それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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とりあえず、アメリカ艦亡命騒動は今回で一段落です。後は一回短い話を挟んで、再度アメリカの判定です!(何の判定化はあえて語らない)

それはそうと今回のダイスロール。
日本鎮守府ブラック度:18
鎮守府のやらかし具合:63
アメリカ艦隊帰還時の大規模襲撃:51 これは襲撃なし。
???:88 


海を征く者たち48話 内部調査

 日本での艦娘亡命事件から1週間後。アメリカ太平洋艦隊は横須賀基地を出港した。艦隊は在日米軍に配備されていた兵器、機材、そして人員を満載した多数の輸送艦を、原子力空母、イージス駆逐艦、そして多数の艦娘が護衛している。

 そんな強大な艦隊であるが、その陣容は日本来航時と比較して大きな違いがあった。少しでも軍事の知識を有している者が見れば首を傾げるか、もしくは興奮するだろう。

太平洋艦隊の外縁、艦娘部隊が配備されるポジションであるが、本来ならそこにいるはずのアメリカの艦娘がいなかった。代わりに随伴しているのは、日本の艦娘たちである。これは空も同様であり、日本の空母艦娘が発艦させた航空隊だけでなく、F-15J改やF-2すらその姿を見せていた。

 自衛隊によるアメリカ太平洋艦隊の護衛。深海棲艦の支配海域での長期間の航海を強いられる太平洋艦隊の損耗を少しでも抑えるために、太平洋艦隊が日本政府に要請したのである。自衛隊が護衛できる範囲は精々排他的経済水域までではあるが、太平洋艦隊にとってはそれでもありがたい物であった。

 そんな日米共同による華々しい光景が繰り広げられている裏側。首相官邸のある会議室で、日本の閣僚たちが一堂に会していた。

 

「提督の艦娘に対する迫害行動はほぼ見られないか……」

 

 防衛省から提出された資料を読み終えた真鍋首相は、安堵したように一つ息を吐いた。

 日本で起こった艦娘の亡命事件。彼女たちが亡命を決意した直接の原因が、提督による艦娘への迫害である事が判明した時、防衛省は大慌てで各地の鎮守府への調査を開始した。仮にこのような事態が日本でも起こっていれば、最悪の場合日本の防衛網に大きな穴が空きかねないのだ。

 そして一週間に渡る調査の末にもたらされ、その結果、殆どの鎮守府においても提督と艦娘の関係は概ね良好であると結論付けられていた。この報告に閣僚たちが安心するのは当然であった。

 しかしそんな閣僚たちの中で、一人浮かない表情の人物がいた。日本の防衛を担っている防衛省のトップ、坂田防衛大臣だ。

 

「しかし全員という訳ではありませんでした。極々少数だけではありましたが、艦娘が提督に嫌悪感を持っている鎮守府も存在します」

「原因は?」

「提督による艦娘への嫌悪感、無茶な命令の頻発、艦娘へのパワハラ。原因は鎮守府によって様々でした」

 

 付喪神信仰があったため、艦娘を受け入れやすい下地がある日本とは言え、個々人の思想は様々だ。当然の事ながら突然現れた艦娘に不信感を持つ者もいれば、艦娘を利用し社会的地位を得ようとする者もいる。そもそも日本全国には500以上の鎮守府があるのだ。問題がある鎮守府が出てくるのも、ある意味当然の事であたった。

 とはいえ、これを放置しておく訳には行かない。

 

「改善案は?」

「該当する提督への注意喚起及び再教育ですね。また、しばらくは監視を付ける予定です」

 

 坂田はこの場では口にしていないが、改善が無い場合は艦娘たちに提督からの離脱を促す事も考えていた。艦娘たちを他の提督の下に所属させ、強制的に提督で無くすのだ。こう言っては変な話であるが、提督という物はある意味で補充が効く存在だ。場合によっては、害悪な提督をいつまでものさばらせるよりも新たな提督と交代した方が、結果的に日本の防衛にとって良い可能性もあった。

 

「更に今回の調査で、少々問題がある鎮守府も見つかっています」

「と、いうと?」

「不正行為を行った疑惑がある鎮守府が幾つかありました」

「不正行為? 内容は?」

「主に不正経理、水増し請求、虚偽申告と言った所でしょうか」

 

 これにはこの場にいる者たちが、全員微妙な表情になってしまう。

 深海棲艦出現以来、日本では国防費にかなりの額が使われている。これは維持費が既存兵器よりも安いとされている艦娘が出現してからも変わらない。提督及び艦娘への人件費、各地に建造した鎮守府の維持費等など、様々な事に資金が必要であった。多くの鎮守府では資金が正常に使われているのだが、その陰で官僚的な不正に手を出す輩もいた。

 

「何とも……官僚や我々政治家の様な事をしていますな」

「軍も官僚組織だ。ある意味当然の帰結だな。最も、ちょっとした調査で発覚する程度では、彼らもまだまだの様だがね」

 

 江口経済産業大臣が苦笑し、天野外務大臣が肩を竦める。何せ全国に鎮守府が展開してから、まだ1年も経っていないのだ。組織形態も未だ手探り状態であるため、このような不具合が発生しているのもある意味で当然の事であった。

 

「それで、防衛省としての対策は?」

「現在、鎮守府に関連する業務形態の見直しを行っています。また定期的に各鎮守府への監査も行っていく予定です」

「鎮守府については防衛省に任せる。頼むぞ」

「かしこまりました」

 

 坂田は頷いた。それを確認すると真鍋は全員に向き直る。

 

「後は国民の艦娘への感情も、随時気に掛けておく必要がある。現在は問題ないが、後々に艦娘に対する見方が変化する可能性もある十分注意して欲しい」

 

 その言葉に、全員が気を引き締めた。国民の艦娘への悪感情によってどうなるかは、今回の亡命の件でよく理解したのだ。日本としてもアメリカの二の舞は御免被る。日本政府は各種メディアを駆使し、現状を維持していくつもりであった。

 こうして日本の大まかな方針は決まり、そして動き出していった。

 

 

 

 アメリカ太平洋艦隊が出港したその日の夜。提督と艦娘たちが寝静まった伊豆諸島鎮守府で、二人の艦娘が長く続く階段を下っていた。

 

「こんな場所があるなんて」

 

 一人は一週間前よりこの鎮守府に滞在し、本人の希望もあり本日正式に伊豆諸島鎮守府に配属される事になったサラトガだ。彼女はキョロキョロと見渡しつつも、先導者の跡を付いていく。

 

「ここは早々外部の人に見せる様な物じゃないしね」

 

 先導者である叢雲は肩を竦めた。彼女はわき目も降らず、まっすぐと目的地へと進んでいく。

 

「それにしても厳重過ぎるのでは?」

 

 精巧にカモフラージュされた階段の入り口を思い出しながら、サラトガは眉をひそめた。

 

「理由は直ぐに分かるわ。――っと着いたわね」

 

 階段を下りきった二人の目の前に、金属で出来た如何にも頑丈そうな扉が鎮座していた。叢雲は扉の脇に施されている機械に懐から取り出したカードキーをかざし、更にダイヤルに暗証番号を入力する。すると電子音と共に、扉から錠が外れる音が響いた。

 叢雲は取っ手を握ると体重を掛けながら引っ張った。ゴゴゴっと重量感のある音と共に扉が開いていく。サラトガは扉の先に広がる光景を目にし――彼女は首を傾げた。

 

「……倉庫の様な、洞窟の様な?」

「現状では間違ってはいないわね」

 

 サラトガの反応に、叢雲は思わず苦笑いしつつも否定はしなかった。二人の目の前には工具や木箱が乱雑に置かれており、更に土の壁見え隠れしている空間が広がっているだけなのだ。そう取られても仕方がないし、現在この空間は倉庫代わりに使われている。

 

「まだまだ建造途中だけど、最終的に地下シェルターになる予定よ」

「地下シェルター? 鎮守府に元々ある物では駄目なのかしら?」

 

 彼女が疑問に感じるのも当然だ。既に鎮守府には深海棲艦襲撃への備えとして、シェルターを兼ねた地下戦闘指揮所があるのだ。わざわざ秘密裏にこんなものを作る必要はないはずだった。

 しかし叢雲は肩を竦めた。

 

「鎮守府の全ての人が収容可能で、核攻撃にも対応。戦闘指揮所は当然として入渠施設及び建造施設、更には娯楽施設もある。食料に関しては備蓄と同時に、穀物及び野菜の工場生産施設を導入し可能な限り自給を目指す。資源も同様で、少なくとも3年は無補給でも行動可能。私たちが作ろうとしているのは、そんな代物よ」

「ええ……」

 

 叢雲の答えに、サラトガは絶句するしかなかった。シェルター所ではない。彼女たちは地下にもう一つ鎮守府を建造しようとしているのだ。妖精が建造するとは言え、地下に作るとなると時間も掛かるし、必要となる資源も膨大な物となるだろう。

 

「そんな施設を作るなんて、凄いですね」

 

 シェルターの予定地を見回すサラトガ。所々に妖精たちが作業している姿が確認出来る。だが、同時に違和感を感じ取った。

 

「妖精さんが少ないような……」

「それ? シェルター建造に使える資源が少ないのよ。だから作業する妖精さんも少ししか出して無いわ」

「え?」

 

 あり得ない話だった。叢雲の話が本当であれば、シェルターの建造は伊豆諸島鎮守府の一大プロジェクトクラスだ。出せる資源が少ないのはおかしい。

 

「あの……。資源は鎮守府から出るんじゃ?」

 

サラトガは膨れ上がる不安を抑えつつ、恐る恐る尋ねた。そんな彼女に、叢雲はあっけらかんと答える。

 

「そんな訳ないじゃない」

「……え?」

 

 思わぬ返答に、サラトガの思考が停止し掛ける。「資源が鎮守府から出ていない」=「政府からの承認を受けていない」も同然なのだ。明らかな違法行為である。そんな彼女を余所に叢雲は続けた。

 

「鎮守府の資源は記録されているわ。収入は本土からの補給と補給艦狩り、支出は主に出撃ね。でも抜け道もある」

「……それは?」

「深海棲艦の残骸から回収できた資源よ。補給艦程ではないとは言え、ある程度の量は得られる。これを秘密裏に回収してシェルター用の資源に使っているわ」

「政府機関に見つかるんじゃ……」

「何日か前に監査官が来たけど大丈夫だったわ。資源の管理については鎮守府の責任者に殆ど一任しているみたいね」

 

 伊豆諸島鎮守府でも当然の如く監査の対象となり監査官が訪問していたのだが、彼らは『資金』の流れについては厳重にチェックしていたのだが、『資源』についてはそこまでではなかった。これは提督で無い者が資源管理を始めとした各種鎮守府運営に口を出すと、運営に支障をきたす可能性もある為だった。とは言えこれも無制限と言う訳ではない。施設の建造と言った多量の資源――艦娘用の資源でも効率は悪いが施設の建造は可能なのだ――が必要となる場合は、防衛省の許可が要るのだが。

 

「……正気ですか?」

 

 絞り出すように呻くサラトガ。そんな彼女に叢雲は笑う。

 

「当然正気よ。私たちは『最悪の事態』を想定して、このシェルターを建造しているわ」

「最悪の事態? この鎮守府が孤立する事ですか?」

 

 伊豆諸島鎮守府は、孤島にある鎮守府である。鎮守府の運用には本土からの各種物資が必要となって来るが、深海棲艦に攻勢を受け、孤立する可能性は十分にあり得た。だが叢雲は頭を振るう。

 

「その程度ならこんな事をする必要はないわね」

 

 孤島とはいえ、この鎮守府は本土から100㎞程度しか離れていないのだ。孤立化した場合でも救援は直ぐに来るであろうし、最悪この鎮守府のメンバーのみで脱出も出来るだろう。政府から徹底抗戦を命じられた場合であれば納得出来る規模だが、それならば態々秘密裏に作る必要など無い。

 

「では何を想定しているのですか?」

 

 その問いに叢雲は目を細め、そして口を開いた。

 

「……日本が私たち艦娘の敵となった場合に備えているのよ」

「……は?」

 

 予想もしていなかった答えに唖然とするサラトガ。彼女は半ば思考が纏まらない状態で反論する。

 

「そんな……。日本は艦娘を受け入れているわ」

「そうね。それは全くその通りだわ」

 

 サラトガの反論に素直に頷く叢雲。現在の日本では公民共に艦娘との関係は十分に良好と言える状態なのだ。しかしそれは飽くまで『現在』に限定しての事であった。

 

「私たちが危惧しているのは将来よ」

「将来?」

「日本は艦娘を受け入れたわ。でもこの状況がいつまでも続くとは限らない。最悪の場合、日本と敵対する事になる可能性も捨てきれないわ」

 

 この叢雲の考えは、日本の国民からすれば考え過ぎだ、と笑ってしまうようなものではあるが、残念な事に日本の艦娘の間ではスタンダードな思考であった。確かに日本政府の努力は実を結び、その実績により艦娘からの『信用』はそれなりに得る事が出来た。だが艦娘は日本、正確には国家に対して、自身の将来を委ねる行為である『信頼』を完全には出来なかった。アメリカの惨状が知られてからは、その考えはより強固な物となっていた。

 

「勿論そんな事態になれば逃げ出す事になるけど、海外に逃亡するにしても準備期間が要るし、潜伏場所も必要になるかもしれないわ」

「その潜伏場所が、このシェルター……」

「その通りよ。ま、当面は大丈夫そうだけどね。このシェルターは飽くまで保険よ」

「……提督はこのシェルターの事を?」

「当然知っているわ」

「……」

 

 当初は艦娘たちのみで行われていたシェルター建造計画だったが、直ぐに秋山に知られる事となった。秋山としては彼女たちの行動はやり過ぎであると考えているのだが、彼女たちの話もある程度理解は出来る事、シェルター自体は緊急時に有用である事、そしてシェルターを建造する事により艦娘たちが問題を解決出来たという安心感と満足感を得られる事を理由に、事後承諾の形で承認していた。最も秋山公認とはいえ、鎮守府の資源を大々的に使える訳ではなかったのだが。

 黙り込むサラトガを眺めつつ、叢雲はクスクスと笑いながら問いかける。

 

「さて、サラトガさん。これを見てどうするのかしら?」

「どうする、とは?」

「このままこの鎮守府に居ても良い。今見た事を通報して他の鎮守府に逃げても良い。どうしたいのかは、あなたの自由よ」

 

 自由。その言葉にサラトガは叢雲の意図を察した。サラトガの今後を決定づける選択肢を突き付けているのだ。

 暫しの沈黙が二人を支配する。そして先に口を開いたのはサラトガだった。

 

「一つだけ確認してもよろしいですか?」

「ええ」

 

 重要な選択肢。それを見極めるために、彼女は質問を投げかける。

 

「このシェルターの建造は提督の為を思っての事ですか?」

「当然。国家と艦娘が対立した場合、司令官は確実に艦娘側として巻き込まれるわ。このシェルターなら艦娘は勿論、提督を守る事が出来るわ」

 

 即座に問いかけに答える叢雲。それにサラトガは頷き、そして笑顔を見せた。

 

「面白い物を見せてもらってありがとう。明日も早いのでしょう? 早く帰りましょう」

「……そうね」

 

 サラトガはこの鎮守府に残る事を暗に示し、それを察した叢雲も素直に頷いた。

 シェルターの扉を閉め、階段を昇っていく二人。先を行くサラトガに、叢雲は問いかける。

 

「ねえサラトガさん。なんでここに残ろうと思ったの?」

「あら、そんな事?」

 

 彼女は振り向くと、笑顔を浮かべる。

 

「折角良い鎮守府に来たのだし、艦娘の本能に正直になろうと思ったからですよ」

 




???は「将来の日本と艦娘の対立への備え」が日本艦娘的に、どの位メジャーなのか。高い場合、警戒して各地で秘密裏に準備をしている。
で、このダイスが88。多分、どこの鎮守府でも大なり小なり備えていそうです。

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