それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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閑話休題的な話その2。秋山君のところの戦力がどうなっているかのお話です。


海を征く者たち61話 提督たちによる演習

 布号作戦のために出撃していた艦隊が帰還し数ヵ月が経過した頃、日本は日常を謳歌していた。

 依然として深海棲艦による攻撃は断続的に続いているものの、そのどれもが各地に配置されている鎮守府のみで十分に対応できる範囲の攻撃ばかりであり、日本と言う国全体を揺るがすような大規模攻勢がここのところ発生していない。少なくとも国防に関わる事の無い一般国民にとって、深海棲艦出現以前と同じように海からの攻撃を心配する事の無い生活を送れるレベルにあった。

 では国防に関わる組織、自衛隊も同様であるかと言えば、答えは是とも言えるし否とも言えた。

 最前線で戦う提督と艦娘たちは、相変わらず戦いの日々を続けていた。各鎮守府では艦娘の建造や装備の開発を行い戦力の増強を行っているのだが、それを行った所で戦闘が優位に立てるようになったり、個々の艦娘の負担が軽減するだけなのだ。鎮守府が日本防衛の要である以上、一般人の様に戦闘の無い平和を享受する事は出来るはずもなかった。

 ただ悲しいことに、この様な状況は最早彼らにとっていつもの事である。そのため大規模侵攻の無い現在は、日常の中にあるとも言えた。

 ではそれ以外の戦力、通常兵器を操る自衛隊とその関係者はどうなのかと言うと、こちらは降って湧いた平穏を最大限有効利用していた。

 海では護衛艦を始めとした艦船を操る乗組員の育成に余念は無いし、空でも対フリントの切り札として配備されたF-35Aに対して現場のパイロットたちは転換訓練に勤しんでいた。対深海棲艦戦では余り出番の無い陸自も、対空ミサイル網の見直しや陸戦における対深海棲艦戦の研究をするなど、準備に邁進していた。また軍需産業を支える現場も活発だ。横須賀のドックでの原子力空母「ほうしょう」の修理に、新たな護衛艦の建造、F-35の増産は勿論の事、主要武装である各種砲弾やミサイルの製造が進められている。

 そんな敵の攻撃に備えて様々な人間が動いている光景が各所で見られているが、これも戦闘が無い分平和であり、前日と同じ様な生活が続いている意味として日常の中にあるとも言えた。

 

 そんな2018年の終わりが見え始めている12月のある日。寒風が吹きすざぶ中、伊豆諸島鎮守府の演習場に備え付けられている観覧席に、コートを身に纏った二人の男の姿があった。彼らの視線の先には12名ずつの連合艦隊同士のよる模擬戦闘を行っている艦娘たちの姿が見えていた。

 

「大和、建造出来たのか」

 

 秋山は本来この鎮守府には居ない艦娘に視線を向けた。彼女は最後方に陣取り、相手陣営に向かってその巨砲を持って砲撃を加えている。その様子にもう一人の男、山下は満足げに頷いた。

 

「ああ、先月にようやくだ」

「前々から欲しいって言ってたな」

「俺の特性は『砲撃能力』だしな。自然と46センチ砲が使える艦が欲しくなる」

「……因みにかかった資材は?」

「訊くなよ……」

 

 若干顔を青くしつつ視線を逸らす山下。その様子に何があったのか察し、これ以上追及せずに秋山は目の前の模擬戦闘――月に一回行われている秋山、山下両提督による合同演習に視線を戻した。白い鉢巻きを巻いた打撃部隊編成の山下艦隊が、赤鉢巻きの秋山艦隊に猛攻を掛けている。山下の特性を最大限利用するために構成された戦艦たちによるものだ。対する秋山艦隊は反撃しつつも、何とか接近しようと随伴艦隊が奮闘を続けている。

 

「そういうお前の所も新入りが居るじゃねぇか。ありゃ、加賀か」

「2週間前に建造出来たよ」

「どおりで動きが他と比べてぎこちない訳だ。誰が指導してるんだ?」

「赤城」

「あー、あの二人は一航戦繋がりで相性が良いしな」

 

 当然の事ながら、上空でも二つの艦隊から放たれた航空機たちが激戦を繰り広げていた。現状で航空優勢を保持しているのは秋山艦隊だ。山下艦隊の航空隊は殆どを戦闘機で構成された編成ではあるものの、空母の数自体は機動部隊編成の秋山艦隊の方が多い。秋山艦隊は数的優位で押し込めていた。

 

「お、抜けた」

 

二人が雑談している間にも空戦空域から抜け出し、山下艦隊後衛の打撃部隊に攻撃機、爆撃機が挑みかかる。だが、

 

「残念、そこは初霜だ」

 

 戦艦部隊唯一の駆逐艦娘である初霜が躍り出ると、対空砲や機銃を航空隊に向けて連射し弾幕を構成する。元々対空戦闘能力の高い初霜だが、この弾幕は防空駆逐艦である秋月型と見間違わんばかりの物だ。航空隊は戦艦たちに攻撃をする事も出来ずに次々と追い散らされていく。

 その光景に、秋山は小さくため息を吐いた。

 

「……砲撃精度と射程が向上するだけじゃなくて、対空能力も上がってるってズルくないか?」

「対空砲撃も『砲撃』の一種だからな。別に間違っちゃいねぇよ」

 

 肩を竦める山下。攻撃チャンスを逃した加賀は悔し気に若干顔を顰めているのが見えた。とは言え、山下艦隊の対空能力が高い事をよく理解している他の面々は、気にした様子もない。

 

「俺からすれば、お前の方がヤベーだろ」

 

 山下がジト目で秋山艦隊の前衛に目を向ける。前衛の随伴艦隊は巡洋艦、駆逐艦から構成された水雷戦隊だ。ポジションの関係上、山下艦隊の攻撃に晒されやすい。だが、

 

「何だよあの回避性能。あれだけ撃ってまともに直撃弾が出てねぇじゃねーか」

 

 演習が始まって既に数十分。山下艦隊の打撃部隊と随伴艦隊からの砲撃を一身に受けているためダメージを蓄積させているものの、秋山艦隊の前衛は未だに脱落した者はいなかった。

 

「随伴艦隊には全員タービンを装備させておいた。今回のメンバーなら遠距離攻撃ならそれなりに避けられるさ」

「随伴艦隊の攻撃も避けまくりじゃねぇか。普段どんな訓練やってんだよ」

「……体力づくりと攻撃回避の訓練?」

「普通砲撃とか雷撃だろ」

 

 秋山の特性の『運動性』、特性を伸ばす訓練、更に回避性能を向上させる改良型艦本式タービンの力により秋山艦隊の前衛は生き残ってきたのだ。砲撃の嵐の中、じりじりと距離を詰める秋山艦隊。そして、

 

「よし」

「あー、削り切れなかったかー」

 

 秋山艦隊の前衛が彼女らの得意とする至近距離まで辿り着いた。それと同時に、2人の艦娘が一気に加速する。随伴艦隊旗艦である叢雲と天龍だ。摩耶、木曾、夕立、島風の援護砲撃の下、山下艦隊に突貫していく。

 

「しっかしまぁ、相変わらずバカみたいな戦法だな。要するに攻撃が必中する距離まで接近して殴るってやつだろ? 普通、そこまで行く前に撃破されるぞ」

「おかしいのは自覚はあるんだけど、いつの間にか定着しちゃって……」

「因みにこの戦法の発案者は?」

「叢雲」

 

 叢雲、天龍が随伴艦隊に辿り着いた。こうなってしまえば彼女らの独壇場だ。接近戦用の艤装を持つ二人が暴れ回る。

 

「ところで、天龍ってもうちょっと可愛げとかあるもんじゃなかったか?」

「ウチの天龍って、割とガチだからなぁ。毎朝、剣振ってるし」

「だから砲とか魚雷をだな」

 

 混乱する山下艦隊の前衛。後方の戦艦部隊も掩護しようにも、誤射しかねない程の近接距離故に手を出す事が出来ない。それをチャンスと見た島風、夕立、木曾が援護射撃しつつ、加速した。その光景を見た山下は天を仰ぐ。

 

「あー、駄目だ。完全に負けパターン入った」

 

 叢雲、天龍だけでも対応し切れない所に、更に近接艤装を抜いた木曾が躍り出た事により、随伴艦隊の混乱が増していく。そして注意が近接艤装持ちに向いている所に、島風、夕立、摩耶が攻撃する。秋山艦隊の勝ちパターンの一つだった。

 

「今回は勝ちだな」

 

 見る見るうちに、山下艦隊の随伴艦隊が撃破されていく。前衛が無力化された以上、後方の打撃部隊が何とかしなければならないのだが、既に数的にも不利にある事から、逆転は難しかった。

 

「終わる?」

「それじゃあ、演習にならねぇだろ。旗艦が撃破されるまでやるぞ」

「だよな」

 

秋山艦隊の随伴艦隊が突撃を始める。山下艦隊も旗艦の長門を筆頭に必死に砲撃するも、相手を捉える事が出来ない。

 

「あ、大和が半泣きになってる」

「そりゃあ、いくら撃っても当たらないとかホラーだろ。あいつお前の艦隊と戦うのは初めてだぞ」

 

 そうこうしている内に、近接艤装持ちが山下艦隊に取り付こうとする。だがその時、

 

「……ん? おい、あれ」

「え?」

 

 山下がある物に気付き指さした。秋山艦隊の遥か上空に数機の機影が見える。山下艦隊の数少ない対艦攻撃能力を持つ爆撃機、彗星一二型だった。

 二人が注目している間に、彗星たちは機首を下げ一気に降下していく。その先に居るのは――秋山艦隊の旗艦、赤城。

 機動部隊がようやく気付いたのか対空砲火を上げ始め、標的とされた赤城も慌てて回避行動を始める。だがそれはいささか遅かった。

 

「あっ」

 

 彗星から投下された500㎏爆弾が見事に赤城に命中した。同時に演習場のスピーカーから演習終了のブザーが鳴り響く。

 演習をしていた誰もが動きを止め困惑している。その中で、大破判定を受けた赤城はただ一人絶望したような表情を浮かべていた。

 

「……」

「……ひでぇオチだ」

 

 山下の呟きだけが、辺りに響いた。

 

 

 

 日本の一角で提督たちが駄弁っている頃、アメリカ、イリノイ州のとある公民館のある一室で、マックレアは頭を抱えていた。

 

「いつまで続くんだ、これ……」

 

 今日、何回目かの講演会を前に、彼はそうぼやくしかなかった。

 パナマ攻略から帰国したマックレアだが、軍の――正確にはアーロンを始めとした親艦娘派の者たちによって、彼は世間一般に英雄として祭り上げられる事となる。

 英雄となってからのマックレアの生活は一変していた。ここぞとばかりに政府や軍の指示により、メディアの取材や講演会のためにアメリカ各地を飛び回る事となる。これはアーロンの企み以外にも、戦時国債の売れ行きが低調である事を危惧したクーリッジ大統領が、マックレアを利用して戦時国債徴収キャンペーンを行っていたためだった。

 マックレアは講演会など行った事など無かったのだが、そこは軍が派遣したスタッフによってフォローがされているため、今のところボロが出る事は無かった。

 

「いい加減、鎮守府に帰らないと不味いんだがな……」

 

 対して本業の鎮守府業務についてだが、殆ど触れる事が出来ないでいた。スケジュールが過密であるため、碌に鎮守府に変える事が出来ないでいるのだ。現在、鎮守府では初期艦のアイオワが提督代理として鎮守府業務を執り行っている。

 

「業務関係は……アイオワが上手くやってるか。指揮も大丈夫だな」

 

 先日送られて来た手紙を思い出すマックレア。提督代理のアイオワだが、彼女はマックレアの居ない鎮守府を上手くまとめていた。意外とマメな性格故なのか、鎮守府の業務はしっかりと行えているし、艦隊全体の指揮についても問題なく行えているとの事だった。お蔭でこうして彼が長期間鎮守府を留守にしていても、鎮守府は全く問題なく回っている。

 そこまで思い出した所で、ある疑念が湧いてくる。

 

「……あれ、俺って要ら無くね?」

 

 思わず不安に駆られるマックレア。こないだ久々に鎮守府に帰ったら、外遊中に建造された艦娘に警戒された事も、不安要素の一つだった。

 

「……気のせいだ。うん、気のせいって事にしよう」

 

 疑念を必死に誤魔化すマックレア。そんな事をしていると、ノック音と共に扉が開き、講演会を運営するスタッフが顔を出した。

 

「お時間です」

「ああ、分かった」

 

 演説用の書類を手にすると立ち上がり、スタッフの後に着いて講堂へ入っていく。この光景もここ数ヵ月で何度も行ってきた事だ。

 舞台袖からチラリと講堂内を確認する。予想通り多くの観客が詰め掛けている。聞いた話では一部に政府が送り出したスタッフが混じっているとの事ではあるが、最早サクラなど不要なレベルの規模だった。

 

「よろしくお願いします」

「ああ」

 

 促されるがままに、マックレアは壇上に上がった。同時に拍手と歓声が巻き起こる。彼はそれに手を上げて答えつつ、チラリと演説用の書類に目を落とした。

 

(……いや、確かにシチュエーションは似ているが、何もそのまま使う事は無かろうよ)

 

 思わず苦笑しそうになるマックレア。そこにはアメリカのとある牧師による語られた世界的にも有名な言葉が記されていた。

 

(まあ、いいさ)

 

 十中八九、この演説を考えたのは親艦娘派だろう。件の牧師の行っていた運動の事を考えれば、引用したくなる気持ちは解らないでもなかった。

 観客の歓声が落ち着き、徐々に講堂に静けさが訪れていく。誰もが英雄の演説に集中していた。そんな彼らに向けてマックレアは力強く語り掛ける。

 

「I Have a Dream――」

 




しばらく秋山君周りの事を書きつつ、所々でアメリカの動きを表現する事になると思います。

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