それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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とりあえず、イベントは全て甲での攻略が完了。後は早並堀を残すのみ。


海を征く者たち47話 アメリカの対策

 青年はある日、提督となった。

 突然、光に包まれたと思ったら頭の中に謎の知識を強制的に刻み込まれた上に、目の前にはジョンストンと名乗る少女がいた。この状況に、何処のアニメだと青年はツッコミを入れた。

 

 青年は訳の分からないまま、軍に編入される事になった。

 アメリカ合衆国は提督と化した者たちを軍に編入させた。イギリスからもたらされた映像により、艦娘が深海棲艦に対する強力な戦力となる事が判明したのだ。集められた提督たちの中に、当然青年も含まれていた。

 

 青年は優秀だった。

 提督と化したにも関わらず運動音痴で、ハンバーガーばかり食べる偏食家。そして怠け者という欠点はあるが、幸いな事に青年は作戦の立案や艦娘の指揮に才能があった。提督が行う仕事と彼の才能がマッチしていた。

 

 青年は次々と戦果を挙げた。

 青年はパナマを巡る一連の海戦を始め、様々な戦いに参加し大きな戦果を挙げていた。誰一人として艦娘を轟沈させない様に、彼は細心の注意を払いつつ指揮していた。この指揮方針の為か、彼の艦娘たちはどんどんと強くなっていった。気付けば、ローカルレベルであるものの、青年の名は軍で知られるようになっていた。

 

 青年は艦娘に慕われていた。

 青年の容姿は別にハンサムと言う訳ではない。そして色々と欠点もある。しかしその能力の高さもあり、艦娘にとって概ね満足できる提督であった。またコミュニケーション能力も一般人程度にはあるためなのかは関連性は不明ではあるが、青年は艦娘たちに好かれていた。

 

 青年も艦娘に敬意を表していた。

 深海棲艦という強大な敵と戦う艦娘たちに、青年は敬意を持って接していた。また青年は艦娘へ、家族愛にも似た愛情も持っていた。アメリカの世論や一部の提督には、艦娘を危険視する動きがあったが、青年は全く気にしなかった。

 

 青年は艦娘を助けたかった。

 アメリカの戦況の悪化、一部宗教団体の声、政権批判を逃れたかった政府、その他諸々。原因は幾つもあるだろうが、アメリカにおける艦娘の環境はかなり悪かった。多くの国民に正体不明な存在として恐れ差別され、一部の者からは直ぐに補充できる便利な兵器として見られ、更に基本的な人権すらない。アメリカでは戦況の悪化の事もあり、無茶な攻撃命令により多くの艦娘が沈み、そして補充のために次々と建造されていた。

 この様な状況に本来怠け者な青年も動かざるを得なかった。彼はアーロン中将を始めとした艦娘に理解がある軍人や提督たちと合流し、何とか艦娘たちの待遇を改善させようと様々な努力をしていた。

 

 青年は絶望した。

 しかしその努力は実を結ばなかった。アメリカ国民は艦娘に恐怖を抱いていたし、現場では相変わらず無茶な命令が飛び交っていた。説得に行った青年の家族ですら、彼の言葉に耳を貸さなかった。

 

 青年は海を渡った。

 ある日、青年は任務で大西洋艦隊と共に欧州に渡った。道中では幾度も戦闘が行われ、時には特攻紛いの命令すら出た。それでも青年は必死に指揮し、時には乗艦して前線に赴き、何とか艦娘を一人も沈める事なく欧州に辿り着いた。

 

 青年は驚愕した。

 何とか辿り着いた欧州では、艦娘を巡る環境がアメリカと全く異なっていた。否定的な意見もあるものの、国民は概ね艦娘という存在を受け入れていたし、何より艦娘に人間と変わらない人権があった。

 

 青年は悩んだ。

 青年は欧州が羨ましかった。本国では様々な要因のために、改善の兆しが見えていない。もしかしたら改善するかもしれないが、時間が掛かる事は確実だった。

 本国に戻る日が近づいて来たある日、日本で艦娘の亡命騒ぎが起こった。この時、青年の頭の中に「亡命」という選択肢が生じた。今回の往路では何とか一人も轟沈する事は無かったが、復路でも上手く行くとは思えない。また無事に帰れたとしても、本国で無理な命令を受けるのは確実で、いつか誰かが沈むのは確実だった。しかし青年にとって「亡命」という行動は取りずらい物であった。どうなるか予測がつかないのだ。

 

 青年は聞いた。

 悩んでいた青年は、食堂で艦娘たちが集まっているのを見つけた。その雰囲気は暗かった。アメリカに帰る日が近づいているのだ。欧州の環境に慣れ始めていた彼女たちにとって、歓迎した物ではないのは当然だった。

 通り過ぎようとした青年だったが、その中に良く知る顔を見つけた。彼の初期艦であるジョンストンだった。いつも元気な彼女だが、今にも泣きそうな顔でいた。そして青年に彼女の呟きが耳に届いた。「沈みたくない」と。

 

 青年は決意した。

 彼女の言葉を聞いた青年は、悩む事をやめた。自分の艦娘たちを守る事を最優先にする事にしたのだ。既に青年にアメリカへの愛国心は薄れていたし、家族も艦娘への考え方の違いにより決別していた。亡命先で予測がつかない事が不安ではあるが、自身の強力な戦力を売り込めばある程度の待遇は得る事が出来ると、あえてポジティブに考える事にした。

 彼の亡命の決意に、艦娘たちは全員賛成した。自分たちは提督にどこまでも付いていくと笑って宣言した。

 

 青年は宣言した。

 青年と艦娘たちは、大西洋艦隊が駐留している基地から様々な理由を付けて抜け出した。日本の件もあり警戒は強かったが、青年が必死に頭脳を働かせたお蔭か、全員が脱出する事に成功した。青年たちはそのまま近くのイギリス政府機関に向かった。突然の提督と艦娘の来訪に驚く政府関係者たちに青年は堂々と宣言した。

「私たちはイギリスへの亡命を希望する」

 

 

 

 アメリカのホワイトハウスのある会議室。アメリカの重要ポストに着く面々が招集されていた。その誰もが資料を手に、苦々し気に顔を顰めている。

 

「太平洋艦隊に続いて、大西洋艦隊でも脱走か……」

「それも提督主導での亡命だ。これはいくら何でもマズイ」

「提督たちはどうなっている?」

「やはりと言うか、動揺が広がっている。特に大西洋艦隊が酷いらしい」

「でしょうな」

 

 閣僚たちはある者はため息を吐きつつ、ある者は諦めたように天を仰いでと、誰もが憂鬱気に状況の確認を進めていた。特に酷いのは国防長官のマーシャルだ。顔色が青を通り越して白くなっており、いつ倒れてもおかしくなかった。そんな中、アメリカのトップであるクーリッジ大統領はバーダー国務長官に向き直った。

 

「バーダー国務長官。亡命した提督からの声明は出ているか?」

「日本の件と同じく我が国の艦娘への扱いについての批判が中心です。ただ今回は軍への批判も出ています」

「我が国の艦娘関連の環境に問題がある事は理解していたつもりだったが……どうやら、我々の認識が甘かったようだ」

 

 この状況にクーリッジ大統領はため息を吐くしかなかった。

 アメリカ合衆国の周辺には深海棲艦の拠点が多く存在する。特に大きいのは南太平洋のイースター島沖に始まり、北太平洋のハワイ諸島、大西洋のアゾレス諸島、そして中米のパナマだ。アメリカはそれらの敵拠点からの散発的な攻撃に常にさらされていた。いくら提督数及び一提督が持てる艦娘戦力が世界一であるアメリカであっても、この攻勢を容易にさばけるものではなかった。この状況を打破するため、若しくは一時的にでも凌ぐために、現場では無茶な出撃を強要する事例が多発していた。

 

「……将校の中には艦娘を『容易に補充できる戦力』と見る者も多くいます。この事が今回の亡命の一因となっております」

 

 マーシャルの言葉は事実だった。戦場で艦娘共に戦う者たちにとっては彼女たちを頼れる戦友と捉える者もそれなりにいる。だが指揮官クラスとなると、艦娘の建造における利便性に目を向ける者が多い。

 建造コストも安く、長くても半日も掛からずに強力な戦力を得る事が出来る上に、建造されたばかりでもそれなりの戦闘技能を有している。戦況の悪化により損耗が激しいアメリカ軍にとって、損失しても直ぐに戦力を補充できる艦娘はとても便利な存在なのだ。

 この認識だけでも艦娘に不満を募らせるのに十分だった。だが、今年に入り彼女たちの怒りを買うような命令が出される様になっていた。

 

「また一部の将校により轟沈を前提とした攻撃命令が出ているようです」

「……スエズの件が我が国まで響くとはな」

 

 スエズを巡る最後の戦いにおいて、友軍の脱出を支援するために特攻していった艦娘たちの姿に欧州の人々は心を打たれた。勿論実態は違うものの、この特攻が欧州の民衆における艦娘への心象を良くした事は事実であった。

 だがアメリカの場合は違った。国民は遠く離れた出来事という事で他人事だったのだ。代わりにこの特攻に目を付けたのが一部の軍将校だった。彼らはスエズでの戦果に注目し、自国での再現を狙い轟沈前提の攻撃命令を出す事となる。当然の事ながら艦娘及びマトモな提督からかなりの不満が出ており、士気はかなり低かった。

 

「……さて、亡命の原因が分かった所で、だ。我々はどうするべきだと思う?」

 

 本来であれば両国に亡命者の返還のために圧力を掛ける所なのだろうが、この世界は深海棲艦によって分断されている。返還させるにしても、大規模艦隊を派遣させる必要があるため、このまま本国へ帰国させるのは現実的ではなかった。クーリッジの言葉に反応したのは、バーダーだった。

 

「表向きですが在外米軍とすることは出来ないでしょうか。これなら国内向け限定ですが面子が保てるかもしれません」

 

 艦娘だけでなく、提督からも亡命者を出したことにより、アメリカの国としての対外的な面子は潰れていた。そのため国内への被害だけでも、最小限に留めておきたかった。しかし、その案にスチュアート内務長官は頭を振った。

 

「亡命の件は既にアメリカ国内でも報道されている。今更在外米軍として仕立て上げる等、無理があるぞ」

 

 日本とイギリスで起きた亡命劇は、両国でセンセーショナルを巻き起こしていた。当然全世界に大々的に報道されており、亡命事件はアメリカ国内でも認知されていた。

 

「分かっています。ですので返還交渉自体は続け、返還成立後に現地の在外米軍としての地位を与えます。これならば問題は無いかと」

「あの二国に何かしらの対価を要求されそうな案だな」

「そこは国務省が受け持ちましょう。お任せ下さい」

「……分かった。頼むぞ」

 

 こうして、亡命者へのアメリカの方針は決まった。だが問題はまだ残っている。今回の亡命騒ぎで表に出てきた問題に対応する必要があった。

 

「マーシャル国防長官。軍の方はどうなっている?」

「現在パナマ奪還の準備を進めており、通常兵器群の方は順調に拡大中です。また在外米軍が帰還すれば、かなりの戦力となるでしょう」

 

 アメリカの通常兵器を操る軍人たちは、近く行われるパナマ奪還に気炎を上げていた。特に対フリントの要となる空軍での士気は特に高い物となっていた。

 

「通常部隊は問題ない、と。そうなるとやはり艦娘の方か」

「はい。規模はともかく、やはり士気の低さに問題があります。また軍への不満も高まっており、早急に対策が必要です」

 

 今回の亡命騒ぎにより、国内に残っている提督や艦娘にも動揺が広がっていた。これまでの対応の不味さもあり、後ひと押しあれば暴発しかねないレベルにあった。

 

「対策は?」

「問題のある将校への再教育若しくは更迭。後は轟沈前提の作戦の禁止を行う予定です」

「亡命した提督が言っていた様な、無茶な攻撃命令についてはどうする?」

「……戦術、戦略的に必要となる事もあるため、全面禁止する事は困難かと」

 

 多方面から散発的に攻勢を掛けられている現状、どうしても現場に無理を強いる命令が出るのは、ある種仕方のない事であった。勿論不要なレベルの攻撃命令は禁止する事になるのだが。

 

「また艦娘の士気の低さですが、軍だけが原因ではありません。そちらも解決する必要があります」

「分かっている。その事についてだが一つ提案がある」

「提案ですか?」

「パナマ奪還作戦の成功後に、大統領令で艦娘へ人権を付与させる事を宣言する」

 

 クーリッジの宣言に、会議室はざわついた。スチュアートは目を細める。

 

「本気か? 国民が煩くなるぞ」

「だが国内の環境をこのままにしておく訳にもいくまい。それに艦娘への成功報酬も必要だ。士気の向上も期待できる」

「ふむ」

 

 彼の言葉に、多くの閣僚たちが納得したように頷いた。

 だが仮に、この場に日本にいるアーロン司令官を始めとした艦娘に理解を示す者たちが居れば、大統領の言葉に冷笑するだろう。

 日本やイギリスを始めとした艦娘保有国ではごく当たり前な物として艦娘が得ている人権を、アメリカがさも貴重な物として与えようとした所で、艦娘たちが有り難がるはずもない。また権利だけ与えられた所で、アメリカ国民の艦娘への意識が変わらない限り、何も変わる事は無い。ただ相変わらず差別の対象となるだけだった。

 そんなもしもを余所に、会議は進んで行く。

 

「だが議会はどうする? 変な法律を作られたら意味がないぞ。そうなれば艦娘が暴発しかねん」

 

 大統領令は議会の承認を得る事無く行政権を行使できるが、万能ではない。連邦最高裁判所に違憲判決を出されたり、連邦議会が反対する法律を作られれば、無効とされてしまう。連邦最高裁判所は何とかなるとしても、反艦娘の牙城と化している連邦議会が難物だった。

 

「艦娘のウィークポイントである提督をあらゆる手段を持って抑える事を提案する。仮に艦娘がよくあるSFの様に我々に反乱した所で、提督が我々の手にあれば対応は可能だ。……勿論これは国家機密になるだろうがね」

 

 艦娘は第二次世界大戦時の軍艦と同等の能力を有した強力な存在だが、艦娘は基本的に提督に従う物であるし、「提督が死亡した場合、配下の艦娘は3日以内に消滅する」という特性がある。そのためアメリカ政府としては、提督を配下に収めていれば――あるいは殺害すれば、反航する艦娘を無力化出来ると考えていた。そのためにも提督を政府側に就かせる必要があるが、クーリッジは買収や脅迫等々、全ての手段を使うつもりでいた。これならば、議会も食いつく可能性は高かった。

 

「成る程」

 

 彼の案に閣僚の多くが賛同を示した。それを確認するとクーリッジは満足げに頷く。

 

「では、皆仕事に移ってくれ」

 

 こうしてアメリカも動き出す事となる。

 しかし彼らは気付くことが出来なかった。会議室の隅。そこに常人では見えない存在である妖精が彼らの会議を全て記録していた事を――彼らは知らなかった。

 




 実は本編の前半部分を書き終えて次の日に、ジョンストンがドロップしました。書けば出るってジンクスは文章でも適用されるらしい。

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