それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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パナマ攻略戦、ようやく決着です。
判定は1d100を3回行い、その合計値で決定しました。また、今回アメリカはパナマを挟撃していますので、ボーナスが20付きます。


海を征く者たち59話 第4任務艦隊

 パナマ攻略において、頭を悩ませていた。アメリカは色々といざこざがあるとはいえ、艦娘大国だ。2級拠点であり大戦力を有するパナマを落とす事は、邪魔が入らなければ、現在のアメリカならば真っ向勝負でも勝てるだろう。そう「邪魔が入らなければ」だ。

 問題は増援が送られてくる可能性が非常に高いことだった。特に距離が近いイースター島沖拠点からは、確実に増援が出る事は誰もが頷く物だった。仮にパナマに増援が到着した場合、アメリカが彼の地を奪還出来る可能性は、一気に低くなってしまう。アメリカは何としてでも増援到着前にパナマを攻略し、敵の増援を迎え撃つ準備をしなければならなかった。

 とは言え、早期攻略は容易ではない。太平洋、カリブ海の両洋からの挟撃自体は真っ先に採用されたものの、それだけでは増援到着前にパナマを攻略出来ない可能性がある判断されており、図上演習でも同様の結果が出ていた。攻略のための戦力を増やす事も検討されたが、これ以上の増派は本土防衛任務に支障が出かねないため、不可能だった。

 そこで採用されたのが、艦娘部隊を航空機で輸送、敵の旗艦を撃破する斬首戦術だった。

 深海棲艦に有効な戦力である艦娘をヘリコプター等の航空機による機動力で素早く展開させると言う構想は、艦娘登場初期から世界各地で実施されていた。初期は艦娘自体の数の少なさから、各地に分散配備する事が出来ず、機動防御のための手段としてのヘリボーンが採用されており、現在でも艦娘戦力の乏しい国ではこのヘリボーンによる機動防御は継続されている。今回はそれを攻勢のために使用する事にしたのだ。

 その様な背景で今回の作戦のために急遽設立されたヘリボーン部隊である第4任務艦隊。それを指揮するのは、退役前はレンジャー部隊所属の陸軍大尉であり、現在は提督であるマックレア少佐だった。

 

『支援部隊は所定の位置まで前進後、その場で待機。命令が入り次第、任務を遂行しろ』

「了解しました」

 

 前進する艦隊から、数十人の艦娘が複数の部隊に分かれて艦隊から離脱していく。それを確認するとマックレアは全ての艦娘に通信を入れた。

 

『全艦通達。第四戦速にて敵に肉薄する!』

「Yeah!」

 

 彼の号令と共に艦娘たちは歓声を上がった。同時に艦隊が一気に速度を上げガトゥン湖を突き進んでいく。

 その様子を運河棲姫は苦々し気に、睨みつけていた。

 

――やられた!

 

 運河棲姫としても、まさか本拠地の目の前に艦娘部隊が現れるとは思っても見なかった。湖の内部には味方の航行の妨げとなるとして機雷を敷設していないため、敵の足を止める仕掛けは無い。また敵の動きが洗練されている事から、構成されている艦娘全員がかなりの練度を持っている事が見て取れる。その練度から、彼女たちが敵の本命であると判断した。だからこそ、

 

――予備部隊を直ぐに呼び戻して! あれを潰せれば、私たちの勝ちよ!

 

 彼女は護衛のための艦隊を敵に差し向け、目の前に迫る艦隊を叩き潰す事を選択する。あれだけの高練度かつ戦艦が多数配属されている艦隊を投入するとなれば、二の矢は無いはずだ。つまりここを凌ぎ切れば、イースター島沖からの援軍と合流出来る確率が格段に上昇するのだ。

 そしてその事は、マックレアたちも分かっていた。

 

『敵の戦略予備が戻ってくれば、俺たちは挟撃される! その前に殲滅する!』

 

 奇襲による効力は、時間が経てば経つほど低下していく。更に第4任務艦隊は任務の関係上、大破艦を修理するための体制が存在しない。彼女たちは全力を持って敵を撃破するしか生き残る道は残っていなかった。

 両艦隊がガトゥン湖を高速で突き進んでいく。そして、

 

「レーダーに反応!」

 

 アイオワに搭載されているレーダーが敵を捉えた。無数の深海棲艦がひしめいているのが良く分かる。

 運河棲姫は迫り来る第4任務艦隊に対して陸地の砲台施設との連携をするために、護衛の深海棲艦を殆ど前進させず防御態勢を取っていた。数で劣っている事も有ったが、主な理由は海上とは違い、狭い湖内では思うような機動力を発揮出来ないと考えたためだ。

 

「迎撃態勢を取っているわ」

『だが好都合だ』

 

マックレアはニヤリと笑うと、後方に通信を繋げた。

 

『支援部隊!』

《Yeah!》

 

 返答したのは直進を続けるアーロンたちの後方、先程艦隊から離脱した支援部隊だった。その中核となっているのはコロラド級、テネシー級を始めとした低速戦艦たち。その全ての戦艦が16インチ砲を備えていた。

 

「Fire!」

 

 轟音と共に一斉射された砲弾が前方を行く第4任務艦隊を飛び越え、深海棲艦の艦隊に降り注ぐ。実質的な射程距離を無視した長距離砲撃であるため狙いはかなり甘い。しかしそれでも十分だった。

 

――!?

 

 ばら撒かれる様に放たれた砲弾に、護衛の深海棲艦たちは混乱していた。狭い湖上でロクな回避も出来ず、更に16インチもの巨大砲弾により至近弾であっても駆逐、軽巡クラスを中心に損傷する艦が多発していた。

 

――落ち着きなさい! 迎撃態勢を崩さないで!

 

 混乱を抑えようと運河棲姫が声を張り上げる。これが功を奏したのか、艦隊全体にあった混乱が落ち着き始める。直ぐに元通りになるだろう。

最も、その様な隙を第4任務艦隊が与えるはずもなかった。

 

「射程に入ったわ!」

『全艦、前進しつつ砲撃を開始!』

 

 高速戦艦の16インチ砲が、重巡たちの8インチ砲が砲火を上げた。無数の砲弾が混乱から完全には立ち直っていない深海棲艦たちを撃ち抜いていく。だが深海棲艦もただやれられているばかりではない。

 

――迎撃!

――戦艦部隊、撃ちなさい!

 

 号令と共に砲撃を始める運河棲姫と防空棲姫。それに釣られたのか、周囲の深海棲艦も慌てて砲撃を開始する。

 間もなくして両艦隊による激しい砲撃戦が始まった。それぞれの艦隊に徐々に、だが確実にダメージが蓄積していく。そのダメージレースに優位に立っているのは――第4任務艦隊だった。

 

『わざわざ重量級を揃えてきたんだ! 一気に押し込んでやれ!』

 

 マックレアが吠える。第4任務艦隊のメンバーはほぼ戦艦、重巡が占めている。そのため汎用性は無いが、代わりに瞬間的な投射火力が通常の艦隊編成よりも圧倒的に高かった。この対艦火力の前に、防空性能に重点を置いていた護衛艦隊は相性が悪かったのだ。その上数も倍近く揃えている。第4任務艦隊が敵を押し込むのは当然の事だった。

 

――予備戦力はまだなの!?

 

 防空棲姫が迫り来る艦娘に向けて砲を連射しつつも、悲鳴のような声を上げる。敵との相性は最悪、数は倍。この状況を逆転させるには、バルバア港に送った予備戦力を呼び戻すしかない。

 

――飛行場姫! 予備戦力は!?

 

 運河棲姫はバルボア港で指揮を執る飛行場姫に通信を繋げる。しかし彼女に帰ってきたのは悲鳴だった。

 

――こちら飛行場姫! 現在敵艦隊から猛攻を受けているわ!

――少しだけでもいいわ! 戦力をこっちに戻して!

――無理よ! その様な事をすれば敵に突破される!

 

 この時、太平洋艦隊はバルボア港の戦力を拘束するために、投入可能な全ての艦娘部隊だけでなく、通常兵器も総動員しての全力攻撃を行っていたのだ。この策は見事に当り、バルボア港に詰めている深海棲艦たちは迎撃に手一杯となり、予備戦力をガトゥン湖に戻す事が出来ないでいた。

 

――なら港湾棲姫と合流すれば……!

――駄目よ! 合流した所で挟撃されるだけよ!

 

 防空棲姫の案を、運河棲姫は即座に却下する。当然の事ながらコロン港でも大西洋艦隊が全力攻撃が行われており、防衛で手一杯だ。下手に合流した場合、戦況が変わるどころか更に形勢が不利となりかねなかった。

 

「見つけた!」

『目標、運河棲姫!』

「Target in sight!」

 

 護衛艦隊をかき分け運河棲姫の目の前まで迫ったアイオワを始めとした高速戦艦たちが、一斉に砲を目標に向けた。

 

――っ、マズイ!

 

 防空棲姫が旗艦の盾にならんと飛び出す。しかし彼女の身体一つだけでは全ての攻撃を防ぐ事は不可能であり、二人とも消し飛ぶだろう。

 その様な状況下、運河棲姫は高速で思考を巡らせる。目の前には高練度の艦娘部隊。両洋に配備した戦力は拘束されており救援は来ない。それらを挽回できる策を見出さなければならない。時間にして一秒も満たないが、必死に必死に思案し――彼女は小さく笑った。

 

――詰み、ね……。

 

 次の瞬間、運河棲姫の身体は巨大な爆発に包まれた。

 

 

 

――運河棲姫との通信が切れたわね。

――……防空棲姫とも繋がらない。沈んだみたい。

 

 バルボア港とコロン港、両港で奮戦を続ける飛行場姫と港湾棲姫は、突如途絶した旗艦との通信に、自陣営の敗北を悟った。

 

――そっちの戦況は?

――……互角。

――私の方もそんな所ね。

――……でも。

――ええ、直ぐに拮抗が崩れるわね。

 

 飛行場姫は鬱陶し気に前線を眺める。運河棲姫が撃破された事を知ったのか、未だに戦闘が継続しているにも関わらず、艦娘たちが歓声を上げている。直ぐに最高潮にまで高まった士気の下、艦娘たちによるこれまで以上に激しい攻撃に晒される事になりそうだった。

 そして敵は正面だけではない。旗艦を打ち倒したヘリボーン部隊と護衛部隊との戦闘は未だ続いているが、それも直ぐに終わるだろう。そうなれば艦娘たちが次に行うのは、友軍の援護だ。その様な事態となれば深海棲艦たちは確実に殲滅される事となる。

 その様な事態に陥る前に、彼女たちは何かしらの行動を取る必要があった。

 

――……散開して、ゲリラ戦?

 

 港湾棲姫は目を細め、事前に思案されていた案を提示する。これは援軍到達までの持久戦として挙げられていた物だ。しかし飛行場姫は首を横に振るった。

 

――私たちが持たないわ。

 

 イースター島沖拠点からの援軍が到達するまで3日は掛かる。それだけ時間が掛かるとなると、パナマの戦力が全滅する可能性が高かった。即ち現有戦力でのパナマの意地は困難であった。なので採れる選択肢は限られてくる。

 

――……撤退。

――意地を張って玉砕なんて趣味じゃないしね。

 

 纏まった戦力が残っている内にパナマから離脱する。それが彼女たちの選んだ選択だった。とは言え立地の関係上、後退する事は出来ない。そうなれば採れる選択肢は一つしかなかった。

 

――撤退するために突撃なんてね。

 

 ため息を吐く飛行場姫。狂気染みた方法であるが、退路が断たれているのだからこうするしかない。幸いな事にバルボア港、コロン港共に艦娘部隊による陸上戦が行われており、海上には左程戦力が残っていない。運河を使って素早く海まで出る事が出来れば、撤退できる可能性は十分にあった。

 

――撤退するわよ! 総員、運河に入りなさい!

 

 飛行場姫の命令と共に各地で応戦を続けていた深海棲艦たちが、持ち場を離れ次々と運河に入水していく。その光景に多くの者たちがその行動に首を傾げ――、一部の者が何をしようとしているのかを察した。

 

「不味い、止めろ!」

 

 ある提督が深海棲艦の企みを阻止しようと、慌てて艦娘たちに指示を出した。だがそれはいささか遅かった。

 

――総員、機関一杯!

 

 号令と共に、深海棲艦の大群が一気に運河を下っていく。艦娘も慌てて追おうとするも、艦娘の陸上での移動速度は人間と左程変わらない。艦娘たちとの距離を一気に引き離していく。もっとも突破出来たのは陸上で対峙していた部隊だけだ。海上にも艦娘部隊は残っている事は確実であり、逃げ切るまでにどれくらいの犠牲が出るかは分からない。しかし生き残るためには、強引にでも突破するしかなかった。

 

――……幸運を。

――ええ、またいつか会いましょ。

 

 太平洋とカリブ海。二つの海で深海棲艦による撤退戦が始まった。

 

 

 

「やれやれ、締まらねぇ結末だな」

 

 パナマ、ガトゥン湖のある丘に降り立ったマックレアは火の点いていないタバコを咥えつつ苦笑した。第4任務艦隊がガトゥン湖の残敵を掃討し、いざコロン港攻撃部隊への掩護に向かおうとした頃には、既に姫級を含めた深海棲艦が逃走しており、深海棲艦を挟撃するプランが瓦解していた。この光景はバルボア港でも確認されており、予想とは違う形ではあるものの、パナマは深海棲艦の手から解放される事となった。

 

「でも弾薬も資源も思ったより消費していたし、助かったわ」

「まあな」

 

 マックレアの側に付くアイオワの言葉に、彼は頷く。運河棲姫撃破のために第4任務艦隊は事前の予想よりも大量に燃料、弾薬を消費していたのだ。勿論補給艦艦娘も連れてきており、ある程度の継戦能力は有していたのだが、飽くまで「ある程度」でしかない。

 また奇襲と数的有利で押し込んで勝ちを拾ったとは言え、艦隊自体にも損耗は当然ながら生じていた。

 

「艦隊の損害は?」

「中、大破した艦娘も無視できない数ね。それに轟沈した艦娘もいるわ」

「戦死者数は?」

「8名よ」

「轟沈しにくい戦艦、重巡を集めてもそれだけ出たか……」

 

 第4任務艦隊はその任務の関係上、通常の艦隊の様に大破艦のための後方への護送体制が取れない。そのため少しでも轟沈艦を防ぐために防御力、耐久力の高い艦娘が採用する必要があり、第4任務艦隊の編成が戦艦、重巡に偏った理由の一つだった。

 それでも高練度の主力艦クラスの艦娘がそれだけ轟沈したのだ。多いと見るか少ないと見るかは様々な意見が出るだろうが、少なくとも当事者のマックレアとしては「多い」と判断していた。

 8名の轟沈者に無視できない数の中、大破艦。そして心もとない燃料、弾薬。この状況で戦闘を継続していた場合、艦隊の損害は確実に拡大していた。その意味では、深海棲艦の素早い撤退が、第4任務艦隊を生き永らえさせえたとも言えた。

 小さくため息を吐きつつ、若干沈んだ気分を和らげようと、タバコに火を点けようとした時、

 

《作戦司令部より第4任務艦隊》

 

 不意にマックレアの持つ無線機に通信が入った。

 

「こちら第4任務艦隊、マックレア少佐」

《マックレア少佐。貴艦隊はパナマの拠点化作業を開始して下さい》

 

 どうやら休憩も出来ないらしい。彼は思わず舌打ちをしそうになりながらも、了解の意を伝え通信を切った。

 

「司令部からね?」

「ああ、今度は基地作りだ」

「Oh……」

 

 マックレアはタバコを箱に戻しつつ、大きくため息を吐いた。

 深海棲艦の撤退に対して一部の部隊からは追撃を要請が出ていたのだが、作戦司令部は追撃を許可しなかった。

 何せイースター島沖拠点から5000隻もの大艦隊がこちらに向かって来ているのだ。早急にパナマを整備して敵艦隊を迎え撃たなければならず、とても追撃をしている余裕は無かった。

 現在、パナマでは比較的余裕のある艦娘部隊や後方に詰めていた工作部隊が、各地で急ピッチで工事を始めている真っ最中であり、第4任務艦隊もそれに参加するようにとの通信だったのだ。

 

「メンバーはどうするの?」

「あー。中、大破艦はそのまま待機。工事はそれ以外のメンバーでやるぞ」

「OK。――ああ、Admiral。工事の前にやっておきたいことがあるわ」

「あん?」

 

 マックレアは首を傾げつつアイオワに振り向き――、いつの間にか彼女が手にしていた物を見て思わず苦笑した。

 

「おいおい。俺たちゃ海兵隊じゃねーぞ?」

「良いじゃない。減るものじゃないわ」

「そもそも、そんなのどこに仕舞ってたんだ?」

「当然艤装よ」

 

 二人はそんなやり取りをしつつ、丘を登っていく。

 

「あれって……」

「行こう!」

 

その道中でアイオワの持つポール状の物に気付いた艦娘たちが続々と集まって来ていた。その様子にアイオワは楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「やっぱり皆直ぐに分かるみたいね」

「有名だしな」

 

 そうこうしている内に、マックレアとアイオワが頂上に到着した。やや低い丘ではあるが、ガトゥン湖が一望出来る場所だった。

 

「Admiral」

「おう」

 

 二人は共に一本のポールを握りしめた。ポールの先にある物は――星条旗。

 

「派手にやるか!」

「OK!」

 

 一人の提督と彼の初期艦は多くの艦娘たちが見守る中、高々と星条旗を掲げ――そして丘の頂上に突き立てた。

 




パナマ攻防戦判定結果。
アメリカ(挟撃ボーナス20):66+56+09=131
深海棲艦:23+19+27=69

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