それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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相変わらず、戦闘シーンにも関わらず艦娘が殆どでない艦これ二次創作。


海を征く者たち58話 妖精たちの意地

 ガトゥン湖に詰めていた予備戦力の移動。それはバルボア港で泥沼の陸戦を繰り広げている現地の艦娘部隊にとって凶報だったが、後方で戦場全体の指揮を担っている作戦指揮官にとっては朗報だった。

 

「ようやく動いたか」

 

 作戦指揮官のマイヤーズは安堵したように、小さく息を吐いた。運河棲姫への関門が一つ消えたのだ。これで基地航空隊による空襲の条件が揃った。後は残しておいたメキシコの基地航空隊を出撃させればいい。しかし懸念材料もあった。

 

「問題は運河棲姫の護衛です」

「よりにもよって防空棲姫が残っているとはな」

「それ以外にも軽巡ツ級の様な対空性能の高い艦が中心となり150隻が護衛に残っています。またガトゥン湖周辺にも滑走路が確認されています」

「不味いな」

 

 バルボア港で基地航空隊を出した事により、運河棲姫に基地航空隊を警戒させる事になってしまったとマイヤーズは考えていた。

 

「突破できると思うか?」

「基地航空隊の規模は半数とは言え、それなりの数を揃えてありますが……。成功確率は良くて五割といったでしょう」

「……」

 

 レイ参謀長の返答に思わず沈黙するマイヤーズ。この基地航空隊による空襲の成否が今後の作戦に大きく影響される。そんな失敗は許されないにも状況にも関わらず、成功確率が50%程度なのだ。彼の内心では実行に躊躇いが生じていた。

 それを見透かしたレイは口を開く。

 

「司令官、攻撃を仕掛けるべきです。赤色結界を解除できなければ、艦娘部隊に余計な犠牲が出てしまいます」

「しかし確実性に欠ける。……本土から航空機を回してもらい戦力を増強してから、空襲を掛ける事は出来ないか?」

 

 アメリカ南部にはパナマからの戦略爆撃機を迎撃するために、艦娘用航空機が多数配備されている。当然任務の関係上、配備されているのは戦闘機だけなのだが、それでも数はそれなりに揃えられる。しかしレイは渋い顔で頭を振るう。

 

「確かに航空戦力の増強の点では有効なのですが、問題は時間がない事です。援軍到着まで待機した場合、恐らく出撃前に日が暮れるでしょう」

 

 一部の例外を除き、艦娘用の航空機の運用は日中でしか行われない。元となった第二次世界大戦期の航空機が、現代の航空機と違い全天候型ではないためだ。当然、メキシコに配備されている航空隊も日中での運用を前提としたものであり、マイヤーズのプランを実行した場合、出撃は翌日となる事は確実だった。

 このレイの反論に、マイヤーズは何処か諦めたように小さく頷いた。

 

「分かった。メキシコの基地航空隊に出撃要請。後、例の部隊にも連絡を入れろ。……参謀長、念の為に攻撃失敗時のプランも用意しておいてくれ」

「かしこまりました」

 

 

 

 パナマを巡る戦闘が始まり10時間以上が経過した。太平洋側では泥沼の陸戦が展開され、カリブ海側では重厚な防備に阻まれ艦娘部隊が前進できないでいた。その様な戦況の中、北の空から多数の航空機が飛来する。マイヤーズの命を受け、メキシコから発進した基地航空隊だ。彼らの目標はただ一つ。この赤色結界を展開している運河棲姫に一撃でもダメージを与える事。文字通り作戦の成否に関わって来るこの空襲に、航空機を操る妖精たちの士気は天井知らずだ。

 そんな彼らを迎え撃つは防空棲姫を中心とした運河棲姫の護衛たちだ。航空機こそ300機と少ないが全て戦闘機であり、かつ強力な空戦能力を誇る機体が揃えられている。更に艦隊戦力には各種艦艇だけでなく、防空戦力として軽巡ツ級そして護衛部隊最大戦力であり一部では航空機にとっての天敵とすら称される防空棲姫が、結界展開のために動けない運河棲姫を守る様に輪形陣を敷いていた。また陸地にも対空戦闘も可能な砲台小鬼も配置されており、鉄壁の陣で基地航空隊を迎え撃つつもりだ。

 

“掛かれ!”

 

 妖精の掛け声と共に基地航空隊全機が赤色結界に突入していった。迎撃の敵機が迫るも戦闘機たちがそれらを全力で抑え、攻撃隊が征くための道を作り出す。

 敵戦闘機の追撃を必死で躱し、目標へと突き進む攻撃隊。そんな彼らを待ち受ける物は、

 

――墜ちろ!

 

 防空棲姫の攻撃と共に、護衛部隊による対空砲火だった。圧倒的な火力を前に次々と攻撃隊を削っていく。

 

“弾幕が厚過ぎる!”

“目標に一発だけ当てればいいんだ! 突っ込め!”

“クソっ!”

 

 妖精たちは弾幕を前に、悲鳴を上げつつも運河棲姫目掛けて突っ込んでいく。少しでも確率を上げるために様々な角度、方角からの攻撃を敢行する攻撃隊。彼らの目的は敵の撃破ではない事から来た戦法だ。

 

――!

 

 だが深海棲艦も敵機を突破させまいと、懸命に弾幕を張る。常に僚艦や上空の戦闘機と連携し、効率的に攻撃隊を迎撃していく。特に目覚ましい活躍をしているのが防空棲姫と軽巡ツ級だ。彼女たちは相手が高い高速性、運動性を持つ航空機であるにも関わらず、持てる砲火でいとも容易く攻撃隊を撃墜していく。またそれ以外の艦も敵機の侵入経路に弾幕を張る事により航空機の攻撃を妨害していく。

 

“駄目だ。何度やっても近づけない”

“こちらの損耗は?”

“もう4割がやられた”

“敵の戦闘機が多かったら、当の昔に壊滅してたな……”

 

 空襲を開始してそれなりの時間が経過したが、鉄壁の防衛網により基地航空隊は目標である運河棲姫に近づくことが出来ないでいた。それにも関わらず航空隊の損耗は無視できないレベルにまで拡大していた。

 

“いっその事水平爆撃でもするか?”

“そんなの当たる訳ないだろ”

“じゃあ、護衛から削ろう。それなら突破できるんじゃないか?”

“それ削ってる間に、俺たちが壊滅しそう。と言うか、そんな事する時間が無い”

“だよなー”

 

 妖精たちは忌々し気に周囲を見渡した。相変わらず濃厚な弾幕を張る深海棲艦たちだが、その身体は夕日に染められ赤く見える。それはつまり基地航空隊が活動出来る時間が迫っている事を意味していた。

 

“じゃあ、一斉攻撃する?”

“いや、それやっても無理だったじゃん”

“だよな。となると……例のプラン?”

 

 その言葉に、この場で生き残っている妖精たちの顔が引きつった。

 

“マジか”

“あれは流石に勘弁”

“てかトラウマが再発しそう”

“俺らの?”

“いや、艦娘の方”

“ありそう”

 

 一斉に反対意見を口にする妖精たち。だが、

 

“でもさー、俺らが失敗したら艦娘さんが死んじゃうかも……”

 

 この一言に全員が沈黙する事になる。

 

“……それは問題だ。俺が泣く”

“お前が泣くのはウザいだけだけど、艦娘さんの泣き顔は見たくないなー”

“だよな。そうなるとそうならないためにも、成功させないといけないし……、アレしかないか”

“……”

 

 暫しの静粛が妖精たちを包み込む。そして、ある妖精が声を上げた。

 

“しょうがない、アレで行こう!”

 

 その言葉に妖精たちは頷くと、どこか自棄になった様な笑顔を浮かべていた。

 

“やるかー!”

“一発勝負だ! 戦闘機隊も呼び戻せ!”

“OK!”

“所でトラウマ持ちの艦娘はどうする?”

“そこは提督さんに投げる”

“よくよく考えたら俺ら復活出来るし、例のプランを実行しても全然問題ないじゃん”

“復活出来ても痛いことは痛いけどな!”

“大丈夫。撃墜された時も痛いから”

“どこが!?”

 

 そんな軽快なやり取りをしつつ、生き残っている基地航空隊は戦闘機たちと合流しタイミングを見計らう。そして、

 

“突っ込めー!”

 

 全機が眼下の深海棲艦に向かって突撃していった。

 

――!?

 

 この攻撃に異様な物を感じ取ったのか、弾幕を形成する深海棲艦たち。だが彼らはそれらに引く事なく、強引に迫っていく。当然その様な事をすれば、対空砲火に絡めとられ何機もの航空機が被弾し、炎に包まれてしまう。だが異変はそこからだった。

 

“まだまだっ!”

 

 彼らは火のついた機体を必死に操作し、対空砲火を上げる深海棲艦に狙いを定めると――そのまま機体と共に突っ込んでいった。

 その光景に、防空棲姫は目を見開いた。

 

――特攻!?

 

損害を一切無視した体当たりを辞さない一斉攻撃。これが基地航空隊の妖精たちが実行したプランだった。防空棲姫は体当たりを見て特攻と判断したが、正確には間違いであり、一応生還も考えている。とは言え決死的作戦である事には変わりなかった。

 

“怯むな、行け行け!”

 

 だがこのような強引な突撃は、当然ながら基地航空隊にも大きなダメージを与えていた。進むたびに何機もの機体が被弾し、編隊から脱落していく。しかし彼らは止まることなく濃密な弾幕の中を突き進んでいく。

 

――!

 

 彼らの決死の攻撃をもってしても、そう易々と運河棲姫に辿り付けるものではなかった。特に最後の砦である防空棲姫の奮闘は目覚ましく、圧倒的な対空砲火により一機たりとも通さない。

 

“やっぱり、防空棲姫が邪魔だ!”

“任せろ、目に物見せてやる!”

 

 返答と共に、一機のTBFが編隊から飛び出した。TBFは一気に急上昇し、ある高度に達した所で防空棲姫に狙いを定めて爆弾を投下した。防空棲姫の周辺で幾つかの爆炎が上がる。水平爆撃のため狙いは甘かったため、命中弾はない。しかし、

 

――!?

 

 爆発とそれに伴う煙が防空棲姫の視界を遮った。しかし彼女はレーダーを保有している。思わぬ事態に一瞬だけ気を取られたが、視界を遮られた所で防空能力に異常はない。

 だが、航空機たちにとって一瞬の隙が出来ただけで十分だった。

 

“抜けたぁ!”

 

 防空棲姫の脇をすり抜け、一機のF6F-5が運河棲姫の目の前で迫る。しかし、

 

――させない!

“っ!”

 

 防空棲姫が行かせまいと素早く砲を向け砲弾を放った。だが狙いは甘い。

 

“尾翼だけなら何とかなるな。――脱出させてもらうよ!”

 

 尾翼がもぎ取られ、更に炎に包まれながらも、F6F-5は止まらず目標に突っ込んでいく。そして妖精がコックピットから脱出した直後――機体は運河棲姫に命中し、爆発を起こした。

 

 

 

《赤色結界消失!》

 

 上空で待機している航空管制官の通信に、真っ先に反応したのは赤色結界の外で待機していたF/A-18Eを始めとしたジェット戦闘機たちだった。彼らは素早く敵の航空機群に狙いを定める。

 

《Purple-1、FOX-3》

《Purple-2、FOX-3、FOX-3!》

 

 発射符号と共に放たれたミサイルが、深海棲艦の航空機群を纏めて薙ぎ払う。更に対地攻撃使用の機体が各地に点在している滑走路に爆撃し、次々と使用不能にしていく。これによりパナマ全域での航空優勢をアメリカ軍が確保する事になる。

 この事実は戦況を動かすのに十分だった。

 

「こちら大西洋艦隊。反撃を開始する」

 

 ガトゥン湖に近い事から、重厚な防備で固められているコロン港を攻める艦娘部隊が、戦線を押し込み始めた。このまま行けば、コロン港に辿り着くことは確実だった。

 そんなアメリカ軍に優位な状況にあるパナマだが、深海棲艦の士気は落ちていなかった。

 

――無理に押し返す必要はない。防衛戦に従事して。

 

 イースター島沖拠点から多数の援軍が出ているのだ。彼女たちは援軍到着までの3日間を凌ぎきればいいのだ。航空優勢が奪取されるのは事前に予測されており、地形を利用して艦娘たちの攻撃を凌ぎきるつもりだった。

 だが――アメリカ軍はそれを許すつもりは無かった。

 

《マックレア少佐。出撃を許可する》

《了解。エスコート頼むぞ》

《任せろ》

 

 最初に異変に気付いたのは防空棲姫だった。北から飛来する何かをレーダーが捉えていた。数は6。大きさ的に航空機と推測するが、ジェット戦闘機にしては移動速度が遅い。

 

――なんだ?

 

 訝しむ防空棲姫。謎の飛行体を探ろうとした瞬間、

 

《Gray-1、FOX-3》

――っ!?

 

 上空を旋回するジェット機たちが防空棲姫を始めとしたガトゥン湖の深海棲艦たちに攻撃を加える。深海棲艦を撃破する事は叶わないが、爆炎による目くらましには十分だった。更に一部の空母艦娘から放たれた夜間攻撃機からの攻撃も加わり、注意がそちらに向いてしまう。

 彼女たちの視線が航空攻撃に向いている隙に、6つの飛行体――大型輸送用ヘリコプター、CH-47F チヌークが事前偵察で敵の射程外であり、周辺に深海棲艦が確認されていない地点に降下。後部ハッチが開かれると、艦娘たちが次々と飛び出し、周囲に展開していく。

 

「折角、ラぺリングの訓練をしたのに」

『あれじゃあ、まだまだ実戦にゃ使えねぇよ』

 

 輸送ヘリコプターから最後の一人、アイオワと彼女に乗艦しているマックレアが降り立つ。直後、ヘリコプターは素早く飛び立ち、後方へ退避していく。

 

「総員、展開が完了しました!」

『よし』

 

 マックレアは素早く周囲を見渡した。戦艦、重巡を中心とした艦娘、総勢300名が、訓練通りに周囲に展開している。この状況に怖気づいた者もおらず、彼女たちの表情からは高揚感が見て取れた。彼はニヤリと笑うと、声を張り上げ命令を下す。

 

『艦隊前進! 目標、運河棲姫!』

 




まあ、割と気付いている人も多かったと思いますが、「例の部隊」の登場です。要するにヘリボーン部隊ですね。

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