それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回のダイスロール。
オーストラリア危機度:86
去年は上手く逃げられたけど、今年は駄目だったようですね……。


海を征く者たち52話 南半球の困窮

 艦娘の出現は、深海棲艦に圧されていた人類にとって逆転の切り札となりえる存在である。あれだけ苦戦していた深海棲艦を相手に対等以上に渡り合う姿に、多くの人々は希望を見出していた。

 特にアメリカ、イギリス、日本の三国の艦娘戦力は強大であり、どの国も深海棲艦による攻撃から本土を守っているし、日本に至っては深海棲艦に奪われていた土地を奪還する事に成功している。

 そんな艦娘と言う名の希望だが、その恩恵が人類全てに平等に降り注いでいる訳ではない。艦娘が「第二次世界大戦時の艦艇」の化身である以上、国ごとによって得られる恩恵に違いが出るのは当然の事であった。

 

 2018年6月の始め。日本政府の主要閣僚たちは、首相官邸に集結していた。各々が配布された資料を読みふけっているのだが、誰もが渋い顔、と言うよりも困惑した表情を浮かべている。

 

「……オーストラリアか」

「ああ、思わぬ国からのお便りだぞ、首相」

 

 真鍋首相は外務省から提出された書類を手に疲れたように呟き、天野外務大臣は皮肉気に笑うと肩を竦めた。資料にはオーストラリアからの発信された言文が長々と記載されているのだが、要約した場合かなり簡素なものとなる。

 

「現在、我が国は深海棲艦に包囲されており陥落の危機にある。至急救援を乞う」

 

 オーストラリアは南半球において生き残っている数少ない国家の一つだ。立地的に主要国から離れた位置にあり、国際情勢から孤立している彼の国であるが、幸いな事に国土から鉄鉱石や石油を始めとした各種資源が得られるし、食料についても自国民を賄える量の生産も可能なため、国家として存続できていた。また国防に関しても、これまでは幸運な事に深海棲艦からの攻勢を殆ど受けていなかった。勿論攻撃自体はあるのだが、近海で見られる敵は最高でも重巡クラスであり、その数も少ないかった。そのため余り艦娘戦力を持たないオーストラリアであっても、対処できるレベルだった。

 だがその幸運も長くは続かなかった。

 

「この救援要請は、我が国だけに送られて来たのですか?」

「日本だけではないな。アメリカやイギリス、果てにはロシアにも助けを求めている。随分と余裕が無いようだ」

 

 今年の5月に入った頃から、徐々に深海棲艦からの圧力が強まってきていた。戦艦や空母と言った主力艦クラスも出現するようになったのだ。戦艦、空母艦娘を保有していないオーストラリアにとってこの事は大問題であり、現場では敵艦隊に苦戦を強いられる光景が日常茶飯事となりつつあった。

 この事態にオーストラリア政府は、近い内に深海棲艦の攻勢を防ぎきれなくなると判断。致命的な状況に陥る前に、各国からの援軍を求める事とした。

 

「オーストラリア政府は救援の対価として、各種資源の無償提供を示唆している。これだけ聞けば、日本にとって美味い案件だぞ」

「……確かに。話を聞く限り敵も強くはなさそうですので、援軍は少数で十分です。艦娘用装備の新しい販売先にもなりそうですね」

 

 艦娘大国の日本にとって、オーストラリアが抱えている問題など大したものではない。仮にオーストラリアに援軍を出せたのならば、得られる利益は莫大な物となるだろう。最も、

 

「では、援軍を出すかね?」

「まさか。当然反対ですよ」

 

 天野の茶化すような問に、坂田は肩を竦めてはっきりと言い切った。その言葉にこの場にいる誰もが頷く。

 

「いくら対価を積まれた所で、今の東南アジアを突破して救援に行くのは不可能に近いな」

 

 顔をしかめる真鍋。オーストラリアに救援を出すとなれば、当然東南アジアを通る事となるのだが、問題はその東南アジアの突破がほぼ不可能である事だ。何せ現在の東南アジアには生き残っている国はタイだけなのだ。その他の国は既に崩壊しており、現地にはあちらこちらに深海棲艦の拠点が築かれており、最早東南アジアは深海棲艦の領域と言っても過言ではなかった。

 

「仮にだが、オーストラリアに救援を送るとした場合、必要となる要素は?」

「そうですね。東南アジア最大の拠点である南沙諸島拠点の攻略は必須として、他にも各地に点在している敵拠点を攻略していく必要があります。また再奪還されては意味がありませんので、現地に駐留する戦力も必要になります」

「以前の東南アジア進行計画の流用ではいけないのか?」

「あれは東南アジアの資源を得るための、必要最低限の拠点攻略しか考えていません。オーストラリアへ戦力を送るとなれば東南アジアを突破する必要があるので、流用は難しいでしょう」

 

 東南アジア各地の深海棲艦拠点の攻略、攻略後の占領維持、オーストラリアまでの航路の確保。オーストラリアと繋がるだけでも、日本にとって大変な労力を必要とするし、時間も大いに掛かる。少なくともオーストラリアが望むように、すぐさま救援を送る事は不可能だった。

 しかしだからと言って、オーストラリアの要請を安易に拒否する事も難しかった。

 

「防衛省の見解は理解した。……だがここで安易に拒否すると、他国との交渉に悪影響が出る可能性がある」

「そう言えば随分と前に国連決議で可決されたお題目があったな」

 

 深海棲艦が各地で猛威を振るい始めた頃、国連総会において全会一致で可決された議案があった。

 

『全人類の敵である深海棲艦に対し、各国は協力して対処していく物とする』

 

 この決議は具体的な要項の無い曖昧な決議であり、殆ど意味の無い決議ではあるが、『全人類の団結の証』という題目でもあった。アメリカが在外米軍を撤退させたように、既にあって無いような国連議決ではあるが、日本としては一応の外聞は取り繕っておく必要があった。

 

「では仕方ない。『可及的速やかに救援を送る』。これで構わないかね?」

 

 言外に「救援は不可能」と言っているようなものであるが、まさかそのまま素直に言う訳には行かなかない。真鍋も軽くため息を吐いて頷く。

 

「それしかないか」

 

 こうして日本のオーストラリアへの方針は決まる事となった。

 

 

 

 日本がオーストラリアへの回答を用意している時、アメリカでもホワイトハウスで全ての閣僚が集結して会議が執り行われていた。参加者たちは各々用意されていた資料に目を通し、多くの者たちは顔を歪めている。

 

「……南米はそろそろ持たないか」

 

 クーリッジ大統領は国務省から提出された資料を机に置くと、一つため息を吐いた。資料には中南米各国の情報が記載されているのだが、どれも目を覆いたくなるほど酷い物ばかりだった。

 

「寧ろ良く持った方でしょう。何しろ彼らは我が国と違って艦娘戦力を殆ど持っていないのです」

 

 肩を竦めるマーシャル国防長官の言葉は的を射ていた。南米の艦娘保有国は主力艦クラスが殆ど存在しない上、その数も少ない。そんな戦力であるにも関わらず、攻撃の大半をアメリカが引き付けているとは言え、近隣にパナマ拠点やイースター島沖拠点からの攻撃に晒されているのだ。現地の提督と艦娘、そして軍人たちがどれだけ奮戦していたのかが良く分かる。だがそれも長くは続きそうもなかった。

 

「バーダー国務長官。南米は後どれくらい持ちそうだ?」

「長くは無い事は確実です。年を越せれば御の字でしょう」

 

 パナマが深海棲艦の手に墜ちた事により、南米はアメリカとの交易路を寸断された。この事は南米各国に大きな影響を与える事となった。経済は当然の事、経済の低迷に伴い治安も以前よりも悪化しており、崩壊寸前なのだ。そして最悪な事に現状では、自力での立て直しは困難と目されていた。

 

「スチュアート内務長官。国内の資源の採掘状況はどうだ?」

「増産は続けているが、費用が掛かるし必要量に届かない分野も多い。南米からの輸入分を補うには至っていないな」

「……いっその事、崩壊するまで待ってアメリカに併合するか?」

「現状ですら余裕の無い我が国が、南アメリカ大陸を併合だと? 笑えんジョークだ」

 

 スチュアート内務長官は皮肉気に笑うと肩を竦めた。南アメリカ大陸と言う広大な大地、そしてそこに住む数億の人間。深海棲艦との戦いで消耗しているアメリカには、それだけの物を飲み込む力など無い。内部崩壊するのがオチだ。

 

「ともかく、内務省としては出来るだけ早く南米との貿易を再開したい。資源確保もそうだが、経済的にも、だ」

「交易が再開出来れば、昨年以来低迷している景気を回復する切っ掛けにもなるか」

 

 アメリカと南米諸国を結ぶ交易路の回復は、それぞれにとって重要な案件である。そしてそれを達成するためには、中米に居座っている障害物を取り除く必要があった。閣僚たちの視線が、自然とある人物に収集する。

 

「マーシャル国防長官。パナマ奪還作戦はどうなっている?」

「はい」

 

 マーシャルは一つ頷くと、資料を手に立ち上がる。

 

「作戦立案及び部隊の選出は既に完了。現在は各地にて訓練を行っています」

「作戦に参加する戦力は?」

「まず海軍ですが、艦娘をパナマ奪還作戦に約3000隻、そして予備戦力として1000隻の投入を予定しています」

 

 この発表に、閣僚たちはざわついた。一大決戦となる事は予想していたが、アメリカが保有する艦娘の1割近くを投入するとは思っても見なかったのだ。

 

「計4000か。随分と出すな」

「スエズ運河を巡る海戦では、深海棲艦は合計で2000隻以上を繰り出してきた事を換算した結果です。また大型拠点であるパナマに攻め込む関係上、これだけの数は必須と思われます」

「通常艦隊は?」

「太平洋艦隊及び大西洋艦隊を投入予定です。これによりパナマの両洋から攻撃を行う予定です」

「……過剰ではないのか?」

「フリントの事例の様に、深海棲艦が新兵器を繰り出す可能性が捨てきれません。過剰であろうとも、用心に越した事はないかと」

「なるほど」

 

 マーシャルの言葉にクーリッジは頷いた。同時に重要な事を思い出す。

 

「フリント対策としてはどうなっている?」

「作戦参加予定の空母ではF-35への転換訓練が進んでいます。また作戦には空軍のF-22やF-35も参加予定です」

 

 約4000の艦娘に原子力空母を主力とした艦隊を二つ、そして最新鋭戦闘機の投入。アメリカが如何にパナマ奪還を重要視してるのかが良く分かる陣容である。しかし問題も残っている。

 

「今回の作戦において重要となって来るのは、敵に如何に増援を出させないかです。イースター島沖拠点から増援が出されるのは仕方ないとしても、ハワイやアゾレスの拠点から増援が出された場合、作戦が失敗する可能性が高くなります」

 

 これまでの深海棲艦との戦いで、拠点同士が連携を取る事は幾度も確認されている。パナマの攻略中に、他拠点から増援が出される可能性は十二分にあった。だからこそ、

 

「分かっている。バーダー国務長官」

「はい」

 

 人類も深海棲艦に増援を出させない様に連携していく必要がある。

 

「日本、イギリス共に、了解したとの返答が来ています」

「敵を引き付けるための攻撃に出ると?」

「はい」

 

 日本及びイギリスはハワイ諸島及びアゾレス諸島への疑似的な攻勢に出る予定だ。これは両拠点からのパナマへの増援を出させないための囮である。アメリカは二つの拠点が囮に食いついている間に、全力を持ってパナマを奪還するつもりでいるのだ。

 

「ただ両国とも攻勢のための準備が必要との事です」

「期間は?」

「最低でも2か月、との事です」

「作戦実行は8月か。――マーシャル国防長官、作戦準備を頼むぞ」

「了解しました」

 

 こうしてアメリカの乾坤一擲の作戦が動き始める事となる。

 




今後のアメリカのダイス判定ですが、
1、作戦準備期間中に艦娘が扱いにブチ切れるか判定。
2、パナマ奪還の成否判定。(今回はアメリカに固定値を付ける予定です。なお失敗したら……)
3、戦後に再度艦娘の扱いについての判定。

攻勢が始まる――といいなぁ。

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