それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
戦艦棲姫は目の前に現れた艦娘による水雷戦隊を相手に苦戦していた。
――どきなさい!
彼女はイラつきを覚えつつも、派手に攻撃して来る艦娘に向かって砲を向ける。戦艦の主砲だ。駆逐艦など一撃で大破させることが出来る。
だが次の瞬間には、チャンスと見た他の艦娘が攻撃を仕掛けて来た。多方向から砲撃が飛んでくる。主砲だけならそこまで問題ない。だが彼女は油断せず次に来る攻撃を警戒する。
海中を走る航跡が見えた。暗闇の為見えにくいが魚雷だ。
軽巡や駆逐艦の砲ならともかく、魚雷は損傷している戦艦棲姫にとって無視できる存在ではない。
一瞬迷った末に戦艦棲姫が取った行動は、回避行動を取りつつ砲撃だった。
魚雷が彼女の脇を通り抜ける。回避は成功。しかし攻撃した先の駆逐艦は、至近弾による若干の損傷程度だった。
この様なやり取りが、飛行艇から水雷戦隊が現れて以来、続いていた。
主砲、副砲だけでなく対空火器まで使用して艦娘を叩こうとするものの、攻撃の手数は相手の方が圧倒的に上である。
もしも戦艦棲姫がベストの状態で水雷戦隊と対峙していたのなら、手数の差をものともせずに艦娘たちを撃破出来たのだが、これまでの戦いで中破まで損傷している彼女にとって、練度のある水雷戦隊の相手をする事は難しかった。
――このままじゃ沈むわね。
その様な考えが戦艦棲姫の頭によぎる。しかし戦艦棲姫はそれに構わず戦闘を続けていた。
撤退をしようにもこの海域は敵本拠地の目の前だ。安全圏までは距離があり、追撃によって沈む可能性は高い。どのみち沈むのならばと、戦艦棲姫は少しでも敵にダメージを与えられる選択肢を選んだ。
既に陸地には砲撃が出来る距離には進むことが出来ていた。とは言え適当な所に撃っても意味はない。また陸地に攻撃できる回数も限られたものとなるだろう。限られたチャンスを有効に使わなければならない。
敵の首都とされる土地。本来の目的地であり最善ではあるが、この位置からでは遠い。砲撃可能な場所に辿り着くまでに沈む可能性がある。
敵の首都の近くにある艦娘の拠点。この位置でも上手く行けば届くが、確実に撃ち込むにはもう少し近づく必要がある。損害を与えれば十分な打撃となる。本命。
人間によるミサイル発射位置。本命よりも更に近い上に撃破も容易ではあるが、敵への損害と言う点では弱い。次善。
戦闘に集中しつつも、半ば無意識に目標の選定を行う戦艦棲姫。どこを狙うにしろ、移動は必要であった。損傷により落ちた速度を、機関を限界まで回す事により取り戻そうとした。その時、
後方に幾本もの巨大な水柱が立ち昇った。
水柱の大きさ的に16インチ以上の巨砲によるものだ。彼女はその砲に覚えがあった。
戦艦棲姫はチラリと後方に目を向ける。そこには随伴艦が相手にしていた艦娘たちが迫って来るのが確認できた。
『命中弾無し』
「思ったより照準がおかしくなってるみたいネ」
砲塔が1基なくなっている艤装に目を向けつつ金剛は顔を歪めた。いつもであれば敵に命中弾を出せる距離で攻撃に失敗した事に、彼女は若干のイラつきを覚えていた。
『確実に命中弾を出すにはどの位近づいた方が良い?』
「……少なくとも小口径砲と同じ位ネ」
『あー……、リスクが高いな』
既に戦艦棲姫は中破しているとは言え、主砲も副砲も健在なのだ。下手に飛び込めば火傷では済まなかった。とは言え金剛はともかく、状況は秋山たちに有利だった。
『まあ、第二艦隊だけじゃなくて、横須賀に残ってた艦娘もいるんだ。無理をする必要はないな』
戦況は当初、秋山が想定していたよりもずっと好転していた。当初敵の足止めして戦っていた3人は大きな損害を受けてしまい、朝潮を除いて戦闘不能であるが、代わりに第二艦隊が戦闘に間に合ったため、1対6の数の暴力で戦艦棲姫に着実にダメージを与えている。更に練度が低いものの横須賀鎮守府に残っていた艦娘も出てきているのだ。これならば秋山たちは援護射撃に徹するだけで十分だった。
そう戦況分析し、安全策を採ろうとする秋山。だが、それに待ったを掛ける者があった。
《現在の戦闘海域では戦艦棲姫による対地攻撃の危険性があります。速やかに敵を排除して下さい》
横須賀基地のオペレーターの焦った様な声が無線に響いた。最悪の想定であった東京湾への突入は確実に防げるものの、戦艦棲姫は既に陸地への砲撃可能範囲まで侵入しているのだ。仮に対地攻撃をされた場合、住民に死傷者が出る可能性もあるし、仮に死者が出なくとも確実に経済的な損失が発生する。横須賀地方隊としてはそれはどうにか避けたいという事情があった。
「テートク……」
『楽は出来ないか……。仕方ない、予定通りやるぞ』
ため息を吐きつつ、当初の予定――金剛を主体とした戦艦棲姫撃破案に作戦を切り替える。最も命中率の関係でかなり接近しなければならないため、ある策を用いる事になるのだが。
「ほな行くで」
作戦の要となる龍驤が先頭に立った。
『……本当にいいのか?』
「問題あらへんよ。そもそもこれはウチが提案したことやで?」
『……』
その様な事を言われてしまうと、秋山としては何も言えなかった。
『……龍驤、金剛、皐月の並びで単縦陣。そのまま戦艦棲姫に突入するぞ』
「了解!」
秋山の号令と共に、戦闘が繰り広げられている海域に3人が突っ込んでいく。
――!
初撃以降、目立った攻撃をしてこなかった3人からなる艦娘艦隊が急接近して来ることに気付き、戦艦棲姫は砲を全て後方に向ける。金剛の持つ46cm砲は中破している戦艦棲姫にとって轟沈の可能性の高い代物だ。最優先で撃破する必要があるのだ。
――撃て!
水雷戦隊の攻撃を受けつつも、戦艦棲姫は生き残っている火力を全て金剛に向けて放つ。狙いは若干甘いものの、それでも現在の金剛よりはずっと正確だ。
『応戦はしなくていい、回避優先だ!』
取り舵に面舵、増速や減速、そして時にフェイントを駆使して金剛は砲撃を回避していき、みるみる内に距離を詰めていく。だがそれは敵の狙いが正確になる事も意味していた。
戦艦棲姫の副砲が火を噴き、砲弾が金剛の進路を塞いだ。
「ッ!」
一瞬だけ進路が固定される。だがそれだけで戦艦棲姫にとっては十分だった。ボクシングで言えば今の副砲は隙を作るためのジャブ。そのわずかな隙にストレートをたる主砲が放たれる。
「金剛さん、避けて! 直撃コースだよ!」
皐月が悲鳴のような声を上げる。金剛も砲弾から逃れようとするも間に合わない。そんな彼女の前に、
「さー、お仕事お仕事!」
その様な声と共に、龍驤が躍り出た。
轟音が響き渡る。
金剛に命中するはずだった砲弾をその身体で受け切り、龍驤の身体は吹き飛ばされた。
『龍驤!』
「……あー痛。大丈夫や、生きとる。作戦成功やな」
水面に仰向けに倒れつつも、龍驤は秋山に生存を報告する。
戦艦棲姫艦隊と会敵する前、秋山は龍驤を後方に下がらせようとしていた。接敵が予測される時間は空母が航空機を発艦できない夜間であるし、そもそも砲戦に空母を出すこと自体あり得ないためだ。
だがそれに龍驤は反対した。唯でさえ劣勢なのだ、少しでも頭数を揃えておいた方が良い。また同時に秋山に対して提案もしていた。
「今回の戦闘では金剛が要や。やられそうになったらウチが守ったる」
オーバーキルな大火力であっても1度は艦娘を轟沈せずに守り通せる装甲壁の特性を利用し、自身で金剛を庇う事を進言したのだ。
この提案に秋山は反対したものの、龍驤の粘り強い説得の末、最終的に了承していた。
龍驤の決死の行動。それにより戦艦棲姫の主砲、副砲が同時に次弾装填のために使用不能となる事を意味している。
「チャンスだよ!」
「行くネ!」
その隙を逃すつもりはない。
――っ!
戦艦棲姫から放たれる対空火器による弾幕が金剛を襲うが、彼女は回避しない。金剛と皐月は最短ルートで戦艦棲姫との距離を詰めていく。そしてその時は来た。
「Target in sight!」
必中の距離まで踏み込んだ金剛が、戦艦棲姫に砲を向ける。しかし金剛が接近までに時間をかなり使っていた。
『前回の発射から20秒経過した! 主砲が来るぞ!』
戦艦棲姫も艤装の16インチ砲を金剛に向けていた。一瞬の間。そして、
「Fire!」
――沈め!
金剛と戦艦棲姫が同時に主砲を発射した。
金剛は回避を考えず主砲を発射したため、6発の16インチ砲弾が直撃する。
「ああっ!」
『うおっ!』
砲弾の衝撃により金剛の身体が弾き飛ばされ、悲鳴と共に海面を数回転がった所で、ようやく停止する。
「戦艦棲姫はどうネ……」
今の攻撃を受けた事により大破状態だった。機関は損傷、砲身も歪んでおり戦闘は不可能である。金剛は痛む身体を推して立ち上がり、渾身の一撃を叩きこんだ相手を確認する。
そこにはボロボロになった戦艦棲姫の姿があった。身体の至る所が傷つき、艤装の砲塔も1基が抉り取られている。だが――
――ああああっ!
大破しており今にも沈むそうな状態にありながらも、戦艦棲姫の戦意は失われていなかった。彼女は生き残っている主砲を金剛に向ける。金剛は大破しており装甲壁の機能は殆ど失われている。直撃すれば金剛は乗艦している秋山と共に水底に沈むことになる。
『……皐月』
「させないよ!」
後詰の役割を担っている皐月が、金剛の前に立ちふさがると同時に魚雷を放った。そして攻撃はそれだけではない。
「全艦、一斉雷撃用意! 撃て!」
秋山配下の水雷戦隊による統制された雷撃も加わり、結果全方位から戦艦棲姫に魚雷が叩き込まれていく。
轟音と共に次々と立ち昇る水柱。
幾度目かの水柱が上がった時、ついに戦艦棲姫が膝をついた。同時にゆっくりとその身体を水面に沈めていくが見える。
倒した。
そう誰もが確信したその時、それは起こった。
それまで金剛に向けられていた巨人型艤装に施されている2番砲塔が旋回を始めた。ぎこちない動きではあるものの、ある方角に向けられた砲塔は角度を調節される。そして戦艦棲姫が事切れる直前――
まるで最後の意地を見せるかのように、主砲が発射された。
戦艦棲姫ラストシューティング判定:1~50は房総半島の地対艦ミサイル連隊、51~90は横須賀鎮守府。91~はまさかの東京。
判定:54 横須賀鎮守府に被害が発生しました。
被害は次回に判定します。