それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
秋山は素早く目の前の深海棲艦の様子を観察する。相対する深海棲艦は戦艦ル級フラグシップ2隻、重巡リ級エリート1隻、駆逐ハ級1隻の計4隻。
この情報だけを見た場合、勝ち目が無いようにも見えるが実情は違う。どれも損傷を受けておりその戦力は額面通りではない。特に戦艦ル級の片方は大破しているのは大きく、中破の駆逐ハ級と共に戦力には数えなくても問題なかった。
『龍驤、大破の戦艦と駆逐艦を任せる!』
「了解や!」
秋山は戦力外を龍驤に足止めしてもらい、強制的に2対2に持ち込み早期に敵を撃破する事を選択した。
高角砲で射撃しつつ前に出る龍驤。対空用であるためまともな損害は与えられないが、牽制には十分な威力を有している。分断される深海棲艦艦隊。だが彼女らに動揺は無かった。むしろ龍驤に相対している深海棲艦が彼女の動きを拘束するような様子さえ見られていた。
深海棲艦たちも目的達成のためには目の前の戦艦が邪魔だと判断しており、それらの撃破を望んでいた。仮に撃破出来なくてもこの場に拘束する事により時間が稼げるため、問題は無かった。
こうしてお互いの思惑が一致した結果、有力艦による2対2の戦闘が始まった。
「行っくよー!」
真っ先に飛び出したのは皐月だった。それを迎え撃たんと小破の戦艦ル級と重巡リ級が砲撃を始めるが、進行方向、速度をランダムに変える事によって回避していく。そんな彼女の突撃に金剛は援護射撃を開始する。
「撃ちます! Fire!」
1基減った砲塔から砲撃が放たれる。中破判定を受けている金剛の砲撃。少なくともフラグシップ級の戦艦ル級であれば、ある程度は無視出来るものであるはずの攻撃に対し、深海棲艦たちは慌てて回避行動に移った。金剛が装備する46cm砲は健在なのだ。艤装の破損により命中精度が下がっているとは言え、巨砲の一撃は無視出来るものではなかった。
水柱が幾つも立ち昇った。深海棲艦への命中は無い。しかしこの砲撃が深海棲艦に大きな隙を生じさせる事となった。そして皐月はその隙を逃すつもりはない。
重巡リ級が気付いた時には、彼女は既に手の届く距離まで迫っていた。慌てて砲を向ける重巡リ級。しかしそれは手おくれだった。
「沈んじゃえ!」
回避も出来ない距離からの魚雷の斉射。それを耐えきる防御力は重巡には備わっていなかった。爆発により重巡リ級の身体が吹き飛ばされた。
――!
戦艦ル級はその光景を目にした瞬間、金剛に向けて突撃した。駆逐艦艦娘は今の攻撃で魚雷を使い切った。次発装填装置があったとしても再装填まで時間は掛かる。つまり一時的ではあるが脅威ではなくなったのだ。そして戦艦金剛の防御は対35.6cm。16インチ砲を持つ戦艦ル級なら致命打を与えられる。戦艦ル級は僚艦を沈められた怒りを湛えつつも、ベストを尽くさんと行動したのだ。
彼女の行動は賭けではあるが、十分に勝算があるものだった。しかし戦艦ル級はこの場にいないある存在を忘れていた。
《こちら第7地対艦ミサイル連隊。再装填を完了した。これより援護攻撃を開始する》
戦場に横須賀に詰めている陸上自衛隊の部隊からの無線が響いた。同時に多数のミサイルが飛来しこの海域に存在する深海棲艦に降り注ぐ。
何発かのミサイルが突撃する戦艦ル級に命中する。戦艦の装甲故にダメージは殆どない。だが怯ませるには十分だった。
「Target in sight! Fire!」
間を入れずに金剛が全主砲が放たれ、4発が突撃していた敵に命中した。それは小破した戦艦を撃破するには十分な威力であった。
これで厄介な戦力は撃滅できた。後は残敵の掃討となる。
『敵戦艦の撃破を確認した! 急いで龍驤の援護を――』
「あー、終わってるからええよ?」
秋山の言葉は遮られた。見れば龍驤が合流しようと向かってきていた。
「ミサイルが上手く当たったみたいや。気付いたら戦艦も駆逐艦も撃沈しとった」
『龍驤、損傷は?』
「無傷だったら良かったんやけど、駆逐艦から少し貰ってもうた」
よく見れば龍驤の身体には砲撃を受けた跡が見えた。とはいえこの程度であれば小破判定未満。戦闘には問題は無かった。それを確認した秋山は小さく頷いた。
『これより戦艦棲姫を追うぞ。先頭は――』
「ウチやな。任せとき」
こうして秋山たちは戦艦棲姫に追いつくべく行動を開始した。
「叢雲ちゃん、司令官たちがこっちに来るって!」
「そう。なら何としてでもあれを止めないとね!」
白雪の言葉に答えながら、叢雲は戦艦棲姫に向けて連装砲を撃ち込んだ。数発が命中するが敵は全く堪えた様子はない。
「当たれ!」
主砲が駄目なら魚雷と言わんばかりに、朝潮が波状攻撃で魚雷を斉射する。命中を重視して放射状に放たれた魚雷が戦艦棲姫に襲い掛かる。
――無駄だ。
そんな呟きと共に、その巨体からは考えられない程の運動性を見せ、戦艦棲姫は次々と魚雷を回避して見せた。
戦艦棲姫の足止めの役目を負っている叢雲、白雪、朝潮の3人。彼女たちは敵の能力が高いとは言え足止め位なら出来ると考えていたのだが、その見通しはかなり甘かった。戦艦とは思えない程の速度に運動性、それにも関わらず駆逐艦の主砲程度ではダメージを与えられない程の防御力があり、そして耐久力も高い。そんな戦艦棲姫の力に3人は圧倒され、進行速度を緩めるのが精一杯であった。
「少しは堪えなさいよ!」
これまで幾度となく攻撃を加えたにも関わらず、全く動きが衰えた様子の無い戦艦棲姫に叢雲は思わず悪態を吐く。苦戦しているとは言え彼女たちもやられっ放しではない。主砲はかなり撃ち込んでいるし、魚雷だって2発命させているのだ。しかし通常タイプとは比べ物にならない程の耐久力の前には、そのような攻撃など些細なものであった。
《本土への砲撃可能地点まであと20㎞を切りました!》
横須賀のオペレーターの悲鳴が響く。このままのペースで行けば秋山たちが追いつく前に戦艦棲姫が対地攻撃を始めるのが先にとなるだろう。それは作戦の失敗を意味していた。
このまま闇雲に攻撃してもどうにもならない。その考えに至り、叢雲は即座に決意した。
「白雪、朝潮、援護して! アイツに一泡吹かせるわ!」
「叢雲!? 自棄にならないで!」
「このままじゃ司令官が間に合わないでしょ! ――秋山艦隊叢雲より第8地対艦ミサイル連隊! 戦艦棲姫に対し支援攻撃を要請する!」
朝潮の制止を振り切り、戦艦棲姫に突貫する叢雲。同時に房総半島の方向からミサイルが飛来するのが見える。
「ああもう!」
「やろう、朝潮ちゃん!」
白雪、朝潮は動き始めた状況を前に、叢雲の策に乗るのが最善と判断し砲撃を始めた。
叢雲の突撃に気付いた戦艦棲姫が彼女に砲を向ける。だが次の瞬間、ミサイルが着弾。轟音と共に辺りを炎が包んだ。そこへ白雪と朝潮の砲撃が加わり戦艦棲姫の照準を狂わせる。
構わず発砲する戦艦棲姫ではあるが、碌に狙いも定めていない砲撃など叢雲にとっては脅威ではなかった。叢雲はそのまま一気に彼女の得意とする距離、近接戦闘が可能な位置まで踏み込んだ。
「はぁ!」
全体重を乗せ突き出される槍が金属同士がぶつかり合う音と共に、戦艦棲姫の身体を捉える。しかし穂先は戦艦棲姫の装甲壁を貫けていない。叢雲の渾身の一撃は戦艦棲姫の防御力、耐久力を上回る事が出来なかった。だが、
「でしょうね! 食らいなさい!」
それは彼女にとっても想定の範囲内だった。だからこそ本命をこの回避不可能なほどの近距離で撃ち込むのだ。全ての魚雷発射管を前方に向け斉射する。
大爆発と轟音が辺りに響き渡る。
同時にこれまで歩みを止める事の無かった戦艦棲姫が初めて大きく態勢を崩した。
その様子を確認し離脱しようとする叢雲。だがそれを戦艦棲姫は許すつもりは無かった。
――沈みなさい!
砲撃、ではなく彼女の巨人型の艤装の剛腕が叢雲に振るわれた。叢雲はとっさに槍を盾にするが容易くへし折られ、拳が彼女の身体にめり込んだ。
悲鳴を上げる暇もなく吹き飛ばされる叢雲。
「叢雲ちゃん!」
ミサイルによる援護攻撃が続いているお蔭か、戦艦棲姫による追撃は無い。白雪はその隙に海面に倒れている叢雲を抱え、距離を取る。
「ゴメン、やられたわ……」
叢雲の艤装は一応は動くものの大破している上に、彼女自身も負傷している。戦闘は不可能であった。
「叢雲ちゃん、撤退して!」
「でも二人だけじゃ――」
「無茶しないで! 行こう朝潮ちゃん!」
「ええ!」
叢雲を下げさせ、白雪と朝潮は飛び出した。今の叢雲の攻撃により戦艦棲姫の速度は目に見えて低下している。ここで上手く追撃できれば更に敵の足回りを完全に破壊できる可能性があった。かく乱するように動き回り敵の狙いを定めさせない。
「当たって!」
「行けぇ!」
二人同時に二方向から魚雷を発射する。回避行動を取る戦艦棲姫だが、その動きは先程の様な高い運動性は見られない。2本が命中し水柱が立ち昇る。
――邪魔だ!
お返しと言わんばかりに主砲を白雪に、副砲を朝潮に向ける戦艦棲姫。次の瞬間、援護攻撃による目くらましを、慌てて回避行動を取る二人を嘲笑うかのように、砲撃が駆逐艦艦娘二人に襲い掛かった。
「くっ! ――っ白雪!?」
12.5インチ弾の至近弾を受け中破する朝潮。だがそれよりも深刻なのは白雪だ。主砲の直撃を受け大破しており、更には気を失っている。この状況では追撃され、轟沈しかねない。
《こちら第8地対艦ミサイル連隊。残弾ゼロだ。再装填を開始する》
更に援護攻撃をしていた地対艦ミサイルが途切れた。目くらましがなくなり、戦艦棲姫の視界が開ける。
「私が白雪を助けるわ! 援護して!」
「ええ!」
咄嗟に生き残っている連装砲を連射し、敵の気を逸らす。戦艦棲姫の視線が朝潮に向いた。その間に艤装を無理矢理動かした叢雲が、素早く白雪を担ぎ上げ離脱していく。
ひとまずは白雪の轟沈は遠ざかった。だが今度は囮となっている朝潮は危険な状況に置かれる。戦艦棲姫の主砲、副砲が全て一人の駆逐艦艦娘に向けられようとしていた。艤装が損傷しており思ったようなスピードが出ない状況では、斉射されれば大破は確実だ。
朝潮に照準が合わさる。そして――
戦艦棲姫の周りを水柱が立ち昇った。
砲撃による水柱。朝潮はそれが横須賀の方角から飛んできた事に気付いた。見れば彼方から複数の艦娘がこちらに向けて航行していた。同時に無線から若い女性の声が飛び込んで来る。
『こちら横井艦隊! これより参戦します!』
軽巡2、駆逐艦4の水雷戦隊が急接近して来る。それに気付いた戦艦棲姫は注意をそちらに向けた。
「良かった……」
朝潮は安堵のため息を吐いた。横井艦隊の出現による影響は、自身の危機が去っただけではない。破城しかかっていた包囲作戦を立て直すことが出来たのだ。
中破した自分では戦闘の邪魔になりかねないため、後退しようとする朝潮。だがその時、彼女は突撃して来る艦隊に違和感を覚えた。
「……陣形が乱れている?」
単縦陣で進む水雷戦隊だが、敵から砲撃を受けていないにも関わらず陣形に乱れが生じているのだ。これはあり得ない光景だった。陣形をとって航行するのは必須事項であるし、陣形の構築はまだ艦娘としての身体に慣れていない者でも少し訓練すれば出来るような事なのだ。そんな基本が出来ないという事はつまり――
「建造されたばかりの艦娘なの!?」
朝潮の予測は当たっていた。横井提督が率いる艦隊は戦艦棲姫艦隊の迎撃のために、今日建造されたばかりの艦娘を掻き集めて急遽編成された艦隊だった。練度等無いに等しいし、連携も不十分である。まともにぶつかったところで易々と撃破されるのは目に見えている。
彼女らを率いる横井もそれは分かっていた。だからこそそんな彼女たちでも出来る事を行おうとしていた。
『全艦面舵! 敵に対してT字を取った後、魚雷戦を開始します!』
戦艦棲姫に砲撃され被害を受けつつ、敵に対して壁になる様にポジショニングする横井艦隊。その位置は魚雷の射程ギリギリである。
遠距離からの一斉雷撃。これが練度の足りない彼女たちが導き出した戦法だった。
『撃て!』
横井の号令と共に一斉に雷撃が行われた。戦艦棲姫に向かって魚雷が殺到する。しかし低い練度故に狙いは甘い。これまでの戦闘による損傷で動きが鈍った戦艦棲姫であっても、回避する事は十分可能であった。
戦艦棲姫は次々と魚雷を躱していく。そして最後の1本を避けようとしたその時――
ミサイルが命中し、爆炎が戦艦棲姫の視界を塞いだ。
思わぬ攻撃に気を逸らされた戦艦棲姫は、一瞬だけであったが迫ってきているモノから注意を逸らしてしてしまう。そしてそれは十分な隙であった。
戦艦棲姫の足元から水柱が立ち昇る。それは魚雷が命中した証拠だった。
その光景に歓声を上げる横井艦隊の艦娘たち。横井も同じく歓声を上げていたが同時に疑問があった。
地対艦ミサイル連隊は現在装填中。ミサイル艇のミサイルは打ち切っており、航空機は海域に向かっている真っ最中。自衛隊では援護攻撃が出来る状況ではなかった。
ではあのミサイルは何処から来たのか? 頭を傾げる彼女に、攻撃の主からの無線が飛んだ。
《こちら在日米軍所属駆逐艦「デューイ」。現在、横須賀より退避中に深海棲艦と遭遇。これより当艦は自衛戦闘を開始する》
横須賀にいるアメリカ艦艇の中でも唯一戦力として数えられている駆逐艦「デューイ」が戦場に躍り出た。横須賀から西に離れるように航行しつつも、戦艦棲姫に対艦ミサイルを放ち、艦娘たちの援護を行う。
国防長官の命令の下、戦艦棲姫の攻撃範囲内の戦力を避難させる事となった在日米軍だったのだが、一つの問題が生じていた。横須賀に停泊中の駆逐艦を退避させる場合、どうしても戦艦棲姫の射程圏内を航行する必要があったのだ。
そのため乗員の安全のために艦の放棄が提案されたのだが、それに異を唱えたのが「デューイ」の艦長だった。
「戦力保全のためにも、自衛戦闘を行ってでも艦の退避は必要である」
彼の主張には暗に「ここで在日米軍が深海棲艦と戦ったという事実が無ければ、軍全体の士気に関わる」と言う意見が含まれていた。本国の言い分も分かるが、「友軍を見捨てた」という事実は軍人にとっては重い。政府の命令に素直に従った場合、士気に影響が出るのは間違いなかった。
「デューイ」艦長の意見に、在日米軍司令部では多くの者が賛成に周り、ベーカー在日米軍司令官も「飽くまで最小限の自衛戦闘に留める」と言う制限の下、横須賀からの駆逐艦の退避を許可されていたのだ。
そして援軍はそれだけではなかった。戦艦棲姫にミサイルが叩き込まれている中、房総半島の東の空からそれ現れた。
青い塗装の飛行艇だ。艦娘が出現して以降、艦娘たちの足として利用されるようになったUS-2である。飛行艇から周囲に無線が響き渡る。
《こちらPelican-3。これより着水する》
日も沈んでおり、しかもいつ戦艦棲姫の砲弾が飛んでくるかもわからない戦場という悪条件。そんな中でもためらった様子もなく高度を下げ、US-2は見事に着水した。
完全に停止すると同時にハッチが開き、艦娘たちが次々と飛び出してくる。その艦娘たちは、この戦場にいる一部の者たちにとって見覚えのある人物だった。
「第2艦隊、これより参戦するわ!」
秋山配下の艦娘であり、水雷戦隊旗艦である五十鈴は高らかに宣言した。
水雷戦隊合流判定:1d2 1:成功、2:失敗
判定:1 合流に成功しました。これより囲んで棒で叩きます。