それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
日本が深海棲艦から大きな攻勢を受ける事無く平和を享受している状況下であっても、国土防衛を担う組織を動かす人間たちの仕事が早々減る訳ではない。幾ら攻勢が無いとはいえ未だ戦時下の日本で、仕事が減る訳ではないのだ。年の瀬が迫っている中であっても、日本の様々な防衛組織の人々が忙しなく働き続けており、防衛省のトップもその例から漏れる事は当然の事ながら出来なかった。
「潜水艦隊、ですか?」
ある日の昼下がり、各地方隊から提出された書類を手に防衛省庁舎の大臣執務室に戻って来た大淀は、彼女の提督が振って来た台詞に思わず首を傾げていた。その様子に坂田防衛大臣は苦笑しつつ、言葉を続ける。
「ええ。潜水艦隊司令官の大波海将から、ある計画が来ています」
「待ってください、潜水艦ですか? 今更?」
酷い言いようだが、大淀の言葉は現在の自衛隊、いや世界各国の海軍における潜水艦の立ち位置を的確に表現している物だった。
深海棲艦出現前までは、重要戦力として数えられていた潜水艦。だが、深海棲艦が出現した事により、その軍事的地位は一気に降下していた。この原因として潜水艦は対深海棲艦戦では相性が悪いことが挙げられている。
現在の対深海棲艦戦の多くは防衛戦なのだが、防衛としての戦力と見た場合、水中からの奇襲攻撃がメインの戦法である潜水艦は使いづらい物だった。勿論全く使えないと言う訳ではないのだが、水上艦や航空機と比べれば見劣りする物だった。
これで潜水艦の攻撃が深海棲艦に有効であれば評価も変わっていたのだろうが、残念な事に対艦ミサイルも魚雷も、他の通常兵器と同じく深海棲艦には効果が薄かった。特に魚雷は発射から命中までの時間が長いことから回避されやすく、また相手の小ささからそもそも命中しないという事態が多発していた。
潜水艦の利点としては、深海棲艦の戦闘能力がWW2の軍艦程度という事もある事から、その隠密性が深海棲艦にも通用する事だ。そのため偵察任務での活用は可能なのだが、航空機の方が使いやすいため、やはり潜水艦に出番は無かった。
現在の海上自衛隊の潜水艦隊は、寄港中に攻撃を受け撃破された艦が少数ながら出たものの、十分健在である。しかし戦力としては員数外も良い所、というのが彼らの扱いだった。
「何でも遊兵化している潜水艦を戦力化するための手段だそうです。ざっと目を通してみましたが、中々面白い物でした」
「私も拝見しても?」
「ええどうぞ。私も艦娘の視点が欲しかった所です」
「失礼します」
大淀は差し出された書類を受け取ると、その場でパラパラと読み流していく。しばらく後、納得したように頷いた。
「なるほど。確かに興味深い物ではありますね」
「ええ、これが上手く行けば我が国の戦術を増やす事が出来ます」
「そうですね。しかし……」
大淀の顔に何とも言えない様な表情が浮かんだ。
「……これに予算を出すならば、別の所に予算を出せと言われかねないのでは?」
「ですよね」
苦笑する坂田。潜水艦隊から提出された計画は現実性はそれなりにある。計画の参考元となった組織をアメリカでは以前より運用している事から、実行すれば形になる可能性は高いだろう。
しかしいくら戦時下とはいえ、予算には限りがあるのだ。そして生憎と予算の使いどころはいくらでもあった。
「F-35の大量発注、新規護衛艦の建造、原子力空母の保有。いくら予算があっても足りません」
「それに最近では、陸の方でも動きが見られます」
「ええ、アメリカで地上設置型レールガンが配備されましたからね」
戦時下故に各国では軍事へ多くの予算が割り振られており、その影響により軍事技術の発展スピードが加速していた。レールガンもその恩恵を受けた物の一つだ。アメリカで開発された地上設置型はその破壊力はノーマルタイプの軽巡クラスであれば一撃で撃破出来る程であった。また電力問題から威力を若干落とした艦載型も完成している。現在、アメリカでは自国での配備を急ピッチで進めると同時に、友好国への売り込みも掛けている真っ最中だった。
「ここだけの話、内閣でもレールガン導入の話は出ています」
「では日本にレールガンが導入されると?」
「今年は深海棲艦支援国家指定未遂に艦娘の亡命と、アメリカに対して色々とやりましたからね。敵視されない様にするためにも、レールガンの導入は良い材料になります」
坂田は肩を竦めた。正直な話、レールガンを導入した所で費用対効果を考えれば、今のところ軍配は艦娘側に上がるだろう。だが日米間の友好を考えればレールガンの導入はメリットになるし、また日本の技術進歩にも役立つ可能性は十二分にあった。
「では、この計画は却下となるのでしょうか?」
「いえ、予算は出すつもりです」
「え?」
予想外の返答に大淀は目を見開く。ここまでの話の流れでは、確実に却下されると考えていたのだ。
「……よろしいのですか?」
「出せても少額ですけどね。要するに実験です。これで上手く行ったのなら、追加費用は出しますよ」
自衛隊全体を預る身である坂田としても、これまで燻り、不満が溜まっている潜水艦隊の人員のガス抜きが必要だと考えていた。今回の大波海将からの提案は坂田にとっては渡りに船だった。
「そうですか。……あ、そう言えば」
潜水艦隊からの計画書の話で気が逸れてしまったが、改めて大淀は自分の持っている物を思い出した。
「こちら頼まれていた横須賀からの報告書になります」
「ああ、そういえば例のイベントが近かったですね」
大淀から受け取った書類には、以前から企画していたイベントの途中経過が記載されていた。
「観艦式?」
伊豆諸島鎮守府の司令官執務室。本日の秘書艦である北上は、降って湧いた言葉に思わず聞き返した。秋山はその様子を眺めつつ頷く。
「先月通知が来たけど、何でも正月にやるらしい」
「へー。パンフレットとかある?」
「通知書類ならあるぞ。ほれ」
「あんがと。……うわ、凄いメンバー」
北上が驚くのも無理は無かった。通知書に記載されている参加予定の艦艇には、現在日本に残されている護衛艦の多くが参加する事となっているのだ。更に横須賀地方隊最大規模の鎮守府である横須賀鎮守府の艦娘やその他有力な鎮守府も参加予定であり、観艦式という一大イベントにふさわしい陣容となっていた。
「でもなんか急じゃない? 去年は無かったよ?」
「ああ。10月に開催が決まったんだとさ」
「うわ、準備期間2か月じゃん」
北上は呆れた様な表情を浮かべ、秋山も苦笑しつつ相槌を打った。観艦式の様に海上自衛隊という大きな組織を大きく動かすイベントをするとなると、相応の労力が必要となる。現在、関わらず観艦式に携わる人々は、この年の瀬にも関わらず準備に邁進していたりする。
「なんで急にそんな事するのさ」
「えーっと、『日本国民の艦娘を始めとする海上自衛隊の新戦力に対する理解を深めるため』とか書いてあるな」
「艦娘に対する理解って……。私たち艦娘が出てきてもう1年以上過ぎたよ? 今更じゃない?」
「だよな」
二人の言っている事は事実ではあった。昨年5月の艦娘公表の時点で日本での艦娘への認知は十分にされていたし、艦娘の力によって日本の戦況が好転し始めたお蔭で、国民の艦娘への見方もアメリカとは違い悪い訳ではない。既に日本において艦娘の存在は市民権を得ていると言っても良かった。
だが防衛省を始め、一部の者たちは、そうは考えていなかった。
「今は国民も艦娘に好意的でしょう。しかし将来もそうであるとは限りません。最悪、国民と艦娘が対立する可能性もあり得ます」
今回の観艦式を計画した一人である坂田防衛大臣は、はっきりと言い切った。彼らは艦娘が得た市民権は砂上の楼閣と見ていた。
日本国民が艦娘へ好意的である事の大きな要因は、彼女たちにより日本が深海棲艦に勝利して来たためだ。硫黄島奪還やハワイ疑似攻勢に伴う北太平洋での海戦など、艦娘たちは勝利を重ねてきた。そしてその分、国民の期待も大きい物となっている。
だが、もし大規模海戦で敗れたらどうなるだろうか? これまで期待が積み重なった分、失望は大きい物となるだろうし、艦娘に敵意が向きかねない。国民と艦娘が対立する事となれば、国家存続の危機に陥る可能性は十分あり得るのだ。坂田を始めとした防衛省の一部の者たちは、この最悪の事態を恐れていた。
この最悪の未来を少しでも回避するために、防衛省はこれまで艦娘に関するキャンペーンを行い、日本における艦娘の地位の地盤固めを進めてきた。そして今回の観艦式もその一環なのだ。
「まあ、いいや。この観艦式って別に私たちには関係ないしね」
この観艦式で関係あるのは、飽くまで横須賀基地と横須賀鎮守府の面々なのだ。一鎮守府の艦娘には関係の無い話である。しかし、
「あー、俺にはあるかな?」
「え?」
管理職である提督となると、話は別であった。秋山は顔を顰めため息を吐いた。
「この観艦式のプログラムに特別演習ってのがあって、横須賀地方隊の提督は全員見学するように通達が出てる」
「あー、正月なのにわざわざ出張かー」
鎮守府も職務上休業する訳には行かないため、年末年始でも出撃任務はいつも通り行われるものの、いつも行っている訓練プログラムは中止している。また休みについても、ローテーションを組んで艦娘たちは休暇を取る様にする予定なのだ。北上は思わず自分の提督に同情してしまう。
「しかも観艦式の後にも、色々と出席しなきゃいけない行事もあったりするしな……。正月の三が日も仕事だ。……正月くらいはのんびり過ごしたかったな」
「ご愁傷さま。……そういえばさ」
ここにきて北上はある事に気付いた。秋山が横須賀へ出張するのは良い。問題はその移動手段だった。
「誰を連れていくの?」
伊豆諸島鎮守府が本土から離れた離島に位置する関係上、移動手段は限られる。緊急時ならば本土からヘリコプターや水上機が飛んでくるだろうが、今回はまずあり得ないだろう。確実に秋山は艦娘に乗艦して本土に向かう事になる。
ここで一人が確定で年始の余暇が消え去る事となるのだが、犠牲者は一人だけと言う訳ではない。道中でも小規模で浸透して来た深海棲艦と遭遇する可能性があるため、護衛も必要となるのだ。そのため少なくとも追加で3人は道連れとなる事が確定している。
「今回は艦娘の代表者を6人連れて来いって通達があったな。向こうで演習する事になるかもしれない」
「うわー……」
訂正、6人が哀れな生贄となる事が確定してしまった。
「メンバーは?」
内心で哀れな6人に祈りを捧げつつ、同時にその中に自分が含まれてい居ない様に願いつつ北上は尋ねた。
「んー、まず叢雲だろ?」
「ウチの最古参だね」
「戦艦枠で金剛」
「うんうん、あの人も強いよね。提督と一緒なら喜んで行きそう」
「空母は……サラトガだな」
「サラトガさんかー。あの人も強くなったよね」
「そうだな。次に摩耶」
「対空枠?」
「アイツ、対艦攻撃の方が好きなんだけどな。で、軽巡枠は天龍」
「……イロモノ枠?」
「天龍が聴いたらブチ切れるぞ? で、最後に北上な」
「……うん、知ってた」
北上は思わず天を仰いだ。余りにもお約束過ぎる流れにリアクションを取る気も起きなかった。
「なんで私なのさー」
「戦力的にな」
先日の山下との演習では参加していなかったが、北上も伊豆諸島鎮守府内では十分に実力を持った艦娘なのだ。秋山としては外すのは難しかった。
「正月くらいゴロゴロさせてよー……」
「俺がしてぇよ……」
二人の諦めたようなため息が執務室に響いた。
今回の潜水艦の対深海棲艦戦の考察ですが、色々と意見、異論が出るでしょうが、それは多分作者が思いつかなかった事柄だと思います。(割とガバガバ考察なので、良さげな意見があったら採用したいです)