それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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あの、フランスが色々燃え上がっているんですけど……。


海を征く者たち42話 紳士の国の企み

 日本とロシアとの平和条約、そして共同防衛協定の締結は、世界各国の日本への認識を変える事となった。

 日本の国土は島国かつ、石油を始めとした近代国家を運営するための資源が余り産出しない無資源国だ。これまで生きながらえてきたのは、対深海棲艦戦の初期に過去のトラウマから資源を貯めこんでいたからに過ぎない。深海棲艦によりシーレーンを寸断された時点で、最終的な運命は決まったも同然だったのだ。

 そのため世界各国は日本をあまり重要視していなかった。確かに日本は艦娘戦力をかなり多く保有しているのだが、資源の輸入先が無く継戦能力が低い。日本が対深海棲艦戦において戦力となる期間は、精々1、2年と予測されていた。

 そんな日本への視線が一変する事となったのが、今回のロシアとの条約締結だ。

 条約によりロシアによる石油を始めとした各種資源の輸出が開始された事により、ネックとなっていた日本の資源問題が、完全ではないがかなり解消されたのだ。資源の輸送には海上輸送が必要であるため、深海棲艦に妨害される可能性は高いが、そこは多くの艦娘を保有する日本だ。多少の妨害など楽に蹴散らせる戦力を有している。またロシアとの交易路は深海棲艦の少ない日本海を利用するため、余程の事が無い限りシーレーンが途切れる事は無い。つまり資源不足による国家の崩壊はほぼ無くなったのだ。その事は日本が対深海棲艦戦において、真の意味で名を連ねる事を意味していた。

 

 深海棲艦大戦のプレイヤーとして日本は改めて名を挙げた。とは言えこの事だけであれば、太平洋地域限定の出来事として、余り関心は向けられなかっただろう。しかし公開された日露共同防衛協定の項目に、各国が目を剥く事となった。

 

○北太平洋地域における深海棲艦の侵攻に対しての、日露による共同防衛。

○同地域の深海棲艦拠点に対する日露共同による攻略作戦の実施。

○日本による艦娘用装備の友好価格による販売。

 

 一つ目と二つ目は分かる。北太平洋には中小規模の深海棲艦拠点が点在しており、ロシアにとってそこからの圧力は強かった。それを日本に頼る事により、緩和しようと考えたのだろう。また拠点攻略の項目だが、日本は既に硫黄島という実績を上げているため、疑問視する余地はない。

 問題は艦娘用装備の販売だった。ロシアの艦娘は主力艦として戦艦こそ保有しているものの、弩級戦艦程度であり、更に空母艦娘がいなかった。装備においても日米英と比べて劣る者であるため、ある程度以上の深海棲艦を相手取る場合、苦戦は免れないという、世界的には中堅レベルの戦力だった。

 その様な状況を塗り替えかねないのが、艦娘用装備の売却だ。これにより艦娘の戦闘能力の向上が見られる事は確実なのだが、最も重要なのは航空機が得られる事だ。艦娘用航空機は空母艦娘が居なくとも、地上施設でも運用できる。つまり提督及び艦娘による作戦行動において、現代戦闘機に頼ることなく単独で航空戦力を保有できることを意味していた。空母艦娘の居ないロシアにとって、これは艦娘戦力が跳ね上がる事を意味していた。

 

 日露平和条約、日露共同防衛協定。この二つの条約の締結は各国の困惑と混乱と共に受け入れられる事となる。

だが話はこれで終わらなかった。条約締結後、真鍋首相は日本には戻らず、そのまま西進していく。彼の目指す先は――ヨーロッパだった。

 

 

 

 イギリス、ロンドンのホワイトホール地区に存在する内閣府庁舎のとある会議室。そこではイギリス政府の内閣の面々が集結していた。

 

「日本がここまでアクティブに来るとはな」

 

 イギリス首相マクドネルは日本からもたらされた資料を読みつつ苦笑していた。そんな彼に、ビジネス・エネルギー・産業戦略省のトップであるワインバーグは顔を顰めつつ、苦言を呈する。

 

「首相、笑い事ではありません。日本のせいで計画が完全に狂ったのですよ?」

「まあ確かにな」

 

 ヨーロッパに到着した真鍋は艦娘保有国を中心に次々と訪問していた。そこで行われた首脳会談で、彼はある宣言をしていた。

 

「我が国は貴国への艦娘用装備の販売の用意がある」

 

 同時に提示された販売リストには、戦艦用主砲や航空機を始めとした各種艦娘用兵装が記載されていた。これに各国は驚愕し、そして狂喜した。

 第二次世界大戦期に中小規模な海軍しか持てなかった国にはある問題が存在していた。艦娘戦力の頭打ちだ。その様な国の提督は艦娘の特性により、提督一人が保有する戦力が直ぐに上限に達してしまうのだ。更なる戦力の増強をするには艦娘用装備を充実させるしかないのだが、それにも限界があった。

 だが日本の装備を用いる事が出来れば、頭打ちが見えていた艦娘戦力を伸ばすことが可能となるのだ。特に日本の航空機の販売は、空母艦娘を持たない国にとって国防のあり方を変えかねないレベルの代物なのだ。価格こそロシアと違い適性価格であるが、それでも中、小規模の艦娘戦力しか持たない国にとって些細な問題でしかなかった。

 そんな歓喜に沸く各国だが、少々微妙な表情をする国があった。ヨーロッパにおける最大の艦娘保有国、イギリスだった。

 

「まさか我が国が艦娘用装備の販売計画を立てた所で、日本に邪魔をされるとは思わなかったな」

 

 スエズ陥落直後、イギリスはヨーロッパ全体の艦娘戦力の向上及び外貨の獲得のために、艦娘用装備の販売を画策していた。国防省は自国の防衛戦力の低減に繋がりかねないとして嫌がっていたのだが、内閣は国防省を説き伏せ計画を進めていた。現在は各国に販売する装備の選定作業中であったのだ。

 そんな時に起こったのが日本による装備販売の宣言だ。ヨーロッパが独占市場となると見ていたワインバーグとしては全く面白い物ではなかった。

 

「日本は防衛省のトップが提督なせいか、艦娘関連はかなりフットワークが軽い。今回の装備販売もそれが当てはまるな」

「我が国も軍人が提督となったお蔭で、艦娘の運用はそれなりに効率的に出来ているが――流石に日本のパターンと比べるのは酷と言うものか……」

 

 イギリス軍は艦娘が出現してから直ぐに、艦娘運用のための研究機関を設立していた。その機関のトップには世界で初めて艦娘を用いて戦果を挙げた提督であるパーネルを据えており、これにより軍による組織立った艦娘運用は世界的にかなり早い方であった。

 そんなイギリス軍だが、この日本の艦娘用装備の販売には諸手を上げて歓迎していた。

 

「軍としては日本の艦娘用装備を早急に購入して欲しい所だ」

 

 国防大臣のシモンズのその言葉に、ワインバーグは目を剥いた。

 

「……理由を訊きたいのですが」

「何分我が国の艦娘用航空機が酷過ぎる。戦闘機に関してはゼロと比べて性能が劣っているものばかりだ。極稀に開発されるシーファイアなら戦闘能力は高いが、やはり航続距離がネックになる」

「……」

「特に不味いのは雷撃機だ。我が国の主力雷撃機であるソードフィッシュは複葉機だぞ。確かにあの機体は名機だが、いくら何でも性能が低すぎる。上位機体のバラクーダの配備も進みつつあるが、性能は日本の九七式艦攻と同等。装備開発のランダム性を考えれば、日本から買った方が早い」

 

 酷い言い様ではあるが、イギリス近海での防衛を中心にイギリス艦娘の持つ航空機で戦ってきた軍部の偽らざる本音であった。マクドネルはため息を吐き、シモンズに向き直った。

 

「分かった、前向きに検討しよう。我が国の装備販売に話を戻すぞ。イギリスの装備では何が各国に売れそうだ? 軍の視点が訊きたい」

「そうだな……」

 

 シモンズは腕を組むと、暫く考え込んだ。

 

「少なくともネームバリューの事も考えれば、航空機に関してはまず殆ど売れないと見て間違いない。魚雷も酸素魚雷を持ってこられたら流石にツライ。砲は確実に競合する事になるな」

「ふむ……」

「確実に売りたいと思うなら、レーダーやソナーを始めとした対潜兵装。これらは日本の物よりも性能は確実に上だ」

「因みに機銃は?」

「ほぼ同等だ。これに関しては日本よりもスウェーデンに注意だな。仮にスウェーデンが販売攻勢に出たら、一気にボフォースに持っていかれるさ」

 

 肩を竦めるシモンズに、苦笑いしつつマクドネルは頷いた。

 

「よろしい。引き続き販売リストの作成を続けてくれ」

「了解した」

 

 欧州の艦娘用装備市場に強力なライバルが現れたが、だからと言って簡単に諦めるはずもない。イギリスも販売攻勢に出るつもりであった。

 こうして装備輸出についての事前確認が終ったところで、自然と次の話題、分家のドラ息子に話題が移っていった。

 

「先程、アメリカから空母機動艦隊が出撃したそうです」

「やはり止まらんか」

 

 サービン外務・英連邦大臣の報告に、会議室の誰もがため息を吐いた。以前より在外米軍の本国へ帰還のために行動するアメリカに対し、アメリカと条約を結んでいる各国からは抗議の声が続出していた。特にスエズが占領されて以降、欧州に駐留する戦力を動かさなかったアメリカに各国は怒り心頭で、一部では対抗措置を取った国すらあった。しかしこの分断されている世界においてその効果は限定的であり、アメリカの強行を止めるには至っていなかった。

 

「これまでは抗議声明で留めていましたが、アメリカがこのような行動を取った以上、もはや例のプランを取る必要があります」

「確かにそれを使えば確実に交渉の席には着くだろうな。……開き直られたら最悪だが」

 

 サービンの宣言に、シモンズがため息を吐きつつ同意した。他の閣僚も賛同の意思を示している。既にイギリスが取る行動は決まっていた。それを確認したマクドネルは最後の詰めをするために、サービンに目を向ける。

 

「他国への根回しは?」

「概ね我が国に賛同の意思を示しています。今回のアメリカ艦隊の出撃が決定打でした」

「日本は?」

「こちらも同じくです。むしろ我が国と連携する声明を発表するとの連絡が入っています」

「あの国は危うく首都が焼かれる所だったからな。よっぽど腹を据えかねているようだな。……今回の措置だがデメリットは?」

「対抗してF-35のライセンスを拒否する可能性があります。最悪の場合、アメリカが本気で敵に回るでしょう」

「まて、それをやられるとかなり痛いぞ。タイフーンではフリントに対応し切れん」

「軍には申し訳ないが、最悪の事態には備えておいてくれ」

「……了解した」

 

 不承不承ながら頷くシモンズ。それを確認した後マクドネルは閣僚の面々を見回し、そして宣言した。

 

「では、始めようか」

 

 こうしてイギリスは動き出した。

 

 

 

 2018年2月1日。戦闘を繰り返しながら太平洋を航行するアメリカ艦隊が、ようやく航路の半分まで差し掛かったその日、イギリスと日本による共同声明が発表された。

 

「アメリカによるNATO条約及び日米安全保障条約の一方的な不履行は、人類の深海棲艦への一致団結した戦争を覆す物で、極めて遺憾であり到底受け入れられるものではない。我々はアメリカに対し条約の履行を求める。なおアメリカが適切な措置を講じない場合、アメリカとの一部商取引の停止を始め、あらゆる選択肢を視野に入れ毅然と対応する」

 

 この発表にアメリカ政府上層部は舌打ちしつつも平然としていた。アメリカの行動は在外米軍の戦力温存による外交問題を考慮しての物だ。今回の共同声明は想定よりもやや上回っていたが、十分許容範囲内であった。

 しかしそんな彼らを驚愕させる一文がこの後に続いていた。

 

「なおイギリス及び日本は、アメリカ合衆国を深海棲艦支援国家と分類する事を検討中である」

 




イギリス&日本「アメリカって、人の形をしていて現代兵器と艦娘を使う深海棲艦なんじゃね?」

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