それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回のダイスロールの結果はあとがきで。


海を征く者たち55話 囮たちの動向

 北太平洋のとある海域。600名程艦娘たちが、幾つかの艦隊に分かれて深海棲艦の拠点に攻め込んでいた。拠点を守る空母棲姫を旗艦とした約200隻の深海棲艦たちが、艦娘たちを撃退すべく必死に応戦しているが、艦娘を止めるには至っていない。

 海上では次々と艦娘たちが深海棲艦を打ち倒していき、空は多数の零戦52型、紫電改二、烈風が航空優勢を獲得、彗星や天山、流星が悠々と爆弾や魚雷を投下していく。姫級という例外こそあるが、基本的に艦娘と深海棲艦の強さを比べた場合、艦娘に軍配が上がるとされているのだ。幾ら防御側が有利であっても、3倍の数で攻め込めば、蹂躙となるのは当然の事であった。

 そんな戦場のやや後方に秋山の率いる艦隊は展開していた。秋山が乗艦する金剛を始めとした伊豆諸島鎮守府のメンバーだけでなく、複数の鎮守府から派遣された艦娘たちもおりその規模は100名近くだ。

 そんな大規模な秋山艦隊だが、彼らは前線での戦闘に加わる事無く、後方での静観を続けていた。

 

「私たちの出番はなさそうネー」

『そうだな』

 

 秋山艦隊のポジションは、何かあった時のための予備戦力だ。他にも大破した艦娘を後方までの護衛をしたり、燃料や弾薬が切れた者たちへの補給も行う事も、役割の一つとされているが、今回は圧倒的な優勢である事から、秋山艦隊の元まで下がって来る艦娘は殆ど居ない。そのため現在の秋山艦隊は何もすることが無く、ただの傍観者と化していた。

 不意に秋山の下に通信が入る。

 

《秋山提督。こちら第二部隊旗艦加賀です》

『こちら秋山。どうした?』

《何か仕事は無いかしら?》

 

 そう仕事を催促して来たのは、舞鶴地方隊のとある鎮守府から一時的に秋山の配下に加わっている加賀だった。艦娘「加賀」らしく冷静な口調だが、その声にはどこか退屈を持て余した様な雰囲気がにじんでいる。

 

『……いや、今は無いな』

《そう……。了解したわ》

『何かあったら頼むよ』

《……解ったわ》

 

 通信が切られ、秋山は小さく息を吐く。その様子に金剛は苦笑いを浮かべた。

 

「テートク、余所の艦娘への指揮も板について来たネ」

『そうかな?』

 

 現在の秋山艦隊は100名程の艦娘からなる大艦隊ではあるが、艦隊の指揮では秋山が一人一人に命令を下す訳ではない。派遣元の鎮守府ごとに部隊を形成し、秋山はその部隊の旗艦に命令を下す方法で指揮を執っているのだ。陸軍的に言えば鎮守府ごとに部隊が小隊であり、彼女たちに命令を下している秋山が中隊長と言った所である。

 

「ワタシたちも頑張ったかいがあったネ!」

『あーうん、そうだな……』

 

 笑顔の金剛を前に、秋山は若干微妙な表情で頷くしか出来なかった。

 布号作戦のどの艦隊でもそうなのだが、内実が複数の勢力の寄り合いである事の関係上、どうしても勢力争いが起こっていた。勿論秋山艦隊も例に漏れない。布号作戦発令前の合同訓練では連携か上手く行かないでいた。

艦隊全体の指揮については秋山が昨年の房総半島沖海戦の実績があったため、素直に従ってくれていたのだが、部隊同士での主導権争いがあったのだ。それぞれが鎮守府の代表として派遣されているのであり、功績がそのまま鎮守府の評価に繋がるため、彼女たちも必死だった。

 勿論秋山も手を拱いている訳ではなく、色々と説得して回っていたのだが、どうも効果は薄い。秋山艦隊の連携は相変わらず拙い物だった。そんな状況が続いたある日、秋山の初期艦である叢雲がある提案をした。

 

「面倒ね。もういっその事誰が一番か決めましょ」

 

 その言葉と共に提案したのは部隊同士の演習だ。言ってしまえば勝ち残れば艦隊内の主導権を得られるというシンプルな物である。この提案に主導権を狙っていた勢力は賛同。演習はその日の内に行われる事となり、幾度もの激闘が繰り広げられた結果――最終的に主導権を握ったのは伊豆諸島鎮守府の面々だった。

 

『……あの演習、かなりウチに有利だったけどな』

「演習自体は公平デース」

『思いっきりメタ張りしたけどな』

 

 演習に勝ち残り主導権を手に入れた伊豆諸島鎮守府の艦娘だが、彼女たちが他を圧倒する程強かった、という訳ではない。主導権争いが過熱し始めた頃から、派遣されている艦娘の得意分野と苦手分野を分析していたのだ。これには派遣元から送られて来た資料も活用されていた。

 そして分析が完了した時点で、叢雲が演習を提案した。しかも提案したその日の内に演習を行い、自分たちの動きを研究されないようにすると言う徹底ぶりである。伊豆諸島鎮守府の艦娘たちが勝てるのは、当然の事であった。

 

『まあ、演習の後は結構纏まったし良いか……』

「Yes。終わり良ければ総て良しネ。――っ、対空電探に反応! 数は……少数みたいネ。こっちに向かって来ているみたいネ」

『少数か。……旗艦より第二部隊旗艦へ』

《第二部隊旗艦加賀です。こちらでも確認したわ》

『艦載機の出撃を許可する。一機も逃すな』

《了解したわ》

 

 通信が切れると同時に、第二部隊から戦闘機群が次々と発艦していく。こうして今回の拠点攻略での秋山艦隊初の戦闘行動が始まった。

 

 

 

これで幾度目かの深海棲艦拠点攻略後、布号作戦派遣艦隊上層部の面々は艦隊旗艦「あしがら」にて、頭を悩ませていた。

 

「これでも動かないか……」

 

 昨年の硫号作戦の功労者であり、その拠点攻略の経験を買われ布号作戦の指揮官に就任する事となった岩波は、腕を組み考え込んでいた。

 

「情報収集衛星やアメリカの偵察衛星の情報では、ハワイ諸島拠点では出撃した様子は見られない様です」

「いくら3級4級相手とはいえ、我々も派手に動いたんだがな」

 

 これまで日本艦隊はハワイの目が艦隊に向くように、敵の拠点を幾つも攻略すると言う、かなり派手な動きを見せつけて来た。事前の予測ではこれによりハワイが何かしらのリアクションを見せると考えられていたのだが、結果は予想に反してノーリアクション。日本艦隊にとっては大損耗を受けかねない戦闘を避けられているため良い事なのだろうが、作戦目的を考えればこの無反応は判断が難しい。艦隊を警戒して防備を固めているのなら問題ないのだが、囮であると看破して無視を決め込んでいた場合は厄介な事になる。

 

「……場合によっては、ハワイに攻撃を仕掛けるしかありません」

「……」

 

 川島参謀長の意見に、岩波は沈黙を続けた。ハワイ諸島拠点は規模が大きく姫級も多数存在、更にはフリントを多数運用出来ると思われる事から、1級拠点に分類されている。これまで撃破して来た3級や4級とは文字通り格が違うのだ。布号作戦派遣艦隊には現代戦闘機によるエアカバーが無い事もあり、まともに戦えば敗北は必至である。

 

「その場合は艦娘による航空攻撃となるが……」

 

 勿論日本艦隊としても無謀な攻撃はするつもりはない。太平洋戦争緒戦に習い、航空攻撃を敢行するつもりだった。今回は艦娘用の航空機が搭乗員と共に直ぐに補給出来る事から、損耗を抑えられるとして採用されていた。とは言え、

 

「戦果を挙げられると思うか?」

「無理でしょう。当時とは状況が違います」

 

 上層部は誰も過去の事例の様に大戦果が挙げられるとは思っていなかった。何せ日本艦隊はかなり派手に動いて来たのだ。ハワイ諸島拠点がこの艦隊を把握しているのは確実であり、太平洋戦争時の様に奇襲攻撃などまず不可能だった。航空攻撃をした所で、迎撃されて碌なダメージを与えられない可能性は高い。最も彼らとしても攻撃は飽くまでハワイの注意を引き付ける事が最優先目的であるため、深海棲艦に損害を与える事に期待はしていないのだが。

 

「まあ、それは最終手段だ。当面はフリントの航続距離外で回遊しよう。所で艦隊の状況は?」

「戦力の損耗は予想よりも抑えられています」

 

 日本艦隊が使っている航路だが、少しでも損耗を避けるためにある航路が使用されていた。その道中は拠点こそ点在しているものの深海棲艦の戦力が少なく、拠点の攻略も容易に行えていた。本来ならばいくら大戦力を用意していたとしても、このような事はあり得ないのだが、辿っている航路が特殊な状況にあった。

 

「やはり太平洋艦隊の航路を辿って正解でした」

 

 そう、日本艦隊は今年日本に来航していた太平洋艦隊が使った航路に沿って航海しているのだ。

 太平洋艦隊はアメリカ、日本間を航路上の深海棲艦と戦闘を繰り返しながら航海をしてきた。それも往復する形で2度もだ。これにより航路周辺の深海棲艦の戦力が弱体化していた。そしてその様な状況で、大規模な艦娘部隊を有する布号作戦艦隊が深海棲艦の拠点に襲い掛かったのだ。拠点が次々と陥落するのも仕方のない事であった。

 

「北太平洋の深海棲艦拠点を複数陥落。北からの圧力は緩和出来たし、副次目標は達成したな」

「それに日露共同防衛協定も履行できました。これは外交的にもプラスになります」

 

 日本の布号作戦で、思わぬ副産物を得たのはロシアだった。北太平洋からの圧力が思わぬ形で軽減したのだ。それもロシアが全く労力を出さずに、だ。この幸運に、政府や極東に利権を持つ者たちは歓喜の声を上げる事になる。最も軍部は別の意味合いで声を上げる事になるのだが。

 

「しかし奪還した土地の管轄はロシアにあるとの事ですが、あの国は維持するつもりでしょうか」

「どうだろうな。ロシアの艦娘戦力を考えると、難しいかもしれん」

「そうなると放置でしょうか?」

「だが放置して再奪還された場合、軍の失態になる」

 

 奪還した土地だがそのままにしておいた場合、再び深海棲艦が拠点を築く可能性は十分ある。当然、ロシア側としては現地に防衛体制を敷く必要があるのだが――艦娘戦力はロシアの広大な領土を守るのに手一杯なのだ。軍は本音としては放置しておきたいのだが、生憎と政治的に放置と言う選択肢は無いに等しい。こうして軍上層部では、如何に防衛戦力を捻出するか、頭を悩ませていた。

 

「まあ、我々が気にしてもしょうがない。今は任務に集中しよう」

 

 アメリカのパナマ奪還のため、布号作戦派遣艦隊は航海を続けていく。

 

 

 

 布号作戦派遣艦隊が北太平洋での航海を続けている頃、大西洋でも大規模な艦娘部隊を有する艦隊が航行していた。アゾレス諸島拠点を引き付けるための作戦「オペレーション・マーチ」を実行するために出撃したイギリス派遣艦隊である。

 

「スエズは動かないか」

 

 艦隊旗艦「ケイト」のCICで作戦指揮官のマードックは小さく安堵のため息を吐いた。政治の場では主導権は無いと公言しているが、欧州の艦娘戦力の主力はイギリスなのだ。仮にスエズからの攻勢が行われ、それを抑えられなかった場合、最終的に出張るのはイギリスだ。その場合、イギリスの軍事的負担は計り知れない物となる。

 

「後は我々が仕事をするだけか。シャノン参謀長、釣れると思うか?」

「これまで我が艦隊は幾つか拠点を潰しましてきました。食いつくでしょう」

 

 シャノンの返答にマードックは頷く。これまで派遣艦隊はマデイラ諸島を始めとしたアゾレス諸島拠点に近い深海棲艦の拠点を撃破して、敵を挑発して来たのだ。そして現在艦隊のいる海域はフリントの航続距離の範囲内。アゾレス諸島の拠点が動く可能性は十分にあった。

 

「艦娘たちは?」

「全員補給、修理が完了しています」

「士気は?」

「拠点を順調に攻略出来たことで士気が上がっています。また轟沈者が少なかった事も士気に繋がっているようです」

「やはり陸上からの航空支援があったのは大きいな」

 

 イギリス艦隊と日本艦隊の違い。それは陸上からの支援の有無だった。拠点の攻略において、ジブラルタルに配備している艦娘用航空機を用いた基地航空隊を利用していた。またジブラルタルには作戦に伴い、タイフーンを始めとした現代戦闘機が多数配備されており、こちらも航空優勢維持に一役買っていた。これによりイギリス艦隊の損耗は最小限に留められていたのだ。

 

「よろしい。警戒を続けろ」

「了解。……しかし問題はフリントの数ですな」

「ああ」

 

 イギリスだけでなく全世界の軍事関係者が最も恐れている事の一つが、フリントの量産だ。何百、何千ものフリントが出現するようになれば、どのような事態になるかなど、目に見えている。今回の作戦は深海棲艦側がどれほどフリントを保有しているかを確かめる側面もあった。

 

「……ジブラルタルにはそれなりの数は揃えてあるが、百機単位で来られた場合は難しいな」

「F-35があれば良かったのですが……」

 

 対フリントの切り札となりえるF-35だが、急ピッチで製造が進められているが、未だに戦力化されていなかった。イギリス軍としてはF-35が戦力化するまで、このような作戦はしたくなかったのだが、政治がそれを許さなかった。

 

「警戒機より通信です!」

 

 不意に通信士官の声がCICに響いた。その瞬間、場の空気が一気に緊張感が高まっていくのを誰もが感じる。

 

「アゾレス諸島方面より出撃したフリントらしきものを捉えました! 数36!」

 

 その報告に誰もが安堵した。少なくとも最悪の事態は免れたのだ。

 

「釣れたな。ジブラルタルに出撃要請!」

「また艦娘部隊より通信が入っています。偵察機がフリントの後方に大規模艦隊を確認したとの事です!」

「よろしい、艦娘部隊は総員出撃せよ!」

 

 こうしてイギリス艦隊と深海棲艦による一大海戦が始まった。

 

 




何処が動き始めたかの判定。
まずは南沙諸島とスエズ。60オーバーで動くとして、
1d100判定、南沙諸島:16、スエズ:10 両者動かず。

次は本体が釣れるか。50オーバーで釣れます。
1d100判定、ハワイ:03、アゾレス:78 アゾレスの方が釣れたか。

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