦闘機であり、現状の日本艦娘の艦上戦闘機では最高戦力と言える機体だ。過去の大戦末期で工作精度の落ちた原型機と違い、スペックを完全に発揮できる妖精謹製のそれなら猫型を相手取れる。しかし、

 

「……無理ね」

 

 加賀は頭を振った。

 

「敵の数が多すぎるわ。私が出せる烈風は50弱。勝負にならないわ」

 

 確かにこの硫黄島近海において、加賀の操る烈風の強さは最上位に入るだろう。しかし無敵ではなかった。何倍もの敵に戦いを挑んだ所で、全滅するのは目に見えていた。

 

『そっか……』

「提督、今は耐えるしかないわ」

 

 深海棲艦と対峙する者たちの苦闘は続いていた。

 

 

 

「不味いな」

 

 岩波はこの状況に呻くことしか出来ないでいた。勿論、作戦指揮官である彼も現状を打破しようと様々な策を取ってはみたものの、戦線が崩壊しないように維持することしか出来ないでいた。

 

「参謀長、こちらの損害は?」

「現状では、赤色結界から出れば追撃は無いとの事ですので、轟沈艦は少数に抑えられています」

 

 数か月前のパナマをめぐる一連の海戦の時よりも、艦娘が轟沈する確率は大きく低下していた。高い練度の艦娘を集めた事、大破艦の退避方法の改良などが起因している。

 川島の報告に、岩波は顔には出さずに安堵した。沈んだ艦娘には悪いが、この硫黄島攻略は飽くまで前哨戦でしかない。ここでの戦力の消耗は避けたかった。

 しかし比較的良いニュースはこれだけだった。

 

「はっきりと申し上げますが、戦況は不利です。敵の新型機により制空権を奪取されたため、打撃部隊が押されています。このままでは撤退も視野に入れる必要が出てきます」

「状況を打破するには、赤色結界をどうにかするしかないか……」

 

 深海棲艦の繰り出した猫型航空機は確かに強力であるが、人類の兵器で撃墜できることは既に確認されている。護衛艦や上空で待機しているF-15J改とF-2の対空ミサイルを撃つことが出来れば、逆転は可能なのだ。だがそれをするには赤色結界が邪魔である。結界を展開していると思われる硫黄棲姫をどうにかする必要があった。

 

「硫黄棲姫の現在位置は?」

「敵の布陣の最後方、硫黄島の沿岸部で確認されています」

 

 その答えは予想通りだった。やはり目標は自分たちがたどり着くには困難な位置に陣取っている。岩波はしばし考え込むと、ポツリと呟いた。

 

「……打撃艦隊の戦力を一転集中させて敵艦隊を強行突破。後方の硫黄棲姫を叩くしかないか」

「しかしそれは賭けになります。失敗すれば最悪全滅。成功したとしても大打撃は免れません」

 

 岩波の案はリスクが高い上に、被害も大きくなることは目に見えている。出来る限り戦力の消耗を避けなければならない現状、良い策ではない事は分かっていた。

――ここは引くか?

 彼の脳裏に「撤退」の二文字が浮かび始める。そんな思考の海に埋没している彼を引き戻したのは、通信士官の声だった。

 

「橋本提督より通信です。赤色結界について作戦指揮官に取り次ぎたいとの事です」

「橋本?」

「確か潜水艦隊を率いている提督です」

「彼か……。こちらに繋げ」

 

 通信機器を取る。若い男の声が響いた。

 

《当艦隊に結界内への進撃の許可をお願いします》

「貴艦隊が前線に出た所で、大局には意味をなさないが?」

《赤色結界を消しに行きます。賭けになりますが、私に策があります》

「……訊こう」

 

 橋本から作戦の説明がされる。その作戦内容に誰もが唖然とすることとなる。未確定要素が多い上に、危険も伴うのだ。橋本の説明が終わると、岩波は思わず聞き返した。

 

「……一応確認したい。本気か?」

《本気です。それに仮に失敗しても当艦隊が危険に陥るだけです。艦隊全体には影響はありません》

「貴重な高練度潜水艦が沈むのは痛いのだがな。それに希望的観測の要素が大きい」

《元々赤色結界の研究は進んでおらず、どうしても希望的観測に頼らざるを得ません。それに仮に結界が解除できなくてもデータは取れます》

 

 それには反論出来なかった。彼の言葉も最もなのだ。

 

「参謀長、どう思う?」

「奇策の分類ですが艦隊全体へのリスクは少ないですし、上手く行けば儲けものと考えて実行しても良いかと考えます」

 

 川島は橋本の挙げた作戦に賛成。彼の意見を参考にして、岩波はコスト、リスク、得られる結果を頭の中でまとめ上げる。時間にして10秒も満たないだろう。彼は決断した。

 

「良いだろう。やってくれ」

 

 こうして彼らは起死回生の一手となりうる作戦を開始した。

 

 

 




航空戦ダイス判定……深海棲艦:88、艦娘:39
ダイスの女神様は、人類が嫌いな様です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。