それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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仮ですが、サブタイトルを付けてみました。定着するか、変わるか、消えるかは、今のところ未定です。

なお今回の話ですが、ある有名ゲームのオマージュがあります。ご注意下さい。……最も現実でも似たようなプランはあったようですがね。

追記:11月19日。色々と変更しました。


海を征く者たち39話 人類の狂気 艦娘の狂気

 2018年1月9日、深夜。スエズ基地は騒然としていた。スエズを守るための最後のチャンスであった紅海での海戦が、スエズ艦隊の敗北と言う形で終わったのだ。これはスエズ運河を守る戦力が消失した事と同じであった。

 呆然とする基地のスタッフ。だがいつまでもそうしている訳には行かない。既に上層部からスエズの放棄が通達されており、撤退のための準備が大急ぎで行われることとなる。撤退のための足である輸送船や輸送機は用意されているため、基地人員総出で基地運営に関する資料や重要物資の積み込み、持ち出す事の出来ないミサイルなどの大型兵器や艦娘用資源の破壊が行われている。

 そんなスエズ基地にボロボロになった艦娘たちが次々と帰還していた。本来なら入渠施設に直行させる所であるが、敵は目の前まで迫っている。中大破した艦娘が大急ぎで輸送艦に乗せられていく。損傷の少ない艦娘たちは補給もそこそこに、撤退のための護衛としての仕事が割り振られる事となる。

 

「基地の撤退準備は進んでいるか?」

 

 今や敗戦の将であるフィリップスは、執務室にあった機密資料が詰まったジュラルミンケースを閉じつつ、参謀長のスタークに尋ねた。

 

「現在順調に進んでいます。機密文書については、事前にある程度の資料は破棄されていたため、重要機密が敵に漏れる心配はありません。ただ大型兵器及び各種機材、燃料等の持ち出しは不可能であるため、我々の撤退直後に爆破処理出来るように準備を進めています」

 

 深海棲艦に高度な知能がある事は良く知られている。基地の物資を敵に利用される事を防ぐために、彼らは撤退後の基地に何も残さないつもりでいた。特に艦娘用の資源関係は深海棲艦も利用できる可能性が高いため、確実に爆破処理する予定である。

 

「人員の収容も進んでおり、撤退準備完了まで後3時間と言った所です」

「そうか。……敵艦隊の進行状況は?」

「相変わらず侵攻が続いています。このままのペースですと、明け方にはスエズに到着します」

「撤退を妨害される可能性はないか……」

「いえ、深海棲艦の一部の空母が夜間でも飛行可能な航空機を有しているため、油断は禁物です。警戒は必要かと」

「そうか。ともかく撤退準備を急がせろ。……『仕込み』の起動準備は?」

 

 あえてぼかしつつフィリップスは尋ねた。それにスタークは顔を歪める。

 

「……最終確認は終わっており、後はタイマーのセットのみです」

「そうか」

「本当によろしいのですか? あれを使うとなれば……」

「抵抗があるのは分かるが、本国から使用の許可――を通り越して命令が出ている。私の一存では最早どうしようもない」

「……」

 

 沈黙するスターク。フィリップスも小さくため息を吐いた。彼としてもこのスエズ運河の『仕込み』は使いたくはない。そもそも深海棲艦に効果があるのかも不明であるし、それ以前に周辺への悪影響は計り知れない代物なのだ。いつになるかは分からないが、後に計画されるであろうスエズ奪還作戦において障害になりかねない。

 もはや止められない状況に二人は黙り込んでいた。そんな時だった。

 

「おいここは――がっ!?」

 

 執務室の外から衛兵の声が響いたと思えば、短い悲鳴と共に静かになった。スタークが素早く扉に向き直ると懐の拳銃に手を掛ける。フィリップスは顔を顰めるが何もしない。このスエズ基地で衛兵を瞬く間に鎮圧出来る者は限られている。そしてそんな相手に自分の持っている拳銃など効かない事を彼は知っていた。

 コンコンとノックが執務室に響く。変に律儀な襲撃者だと肩透かしを食らいつつ、フィリップスは応答した。

 

「……入れ」

「お邪魔するわ」

 

 入ってきたのは長い金髪が特徴の軍帽を被った女性、ドイツの戦艦艦娘であるビスマルクだった。ズカズカと執務室に上がり込む彼女に、スタークが拳銃を構える。

 

「止まれ!」

「ちゃんと部屋の主の許可は取ったわ」

「衛兵を殴り倒しておいて何のつもりだ!」

「ああ、彼? 廊下で寝てたわよ。疲れてたんじゃないの?」

「貴様……」

 

 押し問答、いやスタークが一方的に捲し立てている光景にフィリップスは頭痛を覚えつつ口を開いた。

 

「スターク。落ち着け」

「しかし!」

「いいから。それで? 私に何の用だ?」

「話が早くて助かるわ」

 

 ビスマルクは男なら見惚れる様な笑顔を浮かべると、まるで明日の天気でも言うかのように、サラリと爆弾を落とした。

 

「スエズ運河の『仕掛け』に関連して、私――と言うよりも一部の艦娘たちから提案があるわ」

 

 この発言にフィリップスは思考が停止した。スタークが唸り声を上げる。

 

「貴様……どこでそれを知った」

「ここの壁、薄すぎるわよ。隣の部屋からならよく聞こえるわ」

 

 堂々と答えているが、確実に嘘であった。『仕掛け』については基地の上層部と実行する一部の人間にしか認知されていない重要案件なのだ。軍の高い位にいる彼らにとって、彼女がどうやって知ったのかを聞き出したい所であるが、尋問した所で無駄であろう。

 

「『仕掛け』を止めに来たのか? 生憎とそれは無理だぞ」

「止める? なんで?」

 

 きょとん、と邪気の無い顔で首を傾げるビスマルク。そんな彼女にフィリップスには、どこか薄ら寒い物を感じていた。『仕掛け』の内容を知ってもなお、その様な反応をする事など彼には出来ない。

 

「ねえ、フィリップス司令官。あなたはあの『仕掛け』が深海棲艦に効くのか不安なのでしょう?」

「……そうだ。もし効果が無ければ撤退する我々に追撃隊を送られる可能性が高い。……最も私が『仕掛け』を嫌っているのはそれだけではないがね」

「後半はどうでも良いわ。もし敵の追撃隊を確実に出せないようにする案がある、と言ったらどうするかしら?」

「……何をするつもりだ?」

 

 フィリップスの問い掛けに、ビスマルクは提案を語った。そして全てを語り終えた時――フィリップスとスタークは顔面を蒼白にしていた。

 

「……貴様、いや貴様ら正気か?」

「どうでしょうね」

 

 ビスマルクは自嘲気味に笑うだけだった。

 

「この案に賛同する艦娘のリストは纏めてあるわ。案を実行してくれるならリストを渡す」

「……そのリストに載っている者だが、強制された者や同調圧力によって参加した者が混ざっている可能性は?」

「無いわ。私たちが暗に探りを入れて、意に反していると思う娘はリストから外してあるわ」

「……」

 

 暫くの沈黙、思案するフィリップス。そして彼は顔を強張らせつつも決断した。

 

「……良いだろう。君たちの提案に乗ろう」

 

 こうして元からの『仕込み』に加え、もう一つの計画が進行していく事となる。

 

 

 

 明け方。補給と再編成をそこそこに、侵攻を続けていた深海棲艦艦隊はとうとう目的地であるスエズ運河に到着した。この時、艦隊旗艦である戦艦仏棲姫を始め、各艦は緊張を強めていた。何せスエズ運河は敵の重要拠点だ。幾ら艦娘艦隊を撃破したとは言え、基地にはある程度の戦力残っていると考えられる。最終的には勝てるだろうが、思わぬ損害が出てしまったら目も当てられない。

 だからこそ、攻撃を開始する前に入念に航空偵察を行うことになったのだが、そこには彼女たちにとって予想外の光景が広がっていた。

 

――誰もいない?

 

 偵察機の報告に、首を傾げる戦艦仏棲姫。しかし敵の姿が見えないからと言って警戒は怠ら無い。念の為に航空偵察を繰り返し、その後先遣隊を派遣する事にした。

人類の施設に侵入出来る人型を中心に構成された先遣隊が見たものは、悉く破壊された基地施設であった。念の為に基地に侵入し人間や艦娘が残っていないか確認するが、彼女たちの予想通り、誰も残ってはいなかった。また施設にはトラップの類も見当たらず、先遣隊は基地が放棄されたと判断した。

 この報告を受け、戦艦仏棲姫は艦隊を前進。無人のスエズ基地に到着すると、外部からの攻撃を防ぐためにスエズ運河の殆どを覆う程の赤色結界を展開。こうしてスエズ運河が深海棲艦の版図に加わった。

 ならば次に行われるのは立地調査だ。幸いにも人類が使っていた基地が残っているため、ある程度作業工程が省略でいるとみられていた。

 

――使えそう?

――簡単に見て回ったけど……。

 

 運河の中央で結界の展開を続ける戦艦仏棲姫。彼女の部下である集積地棲姫は肩を竦めた。

 

――あいつら丁寧に重要施設を完全にぶっ壊してたよ。あれじゃあ新造した方が早い。

――資源は?

――そっちも殆ど燃えていた。後方から持ってこないといけないな。

――そう。

 

 艦娘用の施設や資源は、ある程度改装すれば深海棲艦でも使用できる。紅海での激戦で艦隊に損害が出ている現状、戦艦仏棲姫としては出来る事なら基地に残った設備を使って修復をしたかったのだ。最も当てにはしていなかったので、大きな問題にはならないのだが。

 

――後、人間が使っていた兵器類も完全に壊れていた。あれじゃあ持って帰る価値はないな。

――チャゴスのお姫様の探し物は後でいいわ。それより滑走路は使えそう?

――ああ、修復すれば使えそうだ。

――なら最低限でいいから応急処置をお願い。

――お、敵を見つけたのか?

――地中海に出していた偵察機が見つけたわ。今ならギリギリ追いつけそうね。

 

 戦艦仏棲姫にとってこの状況は、ある意味で好都合であった。この撤退の速さを考えれば、艦娘は碌な修理が行われていないはずだ。弱体化している敵艦隊に追撃できれば、艦娘たちを文字通り全滅させられる可能性もある。勿論全滅は難しいだろうが、ダメージを与える事が出来れば、後の戦略に大いに役立つ事は確実だった。

 戦力だが追撃隊を出せる程度には残っている。運河の中央にあるグレートビター湖には、長期間の地上活動が出来ない通常型の軽巡、駆逐艦を始めとした多くの深海棲艦が待機している。彼女たちの速度なら撤退する人間の艦隊に追いつけるだろう。

 彼女が湖の方角に振り向いた。その時――

 

 突如として水底から放たれた圧倒的な光が彼女を包み込んだ。

 

 

 

 イギリス軍上層部が提案し、政治家たちが了承し、現場の軍人たちが仕込んだ『仕掛け』。それはイギリスが保有していた戦術級核兵器だった。

 

 2017年6月末のパナマをめぐる攻防戦の終盤、アメリカ軍はパナマに迫る深海棲艦艦隊に対して核攻撃を実施した。しかし作戦は失敗。運河棲姫の展開した赤色結界により核の炎が完全に防がれる結果となった。

 これ以降、各国の軍部では深海棲艦への核攻撃は無意味と判断される事となった。

 赤色結界はアメリカ軍の放った核すら防ぎ切った上、攻撃によって揺らいだ様子はなかった。そのため複数の核の起爆でも赤色結界を破る事は出来ないとみられている。幸いな事ではあるが、これまでの研究より赤色結界を張るのは姫級だけである事が確認されているため、姫級を含まない小規模艦隊相手であれば核攻撃は有効だろう。しかしその程度の戦力であれば艦娘や通常兵器で十分対応できるため、核の出番はない。このような考察の元、深海棲艦への核攻撃は向かないと考えられていた。

 だが今回の深海棲艦の活発化の際、ある軍人がある疑問を提示した。

 

「結界内部からの攻撃はどうなんだ?」

 

 少なくとも赤色結界内部での交戦は可能なのは日本の交戦例から確認されている。ならば内部での核攻撃が出来る可能性は高い。そしてイギリス軍には少数ではあるが、都合の良い物が作れられていた。

 戦術級核爆弾を用いた地雷及び機雷。

 深海棲艦が活発化して以来、イギリス軍で現代の技術で復活した冷戦時代の遺物が存在していたのだ。タイマー式のそれらを使えば、結界内でも核攻撃を行える可能性があった。周辺地域への放射線汚染の問題があるが、これを使うのはスエズが取られてからだ。自分達の部隊には問題は起こらない。

 そうしてイギリス軍による核攻撃計画は急ピッチで進んでいく。とは言えこの計画には不安要素もあった。そもそも核攻撃が深海棲艦に効くのか不明なのだ。

 人類の兵器類は敵の持つ装甲壁のせいで、いまいち効果が薄い。また深海棲艦は第二次世界大戦中の軍艦がモデルとなっている。アメリカが実施した艦船、機器、各種物資への核攻撃の検証実験「クロスロード作戦」により、艦船に対しての核攻撃は有効ではない事が確認されているため、深海棲艦に有効打が与えられない可能性があった。

 しかし、イギリス軍はこの問題を実に単純な方法、複数の核兵器による同時起爆で解決する事にした。それでも効果が薄い可能性は十分あるが、これだけの核を使うとなれば運河へのダメージは確実に行えるため、深海棲艦によるスエズ運河の拠点化を遅らせる事は確実であった。

 こうして各国政府に提案された核攻撃案は了承された。すぐさま準備が進められ、最終的にスエズ運河には核地雷を2つ、そして海底にカモフラージュされた核機雷3つが設置される事となる。

 余談ではあるがこの核兵器だが、飽くまでも「占領された際の保険」と言う立ち位置であった。誰も好き好んで大地を核汚染させようとは考えていなかった。だが現実はスエズ艦隊は敗北し、深海棲艦によるスエズ占領は不可避となった。この事態にヨーロッパ各国はスエズ放棄と同時に、敵の侵攻を遅らせるために準備されていた核兵器の使用を決定。現地部隊は深海棲艦が到達する予測時間に起爆タイマーをセットし、撤退していった。

 そしてそんな事も知らずにスエズを占領した深海棲艦艦隊は、5つの戦術核の同時起爆に巻き込まれる事となる。

 

 

 

 スエズ運河を占領していた深海棲艦艦隊は混乱の極みにあった。

 

――被害報告をしなさい!

 

 核の熱線と衝撃により自身も損傷を受けつつも、何とか状況を把握しようと奮闘するする戦艦仏棲姫。そんな彼女の下に届く報告は信じられない物ばかりだった。

 

――グレートビター湖で爆発を確認! 直撃を受けた一部の艦が轟沈した!

――こちら基地占領部隊! 爆発により基地が半壊状態です! 部隊も損傷艦が出ています! 指示を求む!

――空中警戒に出していた航空機隊が壊滅しました! 生き残った機体を急ぎ帰投させます!

 

 矢継ぎ早に各地から報告が入って来る。そのどれもが大損害の報告ばかりであった。結界内の様々な地点で起爆した核は、スエズ運河を破壊。それに巻き込まれ、損傷や撃沈する艦も出ていた。

 

――何が起こっているの!?

 

 状況について行けず、彼女は混乱寸前だった。そんな彼女に声を掛ける者がいた。

 

――落ち着けって。

 

 彼女が振り向いた先には、損害を受けているにも関わらず、飄々とした雰囲気を崩さない集積地棲姫の姿があった。

 

――何があったかはまだ分からないけど、どうやら我々は人間の仕掛けたトラップに引っかかったようだ。

――……でしょうね。

 

 戦艦仏棲姫は苦々し気に吐き捨てる。今思えば兆候はあったのだ。その事に深く疑問に思わなかった自分を恥じていた。

 

――艦隊を再編成させるわ。後方から工作艦も呼んで。

――さっきの爆発がもう一回起こるんじゃないのか?

――それは無いと思うわ。

 

 もう一撃があるのなら、この混乱している状況に来るだろう。それがない事を考えると、大爆発によるトラップは打ち止めである。戦艦棲姫はそう判断した。

 彼女の判断はある意味で正しかった。スエズ基地の人員が仕掛けた核は全て起爆済みであり、イギリス軍の計画ではこれ以上の攻撃は入っていない。核によるスエズ運河の破壊が主目的であるのだが、副次目的として撤退する艦隊の援護も含まれているためだ。

 だがその計画は――

 

――こちら基地占領部隊!

――どうしたの?

 

 現地で計画が書き換えられていた。

 

――艦娘艦隊による攻撃を受けています! 至急、援軍を!

 

 

 

「Feuer!」

 

 スエズ運河に再突入した艦娘の一人、フィリップスに直談判していたビスマルクは、スエズ基地跡地にいた重巡リ級をその主砲で打ち倒した。

 

「お見事です、ビスマルク姉さま」

「ありがとう」

 

 駆けよって来た僚艦のプリンツ・オイゲンに答えつつ、周囲を見回した。敵が潜んでいる様子はない。彼女が撃破した重巡が最後であった様だった。

 

「他の子たちは?」

「多少損傷を受けた子もいますが、戦闘は出来るそうです」

「そう。流石ね」

 

 彼女たちの方を見れば、戦闘が一段落したにも関わらず戦闘態勢を解いていない。その姿は獲物を前にした猟犬を思わせた。そんな彼女たちの姿にビスマルクは満足げに頷いた。

 

「即席だけれど、良い艦隊じゃない」

 

 スエズ運河に戻ってきた艦娘たち。だが傍から見ればその艦隊は異常だった。艦隊を構成する艦娘は国籍がバラバラであり、艦種もバラバラだ。規模は40人強。このくらいの艦隊となれば提督の指揮下となるのだが、提督はおらずビスマルクが旗艦として指揮を執っていた。

 チグハグな艦娘艦隊。その様な艦隊に参加する彼女たちにはある共通点があった。

 

「これを見たらAdmiralさん、きっと驚きますね!」

「そうね。きっと驚くわ」

 

 何処か暗い笑みを浮かべるプリンツにつられて、ビスマルクも優しく笑った。

 二人の提督はここにはいない。紅海での戦いでグラーフ・ツェッペリンと共に戦死したのだ。それは他の者たちも同じである。

 スエズ突入艦隊。それは提督を失った艦娘だけで構成された艦隊であった。

 

 紅海海戦直後、提督を失った艦娘たちは悲しみに暮れていた。艦娘は提督のためにその姿を現わした。それにも関わらず提督を守る事が出来なかったのだ。その悲しみは推し量れるものではなかった。

 しかし彼女たちはそれだけでは終わらなかった。時間が経つに連れ、悲しみの感情は別の物に代わっていく。

 

「大切な人を殺した深海棲艦が憎い」

 

 元々艦娘はある程度闘争本能が高い。悲しみの感情が殺意となるのには時間が掛からなかった。提督を失った艦娘はこの世には長くても3日しかいられない。ならばこの怒りを深海棲艦に叩きつける方が有意義だ、と考え始めていた。

 そんな艦娘たちを纏め上げたのが、ビスマルクだった。

 彼女も提督を失ったことにより深海棲艦に殺意を覚えてはいたが、どこか冷静ではあった。怒りに任せて個人または小艦隊で突っ込んでいった所で、返り討ちは目に見えている。

 彼女がまず行ったことは、自分と同じ境遇の者たちを一つのグループとして纏め上げる事だった。これはかなり簡単に終わった。誰もが闇雲に突っ込んだ所で返り討ちに合うことは理解していたのだ。賛同者は直ぐに集まり、数時間である程度の戦闘能力を有した集団が出来上がった。だがそれだけでは足りない。深海棲艦のあの大規模艦隊に打撃を与えるには策が必要だった。

 そんな時に妖精によって知らされたのが、スエズ運河の核攻撃の話である。

 この情報にビスマルクは狂喜した。半ば期待していなかった軍人たちが、このような敵に一矢報いることの出来る計画を進めていたのだ。彼女はこれを利用する事にした。

 フィリップス司令官の下に押しかけてからは簡単だった。司令官は核攻撃については何処か懐疑的でもあったために、それに着け込んで艦隊の出撃許可をもぎ取った。

 こうして人間と艦娘、双方が納得する形でスエズ突入艦隊が編成される事となる。

 

 スエズ突入艦隊は進撃しつつ、戦闘で乱れた陣形を整えていた。先程の戦闘は大したものではなかった。全員が前哨戦である事を理解していた。目標は未だに立ち昇るキノコ雲の下にいる。

 

「さあ、前哨戦は終わりよ」

 

 艦隊にビスマルクの通信が響いた。何処か明るい彼女の声に、誰もがつられて笑みを浮かべていた。曇天につられて暗くなっていた艦隊の雰囲気が明るい物になっていく。

 そして丁度そのタイミングで、先行していた偵察機が深海棲艦艦隊発見の報を通達して来た。ビスマルクは小さく頷くと、通る声で艦隊に命令を下した。

 

「全艦突撃!」

 

 放射性降下物が降りしきる中、彼女たちは砲火を放ちつつ進んで行った。

 

 核攻撃により情報が錯綜している状況での、この艦娘艦隊の突撃は深海棲艦にとって完全な奇襲となった。轟沈する事を厭わない艦娘たちを、深海棲艦たちは簡単には止める事が出来なかった。艦娘たちは短期間に次々と敵を撃沈していった。

 だが数の差は大きい。混乱が収まっていくと同時に戦況は逆転していく。一人、また一人と轟沈していく艦娘たち。しかしそのような状況にあっても士気が低下する事は無い。彼女たちは怒り、殺意、贖罪、罪悪感、無力感、様々な感情を深海棲艦に叩きつけた。

 そして彼女たちのスエズ運河突入から2時間後――最後に残ったビスマルクが戦艦ル級と相打ちの形で轟沈。これによりスエズ突入艦隊は文字通り全滅した。

 

 スエズ突入艦隊は全滅したが、彼女たちの功績は戦略に大きな影響を及ぼす事となった。

 スエズからの撤退していた人間、艦娘の艦隊は、追撃される事無く無事に撤退に成功。当初の予定より多くの戦力を欧州に戻す事に成功している。

 対する深海棲艦だが、こちらは思わぬ被害を受けていた。スエズに突入した艦娘艦隊により100隻以上の艦と、空母棲姫1隻、重巡棲姫1隻が沈められた。この事は戦力が枯渇しかかっているインド洋の深海棲艦にとって手痛い損害であった。

 こうしてスエズ運河をめぐる一連の戦闘は、一先ずの幕を閉じた。

 




皆好きでしょ?ベルカ式国防術。

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