それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
艦娘と深海棲艦の戦いが激化しているその後方、硫黄島の海岸に一人の女性が佇んでいた。
多くの者が美人と位置づけるだろう整った顔立ちに黒のロングヘアーが特徴的で、肌が異常に色白い。そして一番の特徴が、その身体には艦娘が使う艤装の様なモノを纏っている事だろう。
彼女は硫黄棲姫。この島の主であり、硫黄島に駐留している艦隊の指揮官だ。
そんな彼女は前方に繰り広げられている海戦に、歓喜の笑みを浮かべていた。求めていたモノがようやく手に入ったのだから当然であった。
彼女は戦う事が好きだった。お互いが持てる能力を全て発揮し相手を打ち倒そうとする。その様な光景が大好きなのだ。
だからこそ軍用飛行機が駐機しているこの島に乗り込む事になった時は、人類はどのように抵抗するのか彼女は期待したものだ。しかし意気揚々とやってきた硫黄島には攻撃はおろか、人間は誰もいなかった。当時の日本は既に自衛艦隊が壊滅状態であり、硫黄島の維持は不可能と判断され施設を破壊し放棄していたのだ。
肩透かしを食らった硫黄棲姫ではあるが、仕方がないとさっさと気持ちを切り替えると、彼女は硫黄島を深海棲艦の拠点とすべく作業を始めた。
このような作業は性に合わないが戦うために必要な事なので仕方がない。それに大々的にこの島を拠点化するのだ。人類もそれを阻止すべく攻撃を仕掛けて来るかもしれない。そう考えれば苦手も楽しい物だった。
そして……一か月もしない内に、作業は完了した。一切の妨害もなく、計画通りに順調に拠点は完成した。
だからだろう。一切攻撃をしてこない人類に、硫黄棲姫がキレるのは当然だった。
硫黄島は小さいため大規模な施設は作れない。そのため深海棲艦の建造は出来ないのだが、代わりとして航空機の生産は出来た。
彼女は戦略爆撃機を大量生産し、1000㎞先にある島国を灰燼に帰すことを決めた。戦闘意欲の無い敵に用はない。戦いが好きな彼女にとっては当然の事だった。
とりあえず数日で戦略爆撃機を1000機程作れたので、3月のある日に島国に向けて出撃させる硫黄棲姫。人間が密集している地域がいくつかあったので、それらに爆撃をする予定だった。人口密集地を攻撃すれば、その地を収める国にダメージを与えられることを彼女は知っていた。そして彼の国は反撃も出来ないほど弱体化している。この攻撃を防ぐ事は出来ないだろう。
八つ当たり気味に行われる大規模空襲。爆撃機隊が目標を確認したと報告が入っても、既に硫黄棲姫は反応を示さなかった。彼女にとってあの島国は消滅した国と同等だったのだ。
しかし――爆撃は失敗した。
人類の攻撃により、戦略爆撃機隊はその大半を撃墜された。それにも関わらず相手の被害はかなり少ない。この報告を受けて、硫黄棲姫は驚愕し、そしてその顔に自然と笑みが浮かんだ。
――なんだ、まだまだ戦えるじゃない。
その日以来、彼女は目の前の島国をただの獲物から、敵と認識を改めた。効率よく爆撃出来るように工夫を凝らすようにした。油断していい相手ではない事は良く分かっていた。
定期的に攻撃を仕掛ける日々が続く。
そんなある日、世界中で自分達と似たような存在、艦娘が人類側に現れた。航空機や僚艦の報告によりその事を知った時、硫黄棲姫は近い内にこの島に人類たちが攻め込んで来ることを予感した。彼女は心を踊らせながら準備にかかる。
そして9月の中頃、遂にこの島を目指して人類がやってきた。人類の操る軍艦は少ないが、代わりに高い練度を持つ艦娘が多い。水上艦の数の差は大きいが、対応しきれない程ではない。それにこの不利な状況をどう覆すか知恵を絞ることも面白い。護衛以外の艦を迎撃のために出撃させる。
艦娘たちが結界を抜けて来る。戦いが始まった。
数は圧倒的にあちらが上。そのため作戦が必要だった。ワザと航空機を相手と同じ量にして敵を油断させ、結界の内側に誘い込んだ所で航空機の飽和攻撃で殲滅する。水上艦の数の差を埋めるために、こちらの得意分野で勝負をする事にした。
前線の水上艦には消耗しないようにやり過ごしつつ、徐々に後退するように通達する。敵に勢いがあるためそれなりに被害が出てしまったが、予定通り奥深くまで侵攻して来た。タイミングを見極め次の作戦に移行する。
そしてその時は来た。相手が奥深くまで侵攻してきたタイミングで、飛行場から温存していた猫型戦闘機を発進させる。敵の戦闘機と比べて性能ではやや上だ。戦場に躍り出た戦闘機隊により、次々と敵の航空機が撃墜されていく。瞬く間に、空での戦いは一気にこちら側に優位となる。
反撃のチャンスを見逃すはずもなく、すぐさま水上艦隊に攻勢を仕掛けるように通達。水上艦隊が航空隊と連携して艦娘に対してダメージを与えていく。制空権を取れれば数の差も覆せる。その証拠に、段々と敵を押し返し始めていた。
今がこの戦いの分岐点だ。次の手でこの戦いを決定づける。
先程発進させたのは、戦闘機「だけ」だ。飛行場には多数の攻撃機と爆撃機が残っている。これらを一気に発艦させ、艦娘たちを殲滅する。これが硫黄棲姫の最後の一手だった。本当なら自分の艤装からも航空機を出したかったが、結界の維持をしなければならないため、それは断念した。
――さあ、これでお終い。
失敗した時のための保険は要らなかったかもしれない。そんな事を考えながら、攻撃隊を発艦させようとした時、彼女は気付いた。
レシプロ機のエンジン音がこちらに近づいてくる。
この音は深海棲艦が使う航空機では出ない音だ。つまり敵の航空機がすぐ近くまで迫っている事を意味する。しかしレーダーには反応が無い。慌てて周囲を見回し――それを見つけた。
海面からわずか数十cmという超低空で迫る6機の水上機の編隊の姿がそこにあった。
硫黄棲姫に発見された事に気付いたのか、水上機編隊が弾かれたかのようにホップアップし、目標を定めると一気に急降下を始めた。狙いは当然硫黄棲姫だ。彼女は慌てて護衛に対空砲火を命じるが、予想外の攻撃に対応しきれない。
そして――6機の水上機から一斉に250㎏爆弾が投下された。
「水上機隊より通信。爆撃成功よ」
『上手く行ったな』
伊168、通称イムヤの報告に、伊58に乗艦している橋本は安堵した。
艦娘と深海棲艦が激闘を繰り広げている戦場から100㎞程離れた海域。そこに伊168、伊58、伊19、伊8の四隻の潜水艦艦娘が浮上していた。敵も海戦に集中しているのか、周囲には深海棲艦も敵の航空機もいない。
『水上機隊を直ぐに帰還させるんだ。収容したらこの海域から離れよう』
「了解でち」
そして彼らこそ、硫黄棲姫に爆撃をした下手人だった。
彼らが行った事は至極単純だ。潜水艦から瑞雲を発艦させ、相手のレーダーに捕まらないように低空で侵入し、本来ならあり得ない方角から敵に爆撃を浴びせる。ただそれだけだった。内容こそ単純なものの高い練度が必要とされる作戦であったが、彼らにはそれを行えるだけの腕があった。
「あれ、突入しないんですか?」
伊8、通称ハチが首を傾げる。前線では激戦が繰り広げられている。水中に注意が向かない今なら、数隻位なら楽に深海棲艦を撃破出来る。しかし橋本は肩を竦めた。
『目的は達成したんだ、帰っても問題は無いさ』
「そうでち。それにわざわざあんな所に行くなんていやでち」
「スナイパーが激戦地に突撃する必要なんてないのね」
橋本の言葉に伊58(通称ゴーヤ)と、伊19(通称イク)が同意する。彼女たちの意見も最もなので、ハチも頷いた。
「でも成功して良かったー。失敗してたら硫黄棲姫に雷撃することになってたんでしょ?」
橋本が作戦指揮官に作戦を提案した際、爆撃が失敗した時のためのプランとして、潜水艦による雷撃を提案していた。作戦指揮官たちは奇襲爆撃については成功確率は低いと見ていたため、この第二案が本命と考えていた。
だがこれはかなりの危険が伴うものであり、艦娘たちにとって実行したくないプランだった。
『ああ、あれか』
イムヤに言われて、第二案を思い出す橋本。彼は肩を竦める。
『やるつもりは無かったさ』
「え?」
彼のセリフに呆気にとられるイムヤ。それを気にせず橋本は続ける。
『敵にある程度近づいたら、『接近は困難』という事で帰るつもりだったんだ』
「えぇ……」
彼は第一案のみで方を付けるつもりでいたのだ。思わぬ言葉に、なんとも言えない顔をする潜水艦たち。しかし橋本は気にしない。
「それってかなりマズイんじゃ……」
『君たちが黙っていてくれれば大丈夫。それに――』
橋本は硫黄島の方角に目を向けた。丁度6機の瑞雲がこちらに向かってきているのが見える。だが彼の視線はその先にあった。
『実際にはやらなかったんだ。問題はないさ』
先程まで硫黄島を覆っていた赤い膜、赤色結界はどこにも見られなかった。
「赤色結界、消失を確認!」
「あたご」艦橋上の観測士の報告に、艦内で「おお!」と歓声が上がる。橋本艦隊はあの難しい任務を見事に成功させたのだ。そしてこの千載一遇のチャンスを、これまでまともに活躍出来なかった通常兵器の使い手たちが逃す筈がない。
「対空戦闘用意! 空母艦娘に航空機を現空域から退避させるように通達しろ!」
岩波の命令と共に、海上の「あたご」「あきづき」、そして上空のF-15J改が航空戦が行われている空域に狙いを定めた。同時に艦娘たちの航空機隊が攻撃に巻き込まれないために全速力で離脱していく。その一連の行動は素早い。
対照的なのは深海棲艦の航空機だ。突然結界が晴れたことに困惑しているのか動きが鈍い。そしてそれは致命的な隙となる。
「艦娘航空機、退避完了!」
「攻撃開始!」
岩波の号令と共に、二隻の護衛艦とF-15J改から無数のミサイルが放たれた。その時点で深海棲艦航空機隊も人類の狙いに気付き、慌てて現空域から離脱しようとするも既に遅い。
硫黄島近海上空で幾つもの巨大な火球が立ち上り、空にいる物全てを薙ぎ払った。
爆炎が晴れた後には、その数を大きく減らし、編隊もバラバラになった深海棲艦の航空機たちが残るだけだった。
この光景に艦娘たちは歓声を上げた。更に一時的に離脱していた艦娘の航空機が再度突入していく。深海棲艦にはそれを防ぐ程の力は残っていない。
これまでの劣勢をたったの一斉射で一気にひっくり返したのだ。
だが自衛官たちはそれだけで終わらせるつもりは無かった。
《Blade-1、任務を開始する》
無線と共に上空で待機していた対地攻撃装備のF-2A編隊が飛び出した。アフターバーナーを使用し一気に加速。硫黄島に向かって飛翔する。
突如飛び出してきた青い戦闘機に反応し、深海棲艦は辛うじて生き残っている航空機や水上艦の対空砲火を用いて、硫黄島への侵入を阻止しようとする。しかし太平洋戦争時の機体や艦の性能では、第4.5世代ジェット戦闘機を食い止めることは出来ない。悠々と迎撃網を抜けると、彼らの目に目標としている施設が映る。
硫黄島中央の滑走路、元硫黄島航空基地。
現在は深海棲艦の戦略爆撃機の基地として機能している滑走路を破壊する。それがF-2Aの任務であった。
F-2A編隊が爆撃コースに入る。爆撃を阻止するべく滑走路付近から次々と対空砲火が上がり、弾幕が形成される。そして、
《Blade-1、Bombs away》
《Blade-3、Bombs away!》
弾幕を掻い潜り、F-2Aから爆弾が投下された。次々と滑走路に着弾、爆発を起こし、滑走路を破壊していく。更に爆発に巻き込まれて、駐機されていた攻撃機や爆撃機、そして戦略爆撃機も損傷していった。
《爆撃成功! 繰り返す爆撃成功!》
無線が戦場に響く。深海棲艦に傾いていた戦場の流れが、一気に人類側に傾いた事を意味していた。
Q.(瑞雲を見つつ)何? この無茶な作戦。
A.大体OVA版紺碧の艦隊を見たせい。