それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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エースコンバット7を今更ながらに購入。
据え置き機はゼロのみ、携帯機は一応全部やっていたものの、腕が見事に劣化しておりイージーでも大苦戦中……。エスコンってこんな難しかったっけ……?


海を征く者たち60話 パナマの後

 パナマの奪還の成功。このアメリカ軍による一大作戦の結果を知らされた、多くのアメリカ国民は歓喜に沸いていた。特に爆撃される事の多かったアメリカ南部では特にその傾向が顕著だった。

 なにせこれまでアメリカ南部は、パナマから繰り出されていた長距離爆撃機の攻撃に常に晒されていた。しかし今回で爆撃機の拠点であるパナマが奪還された事により空爆がなくなり、住民が命の危機に晒される可能性が一気に減ったのだ。喜ばない者が居ないのは当然の事だった。

 また、このパナマ奪還に喜んでいるのは軍部も同じだった。これまでは爆撃機の侵入を防ぐためにアメリカ本土への侵入コースとなる南部に多くの防空戦力が割かれていたのだが、パナマの陥落によりこの戦力を余所へ移す事が可能となったのだ。現在、この余剰戦力を獲得しようと、太平洋側と大西洋側で暗闘が繰り広げられているのだが、どちらにしろ、沿岸部の防空戦力が向上する事が確定だった。

 その様に多くの者たちが歓喜の声を上げている中、アメリカ軍の一部の者たちも挙げられた戦果に満面の笑みを浮かべつつ動き始めていた。

 

 パナマ攻略からしばらく経ったある夜。太平洋艦隊の司令官執務室に備え付けられている応接用の椅子に二人の男の姿があった。

 

「今回の勝利を祝って」

 

 一人はこの執務室の主であるアーロン。彼は小さく笑みを浮かべつつ、対面に座る友人に向けてウイスキーで満たされたグラスを掲げる。

 

「おう」

 

 もう一人の男、パナマで第四任務艦隊を率いていたマックレアもグラスを掲げる。キンっとグラス同士がぶつかる軽い音が執務室に響いた。二人は同時にグラスを煽る。

 

「うめぇな」

「今回のために取り寄せたウイスキーだ。美味いのは当然だな」

「安酒好きが珍しいじゃねーか。いくら掛かったよ?」

「聴きたいかい?」

「いや、やめとこう。気おくれしそうだ」

「そんなタマか?」

 

 とめどない雑談が二人の間で交わされる。二人とも仕事に掛かり切りであった事から、こうして話すのはパナマ攻略前に会って以来だった。

 

「それで? お前さんの企みは上手く行きそうなのか?」

「ああ、順調だな」

 

 マックレアの問いにアーロンは小さく笑う。

 

「何せ親艦娘派の人間の指揮によって、アメリカの喉元に突き付けられていたナイフが取り払われたんだ」

「それも艦娘の活躍によってな」

「その通りだ。やはり『艦娘の活躍により勝利し、重要拠点を奪還した』いう実例があるのは大きい」

 

 アメリカは艦娘大国であり、深海棲艦と数多くの戦いを日々繰り広げているのだが、実のところ数百、数千人規模での大規模戦闘での勝利はこれまでなかった。そのため軍内部では艦娘の戦闘能力を頭では解っていても、艦娘にどこか懐疑的な視線を送る者も少なくなかったのだ。

 だがパナマでの大勝により、その流れは一気に変わった。

 

「これまで中立派に属していた軍人が、親艦娘派に流れて来た。それに少数ではあるが、反艦娘派もこちらに来始めている。これはかなり大きい」

 

 大規模作戦の成功した事により、彼女たちの実力が本物である事の証明となったのだ。これにより艦娘に懐疑的だった者を親艦娘派になびかせるには十分だった。また、親艦娘派であるマイヤーズの指揮の下、パナマが解放された事により、軍内部での親艦娘派の発言力、影響力は一気に増した事により、その力のおこぼれを狙って親艦娘派に鞍替えする者もいた。

 

「ならば、お前さんの目指す改革も出来そうなんだな?」

「ああ、まずは太平洋艦隊からだな」

「……太平洋艦隊だけか?」

「これはテストベットさ。改革が成功すれば大西洋艦隊も無視は出来ない」

「ほー」

「それに家の艦隊ならば、反対派は居ないからな。私たちにとってはやりやすい環境さ」

 

 親艦娘派の牙城である太平洋艦隊にも反艦娘派はいるのだが、今回の作戦の成功により、親艦娘派が太平洋艦隊を完全に掌握する事になったのだ。そのためアーロンの改革に反対する者は誰もいなかった。

 

「ほー、ならお前さんたちに期待させてもらおうか」

「おいおい、他人事か?」

 

 その様な事をのたまうマックレアに、アーロンは呆れた様な表情を浮かべた。

 

「マスター、いや第4任務艦隊の『マックレア司令官』にも頑張ってもらわないといけないんだぞ」

「……あん?」

「マスターには勲章が授与される事が決まっている。つまり『英雄』として働いてもらう事になったよ」

「おいおいおいおい!」

 

 目の前の友人の言葉の意味を即座に理解し、マックレアの顔色は一気に青ざめていく。

 

「勘弁してくれよ。俺が英雄ってタマに見えるか?」

「見えないな。だが挙げた戦果はまさに英雄だぞ」

 

 ヘリボーンにより敵の本拠地に奇襲をかけ、8名の犠牲だけで敵旗艦である運河棲姫を討ち取ったのだ。第三者から見れば、マックレアはまさしく英雄だった。そしてアーロンはそんな彼を自陣営のためにも、放っておく気は無かった。軍の改革が最優先ではあるものの、彼はこれを機にアメリカ国民への意思改革も狙うつもりだった。

 

「まずは授賞式だろ? 次にアメリカ各地で講演会。後はテレビにも出てもらわないとな」

「本当に勘弁してくれ……」

 

 天を仰ぐマックレア。そんな彼にアーロンは笑いながら肩を竦める。

 

「だが実際、必要な事だぞ? 何せ多くのアメリカ国民は艦娘に対する不信感を持っている。少しでも払拭する必要がある。それが後々に、艦娘の利益に繋がるはずだ」

「……つまり俺は親艦娘派の旗印か?」

「私よりも『英雄』の方が、一般人の受けは良いだろうさ」

 

 アーロンの言葉にマックレアは沈黙する。だが1分も経たない内に、彼は大きくため息を吐くと、両手を挙げた。

 

「わーったよ。『英雄』になってやらぁ」

「マスターならそう言ってくれると思ったよ」

「うっせー。代わりサポートはきっちりしてもらうからな」

「ああ。我々が全力でサポートしよう」

 

 こうして親艦娘派の思惑の下、英雄マックレアは誕生する事となった。

 

 

 

 パナマ攻略作戦「オペレーション・スイートホーム」。この作戦と、それにまつわる複数国またがる軍事作戦は、はっきり言って大成功と言えた。

 

 先ずアメリカだが、パナマをたった1日で攻略出来た事により、イースター島沖拠点からの5000隻からなる大艦隊を迎え撃つための準備期間を得る事が出来た。

パナマでは戦闘終了と同時に、提督、艦娘、そして工兵部隊が上陸。大急ぎで戦闘に必要な施設を建造する事になる。一部の提督や艦娘からは、先程まで戦闘していたのだから休憩させてくれ、と愚痴が出ていたものの、迫り来る深海棲艦艦隊を前にその様な意見は華麗にスルーされていた。こうして様々な者たちの努力とボヤキの末、2日経った頃にはパナマは即席ながらも強固な要塞と化していた。戦力も太平洋、大西洋艦隊の艦娘部隊が合流し、更に少数ながらも本土から援軍も送られてきたため、増援部隊を迎え撃つには十分だった。

 だが――増援部隊は結局、パナマには来なかった。パナマから太平洋側に逃げ出した深海棲艦と合流した所で、反転したのだ。

 この事態に激しい戦闘を予想していた多くの者たちは肩透かしを食らう事になったが、パナマを守れたことには変わりはない。

 こうしてパナマは完全に人類の手に戻る事になった。

 

 アメリカによるパナマ攻略の援護として行われていた日本とイギリスによる囮作戦だが、こちらも上手く行っていた。

 まず日本だが、ハワイ諸島拠点からの攻勢が無かった事から、日本艦隊に大した消耗は無かった。戦果としては北太平洋の幾つかの中小規模の拠点を撃破しており、北太平洋方面の深海棲艦の圧力は減少する事となった。また半ば日本の一方的な都合ではあったものの、大々的に日露共同防衛協定を履行したため、ロシアとの友好関係も良好な物である。ハワイ疑似攻勢作戦「布号作戦」の結果は、日本にとって実りのある物と言えた。

 大西洋で囮をする事になったイギリスだが、こちらはアゾレス諸島拠点から艦隊が出てきたため、日本艦隊よりも損害を出していた。マデイラ諸島の沖合で行われた海戦の結果だが、ジブラルタルから発進した戦闘機たちによるエアカバーが存分に機能したお蔭で、イギリス艦隊は十全に戦う事ができ、最終的に撃退に成功した。通常艦隊に轟沈艦は無く、また艦娘部隊も大破艦の護送システムが機能していた事により、事前の予想よりも轟沈した艦娘は少なかった。

 そんなイギリス艦隊の戦果だが、大西洋に面する国々にとって益のある物であった。マデイラ諸島を始めとする中小規模拠点の撃破と目の上のたん瘤となっているアゾレス諸島拠点の戦力を削った事により、大西洋方面での深海棲艦の圧力が減少する事になったのだ。またイギリス政府はこの戦果を盾に、ヨーロッパ各国にイギリスへの支援を要請すると言った外交を始めている。イギリス艦隊によるアゾレス疑似攻勢作戦「オペレーション・マーチ」もイギリスに益をもたらしていた。

 

 この様にアメリカ、日本、イギリスといった軍事作戦に参加した国々は、見事に国益を手にする事が出来た。ではそれ以外の国はというと――実のところ、大きな問題が発生している地域があった。

 

 9月のある日。アメリカを動かす者たちの城であるホワイトハウスのとある会議室。そこには大統領を始めとした、政府組織のトップたちが一堂に会していた。その中で念願のパナマを奪還したにも関わらずその事に喜んでいる者は誰もおらず、それどころか誰もが顔色を悪くしていた。

 

「……報告を頼む」

 

 クーリッジ大統領は静かに告げた。バーダー国務長官は一つ頷くと、資料を手に立ち上がる。

 

「エクアドル、ペルー、ボリビア、チリの政府機能の停止が確認されました。現在、周辺諸国に難民が流出中であり、現地では混乱が発生しているとの事です」

「軍からの報告です。航空機での偵察を行いましたが、沿岸部に面した都市及び軍事基地の大半は壊滅状態。内陸部の都市でも被害が出ているようです。また主要な鉱山地帯や農業地帯も攻撃を受けた様です」

 

 バーダー国務長官とマーシャル国防長官の報告に誰もがため息を吐いた。スチュアート内務長官が皮肉気に笑う。

 

「やれやれ。我々が欲していた資源の輸入先がこんなことになっているとはな。――軍は動けなかったのか?」

「パナマでの防衛戦を想定していた事、またあの時点で高速での移動手段が無かった事から、対応は困難でした」

「今回のパナマ奪還ではヘリボーン部隊が活躍したと聞いたが、それは使えなかったのか?」

「確かに投入は可能でしょうが、結果は変わらなかったでしょう。数の差で押しつぶされるのが目に見えています」

「……」

 

 スチュアートとマーシャルの間に、徐々に剣呑な空気が漂い始めた。そんな光景に、クーリッジは小さくため息を吐き間に入る。

 

「二人とも落ち着け。ここで言い争った所で何もならん」

「……そうだな。だが――」

「ああ。……まさか増援の艦隊が南米各国に攻撃したのは想定していなかった」

 

 事の起こりはイースター島沖拠点からの増援部隊と、パナマから撤退した深海棲艦残党が合流した所から始まった。彼女たちは合流後、パナマに向かわずに反転したのだが、そのまま素直に拠点まで撤退する事は無かった。

 当時ペルーの沖合を航行していた艦隊は、進路を突如ペルー北西部の沿岸の大都市であるチクラーヨに向けたのだ。

 この事態にペルーは艦娘戦力を含めた国内の全戦力を緊急展開したものの、残念な事にペルーは艦娘小国であり、5000隻以上にまで膨らんだ深海棲艦の大艦隊を防ぐ事など不可能だった。ペルー軍も奮闘するも、敵の歩みを止める事も出来ずに撃破される事となった。

 その後、深海棲艦艦隊は悠々とチクラーヨまで接近すると沿岸砲撃を開始。チクラーヨは瞬く間に瓦礫の山と化したのだが、話はそこで終わらなかった。

 艦隊は砲撃を繰り返しつつも沿岸部に沿う形で南下を開始したのだ。更に同時に航空機も発艦させ、艦砲の届かない内陸部への攻撃を開始するという徹底ぶりだった。

 結果は言うまでもなかった。ペルー沿岸部は壊滅。内陸部も防空部隊が努力したものの、全土に同時多発的に行われた空襲に対応できず、多くの都市が被害を受けてしまい、最終的にペルーの政府機能は停止する事となった。

 こうして深海棲艦艦隊はペルーを滅ぼしたのだが、彼女らはそれだけで終わるつもりは無かった。そのまま艦隊はそのまま南下を続け、チリ沿岸部へも侵入し大いに暴れ回る事となった。

 最終的に深海棲艦艦隊は数日に渡り存分に暴れ回り、沿岸、航空攻撃を受けたエクアドル、ペルー、ボリビア、チリの4カ国が崩壊。またブラジルやアルゼンチンの一部の地域にも被害が出ていた。この事件により、現在の南米は各地で大混乱が生じていた。

 

「現在、南米各国から経済、軍事を始めとした各種支援の要請が来ています」

「待て。我が国にその様な余裕はないぞ?」

 

 バーダーの報告に、クーリッジは思わず目を剥いた。スチュアートとマーシャルも頷く。

 

「内務省も同意見だ。我が国の経済状況は海が閉ざされて以来悪化している。援助に出せる金など無いぞ」

「軍も同意見です。日本の様に艦娘用装備の一部贈与や輸出ならともかく、提督や艦娘の派遣は断固として反対します」

 

 彼らの意見に他の閣僚も賛同するように頷いている。だがバーダーも引く気はない。

 

「しかしこのまま南米の混乱が続けば、当初の目的である南米各国との経済活動も出来ません。そうなれば我が国にも影響が出ます」

「……」

 

 バーダーの意見に誰もが沈黙した。パナマ攻略の目的はアメリカの安全保障もあるが、主目的は南米との経済活動の再開の為なのだ。南米が混乱したままでは主目的の達成は不可能だった。

 

「少なくとも生き残った国を立て直す必要があります。そのためにも多少の経済的支援は必要になるでしょうが、後々の貿易で十分取り返せるはずです」

「ふむ」

「またこのまま混乱が続けば、現在我が国が占領しているパナマに難民が押し寄せる可能性があります。それを防ぐためにも、南米への支援は必要になります」

「……現在発生している難民については?」

「技能を持つ者は例外として、基本的に現地に難民キャンプを作り、そこに収容する形になるでしょう。下手に他国に入れても混乱するだけです」

「……」

 

 バーダーは畳みかけるように説き伏せ、閣僚たちを沈黙させていく。全員が口を閉ざした所で、彼はクーリッジに向き直った。

 

「大統領。ご決断を」

「……」

 

 彼らの間に静寂が訪れる。だが数十秒後、クーリッジは小さく息を吐くと沈黙を破り、はっきりと頷いた。

 

「良いだろう。南米への支援を行おう」

 

 かくしてアメリカ合衆国は、南米へ方針が決定した。

 




深海棲艦「我々が何もせずに撤退するとでも?」

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