それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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やっぱり現代を舞台とした架空戦記って必要になる知識が膨大過ぎますね。一人ではどうやっても穴が出てしまいますね。


海を征く者たち44話 艦娘による……

《どう?》

《説得したけど駄目だったわ……》

《もう……無理です》

《もう皆も限界よ……。あれをするしかないわ》

《……やるしかないのね》

《ええ。――総員に通達! Operation・Eを発令します!》

 

 

 

 一時は分裂しかかっていた各国が、アメリカの表明により緩やかながらも再び連携を取り始めてから1ヵ月が経過した。2018年3月現在、小規模戦闘こそ各地で繰り広げられているものの、深海棲艦に大きな動きは見られてはおらず、いわば小健康状態であった。

 それに伴い、各国は防衛体制の立て直しを図っていた。提督たちは艦娘戦力の増強、軍人たちは改良された防空体制への移行と言った具合だ。また国家を動かす者たちも国内を安定させようと奮闘しており、誰もが忙しく働いていた。

 そんな各国の中で一番動きが活発なのが日本だった。一番の懸念材料であった資源問題が、ロシアとの交易によりある程度メドがついたのだ。これにより国内の生産活動が活発化する事となり、同時に経済も活発化していた。日本が多くの艦娘を保有する艦娘大国であり、その事に国民に安心感を持っていた。この事が各産業が活発化しやすくさせていたのだ。

 勿論軍事力の増強も行われている。対フリント用の防空体制のへの移行に始まり、新規護衛艦の建造の開始、F-35生産体制への準備とやることは多い。その中でも目玉は横須賀の「ロナルド・レーガン」改め「ほうしょう」だ。在日米軍関係者のどこか苦り切った表情の下、日本に引き渡された原子力空母は、年単位で中断されていた修理を再開された。同時に空母を操る人員が早急に確保され、地上施設での訓練が開始される事となる。とはいえ自衛隊は空母戦力のノウハウを持っておらず、戦力化には時間が掛かると見られていた。なお、「いずも」の空母化計画だが、「ほうしょう」が手に入った事により計画は凍結され、今後もヘリコプター搭載護衛艦として運用される事となった。

 

 俄かに活気づく日本。その影響は当然のことながら、対深海棲艦の主戦力である提督と艦娘にも及び始めていた。

 伊豆諸島に作られたある鎮守府。そこの主である秋山は、執務机の真ん中に置かれたソレをぼんやりと眺めていた。

 

「……なにやってんのよ」

 

 そんな彼に本日の秘書艦である叢雲は、呆れつつ秋山の目の前にお茶を置いた。

 

「ああ、いや」

 

 秋山は苦笑いしつつ、出された湯飲みに口を付ける。味は濃いめ。彼の好み通りであった。

 

「今更こんなもの貰っても、実感が湧かなくて」

「まあ……そうよね」

 

 叢雲も彼につられて苦笑いしつつ、彼女の提督が眺めているソレ――先日叙勲された勲章に目を向けた。

 昨年9月の戦艦棲姫艦隊の東京湾侵攻未遂。これを主戦力として迎撃、撃破した秋山艦隊の面々に自衛隊は苦慮していた。何せ提督の年齢に問題がありすぎるため、下手に公表など出来ないのだ。最終的に東京湾侵攻未遂への褒章については次回以降の会議に持ち越し、つまり結論の先送りにされていた。

 しかし1月に発生したあるニュースにより、事が動き始める事となる。欧州の艦娘保有国家が発表した提督の年齢制限の撤廃の動きだ。この流れを一部の軍関係者は歓迎していた。これまでも未成年の提督を使ってきていたが、国民の目もあるため大々的に軍での運用が出来なかった。しかしこの年齢制限の撤廃がされれば、運用の幅が一気に広がるのだ。これは現場を指揮する者にとって大きなメリットとなる。

 こうして欧州から端を発した提督の年齢制限撤廃の主張は各国に広がっていき、各国共同で撤廃に関する議論が開始。最終的に3月に行われた全ての艦娘保有国の共同声明により、提督の年齢制限を各国で自由に取り決めする事が出来る事となった。これは実質的な年齢制限の撤廃である。

 

「少年兵を合法化するのか!」

 

 各国世論の反発は大きかった。今は「提督のみ」と対象は限定されているが、戦況が悪化すれば普通の未成年者も徴兵されかねないのだ。反発が起こるのは当然だった。

 しかし政府と軍はこれを実質的に無視し推し進めていく。一部の国では学徒どころか児童すら動員され、結果的に世界各国で運用される提督の平均年齢は下がる事となった。

 勿論、日本もこの流れに乗った。交易路の確保、輸送船の護衛、北太平洋でのロシアとの共同作戦。これまでの様に、未成年者を隠れて運用するには限界があったのだ。日本政府は「在日米軍の撤退による戦力不足のため」を理由として、未成年者の提督の表立った運用を決定していた。

 とは言えこの決定は秋山を始めとした未成年者の提督にとって、実務面においての変化は殆どなかった。元々深海棲艦との戦闘には駆り出されていたし、既に提督の分散配備が終っている現状において、彼らが新たに鎮守府を設営しなければならない、という事はないのだ。但し何事にも例外はある。

 

「まさか年齢制限引き下げ発表の次の日にこれを貰うとは思わなかった」

 

 年齢制限が引き下げられるという事は、同時に年齢制限による弊害が消えたという事になる。秋山への叙勲問題がまさにそれだった。防衛省はすぐさま東京湾侵攻未遂の功労者への勲章の授与を決定。秋山は「訓練航行中に敵艦隊と遭遇、撃破」と言うカバーストーリー付きである物の、無事に勲章を叙勲する事となった。

 

「まあ、良いじゃない。貰っておいて損は無いわ」

「……これのせいで迂闊に町中を歩けなくなったんだけど」

「あー……」

 

 叢雲は納得したかのように頷いた。当然の事であるが、未成年である秋山の叙勲にマスコミは注目した。防衛省はある程度の情報は流したものの、それでマスコミが落ち着くはずもない。そのため秋山はマスコミ対策のために、鎮守府に引きこもる羽目になっていた。

 

「人の噂も七十五日って言うし、落ち着くまでじっとしてなさい。それはともかく、今日の分の開発が終ったって工廠から連絡が来てるわよ」

「結果は?」

「今日は妖精さんの機嫌が良かったみたいね。九六式が2機、流星が1機よ」

「じゃあ、九六式を本土に送る事になるのか」

「そうなるわね」

 

 海上交易路の復活は、日本に様々な変化をもたらした。それは鎮守府での業務にも当てはまる。

 

「……まさか工場生産みたいな事をしなくちゃならないなんてね」

「お上からの命令には逆らえないから……」

 

 ため息を吐く二人。鎮守府業務の変化。それは輸出用の艦娘用装備の開発だ。特に航空機の需要が大きく、日本の多くの鎮守府では艦娘用航空機を狙った開発が日々行われていた。

 とは言え装備開発は妖精によるものであるため、何が作られるかはランダムだ。輸出が許可されている装備以外が開発された場合も多々ある。この場合であるが該当の装備は鎮守府が運用する規定とされていた。この規定により日本全体の艦娘の航空戦力は順調に上昇している。しかしこれには弊害もある。

 

「流星はどうするの?」

「空母組に送っておいてくれ。新しい艦攻を欲しがってたし」

「了解。それにしてもウチも空母が増えたわね」

「高性能艦載機が増えて来たからな。活用しない手はないさ」

「その代わり戦艦は少ないけどね」

「……今度、戦艦を狙ってみるか」

 

 秋山の鎮守府の様な光景は全国で見られていた。何処の鎮守府も輸出出来ない艦載機を死蔵させないために、空母艦娘の建造に乗り出していた。これにより、日本全体で見れば、相対的に戦艦戦力が低下しているのだ。

 航空攻撃だけで全て片付くなら問題ないのだが、現実はそう簡単には行かず、戦艦戦力も必要となる。戦艦不足は将来的に作戦行動に支障をきたしかねなかった。

 

――リリリリリリッ

 

 不意に備え付けられていた電話機から呼び出し音が響いた。秋山は湯飲みを置くと、素早く受話器を耳に当てた。

 

「はい、こちら執務室」

『あ、司令官? こちら龍驤や』

 

 電話の主は今日は鎮守府で周辺海域の航空偵察任務を行っている龍驤であった。そんな彼女の声色だが、いつもの快活さは鳴りを潜め、どこか戸惑いをにじませている。

 

『偵察に出していた彩雲が、鎮守府に向かって航行する艦娘を一人見つけたんやけど……』

「ん? 別に珍しい物じゃないだろ?」

『どうもその艦娘、アメリカさんみたいなんよ。キミィ、何か知らへん?』

「……アメリカ艦娘?」

 

 日本に到達したアメリカ太平洋艦隊は横須賀に停泊中であり、アメリカ艦娘が本土から近いこの鎮守府まで航行する事は余裕だろう。しかし彼女たちが日本の鎮守府に訪問するとなると、当然の事ながら事前にアポイントが必要になる。

 だが少なくとも秋山の記憶には、アメリカの艦娘がこの鎮守府を訪れると言う連絡は入っていなかった。彼の側で会話内容を聴いていた叢雲にアイコンタクトを取るも、彼女は首を横に振った。

 

『どないする?』

「艦種は分かるか?」

『多分、正規空母や』

「正規空母か……。分かった巡回警備に出している艦隊を向かわせる。一人だけだし変なことはしないだろうけど、監視を続けてくれ」

『了解や』

 

 電話が切られる。秋山は受話器を置くと、叢雲に向き直った。

 

「どう思う?」

「情報が足りなすぎるわね」

 

 叢雲は肩を竦め、続ける。

 

「でも、面倒な事になるのは確実ね」

「やっぱりか」

 

 これから降りかかるであろう災難に、秋山はため息を吐くしかなかった。

 

 

 

 アメリカ太平洋艦隊が横須賀に入港して数週間、急ピッチで進められていた在日米軍の撤収作業はほぼ完了していた。太平洋艦隊は最終チェックが完了した後、アメリカ本国へ向けて出港する予定であった。出港は1週間後。艦隊では半舷上陸が出され、多くの者が日本での最後の休暇を楽しんでいた。

 そんな状況ではあるが、艦隊上層部の様なある程度政治に関わらざるを得ない面々は働いている事も多い。これに該当する人物、艦隊司令官のアーロンの姿は、日本国防衛省のある部屋にあった。

 

「日本による艦隊護衛ですが、やはり大湊地方隊の防衛範囲までが限界の様です」

 

 坂田防衛大臣は手にしていた資料から目を離し、軽く息を吐いた。それにアーロンは疑問を呈する。

 

「ロシアとの防衛協定で千島列島もある程度自由に航行できると聞いたのですが?」

「そちらは問題ないのですが、問題は戦力です。余り日本から離れすぎれば、航空機のカバーが出来なくなります」

「そうですか」

 

 この返答にアーロンは引き下がった。既に太平洋艦隊にとって十分すぎる程の利益を得られているのだ。

 アメリカ太平洋艦隊は本国へ航海において、日本に護衛を依頼していた。往路と同じく幾度もの深海棲艦の襲撃が予想されていたため、少しでも戦力の消耗を抑えたかったのだ。

 この要請に防衛省はやや渋ったものの、最終的に政治的判断により了承した。坂田とアーロンは日本が何処まで太平洋艦隊の護衛に着くかの調節していたのだ。

 その後も詳細を詰めた話し合いが休憩を挟みつつも延々と続き、ようやく終わった頃には日が傾き始めていた。仕事を終えた二人は、そのまま談笑に興じていた。しかし仕事柄なのか、自然と軍に関連する話題が中心となっていた。

 

「そう言えば日本では新規護衛艦の建造が始まったそうですね」

「ええ、ようやくです。まずは数の減った汎用護衛艦を増やしていくことになっています。敵が大規模艦隊で来た場合、どうしても通常兵器が必要になりますからね」

「全くです。失礼な事ではありますが、防衛省のトップが提督ということで通常兵器など不要と言い出さないかと若干不安がありましたが、どうやら杞憂だったようです」

「通常兵器不要論ですか。そう言えば貴国の一部の野党議員から支持されているそうで」

 

 通常兵器不要論は、艦娘の戦闘能力とその力を発揮するための維持費が恐ろしく安い事に目を付けた一部の政府関係者が、主張している物である。

「碌にダメージを与えられない通常兵器に資金を投入するよりも、対深海棲艦に有効な戦力である艦娘に資金を出した方が、政府の負担は小さくなる」

 この主張は国民の一部の層に受けており、野党による政府批判の道具の一つとなっていた。

 

「皮肉にもフリントのお蔭で極論を唱える議員はいなくなりましたが、やはりこの主張は根強いです」

「我が国も似たようなものですよ。ああいう輩は我々が幾ら必要性を説いても、聞き入れるつもりなど最初から無いので大変です」

「お互い苦労していますな」

 

 談笑と言うよりも愚痴に近い会話が、和やかに続けられていた。しかしそのような平和なひと時は、

 

「大変です、提督!」

 

扉を文字通り突き破りかねない勢いで飛び込んできた大淀によって、強制的に中断させられる事となった。

 

「大淀? まだ会談中なので後にしてもらえないですか?」

「それどころではありません、緊急事態です!」

 

 大淀のただならぬ様子に坂田は緊張感を強めた。普段は坂田の秘書として敏腕を振るっている彼女がここまで取り乱すとなると、余程の事件が発生している事を意味する。

 

「席を外しましょうか?」

「いえ、米軍にも関連する事ですので結構です」

 

 アーロンを引き留める大淀に、坂田は思わず顔を歪めそうになる。アメリカの軍上層部の一員をこの場に留めるという事は、間違いなく日米にまたがる重大な問題が発生した事を意味する。その事を察したアーロンも表情を硬くしている。

 

「何があったのですか」

「……横須賀基地からの通信です」

 

 彼女は一拍置くと、特大の爆弾を投下した。

 

「横須賀地方隊所属の複数の鎮守府にアメリカ軍所属艦娘が来航。日本への亡命を求めています」

『……………はぁ!?』

 

 まさかの事態に、男二人は素っ頓狂な声を出す事しか出来なかった。

 




久々に秋山君登場。しばらくは鎮守府シーンと政治家たちが頭を抱えるシーンが同居します。

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