それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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もう50話も書いているけど、全然終わりが見えない……


海を征く者たち34話 うごめくモノたち

 12月の中旬。人々が年末に向けて忙しくなっている中、首相官邸に集まった閣僚たちは、隣国の思わぬ急展開に誰もが戸惑っていた。

 

「中国はどうなっている?」

「各地で暴動や反乱が続いている。これに中国政府は対応出来ておらず、もはや無政府状態だ」

 

 外務大臣の天野が淡々と報告すると、あちらこちらでざわめきが起きる。中華人民共和国には戦前より内部不安があった事は誰もが知る所ではあったが、まさかこのような状況になるとは思わなかったのだ。

 

「確かに火種は多かったが、ここまで急速に崩壊するモノなのか……」

「深海棲艦出現後は状況が許さなかったとはいえ、国内の締め付けがかなりの物だったらしい。それが一気に噴出したんだろう」

 

 11月に発生した一斉蜂起は、台湾侵攻作戦に集中していた中国政府にとって完全に奇襲であった。

 勿論、中国政府も台湾侵攻により監視の目が逸れた状況で反乱分子が動き出すことは警戒しており、多くの戦力を台湾に送り出してはいたが、もしもの時のためにある程度の戦力も残しておいていた。例え大規模な暴動が発生したとしても、1、2か所程度であれば何とかなったであろう。

 だが事が全国で、それも同時発生となれば話は別だった。国内に残されていた戦力だけでは、この広範囲に起きた暴動を鎮圧する事は困難だった。一つの暴動を鎮圧出来たと思えば、次の瞬間には2つ暴動が発生する。中国はその様な状況に陥っていたのだ。

 この事態に中国政府も慌てて台湾の部隊を引き上げ、国内を安定させようと画策した。幸い台湾の侵攻は予想以上に順調であり、一部の部隊を引き上げても問題ないレベルであった。

 だが、悪い事には更に悪い事が重なるものである。

 

「台湾の中国軍は?」

「未だに大部分は身動きが取れないらしい」

「確かに台湾海峡の深海棲艦に輸送艦を撃沈されてしまっては……」

 

 準備が整い本土に帰還しようとする中国軍に深海棲艦が襲来した。規模は小規模と呼んで差し支えないモノではあるものの、フラグシップクラスの戦艦や空母を含んだ艦隊は、碌な艦娘戦力を持たない中国軍にとって最悪クラスの敵であった。

 この事態に中国海軍は、作戦に参加していた艦娘や、現地で保護した提督と艦娘、更に通常艦隊を慌てて投入。数に勝る中国艦隊は深海棲艦艦隊を撃退すべく、決戦を挑んだ。

 

――だが、結果は敗北。中国海軍は多数の被害を被り、撤退した。

 

 現地の艦娘を投入してまで数を揃えていた中国海軍側は、確かに規模では敵を上回っていた。しかしその陣容を見れば貧弱そのものであったのだ。

 彼らの保有している艦娘は精々駆逐艦、軽巡クラス。深海棲艦の主力艦クラスを撃退するには力不足であり、数の優位を活かし連携して戦うしかない。だが急遽投入された現地の提督と艦娘にその様な事が出来るはずもないのだ。連携不足により中国艦隊は数の優位を活かせず、艦娘たちは各個撃破されてしまう。

 海戦後に敵を排除した深海棲艦は、台湾に停泊していた輸送艦を次々と撃破し、悠々と帰還。最終的に上陸していた中国軍は台湾に閉じ込められる事となった。

 

「中国軍が台湾から撤退出来る見込みは?」

「輸送船を再度派遣する事が出来れば可能ではありますが、問題は時間です。再編にはかなりの時間が掛かるのは目に見えいますし、護衛戦力のも必要になります。今の中国にはそれを行える時間が有りません」

 

 この敗戦は中国にとって致命的であった。頼みの台湾の軍の帰還が困難になったのだ。

 いつまでも終わらない暴動により治安は更に悪化し続けていき、12月に入った頃には中央政府には頼れないと一部の軍部隊が軍閥化する事態が発生。中国は混迷を深めていた。

 

「まさに悪夢のような状況だな。しかし……」

「そうだ。彼の国に対して我々に採れる選択肢は静観以外ない」

 

 真鍋首相はそう断言した。内乱より発生した難民が周辺地域に流れ込んでいるが、日本は深海棲艦の跋扈する海があるために、中国の難民がやって来ることは無い。日本は混沌と化している中国に手を出す余裕も手段もないし、介入する気もないのだ。そのため中国に対して、日本は経過を見守るだけに留める事が方針として採用される事となっていた。

 

「中国の方は置いておこう。それよりロシアとの交渉はどうなっている?」

「最初はぐずったが、艦娘用装備の輸出を切り出したら食いついてきた。恐らく来月の半ばには交渉が纏まりそうだ」

 

 江口経済産業大臣の質問に天野外務大臣はニヤリと笑った。先月から始まったロシアとの交渉だが、予想通りに当初は交渉が難航した。ロシアは深海棲艦の攻撃からの防衛は勿論の事、頭打ちが見えている艦娘戦力の増強を狙っているのだ。艦娘の譲渡は出来ないのは仕方がないとしても、仮とはいえ戦力の増強が出来る提督の派遣は何とか狙いたい所であった。だが日本にとってこの条件は、提督の亡命の可能性を考えれば飲める条件ではない。

 その様な状況に陥った時に天野が出した提案が、艦娘装備の販売だった。

 

「特に航空機に執着している。連中、よっぽど空襲で痛い目を見たようだ」

 

 日本の切ってきたカードに、ロシアは反応せざるを得なかった。提督の派遣程ではないとは言え、これらの日本艦娘の使う装備はロシアの艦娘戦力の底上げが出来るのだ。特にロシアにはなかった艦娘用航空機を合法的に得られる事は大きい。空襲への防衛や艦娘艦隊へのエアカバーは勿論の事、艦攻や艦爆があれば低脅威度の深海棲艦艦隊に対して艦娘なしでも撃退出来るのだ。

 

「だが少数とは言え46cm砲も売っていいのかね?」

 

 日本は様々な艦娘用装備を販売する予定であるが、目玉は大和型戦艦の持つ46cm三連装砲だ。少数限定とはいえ日本戦艦の持つ最大火力の販売によって、ロシアに揺さぶりをかけていた。

 しかし46cm砲の販売には、防衛省は勿論の事、外務省内でも反対の声がある。貴重な装備であるし、何より海外に販売するには強力過ぎるのだ。だが坂田防衛大臣は涼しい顔で断言した。

 

「大丈夫です。彼の国の戦艦ではまともに運用できないでしょう」

 

 そう。確かに46cm砲は強力である。深海棲艦の戦艦の持つ16インチ防御を軽々と撃ち抜く事が出来るし、戦艦棲姫に大ダメージを与えた実績もある。しかしそのような巨砲の性能を十分に発揮できる戦艦艦娘は限られているのだ。

 35.6cm砲搭載艦の金剛ですら、提督が乗艦しても2基積むのがやっとだ。30.5cm砲搭載艦のガングート級しか戦艦艦娘が居ないロシアが、46cm砲を扱うのは困難を極める事は目に見えていた。

 

「航空機も販売するのは主に九六式艦戦、九七式艦攻、九九式艦爆です。零戦二一型もある程度の販売は許可しますが、これ以上の高性能機は出す気はありませんので、問題は無いでしょう」

「なら問題ないか。外務大臣、最終調整の方は頼むぞ」

「首相、任せておけ」

 

 ロシアとの交渉に集中する日本。だがこの時、南沙諸島拠点から深海棲艦の艦隊が出撃していた。

彼らがその事に気付いたのは、もう少し先の事であった。

 

 

 

 12月20日。インド洋を監視していた衛星から、ある情報が飛び込んできた。12月中旬に南沙諸島拠点から出港した大規模深海棲艦艦隊が、チャゴス諸島拠点に到着したというのだ。この深海棲艦の行動に、各国の軍は近い内に深海棲艦による大規模作戦が実施される可能性を示唆した。

 この情報に真っ先に反応したのは――、インド洋から遠く離れた地、ヨーロッパの国々であった。

EUは緊急で欧州理事会に招集を決定。ベルギー、ブリュッセルにて各国の首脳が集結する事となる。

 

「あの深海魚ども、よっぽど我々が嫌いなようですな」

 

 イギリス首相、マクドネルは憎々し気に呟いた。それにドイツ首相であるフューゲルも同意する。

 

「我々が中東と話を付けた途端にこれだ。やはり深海棲艦にはこちらの情報を精査する能力はあるようだ」

「それは以前から分かっていた事だろう。現地はどうなっている?」

「案の定、援軍の要請が出ています」

 

 マクドネルの問い掛けに答えたのは、イタリア首相のマルローネだった。彼は手にしていた資料を机に置くと、顔を顰めた。彼らにとってこのような事態は予測はしていたのだが、余りにも早すぎたのだ。

 

 艦娘出現、そしてフランスの内乱がある程度落ち着いた頃、EUは中東地域の安定に乗り出していた。

混沌とする中東に手を出す余裕など各国とも無かったのだが、ある目的のために介入、仲介を行っていた。中東に眠る近代国家に欠かせない資源。石油の確保の為だ。

 現在のヨーロッパはロシアからの各種資源に頼っている。しかしこの状況を各国とも良しとしていなかった。なにせ相手はロシアなのだ。最悪の場合、資源を盾にロシアの傀儡になりかねない。そうならないためにも、ヨーロッパは新たな資源の輸入先を求めていたのだ。そして目を付けたのが、艦娘を持たない中東の国々であった。

 深海棲艦出現以降、情勢が戦前より悪化しているものの、インド洋の深海棲艦の活動が比較的穏やかであった事が幸いして、極少数ではあるが未だに国家として存続する国もあった。

 EUはそれらの国々に接触、深海棲艦からの国土防衛を条件に、資源の輸出を迫った。中東の国々も艦娘の存在がイスラム教的に思うところはあるものの、身の安全には代えられないとの事で、EUの提案を了承。

 航路の確保及び中東への艦娘の出撃拠点としてスエズ運河とその周辺地域が選ばれ、ヨーロッパ各国の軍がスエズ運河に派遣される事が決定された。そして12月中旬、第一陣が現地に到着し、現在急ピッチで基地の整備がされていた。

 

「スエズ第一陣の到着の翌日に南沙諸島拠点から深海棲艦の艦隊が出撃した。確実に関連性はある」

「第一陣がスエズ運河に到着した後に、小規模だが戦闘があったとの事です。その際に他の深海棲艦に情報が渡った可能性があります」

「そうなるとやはり敵の狙いは――」

「軍の予想通りスエズでしょうな。チャゴス諸島の推定戦力は?」

「少なくとも900は居るとの事です。第一陣の戦力で撃退は難しいでしょう」

「増援を出す必要があるな」

 

 フューゲルの呟きに、参加者たちは目を細めた。確かにスエズは要所であるし、陥落すればヨーロッパの危機となる事は目に見えている。しかしどの国にとっても貴重な艦娘戦力は温存しておきたいモノであるのだ。何としてでも自国からの増援を最小限にしようと暗闘が始まろうとしていた。

 そんな中、真っ先に口を開いた国があった。

 

「待て、パナマの時の様に奇襲を仕掛けられる可能性もある。少なくとも大西洋側の守りを薄くし過ぎる訳には行かん」

「我が国もその意見に賛成だ」

 

 マクドネルの主張にスペイン首相アンヘルが同意。これをきっかけに、大西洋に面した国々が賛同の意を示し始めた。これにマルローネを始め地中海に面した国々の面々は顔を顰めるが、反論する事は出来なかった。

 深海棲艦は拠点を築く際、人類にとって要所となる土地を選ぶ場合が多い。ハワイやパナマはその最たる例だ。スエズへの攻撃を囮として、大西洋側の要所への侵攻の可能性はゼロではなかった。

 だがだからと言って、簡単に引き下がる事などあり得ない。マルローネも反論する。

 

「確かにその意見には賛同出来るものがあります。しかしマクドネル首相。貴国はヨーロッパにおいて、最大の艦娘保有国です。他の国家と比べれば、戦力に余裕が有る筈です」

「……」

 

 これもまた事実。イギリスは第二次世界大戦時においては世界第2位の海軍戦力を有していたのだ。当然、艦娘も多数出現していた。

 押し付け合いを始める各国首脳を眺めつつ、フューゲルはため息を吐いた。

 

「……その事も勘案し、この場で各国が出す増援の規模を決めるぞ。スエズが陥落する前に」

 

 こうしてヨーロッパ各国は、暗闘を繰り広げつつ迫り来る敵を迎え撃つべく行動を始めた。

 




中国その後判定:1~30は鎮圧、31~70は暴動発生と鎮圧のイタチごっこ、71~はいつもの中華
判定:89
中国が物語から離脱した……

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