それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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夏イベまで後一か月。去年はまさかのヨーロッパまで遠征し、今年もヨーロッパ行きという情報……。
なんで日本がアメリカポジせなならんねん……。日本に世界の警察とか無理だろうが。


海を征く者たち24話 彼女の意地

 護衛艦「あたご」CICは、F-2Aからの滑走路破壊の通信に歓声が上がっていた。戦闘が始まって以来、赤色結界のお蔭で何も出来ずにいてフラストレーションが溜まっていた所に、敵航空隊の壊滅と滑走路の破壊という大戦果を挙げたのだ。未だに戦闘が継続しているにも関わらず、歓声が上がるのは当然だろう。最も艦長や作戦指揮官がそれを咎める前に、直ぐに各々の仕事を再開する程度には浮かれてはいないようではあるが。

 

「後衛の機動部隊より、攻撃機及び爆撃機の発艦の許可を求めています」

「許可する。また前衛の打撃部隊は対艦攻撃機隊が到着し次第、攻勢に転じろ」

 

 この千載一遇のチャンスを、作戦指揮官である岩波は逃すつもりはない。敵に体制を立て直す暇を与えないために、一気に攻勢に出る。温存されていた攻撃機や爆撃機が空母艦娘から飛び立っていく。

 

「勝ち、ですかね」

「だろうな」

 

 川島参謀長の呟きに、岩波はモニターに映る硫黄島から目を離さずに小さく頷いた。モニターの映像には、艦娘と深海棲艦が放つ砲火が飛び交う様子が見られている。そして赤色結界が再度展開される様子はない。

 

「硫黄棲姫が損傷を受けたせいなのか、それとも別の要因かは解らないが、今のところ赤色結界が再展開する様子はない。これならば、我々が制空権を取ることが出来る」

 

 当初劣勢だった空での戦いは、敵航空機が一気にその数を減らした事により逆転していた。対空ミサイルから生き残っていた機体も、艦娘が操る戦闘機により追い回されている。また滑走路を破壊しているお蔭か、増援は見られない。一応、硫黄棲姫の艤装から増援が出てくる可能性はあるが、仮に性能の高い猫型航空機が再度出てきた所で、再度対空ミサイルを浴びせてやればいい。現在、空を支配しているのは人類なのだ。そうなれば、

 

「制空権がこちらにある以上、打撃部隊の敗北は無いでしょう」

 

 数で勝る打撃部隊を深海棲艦は止める事は出来ない。彼女らが先程まで行っていた空海同時攻撃の脅威を、深海棲艦はその身をもって味わう事となるのだ。このまま深海棲艦が戦術を変えなければ、近い内に目の前の敵艦隊は撃破出来た。

 

「そうなれば後は予想外の一撃を警戒する必要があるな。もう一隻の戦艦棲姫の探索はどうだ?」

「未だに発見の報告は入っておりません」

「……最悪、島の内部にいるかもしれんな」

「並の戦艦以上の火力と防御力を持つ敵と陸戦ですか……。最悪ですね」

 

 顔を顰める二人。陸上で防備を固め要塞化した戦艦棲姫が相手など、戦艦艦娘がいくらあっても足りないだろう。要塞と軍艦の殴り合いにおいては、要塞側が有利というのは常識だ。航空機で削る事も出来るが、どれ程時間が掛かるのか想像出来なかった。

 そんなため息を吐く二人の下に、通信士官の声が響いた。

 

「橋本艦隊より通信。これより帰投するとの事です」

「英雄の帰還か」

 

 実際に敵に大打撃を与えたのは護衛艦や空自の戦闘機たちだが、それが出来る環境を整えたのは橋本艦隊だ。彼らの行いは誰が見ても「英雄」と称されるものであった。

 

「彼らは作戦の後、どうなるだろうな」

「少なくとも勲章の授与は確定でしょう」

 

 4年間という長期に渡る深海棲艦との戦いで、自衛隊は疲弊していた。護衛艦を始めとした兵器の損失、その兵器を操る熟練した自衛官の戦死と言ったように、目に見えるものだけではない。絶え間なく続く戦いで前線で戦う者たちの疲弊や、士気の低下といった目に見えない物も含めて、自衛隊という組織自体が疲弊しているのだ。

 日本政府はそれらへの対策のために、様々な手を打ってきた。自衛官が挙げた武勲に対する勲章の叙勲もその一環である。これは太平洋戦争以前にあった軍人に授与される勲章、「金鵄勲章」を復活させたものではなく、アメリカ軍の制度をベースとし日本風にアレンジした制度であった。

 

「来月の提督の分散配備の人事に影響もあるでしょうが……、主力が潜水艦です。首都防衛任務に就くかまでは解りません」

「まあ、そこは人事部に任せよう。っと、始まったか」

 

 モニターに目を移せば、雷撃や急降下爆撃を敢行する艦娘の航空機の姿が映されていた。それに合わせて戦艦を始めとした打撃部隊の動きが活発化し始める。しばらくすれば再び戦線が前進していくはずだ。

 再びの優勢。だがそれに気を良くしてしまえば油断に繋がるのだ。岩波は気を引き締める。

 

「周辺の警戒を続けろ。ここで奇襲でもされたら全てが水の泡だ」

 

 眼前の硫黄島を睨みつつ、彼は命令を下した。

 

 

 

 これまで空を支配していた自分達の機体が幾つもの火の球に薙ぎ払われ、更に滑走路にまで攻撃を受けた。

被害を確認するために、硫黄棲姫は即座に滑走路に配備している妖精に通信を繋げる。悲鳴のような声と共に、受けた被害が報告される。

 

――機体は半数近くが損傷。それに滑走路が使用不能、か。

 

 半分に減った航空機も痛いが、一番不味いのは滑走路が使えなくなったことだ。これでは生き残った機体を空に上げられない。この戦いにおいて、滑走路の戦力が消滅した事を意味している。

 次いで火球から何とか生き残った機体から、通信が入って来る。通信先の機体が損傷しているためか、通信の調子が悪い。それでも何とか聞き取り、情報を纏める。

 

――やはり組織的抵抗が出来ないレベルにまで機体数が減少しているか。

 

 顔を歪める硫黄棲姫。彼女は人類の対空ミサイルを警戒して、物理的な攻撃を防ぐことの出来る赤色結界を展開させていたのだ。制空については艦娘の航空機だけなら十分圧倒できる。そして事実圧倒出来ていた。

 それがひっくり返った切っ掛けが、あの水上機による爆撃だった。

 

――やってくれる。

 

 悔し気に、だがどこか嬉しそうに硫黄棲姫は呟く。赤色結界の効果は強力であるが、それ故に展開しておくために、艤装に搭載されている航空機の発艦どころか、対空砲火も上げられない程の労力が必要となる。また展開者が少しでもダメージを受ければ、展開が出来なくなる程デリケートな代物でもある。

 そんな結界を張っている彼女に、あの水上機は奇襲によって結界の弱点を的確に突いてきたのだ。それもこちらが優勢であり気が緩んだタイミングで、だ。

 正直作戦が上手く行っていた事もあり若干敵を侮っていたのだが、その認識は間違いだった。

 

――敵の水上艦が攻勢を仕掛けてきたわ。

――やっぱり。

 

 前線の艦隊の指揮を執っている戦艦棲姫から通信が入る。敵からすれば邪魔だった航空機が排除出来たのだ、艦娘たちが攻勢に出るのは当然だった。

 

 

――さて、どうしようか。

 

 この状況に対応するのが艦隊の司令官である硫黄棲姫の役目だ。集められた情報を精査し、高速で思考を巡らす。

 

 自分の艤装から航空機を発艦させる。制空権の奪取は出来ないが、少なくとも敵の航空攻撃を防げる程度までは持ち込める。

――却下。あの対空ミサイルでまとめて撃墜されるだけだ。

 ならば再度結界を展開させる。少なくともミサイル攻撃は防げる。その間に急いで滑走路を修復させれば反撃できるか?

――却下。結界を展開してミサイルや人類の戦闘機の侵入を防げても、艦娘の航空機は残っている。こちらの航空機が壊滅している現状では、結界を展開している自分や修復中の滑走路を攻撃されるのが目に見えている。

 前線の艦隊を一旦下げて、島の砲台群と連携して攻撃するのはどうだ? これならある程度の数の差を埋められる。

――却下。ある程度の時間は戦えるが、時間稼ぎに過ぎない。ジリ貧で負けるのは目に見えている。

 

 小さくため息を吐く硫黄棲姫。いくら考えても妙案は浮かばない。この状況を現有戦力のみで逆転するのは無理があった。そうなれば採れる選択肢は一つしかない。

 

――撤退する。

 

 彼女は即座に前線に通達した。このまま戦っても敗北は必至。玉砕など趣味ではない。またこの島を人類に取られたとしても、自分達の戦略には大した影響がある訳ではない。ならば戦力が残っている内に撤退し、再戦に備えるのがベストだった。

 

――了解したわ。

 

 前線で艦隊を指揮している戦艦棲姫がいち早く賛同した。この戦況を間近で見ている彼女にとっては、硫黄棲姫の判断は諸手を挙げて賛成出来るものであった。それを皮切りに前線から次々と賛同の通信が入る。

 しかし一人だけ別の意見を持つ者がいた。

 

――やられっぱなしは性に合わないわ。

 

 その様な通信が入ってきた。通信の主はここから離れた海域で潜伏している別働隊の戦艦棲姫だ。硫黄棲姫は顔を歪める。

 

――今、別働隊が作戦通りに突入した所で沈むだけ。

 

 この別働隊は敵が大規模であった事からある作戦を遂行するために編成された部隊であった。当初の予定では、攻め込んできた艦娘たちを赤色結界と航空機で前線に拘束、その後、艦娘の航空機が運用できない夜間に敵の母艦に別働隊を突入させる、と言う作戦を練っていたのだ。

 しかし現実は予想以上に早く自分たちが不利になってしまったため、この作戦は無意味となっていた。現状では別働隊は遊兵となっている。

 

――そうね。だから目標を変更するわ。

――どういうこと?

――ええ。行くのは……あそこ。

 

 戦艦棲姫の指し示すモノを察し、硫黄棲姫は絶句した。明らかに常軌を逸していた。

 

――正気? 仮に成功した所で沈む確率が高い。

――自分で言うのも変な話だけど、半分くらい狂気ね。それに折角の仕込みがあるんだもの。使わないと勿体無いわ。

――あれは飽くまで増援を防ぐ目的でやっただけ。

――あれだけでも、目くらましにはなるわ。

――……他の艦の士気は?

――士気旺盛よ。死にに行くようなモノなのにみんな物好きね。

――……。

 

 硫黄棲姫は思案する。別働隊の提案は確率の低い賭けだ。賭けに失敗した場合は敵に碌なダメージを与える事が出来ずに終わる。だがもしも成功すれば眼前の敵艦隊の殲滅以上の戦果となるだろう。そして別働隊は成功しても失敗しても、ほぼ確実に壊滅するだろう。それならば――

 

――全軍に通達。前線部隊は後退、島の砲台群と連携して防戦に入る。

 

 目の前の敵艦隊を引き付け、別働隊の援護をする。硫黄棲姫は賭けに乗ることにした。

 

――意外ね、あなたはこういう作戦は嫌いなのに。

――死にたがりに付ける薬なんてない。

 

 前線部隊からの通信にそっけなく返しつつ、硫黄棲姫は「仕込み」の部隊にも連絡を入れる。手短に要件を伝えた後、最後に別働隊に通信を繋げた。

 

――仕込みの方には作戦を継続するように通達した。我々はある程度戦闘したら撤退する。これ以上の援護は出来ない。

――十分よ。それじゃあ行くわ。

 

 別働隊との通信が切れる。丁度、彼方から前衛艦隊が後退してくるのが目に入った。硫黄棲姫はどこか悔し気にそれを眺めていた。

 




アメリカ軍の勲章に関して詳しく載ってるサイトってないですかね?探しても見つからない……。

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