それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
イギリス空軍所属パイロットであるベイカー中佐は乗機であるタイフーンを駆り、多数の艦娘と深海棲艦がぶつかり合う戦場の上空を飛行していた。彼の任務は戦場での航空優勢の獲得であるが、既に特殊弾頭搭載型対空ミサイルにより敵の航空機は壊滅しているため、現在は航空優勢の維持のための任務に当たっている。
(これじゃあ遊覧飛行だな)
ベイカーは今の状況に思わず苦笑した。敵機の大概は既に撃墜されているため、主に周辺警戒しかやることが無いのだ。増援が来るならばまた出番となるだろうが、事前に予測されていた敵の総数はおよそ900だ。これ以上の増援はなさそうだった。
ふと戦場と海に目を向ける。艦娘と深海棲艦による激しい海戦が繰り広げられているが、戦局は完全に艦娘側に傾いていた。第二波の到来によって一時期はほぼ同数同士による戦いとなっていたのだが、早々に航空優勢を確保したため欧州艦隊の優位は変わる事は無かった。艦娘による砲雷撃、そして航空攻撃により深海棲艦を次々と撃破している。数が数だけに敵艦隊の撃退にはまだまだ時間が掛かるだろうが、勝利はほぼ確定していた。
「艦娘の登場により海戦の主役は艦娘となった。しかし空戦の主役は我々である」
イギリスの航空参謀の言葉だ。深海棲艦が出現して制海権が敵の手に墜ちても、空での優位は常に人類にあった。敵である深海棲艦の操る航空機の性能が、第二次世界大戦期の機体と同等なのだから当然の事である。一時は敵の航空機の小ささから苦戦はしたが、特殊弾頭搭載型の対空ミサイルが登場して以来、それらへの対処も容易になった。
そして艦娘が出現してからも、空戦の主役が艦娘に取って代わられる事は無かった。費用対効果の面を考えれば艦娘側に軍配が上がるが、殲滅力や性能は人類の操る兵器の方が上だ。そのため艦娘用戦闘機を持つ国での防空任務では、小規模空襲には艦娘、大規模空襲には空軍を使うのが一般的である。今回の様な大規模な海戦でもそうだ。雲霞の如く襲い掛かる敵航空機群をジェット戦闘機たちが悠々と殲滅し、艦娘の操る航空機は空の敵を気にせず深海棲艦を叩く。東太平洋でも硫黄島でも同じ光景だった。
いわば空と言う領域において、人類は絶対強者なのだ。それを疑う者は艦娘を含め、誰もいなかった。しかしその自信と信頼は――
《Night-Eyeより各機》
早期警戒機の捕らえた物によってヒビが入る事となる。
《戦場海域に高速で接近中の機体を捕捉した》
「なんだ?」
《援軍か?いや……》
ベイカーを始め、制空任務に当たっているパイロットたちは訝しんだ。順調に事が進んでいる事から追加の増援はない事を先程通達されたばかりなのだ。
《Night-Eye、間違いじゃないのか?》
《間違いではない、編隊を組んで音速でこちらに接近している。呼びかけはしているが応答がない》
管制官が呼びかけを続ける。そんな時にそれは起こった。
不意にコックピット内に耳に触る警告音が響いた。深海棲艦と戦い始めて以来絶対に聴くことのなかったその音に、ベイカーは血の気が引くのを感じた。
「ミサイルアラートだと!?」
《っ! 所属不明機、ミサイル発射!》
航空管制官の叫び声を耳にしつつ、ベイカーは反射的に機体に搭載されているチャフとフレアを展開。同時に急旋回を掛ける。
《ミサイルアラート! Break!》
《Break、Break!》
ベイカー機と同じく、この空域の戦闘機たちが回避行動を取った。しかし不意を突かれた事、これまで圧倒的優位にいた事による油断から僅かに反応が遅れた機体も多かった。
そしてそれは生死の分岐点であった。
超音速で飛来する黒く塗装された幾本ものミサイルが、欧州各国から集められた戦闘機群に襲い掛かった。
「Break!」
《I’m going down!》
《Blue-3 Lost!》
反射的に回避行動を取ったおかげでベイカーは辛うじてミサイルをやり過ごした。他にも回避に成功した機体も多くいた。しかし同時に不意の攻撃に幾つもの機体が黒煙を噴き上げながら未だに砲火が飛び交う海へと落ちていった。その多くが反応が遅れた者たちである。その中にはベイカーの部下もいた。
「クソ! Purple-2、Purple-3、Lost!」
《Night-Eyeより各機、これより所属不明機を敵機として認識。攻撃を許可する》
「Purple-1、Roger!」
管制機の指示に返答をしつつベイカーは機体を立て直し、素早く攻撃態勢に入った。不明機は既にこちらのレーダーには映っている。彼は未だに肉眼では視認できない敵機に照準を向けた。しかし一末の不安がある。
(現代戦闘機相手にいけるか……!?)
彼の操るタイフーンを始め制空任務に当たっている戦闘機たちは対空ミサイルを装備はしているが、これは飽くまで「対深海棲艦航空機用」なのだ。特殊弾頭搭載型ミサイルは、小型かつ低性能であり、更に一度に大量に運用される深海棲艦の使う航空機を相手取るための兵器だ。敵を空間ごと薙ぎ払うというコンセプトであるため誘導性は余り必要ではなく、ミサイルの誘導性能は従来の物よりもかなり低い。現代戦闘機を攻撃するための兵器としてはかなりの不安があった。
「Purple-1、FOX-3!」
《Tail-2、FOX-3、FOX-3》
《Blue-1、FOX-3!》
祈りつつも発射符号と生き残った戦闘機たちから、発射符号と共に一斉にミサイルが放たれる。誰もが自分たちの持つミサイルの誘導性能の低さを理解しているので、その分を数で補うべく抱えている全てのミサイルを一斉掃射していた。
一直線に敵機に向かっていったミサイル群は、数秒後に遥か彼方の空で肉眼で確認できる程の爆発が連鎖する。
「頼むぞ……」
既に自分たちの打てる手はない。祈る様に戦果を確認するためにベイカーはチラリとレーダーに目をやる。そして思わず舌打ちした。
「駄目か!」
《Night-Eyeより各機、敵機は健在だ》
《そんな事は分かっている!》
《敵のミサイル発射を確認!》
管制機の悲鳴のような声が無線で響いた瞬間、敵により放たれたミサイルの雨が欧州艦隊航空隊に襲い掛かる。
《Blue-1、被弾した! 脱出する!》
《Tail-3、Lost!》
《駄目だ! 逃げ切れ――》
無線から悲鳴と共に、タイフーンが、トーネードが、ラファールMが次々と空から駆逐されていく。第二波をやり過ごした頃には、味方は当初の半分を残っていない。もはや一方的な虐殺であった。そして事態はそれだけでは終わらない。
《Night-Eyeが被弾した! 墜ちるぞ!》
悲鳴のような声に、ベイカー?は反射的にNight-Eyeがいるはずの方角に振り返った。フランス海軍航空隊早期警戒機E-2が翼をもがれ、炎に包まれながら海へと墜ちていく。
Night-Eyeの担っていたレーダーからのリンクが切れた。これによりこの圧倒的不利な状況で有視界戦を強いられる事となった。
生き残った航空隊の誰もが顔を青くする。唯でさえ装備の差で不利な戦いを強いられているにも関わらず、レーダーすら封じられたのだ。現状では彼らの勝率は限りなく低かった。
ベイカーは味方の士気が崩壊しかかっている事を感じ取っていた。このまま行けば無秩序な敗走となって全滅しかねない。だからこそ彼は――
「Purple-1、突入する!」
ベイカーの操るタイフーンが編隊から飛び出した。一気に加速し音の壁を突破した機体は敵戦闘機との距離を詰めていく。
《Purple-1、無茶をするな!》
「このままじゃ撤退も出来ずに全滅だ! 何とか隙を作る!」
既に勝敗は自分たちの敗北と言う形で決している。ならば退くしかないが、敵は当然だが追撃を掛けて来るだろう。殿が必要だった。
だからこそベイカーは真っ先に飛び出したのだ。部下が残っているのなら彼らを生きて帰すためにこのような事はしなかったのだろうが、敵の二回の攻撃により彼を除いて全滅していた。殿にならない理由は無かった。
彼の半ば自棄となって行ったこの行動は、
《Tail-2よりPurple-1、援護する!》
《Swallow-1、突貫するぞ! シャルル・ド・ゴール航空隊は撤退しろ!》
崩壊しかかっていた士気を持ち直す事となった。バラバラだった動きが纏まり、統一されていく。飛び出したタイフーンが、トーネードが即席の編隊を組み、敵機に向けて肉薄する。
《Blue-Team、撤退する。援護に感謝する》
撤退するのは二度に渡る攻撃で損傷を受け飛ぶのがやっとの機体と、ヨーロッパでは貴重であり替えの利かない空母艦載機隊だ。損傷機を守る様にシャルル・ド・ゴール航空隊のラファールMが戦闘空域から離脱していく。
《第三波が――》
無線が響くと同時に殿に向けて敵機によるミサイルが飛来した。数は第一、第二波よりも少ない。またこれまでの攻撃から、敵のミサイルの誘導性能が従来の空対空ミサイルよりも低い事に彼らは気付いていた。弾かれたように散開する戦闘機たち。
彼らは誰もが何とか生き残ろうと足掻く。しかしいくら誘導性が低いとはいえ、簡単には回避する事は出来ない。次々と黒煙を上げながら海へと墜ちていく戦闘機たち。
しかし全滅はしていない。辛うじて生き残った者たちは前進し続ける。そして、
「見えた! ……なんだありゃ」
ベイカーを始め、4機の戦闘機がとうとう敵機を捕捉した。一見黒いF-15とSu-27の合いの子の様に見える。しかしよく見ればどこか独特な意匠が施されており、テレビゲームに出てくる架空の戦闘機の様だった。
「……行くぞ」
先頭の一機に狙いを定めると、ベイカーの駆るタイフーンは最高速で正面から正体不明の機体に向かって突っ込んでいく。
相手の動きが僅かだが乱れた。彼の仕掛けるヘッドオンショットは相討ちの可能性が非常に高い戦法なのだ。動揺するのも当然だろう。そしてベイカーはその隙を見逃さなかった。
「Purple-1、Gun!」
タイフーンの機首から銃火が走り、敵機を貫いた。蜂の巣となった相手の機体がバランスを崩し、炎を上げながら墜落していく。
「Enemy down!」
《Tail-2、Enemy down!》
ベイカーたちの執念は圧倒的優位にあった敵に一撃を与え、彼らの意地を見せた。
しかしそこまでだった。敵は数の優位を活かしてに押していく。
《Going down、going down!》
《Swallow-1、Lost! 俺も後ろに着かれた! 援護――》
《Shit……》
僚機が次々と堕ちていき、残るはベイカーのタイフーンだけとなる。彼は必死に機体を操り、再度攻撃に転じようとするも、敵機の照準が自身に向けられるのを感じた。
「ああ、クソっ」
絶望的な状況にベイカーは半ば諦めたように悪態を吐く。次の瞬間、幾つもの銃火がタイフーンを捕らえ――彼の意識は永久に消失した。
「一体どうなっている!?」
フィリップス中将は上げられた報告に顔面蒼白となっていた。戦場の上空で制空任務に就いていた航空隊が所属不明機により大きな損害を受け撤退したという事態は、欧州艦隊上層部を混乱させるには十分だった。
「航空機隊はどうなっている!」
「半数以上が撃墜されました! 残存機がスエズへ撤退中です!」
「所属不明機は?」
「追撃がありません。撤退した模様です」
現在交戦中の深海棲艦艦隊の航空戦力はあらかじめ殲滅していたため、現状では問題は発生していない。とは言え航空機隊が撤退した事は、艦隊のエアカバーの能力が激減した事を意味していた。
「どこかの国が我々に攻撃を仕掛けたのか?」
「それはあり得ないでしょう。我々を攻撃した所でメリットがある国など有りません」
スターク参謀長はそう断言した。近場で戦闘機を出せるのは中東の国々ではあるが、元々深海棲艦艦隊の撃退をヨーロッパに依頼してきていたため、攻撃する理由はない。辛うじて生き残っているインドなら空中給油を駆使すれば、ここまで戦闘機を飛ばすことは可能ではあるが、こちらもヨーロッパと敵対して得られるメリットはないだろう。教義の関係で艦娘を認めないイスラム過激派なら攻撃して来る可能性はあるが、連中に戦闘機を運用する能力など無かった。
ではどこから? 頭を捻る艦隊上層部。だが答えの出ない思案は通信士官の声により中断された。
「前線より通信! 敵の増援が現れたとの事です! 数はおよそ1200!」
「なんだと? 敵の戦力は出し切ったはず――」
「まさか……」
スタークは苦り切った顔で呟いた。
「司令。敵は恐らく紅海とアラビア海の深海棲艦を集結させたのでしょう。いえ、この数です。例の南沙諸島の増援とインド洋の深海棲艦も含まれている可能性があります」
「やってくれる……」
フィリップスは思わず悪態を吐いた。第三波には当然敵の航空戦力が出てくるだろう。防空の要となる戦闘機たちが居ない今、苦戦は必至だった。
「通常艦隊による対空防御でいけると思うか?」
「可能ではありますが、第二波までの防空能力を発揮する事は困難です」
「やはり相応の被害が出るか。……だがやらないよりマシだ。防空戦闘用意、敵の航空機編隊を撃滅する! またスエズに増援要請を出せ!」
フィリップスの指示の元、通常艦隊が整然と主砲を、対空機銃を、そして対空ミサイルを向けた。
万全の態勢で待ち構える欧州艦隊の通常兵器艦隊。そこへ通信が飛び込んできた。
「哨戒機より通信です! 敵航空機隊を確認!」
「来たか。対空――」
「更に敵航空機編隊と共に所属不明の戦闘機が編隊を組んで飛行中との事です!」
「!?」
この通信に誰もが驚愕した。所属不明機が深海棲艦に攻撃されないという事は共闘関係にあるということなのだ。幾らなんでも人類が深海棲艦と共闘する事など出来ない。
ならばこの状況が意味している事は一つしかない。
「まさかあれは――深海棲艦の新型機か!」
この時を持って、深海棲艦との戦いは新たな局面に突入する事となる。
こんなのを出した言い訳。
いつまでも制空能力が人類兵器一強状態は流石に不味いのでテコ入れを画策。対抗案として当初はアニメ版ゴジラみたいな強力な「電磁パルス案」と、R-TYPEのバイドシステムαの様に「鹵獲兵器案」がありました。
で、色々と思案した結果、「電磁パルス案」だと通常兵器が完全に要らない子になりかねないためボツ。ある程度戦力に加減が出来て通常兵器の見せ場が作れる「鹵獲兵器案」基本骨子として採用。
後に鹵獲では数が揃えられない&早々鹵獲など出来なさそうなので、製造タイプに変更しました。
結果、深海棲艦に高コストではあるものの、高性能な戦闘機が配備されるという形になりました。
提督の「乗艦」といい、赤色結界といい、オリジナル要素を出し過ぎですが、こういう世界線と言うことでお願いします。