それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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前回の感想を見ていると、ステルス機関係でやり過ぎてしまいましたね。次回辺りにちょっと手直ししてみます。


海を征く者たち57話 混迷のパナマ

 パナマに詰めていたフリントが殲滅された事が確認された後、太平洋、大西洋両艦隊は更にパナマに接近。所定の海域まで進出した所で、艦娘部隊を展開した。

 この動きに対して、運河棲姫はパナマへの同時攻撃が行われると判断し、パナマを覆う程の赤色結界を展開。更に予備戦力をガトゥン湖に残しつつ、バルボア港、コロン港に戦力を割り振り、アメリカ軍を迎え撃つ準備を進めていた。

 そして2018年9月のある日の明朝。バルボア港、コロン港にほぼ同時刻に艦娘部隊が放った航空機隊が襲来。この時を持って、アメリカの乾坤一擲の作戦が開始される事になる。

 

 

 

「不味いな」

 

 太平洋上空、F/A-18Eのパイロットであるハーダーは呟いた。眼下では赤色結界の内部で小型の航空機たちがおびただしい数を持って激しい空戦が行われ、水上では艦娘と深海棲艦が激闘を繰り広げられている。戦況はほぼ拮抗状態だった。

 

「敵の航空戦力が予想以上に多すぎる」

 

 後方に控える空母部隊からは何千機もの機体が戦場へ送り込まれているのだが、深海棲艦側の航空戦力はそれ以上だった。これは深海棲艦の航空基地と化しているトクメン国際空港だけでなく、バルボア港周辺に大小の滑走路が建設されており、そこから次々と敵の航空機が繰り出されている事が原因だった。

 とは言え、これだけであればそこまで問題は無かった。運河棲姫が展開しているであろう赤色結界を解除出来れば、その様な数の差など一気に逆転出来る。しかも既に運河棲姫の姿は確認されている。後は小型爆弾でも良いのでダメージを与えれば良い。だが深海棲艦もそこは理解しており、対策が施されていた。

 

 

“敵航空隊を突破! これより運河棲姫への攻撃に向かいます!”

 

 敵味方が入り乱れ混戦状態の戦場から、TBFアベンジャー32機が飛び出した。更に彼らを守る様にF6Fヘルキャットを始めとした戦闘機数十機が護衛に着いていた。

最大速力で飛行する航空隊。そんな彼らに第一の関門が襲い掛かる。ガトゥン湖周辺を警戒している深海棲艦の航空機だ。300もの機体が彼らに襲い掛かる。

 

“やらせない!”

 

 F6FとF4Fが敵機の大群に挑みかかる。数的不利は明らかであり、全滅は免れない。しかし要であるTBFを守るべく奮闘した。そんな戦闘機たちの捨て身の奮闘は功を奏した。8機が撃墜されたものの、TBFたちは敵機の迎撃を何とか掻い潜り、彼らが目指す目標を視認したのだ。

 

“大きい……”

 

 TBFを操る妖精は思わず呟いた。旗艦である運河棲姫、彼女を守る姫級深海棲艦を始めエリート級、フラグシップ級数十隻。そして予備戦力としてガトゥン湖に詰めている深海棲艦500隻。恐ろしいまでの大艦隊がそこにはあった。

 相手は圧倒的な海上戦力を持つ深海棲艦。彼らは挑まなければならなかった。

 

“目標運河棲姫! 全機突貫!”

 

 しかし妖精たちは躊躇いなく、急降下爆撃を試みた。成功すれば戦況が一気にこちら側に傾くチャンスなのだ。それに妖精は艦娘が補給すれば復活出来る。死の恐怖など無かった。

 だが残念な事に深海棲艦も鉄壁の陣を敷いていた。彼らの存在に気付いた深海棲艦たちはすぐさま対空砲火を上げ始める。中でも運河棲姫を守る6隻のツ級から繰り出される対空砲火は圧倒的だった。24機いたTBFが次々と落とされていく。

 

“クソッ! でも――”

 

 激しい弾幕を1機のTBFが突破した。生き残っている機体は彼だけだ。しかし運河棲姫は直ぐ目の前だ。結界を展開している最中は動くことが出来ないのは確認されている。TBFのハードポイントに抱えている500ポンド爆弾を一発だけでも命中させる事は容易だった。しかしTBFに最後の関門が立ち塞がる。

 

――よく頑張ったわねぇ。

“っ!?”

 

 4基の連装砲を背負った白い長髪の深海棲艦が笑っていた。その姿を目にした妖精は思わず顔を青くする。

 

“防空棲姫!?”

 

 8門の砲から繰り出される驚異的な弾幕と正確無比な精度から、空母艦娘にとって天敵とされる姫級深海棲艦がTBFの前に立ち塞がったのだ。

 妖精は急いで500ポンド爆弾を投下しようとするが、

 

――墜ちろ。

 

 防空棲姫の持つ連装砲の1基が火を噴いた。放たれた砲弾は寸分の狂いもなくTBFに直撃。哀れにも妖精はTBFと共に消失した。

 

 

《TBFが撃墜された。攻撃失敗》

「駄目か……」

 

 管制機からの報告にハーダーはため息を吐いた。これまで運河棲姫への攻撃は4度敢行されているが、その全てが敵に阻まれている。

 

「結界さえなければな……」

 

 艦娘や妖精が死闘を繰り広げているにも関わらず、自分達軍人はそれをただ眺めているしか出来ない。赤色結界がある限りどうすることも出来ない事は分かっているのだが、彼を始め戦闘機パイロットたちもこの状況に歯がゆさを感じていた。

赤色結界の外で、軍人たちの操る航空機群は戦闘を傍観するしか出来ないでいた。

 

 

 

「分かってはいたが、簡単には突破出来ないか……」

 

 マイヤーズ司令官は逐次飛び込んで来る戦況報告に、口に手を当て呻いた。パナマでの戦闘が始まり既に4時間が経過しているのだが、太平洋、大西洋両艦隊共に、運河入り口に辿り着けないでいた。両港に配備された合計数千もの戦力に加え、港湾施設に配置されている砲台小鬼を始めとした地上砲台、そしてあちらこちらに作られていた小型の飛行場から飛来する航空機。これらが人類の兵器をシャットアウトする赤色結界の内部で連携しているために、艦娘たちは苦戦を強いられているのだ。

 

「艦娘部隊の損耗は?」

「轟沈した艦娘は少数との事です」

「大破艦の護送体制が上手く行っている、という事か?」

「それも有りますが、今回の戦闘において深海棲艦は大破艦を積極的に追撃していない事も要因でしょう」

「追撃が無い?」

 

 訝しむマイヤーズに、レイ参謀長は小さく頷いた。

 

「深海棲艦は艦娘部隊からの攻勢を防ぐ事を徹底しているようです」

 

 装甲壁の特性上轟沈しにくい艦娘に対して、深海棲艦が撃破するチャンスに食らいつかないのだ。これまでには見られない動きだった。マイヤーズはこの動きに深海棲艦が何をしようとしているのかを察した。

 

「持久戦の構えか」

 

 彼は忌々し気に吐き捨てる。マイヤーズの至った答えにレイも顔をしかめつつ頷く。大破した艦娘の後方へ護送するシステムがある程度整っている現状、深海棲艦にとって艦娘を轟沈されるには、水上水中戦力にしろ航空戦力にしろ、それなりに纏まった戦力を仕向ける必要がある。深海棲艦は艦娘を撃沈するチャンスを捨ててまで、拠点の防衛に終始しているのだ。

 

「……我々は二方向から攻勢に出ていますので、深海棲艦が防衛に終始していても最終的に押し切るのは我々でしょう」

 

 アメリカ軍はパナマ攻略のために様々な準備を行ってきていた。当然長期戦も想定されているため、各種必要物資は大量に用意されている。このまま時間をかけて攻略していけば、少ない損耗でパナマを奪還する事は可能だった。だがレイに楽観した様子はない。マイヤーズも小さくため息を吐いた。

 

「時間があれば、な」

「はい。残念な事に時間は深海棲艦に味方しています」

 

 マイヤーズ達が予想していた様に、国防総省からの通信でイースター島沖拠点か大規模艦艦隊が出撃した事が確認されていた。パナマ拠点の持久戦戦法はこの増援を期待しての物である事は明らかだった。

 

「イースター島沖拠点から出撃した第二陣、いや本隊か、現在確認されている数は5000隻。太平洋艦隊が総力を挙げなければ迎え撃つ事は出来ないな」

「そうなればパナマ拠点は防衛戦力をカリブ海側に集中させるでしょう。その場合、大西洋艦隊のみでのパナマ攻略は困難です」

「敵本隊がパナマに到着するまでの猶予は?」

「現在の進軍ペースを考えれば、およそ3日です」

 

 相手は5000隻もの大艦隊だ。仮にパナマを陥落させても、再度奪還すべく襲い掛かって来る事はほぼ確実だった。そのため出来れば今日中、最低でも明日中にはパナマを攻略し、本隊との戦闘に備えなければならなかった。

 レイは意を決したように口を開く。

 

「メキシコに待機させている基地航空隊の半数を用いて、バルボア港に空襲を掛けましょう」

「何?」

 

 参謀長の提案に、マイヤーズは少し眉を動かした。メキシコにはパナマ攻略のために基地航空隊を待機させてある。確かにこれを使えばバルボア港に辿り着ける可能性は高かった。だがこの基地航空隊は本来、別の用途で使う予定だった。

 

「作戦通り予備戦力が出払った後、全機で運河棲姫に直接攻撃を仕掛けた方が良いんじゃないか?」

 

 事前の計画では基地航空隊は運河棲姫に投入し赤色結界を解除、その後通常兵器による航空支援を行う予定なのだ。しかしレイは頭を振るう。

 

「時間があれば計画通りにした方が確実ですが、今回は時間がありません。早急に500隻の予備戦力を釣り出す必要があります」

「……」

「艦娘部隊がバルボア港に取り付けば、運河棲姫も予備戦力を投入せざるを得ないでしょう。そのタイミングで残りの基地航空隊を投入すれば、運河棲姫にダメージを与える事も可能なはずです」

「ふむ」

 

 確かにこのまま戦い続けても、予備戦力が出払うのがいつになるのか予想がつかない。攻略に時間を掛けられない現状、レイの提案は魅力的だった。

 

「いくつか質問がある」

「はい」

「まず一つ。カリブ海側のコロン港では駄目なのか? 大西洋艦隊の方が戦力は上だ」

「コロン港の立地が問題です。運河棲姫のいるガトゥン湖から近いため、運河棲姫攻撃時に予備戦力が戻って来る可能性があります」

「二つ目。君の案では運河棲姫空襲時の戦力が半数となっている。失敗する可能性が高くなるのではないか?」

「確かに失敗の可能性は高くなりますが、予備戦力が居ない分攻撃がしやすいかと。またバルボア港空襲で生き残った機体も投入すれば、成功確率はもう少し上げる事が出来ます」

「確実に成功――は無理か」

「はい。どうしても賭けになります。しかしリターンは大きいかと」

「……」

 

 マイヤーズは手を口に当て考え込んだ。リスクとリターンを天秤に掛け、レイの提案が妥当がどうかを計る。そして暫しの沈黙の後、彼は決断した。

 

「参謀長の案を採用する。メキシコの基地航空隊に出撃要請。目標バルボア港」

 

 

 

 空と海。敵味方が入り乱れ拮抗している状況のバルボア港に無傷の基地航空隊が突入すればどうなるのか。その場にいる者であれば容易に予想がついた。

 

“全機突入!”

 

 メキシコから飛び立った各種艦娘用航空機からなる基地航空隊が、拮抗していた戦場に躍り出た。彼らは敵の戦闘機を追い回し、地上施設や敵艦にダメージを与えていく。この援軍に目の前の敵との戦闘で既に手が一杯だったバルボア港の深海棲艦たちは、対応する事が出来なかった。

 基地航空隊が到着して間もなくして、航空優勢を艦娘部隊が奪取した。拮抗が崩れた。後は雪崩を打ったように戦況が変化していく事となる。

 航空機のエアカバーの下、海上を行く艦娘たちが深海棲艦の艦隊をドンドンと押し込んでいく。彼女らはこのチャンスを逃すつもりはない。このまま勢いに乗り、バルボア港まで辿り着くつもりであった。対する深海棲艦も一部の姫級を中心とした部隊が何とか押し返そうと奮闘を続ける。しかしそれは飽くまで戦場の中の一部でしかなかった。全体を見れば勢いに乗る艦娘たちを押しとどめる事も出来ない。そして、

 

『作戦司令部。これよりバルボア港に上陸する』

 

 幾多もの妨害の果てに、一部の艦娘部隊がバルボア港に到達した。この通信が艦娘部隊の士気を一気に高め、勢いが更に増す事になる。

 だが深海棲艦側もこの展開は既に予想していた。後に続こうとする艦娘たちを前に、バルボア港を任せられている飛行場姫は冷静に命令を下す。

 

――全艦、所定の位置まで後退しなさい。

 

 この命令が出たと同時に、バルボア港周辺で戦闘を続けていた深海棲艦たちは一気に後退していく。その様子は規律だったものであり、決して敗走ではない。展開していた深海棲艦たちが運河に入り進んで行く。

 

「何かあるわね」

 

 勿論この動きに艦娘たちも疑問視していた。だが早急にパナマを攻略しなければならない事から、彼女らに様子見をする時間は無い。

 深海棲艦が引くと同時に艦娘部隊は進行していき、次々とバルボア港に到着していく。なおこの時、彼女たちは運河を使わなかった。機雷で封鎖されている可能性を事前に通達されていたし、実際に調査した結果、運河の中は機雷で埋め尽くされていたためだ。

 陸戦を担当する妖精たちを展開しつつ、警戒しつつ未だ所々にパナマ共和国時代の建築物が残るバルボア港及び隣接する市街地を進んで行く艦娘部隊。そして、

 

――砲撃を開始しなさい。

 

 陸上を進む艦娘たちに、無数の砲弾が降り注いだ。

 何かあるとある程度予想出来ていたものの、砲撃に艦娘たちは浮足立つ。そんな彼女たちに深海棲艦は建物を利用して接近し近接砲撃戦を仕掛けて来る。この事態に艦娘部隊も砲撃にて応戦を開始。バルボア港を巡る戦いの第二幕が始まった。

 

『重巡、戦艦は応戦しろ! それ以外の艦娘は無理に応戦しようとせずに、フォローに徹するんだ!』

 

 ある提督が砲撃が飛び交う中、艦娘たちに叫んだ。

 陸上での深海棲艦との戦闘は、いつもの海戦とは全く勝手が違う。砲撃力、防御力は変わらず発揮されるが、機動力はそうもいかない。艤装により20、30ノットを出せる海上と違い、自分たちの足を動かさなければならない陸上では移動速度が格段に落ちているのだ。また駆逐、軽巡が持つ格上を屠るため兵器である魚雷も使用不能であるため、重巡、戦艦といった格上と鉢合わせした場合、一部の近接戦用艤装を持つ艦娘を除けば一方的に蹂躙されるしかなかった。また航空機についても同様で、建築物に隠れられてしまい、上空からでは敵を発見出来ないケースが多発。航空機の神通力が半減していた。

 慣れない陸戦に艦娘たちはこれまでの様に進むことが出来ず、同時に損害も拡大していく。そんな彼女たちに更に悪いニュースが飛び込んで来る。

 

《こちらBlue-1。運河を下っていく艦隊を確認した!》

 

 バルボア港の艦娘たちの動きが鈍った事に対し、チャンスであると考えた運河棲姫により予備戦力が投入され、押し返しを図ってきたのだ。激しさを増す深海棲艦の攻撃。だが、

 

「Fire!Fire!Fire!」

「そっちに行ったわ!」

「こっのー!」

 

 それでも艦娘たちは持ち堪え、負けじと応戦する。バルボア港占領まで後一歩なのだ。見す見すチャンスを逃すつもりは無かった。

 双方の砲撃により港や市街地に残っていた建築物たちが次々と吹き飛ばされていく。最低でも5インチの砲弾が至近距離で飛び交う場で、原型を維持する事はほぼ不可能だった。

 艦砲が当たり前に飛び交う悪夢のような陸上戦が、バルボア港で巻き起こっていた。

 




Q:艦娘が市街地戦をしたらどうなるの?
A:最低でも5インチ砲が飛んできます。なお建物を盾にする事は推奨しません。確実に壁をぶち抜いてくるでしょう。

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