それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回、テロについて色々調べましたけど、やっぱりテロってかなり厄介ですね。


海を征く者たち50話 テロ計画

 深海棲艦教は現状、消滅の窮地にあった。2017年5月以来、信者数が加速度的に減少しているのだ。

 原因は分かり切っている。艦娘のせいだ。あの太平洋戦争時の軍艦の化身は深海棲艦を撃破しうる能力を有している。この能力に多くの民衆が期待したためだ。

勿論深海棲艦教にとって、艦娘など敵でしかない。深海棲艦は神が遣わした使徒なのだ。その使徒を打ち倒す艦娘など、悪魔と同等なのだ。だからこそ当時の教主は声高に言い放っていた。

 

「艦娘こそ悪魔の化身であり、あの存在を受け入れれば人類はより堕落した種族と化す。悪魔は排除しなければならない」

 

 この宣言は全くの正論であり、誰もが頷く物であるはずだった。この宣言により動揺した信者たちは落ち着くはずだ。当時の信心深い信者は誰もが確信していた。

 しかし現実は違った。信者たちはどんどんと減っていくし、新たな入信希望者もほぼゼロに近い物だった。教団もこの事態に手を拱いていたわけではない。勧誘活動は当然の事、自衛隊基地の前でのデモをして教団をアピールするなど、様々な努力を行ってきた。だが、必死の努力も空しく、深海棲艦教の規模は急速に縮小していった。

 そうなって来ると教団の崩壊は早かった。教団幹部は責任の押し付け合いを行い始め碌な議論を行わなかったし、教主も当てにならなかった。最終的に深海棲艦教の教団がいくつかの小規模団体に分かれてしまったのも、当然の事であったのだろう。

 

 そんな小規模団体の一つである海底会だが、構成する者たちは熱心な信者だった。例え死が目の前に迫っていても、教えを捨てたりはしない者たちばかりだ。相変わらず信者は増えなかったが教えを捨てる者もいないため、組織として存続できていた。

 とはいえ、彼らとしても現状に甘んじるつもりはない。海底会には「人類に深海棲艦による裁きを受けさせる」という崇高な使命を掲げているのだ。しかし現状ではそれは不可能だった。

 そのためにはどうすれば良いのか。信者たちが幾度も議論を重ねた結果、ある答えが導き出された。深海棲艦の敵である艦娘に関連する情報の収集だ。

 

「彼を知り己を知れば百戦殆からず。艦娘だって無敵じゃないはずだ。弱点を探そう」

 

 艦娘の弱点を見つけ出し、そこを突いて艦娘を排除する事が出来れば、彼らの悲願は達成されたも同然なのだ。だからこそ、この海底会の代表の言葉に誰もが頷いた。

 こうして始まった情報収集だが、地道な作業が続いた。政府が発表する艦娘に関する情報は勿論の事、各種新聞の切り出し、時には街に繰り出す艦娘の尾行すら行ってきた。一部の信者からは、「これに何の意味がある」と涙を流し心が折れそうになる者もいたが、そんな時は全員で励まし合っていた。

 

 そんな日々が続いていたが、2017年3月、ある事件が世間を賑わせた。アメリカ艦娘亡命事件だ。サミュエル・B・ロバーツへのインタビューで暴露されたアメリカでの艦娘の環境に、多くの日本国民が驚愕し彼女たちに同情的になったのだが、海底会ではある点に注目した。アメリカ政府による艦娘への政策だ。

 

「その手があったか」

 

 アメリカでの艦娘を巡る状況はかなり悪い。国民の多くから異端と見られ、差別され、そして人権も無い。やろうと思えば艦娘を追い出す事も可能なのだ。アメリカは海底会が目指す環境に近かった。だからこそこのような意見が出るまで、そう時間は掛からなかった。

 

「国家による艦娘の排除も可能ではないのか?」

 

 これまで海底会は艦娘自体を撃破する方法を主眼に据えていた。だがこの方法では全ての艦娘を排除するのに多大な労力が必要となるため、現実的ではなかった。しかしアメリカの様に世論が反艦娘に固まれば、全艦娘の排除も夢ではないのだ。

 こうして海底会は総力を挙げてアメリカの艦娘を巡る環境について調べ始めた。幸いな事に亡命事件はマスコミによりセンセーショナルに取り上げられており、アメリカの情報を調べるのに苦労は無かった。

 アメリカで艦娘の待遇が悪い理由は、幾つか上げられた。戦況の悪化、パナマ陥落時の艦娘へのバッシングに対するアメリカ政府の非介入、そしてフランケンシュタイン・コンプレックス。理由は様々だ。

 ここで海底会が注目したのは「パナマ陥落時の艦娘へのバッシングに対する、アメリカ政府の非介入」だ。各種報道でも解説されていたが、ある程度艦娘について理解していれば、このようなバッシングには介入するはずである。これはアメリカの政治組織の中に提督を始めとした艦娘の知識を有した人物が居なかった事に起因しているという。

状況が似ているにも関わらず、艦娘の環境がアメリカと対照的なイギリスが良い例だ。イギリスもキリスト教圏故にフランケンシュタイン・コンプレックスを持つ国民も多いし、スエズが陥落したため戦況も悪い。それにも関わらず艦娘は日本と同等の地位にある要因は、イギリスでは艦娘に関する政策の決定の際に、艦娘研究機関――正確にはそのトップの意見が取り入れられている為であった。

 海底会はこの事実を重視し、そしてある結論に至る。

 

「防衛大臣が邪魔だ」

 

 日本における対艦娘政策の立案において、中心となっているのは自身も提督である坂田防衛大臣だ。何らかの手段で彼を排除出来れば、今後日本政府による艦娘への対応に混乱が生じるのは確実だ。勿論直ぐに誰かが後釜が着くだろうが、以前と同様とはいかないだろう。なにせ艦娘が出現してから1年しか経過していないのだ。提督並に艦娘に詳しい専門家はいない。運が良ければアメリカと同じような状況となる可能性すらあり得る。海底会の掲げる大目的を達成するためにも、何としてでも坂田防衛大臣を排除しなければならなかった。

 こうして「坂田防衛大臣の排除」という目標を立てた海底会。だがこの目標は、正攻法ではかなり困難だった。なにせ相手は日本政府の最重要人物の一人であり、功績も十分有している。そう簡単に大臣職から辞任に追い込むことは出来ない。スキャンダルを捏造する手もあるが、野党は乗って来るかもしれないが政府や与党が坂田を辞任させる事は無いだろう。

 そのため坂田の排除には違法な手段を取らざるを得な事となる。つまり暗殺だ。これならば成功すれば確実に排除が出来るだろう。しかし生憎と海底会には準備のための人員も資金も無い。

 そこでコンタクトを取ったのが左翼団体だった。元々彼らは太平洋戦争時の遺物である艦娘には嫌悪感を持っていたし、先の過激派の一斉摘発の余波によりその勢力を減衰させている左翼団体にとって日本政府は憎悪の的である。話に乗って来る可能性は十分あった。

 そして返答は直ぐに来た。

 

「良いだろう。そちらと協力しよう」

 

 左翼団体としても状況を打破、若しくは一矢報いる切っ掛けが欲しかった。今回の話は渡りに船であるし、しかも自分ちは手を下さなくて済むため、断る理由は無かった。勿論左翼団体側も海底会の最終目標は知っているし、それについては全く歓迎していないのだが、一時的な共闘という事で割り切る事にしていた。

 こうして「坂田防衛大臣暗殺計画」はスタートする事となる。

 

 

 

 青葉が坂田防衛大臣の暗殺計画を発見してから2日。都内某所のある会議室で、大淀と足柄は苦虫を噛み潰したように顔を歪めていた。

 

「海底会も中々狂ってるわね」

 

 ため息を吐く足柄に大淀も頷く。二人の前のテーブルには例の左翼団体を調査して得られた資料が所狭しと並べられていた。そしてそのどれもが、坂田大臣を目標とした襲撃計画に関する詳細な資料が記載されている。

 

「燃料を満載したタンクローリーによる自爆攻撃を始めとして、猟銃で武装した信者による無差別攻撃に庁舎への放火ですか」

「しかも攻撃タイミングは、提督の登庁に合わせてよ」

 

 海底会は坂田の殺害及び防衛省庁舎の破壊のために、自身の死すらも前提とした作戦を計画していた。何せ海底会を構成する信者たちは、狂信者と言っても良いレベルだ。艦娘を排除するための布石となるならば、喜んでその命を投げ出すだろう。

 

「例の左翼団体は?」

「襲撃準備のための資金や物資の提供がメインみたい。後は当日に庁舎の前でデモをやって警備の目を逸らすつもりらしいわ」

「デモの許可は?」

「取ってあるみたい」

 

 青葉が調査していた左翼団体の役割は、いわばバックアップだった。これがもし実行犯として要請を受けていたならば流石の彼らも断っただろうが、幸いな事に実際に血を流すのは海底会の信者のみだ。左翼団体にとっては、多少の資金と物資を提供しただけで政府要人の暗殺が出来るため、協力するメリットはあった。勿論、海底会の襲撃後に政府から睨まれては意味がないため、支援については公安に察知されない様に慎重に行われていたのだが――、運の悪い事に艦娘の独自調査により、計画が漏れる事となる。

 

「大淀。仮にこの計画が成功した場合って……」

「色々な所に影響が出るのは間違いないです」

 

 日本の防衛計画に狂いが生じるのは当然の事、艦娘に関する政策にも混乱が生じるのは確実だと大淀は考えていた。勿論、日本の閣僚や官僚、政治家も艦娘の重要性は理解しているため急な方針転換こそ無いだろうが、それでも坂田ほど上手くやれるとも思えなかった。

 

「この襲撃計画が実行された場合ですけど、私たちだけで対応できると思いますか?」

 

 大淀のこの質問に、足柄は腕を組んで唸った。

 

「……大本命の提督の殺害は確実に防げるわ。襲撃された時に提督の脇に控えている艦娘に乗艦すれば問題ないし」

 

 艦娘は艤装を展開していない状態であっても、致命的な攻撃に晒された場合には自動で艤装が展開され攻撃を防ぐようになっている。そのためタンクローリーの爆発程度ならば、損傷こそ負うだろうが、艦娘が轟沈する事は無い。ましてや人間用の携帯火器など効きやしないのだ。だがこれは飽くまでも、提督と艦娘だけである。

 

「だけどどうやっても防衛省の職員や民間人に被害が出るわ」

 

 防衛省庁舎のある防衛省市ヶ谷地区は、その性質上十分厳重な警備が敷かれている。海底会の計画が実行された所で正門の突破が関の山であり、庁舎の破壊など不可能な事は大淀達も良く理解している。だが今回の様に爆発物、あるいはそれに類似した物質を用いた自爆テロを敢行された場合、防衛省の職員や民間人に死傷者が出る事は確実だった。

 

『……』

 

 沈黙が辺りを包み込む。被害を最小限にするのであれば、警察に証拠を付けて通報し、海底会の計画実行前に逮捕するのが確実だ。だがその場合、匿名で通報した時点で、警察や公安はリークした者を探るだろう。通報の際に偽装を行っていても、大淀たちの所まで辿り着く可能性も十分ある。仮に発覚すれば省庁間の政治的トラブルに発展し、坂田の立場が危うくなるのは確実だった。

 大淀は暫し考え込み、そして結論を出した。

 

「……公安にリークしましょう」

 

 その言葉に、足柄は目を細める。

 

「提督にバレる可能性があるけど良いの?」

「背に腹は代えられません。それにテロを起こされた場合、他の過激派にも影響が出るかもしれません。それを考えれば事前に海底会を壊滅させた方が良いでしょう」

「……」

「発覚した場合ですが……、その時になったら考えましょう。最悪私が秘書職を辞めれば収まると思いますし」

「……分かったわ」

 

 こうして大淀たちは、海底会の計画を阻止すべく動き始めた。

 




余談ですが艦娘はソフトターゲットではなく、恐ろしく固い上に大火力を保持しているハードターゲットです。

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