それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
アメリカのパナマ攻略作戦、その前段階として行われるハワイに居座る深海棲艦の目を引き付けるための疑似的な攻勢作戦。この国家を跨いだ一大作戦を前に、防衛省は準備を進めていた。アメリカとの事前協議で日本がハワイ拠点を引き付ける事は決まっていたため、昨年の硫号作戦の準備の様なデスマーチは回避しているが、それでも必要となる業務が多い事は変わりない。連日、坂田防衛大臣を始め、関係部署では誰もが作戦に向けて忙しく自分たちの業務を進めていた。
そしてこの日も、防衛省庁舎にて、各部署のトップによるハワイ疑似攻勢作戦「布号作戦」に関する会議が執り行われていた。
「自衛艦隊の進捗はどうですか?」
「『布号作戦』には『あしがら』『いかづち』『てるづき』の投入を予定しています。全艦オーバーホールは完了しており、乗員の練度も問題ありません。」
「なるほど。……因みに他の護衛艦の整備状況は?」
「先日『いずも』の整備が完了。これにより『ほうしょう』を除いた全ての護衛艦が作戦行動可能になっています」
「間に合いましたか」
前田海上幕僚長の報告に、坂田防衛大臣はホッとしたように小さく息を吐いた。彼はこれならば仮に布号作戦中に本土が大規模攻勢を受けても、十分な防衛戦闘を行えると判断した。海戦の主役は艦娘ではあるが、大規模海戦においては通常艦艇も強力な戦力であるのだ。
「投入予定の艦娘は1500人。ハワイ拠点は大型拠点に当たりますが、これだけの数がいれば無視する事は出来ないでしょう」
「1500か……。それだけ投入するとなると、本土の防衛に支障が出るのではないかね?」
「投入予定の艦娘は、横須賀地方隊及び舞鶴地方隊が中心となっています。作戦中の大規模攻勢が予想される北海道方面と沖縄方面の防衛戦力には問題ありません」
「ふむ、それならば問題無いな」
関口統合幕僚長は大きく頷いた。布号作戦、そして作戦中の防衛も戦力面においては大きな問題は見当たらない。準備は順調と言っても過言ではなかった。とは言え、問題が無いと言う訳ではない。
「ただ艦娘の輸送手段の艦娘母艦についてですが、若干の不安が残ります」
作戦目的の関係上、太平洋を長期間航海するのは確実。艦娘の補給、修理機能を有している艦娘母艦は必須となる。当然、硫号作戦でも使用された「しもきた」が投入される事となるのだが、流石に1500人もの艦娘を収容するのは不可能だった。
「客船改装型の艦娘母艦ですか……」
そこで投入されるのが、艦娘母艦「あすか」を始めとした客船を改装したタイプの艦娘母艦だ。その名の通り元は民間が保有していた客船だが、深海棲艦の出現により岸壁の女王と化していた彼女たちを日本政府が買収、艦娘母艦として改造されていた。
「先日第一陣の改装が完了したばかりであり、現在習熟訓練中です。そのため練度に不安が残り、艦隊航行に支障が出る可能性があります」
「またこの問題ですか……」
硫号作戦でも直面した問題に、坂田は思わず顔をしかめる。改装に当初予想された以上に時間が掛かってしまい、タイムスケジュールが狂ってしまったのが原因だった。
「……布号作戦に参加は確定だ。現場には無理をさせる事になるが、何としてでも間に合わせるしかない」
関口は渋い顔になりながらも、そう告げるしか出来なかった。会議室のあちらこちらでため息が漏れる。彼らとしてはそんな艦を作戦に投入したくなかったのだが、今回は長期間の航海をする関係上複数の艦娘母艦が必要不可欠なのだ。
そんな中々に頭の痛い問題が艦隊側に残っている状況であるのだが、作戦自体にも大きな問題が残っている。
「布号作戦の目的は、ハワイに向けて疑似的な攻勢を掛ける事により敵の目をこちらに向けさせる事ですが、問題はどこまでハワイに近づくかです」
坂田の言葉に会議室の誰もが考え込むことになる。布号作戦の目的の関係上、ハワイに接近するのは確定事項ではあるのだが、近づきすぎた結果、艦隊に大ダメージを受けてしまっては今後の国防に悪影響を及ぼす事となる。最大効力を得られるギリギリのラインを見極める必要があった。
「日本の情報収集衛星とアメリカからもたらされた報告だと、ハワイのオアフ島にフリントが確認されているが……」
「そうなると下手にハワイに近づけませんね。纏まった数のフリントに襲撃されれば、護衛艦3隻では対処は出来ません」
硫号作戦の時と違い、遠隔地での海戦が予想される今回は、航空自衛隊によるエアカバーは不可能である。フリントの予想航続距離ギリギリが、艦隊が近づける限界地点という事になる。
「フリントの航続距離外ギリギリを航行ですか。……敵に我々の狙いを悟られる可能性もあるのでは?」
「確かに、多少の挑発では我々を無視して来る可能性もあるな」
前田の指摘に関口は唸り声を上げる。深海棲艦が高度な知能を有している事は良く知っている。艦隊の消耗を恐れて消極的な動きを取った場合、作戦の意図を悟られる可能性も十分あった。
坂田は海図を睨みつつ、口を開いた。
「……予定航路の近くには中小の敵拠点があります。それに攻撃しながら航海するのはどうでしょう? これならば作戦目的の達成は出来るかと」
「それしかないか……」
この提案に関口は不承不承に頷いた。ハワイを直接叩けない以上、作戦の確実性を増すためには大艦隊で派手に暴れ回って、敵の目を引き付けるしかなかった。姫級の居ない4級拠点や中規模の3級拠点であれば、撃破は十分に可能と考えられる。また、上手く行けば太平洋側の圧力を弱められるという副次効果も期待出来た。
「しかしそれらの撃破した拠点の維持は難しいのでは?」
「口惜しいですが、一時的な占領が限界ですね。作戦終了後は放棄する事になります」
「折角奪還した領域を再び深海棲艦に渡す、か。……日本にもう少し戦力があればな」
「日本にはアメリカ程の戦力も国力もありませんからね。仕方ありません」
このような会議が幾度となく行われていき、日本によるハワイ疑似攻勢の準備は続けられていった。
日本と同じく、アメリカのパナマ攻略作戦の前段階としてアゾレス諸島拠点への疑似攻勢を担当する事になっているイギリスだが、もしも日本の防衛省上層部の愚痴を聞いたのならば、異口同音に叫ぶだろう。
「それだけ戦力があるなら、十分だろ! 贅沢言うな!」
はっきり言ってしまえば、そう叫びたくなる程、イギリスの海軍戦力は困窮していた。
イギリス国防省庁舎の大臣執務室。シモンズ国防大臣は海軍から提出された資料に目を通しているのだが、その顔は何処か引きつっていた。
「マーチに投入予定の艦娘の総数は約1200人か」
「スエズの一件を勘案しますと、アゾレスの敵拠点の目を引き付けるにはそれだけ必要かと」
秘書の提言にシモンズは小さく頷く。アゾレス諸島拠点擬似攻勢作戦「オペレーション・マーチ」にかなりの艦娘を出す事になるが、相手が大型拠点であるアゾレス諸島拠点である事を考えれば、必要な規模と言えた。
「艦娘母艦の訓練も作戦には間に合うか。しかしこれだけの艦娘を派兵させても本土防衛には問題が無いとは思わなかったな」
「我が国の艦娘戦力は、既にスエズでの喪失感の補完は完了しただけでなく、戦力の増強も果たしております。仮にスエズレベルでの攻勢を受けた所で、跳ね返す事は可能でしょう」
「しかもまだまだ伸びしろは残っている、か。提督の持てる艦娘が多いからこそ可能な芸当だな」
現在の欧州の艦娘戦力は、スエズに深海棲艦拠点が出来た事もあり、急ピッチで増強されていた。その中でも圧倒的な伸び率を誇っているのがイギリスだ。既存の艦娘の訓練、装備の開発は勿論の事、提督に次々と新しい艦娘を建造させていたのだ。第二次世界大戦期に世界でもトップクラスの海軍力を有していたために、提督の建造出来る艦娘のキャパシティが大きいイギリスだからこそ可能な、戦力の増強方法だった。
「うむ。艦娘戦力は大丈夫だろう。しかし、だ……」
そんな傍目からは順調に力を付けていると見られるイギリスなのだが、当のイギリスからすれば頭を抱えたく状況にあった。
「唯でさえ貴重な海上戦力の半数をマーチに投入しなければならないのは、いくら何でも不味いだろうに」
シモンズのぼやきは、イギリスの国防に関わっている者からすると、誰もが頷くのも出会った。現在のイギリス海軍の通常艦隊であるが、はっきり言って悲惨な物であった。深海棲艦出現以降戦い続けた結果、現在運用可能な艦艇は23型フリゲート4隻しか残っていないのだ。
「仮に沈めでもしたら、今後の防衛計画が大きく狂う。下手をすれば海軍自体が消滅しかねん」
国防を預る身であるシモンズとしては、海軍の未来が潰える可能性を孕んでいるオペレーション・マーチには反対したい所であった。しかし外交の関係上、作戦を遂行せざるを得ない。過去の英米間協議でアメリカのパナマ攻略のためにイギリスはアゾレス諸島の深海棲艦の目を引き付ける事が決定しているのだ。
「通常艦艇に関しては、各造船所が急ピッチで建造中です。それまでの辛抱です」
「分かっているさ」
勿論イギリス海軍としても、この通常艦隊の惨状を放っておくつもりはない。国防省が提示した艦隊再建計画に従って各地ではフリゲートの建造が順次行われている。そしてこの計画の最大の目玉がイギリス最大空母クイーン・エリザベス級の建造再開だ。これらの艦が完成すれば、イギリス海軍の通常戦力は一息吐けるだろう。しかしこの計画だが、万全かと問われれば疑問符が付かざるを得ないものだった。
「……当初の計画通りには行かなかったですがね」
「議会と大蔵省を黙らせるには、色々と縮小するしかなかったんだ。仕方がない」
イギリス海軍の希望となる艦隊再建計画だったが、議会も大蔵省も艦隊再建の必要性にある程度は理解を示していたものの、イギリス海軍の求める物全てを認める事は出来なかった。軍事に限った話でも、フリント対策のF-35の大量配備や地対空ミサイル群の整備、輸送艦や客船の艦娘母艦への改装と、多くの予算が取られおり民需を圧迫しているのだ。多額の予算が必要となる艦隊再建計画を満額認められる余裕は、イギリスには無かった。
最終的に艦隊再建計画は縮小され、その煽りを受けて予定されていた駆逐艦の建造を中止された上に、大破してドック入りしていたヘリ空母のイラストリアスはそのまま退役する事になってしまった。
「つくづくアメリカが羨ましくなります」
「アメリカも多くの艦が沈んでいるらしいが、大規模艦隊を保有しているからな。我々が艦隊再建に悩んでいる事が馬鹿らしくなって来る」
「それに一人提督当たりの艦娘も多い上に、どの艦娘も強力です」
「全く羨ましい限りだな」
そんな愚痴をこぼしつつ、シモンズを始めとしたイギリスの軍事関係者たちは、各々の仕事に邁進していった。
日本、イギリスと両国から羨ましがられているアメリカだが、外から見る限り日英の認識は間違っていない。
通常兵器については、原子力空母やイージスシステムを搭載した駆逐艦を多数保有し、第五世代戦闘機であるF-22やF-35を多数配備しているし、アメリカの各地には地対空ミサイル群が至る所で見られている。
艦娘戦力も同様で、提督一人当たりのキャパシティは大きく、建造される艦娘も強力であるし、開発される装備も高性能。そんな彼女たちを遠隔地で運用するための艦娘母艦も配備されている。アメリカが人類側で世界一の軍事力を有している国家である事は、誰も否定する事などない。
だが実情を見た場合、アメリカは世界から羨ましがられる環境には無かった。
アメリカ本土は両洋だけでなくパナマ方面から絶えず攻勢を掛けられているのだが、深海棲艦としてもアメリカが強敵である事を認識している為か攻撃が他国よりも激しい傾向にあった。艦娘の登場により負担は軽減されているものの、多方向から大規模攻勢を受けた場合、アメリカが陥落する可能性は十分にあった。
もっとも一部の軍人からすればこの問題は大したものではないと言い切るだろう。アメリカ国防省は多方面同時攻勢が起こった場合の作戦を用意しているし、準備も進めているのだ。
では、アメリカが抱える一番の問題は何か。その問題への知識を深く有している者たちの答えは一致している。艦娘の士気が他国と比べて著しく低い事だ。
「分かっていたが、本格的にマズいな……」
艦娘の亡命事件と言う汚点こそあったものの、在日米軍の帰還と言う困難な任務を少数の損耗のみで見事に成功させた功績により、アメリカ太平洋艦隊司令官に就任したアーロン大将。そんな彼は司令官執務室で、
『アメリカ国内における艦娘に関する調査報告書』
そう表題が点けられ、軍事機密の印が押された資料を前に、頭を抱えたくなっていた。
アーロンが太平洋艦隊司令官に就任して初めに行ったことが、アメリカ各地の艦娘の調査だ。大軍を任される地位にあり、そして親艦娘派の彼としては、現在のアメリカの艦娘たちがどれほど不満を抱いているかを正確に把握しておく必要がある。現状を改善するためにも、情報が必要なのだ。
この調査だが当初、彼は簡単には行かないと見ていた。艦娘の多くはアメリカを信用していない事は確実であり、調査したところで彼女たちの本音が解るとは思えなかったのだ。しかしその予想は良い形で裏切られた。
「……あの人なら、まあ」
アーロンが親艦娘派として軍内部の艦娘の地位の向上を訴えていた事を艦娘たちも知っていた事により、予想以上に調査に協力的だったのだ。これには調査員がアーロンが直接選出した親艦娘派の軍人だった事も功を奏していた。
こうして当初の予定よりも早く調査が完了し、結果がアーロンの元に届けられたのだが――、結果は危機的な状況を示唆していた。
「反乱寸前か……」
先月クーリッジ大統領の行ったパナマ奪還後に艦娘に人権を付与する声明に、提督や艦娘たちは冷淡であった。唯でさえ差別されている状況で、人権を付与された所で何の意味もない事を、彼女たちは理解しているのだ。またこの声明に国民も反発が見られており、その煽りを受けて艦娘への差別が加速している事も一因だった。一部では提督への危険視すら始まっているのだから、始末に負えない。
また今回の調査で明かされた問題として、アメリカ政府への強い不満が挙げられていた。ほぼ全ての艦娘が政府への不信感を現わしているのだ。報告書にはこれまでの政府の不手際が原因とされているが、アーロンはそれだけではないと予感していた。
「……まさかあの機密が漏れたか?」
政府が提督をあらゆる手段を持って抑えようとしている事は国家機密だ。本来ならば外部に漏れる事は考えにくい。しかし艦娘についての知識を多く有するアーロンとしては、艦娘たちがこの情報を何らかの手段で入手した可能性を安易に否定できなかった。
「……どうするか」
状況は最悪。このまま手を拱いていれば、本当に反乱に発展する可能性が高い。対するアーロンだが味方には親艦娘派の人々がいるが、一大勢力という訳ではない。
彼は考え込み――、しばらくすると、大きく息を吐いた。
「やるしかないか」
少しでも彼女たちの不満を解消するために、この地位を存分に活用する。それがアーロンが導き出した答えだった。今回の調査により少なくとも艦娘は親艦娘派には、ある程度心を開いてくれる事は分かった。それが光明となるだろうと彼は考えていた。
この問題を解消するには時間も掛かるし、困難も多い事は確実だ。しかしアーロンは諦めるつもりは無かった。
こうしてアメリカの一部の者たちも動き始めていた。
アメリカ側にも艦娘に理解のある人を出すべきだと思うんですよ。(なおアメリカの判定次第では絶望する役になる模様)