それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
2019年元日。人々が新しい年を祝い思い思いに過ごしている頃、海上自衛隊は予定通りに観艦式を執り行っていた。
相模湾では各地から集められた護衛艦が航行し、観閲官である内閣総理大臣とマスコミ関係者、そしてテレビカメラを通して国民に、自身の姿を見せつける。
マスコミ関係者がカメラで護衛艦たちの姿を捕らえ、そしてレポートしていく。だがその様子は第三者が見れば、若干熱意が欠けているようにも見えるだろう。
残念な事に護衛艦へのマスコミや多くの国民からの注目度は余り高くなかった。海上自衛隊が必死に生き残った護衛艦を並べて自衛艦隊の健在をアピールしても、多くの者たちからすれば、深海棲艦との戦いでこれだけしか生き残れなかった事の証明でしかなかったのだ。これで「ほうしょう」の修理が間に合ったのなら話は違ったのだろうが、もしもの話をした所で何も変わらない。
ではそんな多くの一般人たちが注目する物は何か? それは当然、今の日本の守りの要となっている艦娘たちだ。これまでも艦娘の姿を映す機会自体はあったのだが、今回の様な大規模集団で行動する様子は殆どなかった。その貴重な光景をマスコミ関係者は何としてでもその姿をカメラに捕らえなければならなかった。
護衛艦たちが観閲艦である練習艦「かしま」の横を通り過ぎた直後、その上空を編隊を組んだ零式艦上戦闘機たちがフライパスしていく。これにマスコミ関係者たちの動きが一気に慌ただしくなる。彼らのお目当てがやって来た合図なのだ。
テレビカメラが「かしま」の行く先に艦娘たちの艦隊を捉えた。戦艦、空母といった戦闘の要となる艦種だけではない。巡洋艦や駆逐艦、潜水艦、果てには海防艦や補給艦の姿もあった。そんな彼女たちが整然と隊列を組み海を進んでいた。その様子は観艦式と言うよりも、陸上自衛隊が行う中央観閲式を連想させるものだった。
そんな艦娘艦隊の先頭に立つのは、日本で最も有名な戦艦である大和だ。軍艦旗を掲げて艦隊を率いる姿を、マスコミに関わる者たちはカメラに捕らえようと必死に追っている。
誰もが注目する中、「かしま」と艦娘艦隊が接触しようとする。その時だった。
「総員敬礼!」
大和の号令と共に、艦娘たちが一斉に「かしま」に向けて綺麗な海軍式の敬礼を見せた。後に日本で一番有名な艦娘の写真がこの瞬間誕生した。
相模湾での観閲が終った所で横須賀に帰港した自衛艦隊だが、真鍋首相は引き続き「かしま」に留まっていた。艦橋で外を眺める彼の視線の先には艦娘たちが激しい戦闘を繰り広げている。また甲板に目を向ければマスコミ関係者がその様子をカメラで記録に残している姿が見えた。
「こうして直接艦娘の演習を見るのは初めてだが――、国民が艦娘を頼るのが分かった気がするな」
一人呟く真鍋に、その隣で同じく演習を見学している坂田防衛大臣は肩を竦めた。
「最早滅びるしかなかった我々を、彼女たちが生き延びさせてくれたのです。必然なのでしょうね」
沿岸部の防衛から始まった艦娘の活躍は留まる事を知らない。硫黄島の奪還や北太平洋での軍事活動は勿論の事、ロシアとのシーレーンの防衛も彼女たちが担っている。日本国民が艦娘を信頼するのも無理は無かった。
「ああ。……だが」
「ええ、残念な事に度が過ぎています」
しかし現在の日本国民が艦娘に寄せる期待は大きすぎた。「深海棲艦が攻めてきても艦娘が居れば大丈夫」 艦娘をまるで娯楽作品に出てくるような無敵のヒーローの様に捉える者が増えてきているのだ。
「艦娘も別に無敵じゃないんだがな。硫黄島の時は東京が焼かれかけたし、世界的に見れば艦娘出現後も人類は敗北している」
「房総半島沖海戦では民間には被害は出ませんでしたからね。パナマにスエズの件も日本とは関連しない敗北です」
勿論坂田の挙げた人類の敗戦も日本でも大きなニュースとなっているのだが、この分断された世界では、その影響が日本に及ぶことが殆どなかった。そのためか国民の間では、艦娘が万能ではない事を知識としては知っていても、「この国の艦娘ならば大丈夫だろう」と考えるという、ある種の正常性バイアスが見られていた。
この問題については政府内でも取り上げられており、早急な対策が必要だと結論付けられていた。
「今は深海棲艦に対して勝利を重ねていますが、問題は負けた時です。期待が大きかった分、どのような反応が返ってくるのか予想できません」
「反動で反艦娘に流れかねない、だったな」
「勿論それは最悪の事態だそうですが、可能性はゼロではないでしょう」
「勘弁して欲しい所だな」
ため息を吐く真鍋。アメリカの様に反艦娘の世論が形成されてしまえば、日本など早々に滅ぶ事など容易に想像がついた。
「しかしアメリカも良く持っているものだな。いつ離反が起きても可笑しくないらしいが」
「アーロン太平洋艦隊司令官を始めとした親艦娘派が、かなり頑張っているそうです」
「その頑張りも、国民や議会が否定してはな」
アメリカの艦娘への世論だが、全体的に見た場合、未だに良い物とは言えない。これはフランケンシュタイン・コンプレックスから来る反艦娘層の事もあるが、艦娘を兵器として見る反艦娘穏健派とも言える層も一定数居るためだ。親艦娘派も徐々に増えてきてはいるは、未だに多数派となるまでには至っていなかった。
パナマ占領後、艦娘に人権を付与する大統領令を出した際も、それらの層が反発していた。彼らとしては人外、若しくは兵器に人権を与えるなどもってのほかだった。また議会でも与党については例の国家機密のお蔭で大統領令を否定する事は無かったが、野党は国民へのアピールもあってか大統領令に反発する声明を出していた。これに少なくない数のアメリカ国民が支持したのだから、親艦娘派としても苦しい立場にあった。
「一部では『レールガンがあれば艦娘など不要である』という主張すらあるそうです」
「待て、今のレールガンは主力艦クラスの撃破は難しいと報告を受けたが?」
「……どうやら人類の兵器で深海棲艦を撃破出来る可能性を得られた事が、琴線に触れたとの事です」
人類における深海棲艦を撃破しうる兵器としてまず挙げられる対艦ミサイルだが、既に改良には限界が近づいていた。現在も火力向上のために炸薬の改良や飛翔速度の向上などの研究が継続されているのだが、それらの基本的な改良は対深海棲艦戦初期である程度完了しているため、伸びしろが殆ど残っていなかった。
そんな所にレールガンが登場したのだ。現在こそ補助艦艇に大ダメージを与える程度の威力だが、新機軸の兵器の兵器ゆえに対艦ミサイルよりもずっと伸びしろがあるのだ。事実、軍の発表ではこのまま開発を続ければ姫級すら致命打を与えることが出来ると豪語しており、艦娘を嫌うの一部の者たちはその事実に飛びつく事となった。
「……ともかく、アメリカの二の舞にならない様に対策する必要があるが――、本当にこの観艦式が対策になるのか?」
「正確にはこの演習ですね」
二人は改めて演習を続ける艦娘たちに目を向ける。艦娘たちが二つの陣営に分かれて大きな海戦を繰り広げている。ただ状況が艦隊決戦を前提としたものとは異なっていた。各鎮守府から集められた艦隊は各種艦種が揃っているし数も多いのだが、もう片方の横須賀鎮守府が繰り出す艦隊は駆逐艦や巡洋艦といった艦娘しかいない上に数も少ないのだ。時折増援が来るものの押し返す事は出来ず、横須賀艦隊は終始押されていた。
勿論この状況には理由がある。
「深海棲艦による空挺奇襲攻撃を想定した演習か」
輸送機により東京湾沖まで接近した深海棲艦艦隊を横須賀鎮守府が迎撃する。それがこの演習で想定されている状況だった。現在、横須賀鎮守府から緊急出撃した艦隊が深海棲艦役の艦隊を足止めしている真っ最中だったのだ。
「アメリカがパナマをヘリボーン部隊で陥落させた以上、深海棲艦も同じ手を使って来る可能性は十分あります」
「確かにフリントの事を考えれば、この演習の意味は分かるな」
深海棲艦が人類の技術や戦術を組み込む事が出来るのは、嫌と言う程分かっている。このような演習の必要性は、真鍋も十分理解していた。だが、
「……だが、この演習が度が過ぎた信頼への対策にどう関わるんだ?」
それだけ聞けばこの演習には純軍事目的しか含まれていない。真鍋の疑問も当然の事だった。その様子に坂田は小さく笑った。
「この演習ですが八百長をしています」
「なに?」
「それなりに派手に戦ってもらう事になっていますが、最終的には防衛側が敗北する事になっていますね」
「……」
暫し考え込む真鍋。そして彼はあることに思い至る。
「大衆の面前で艦娘による守りが完璧ではない事を晒す事により、国民に心理的衝撃を与えようとしているのか?」
彼の導き出した答えに、坂田は頷いた。
「深海棲艦に敗北するのはマズいですが、これは演習ですので負けても全く構いません。折角マスコミも集まっていますし、盛大に煽ってもらいますよ。横須賀の面々にはフォローはしますがね」
政治家や専門家がいくら危機を煽った所で効果は薄い。だからこそ坂田は実際に敗北した際のシチュエーションを用意し、疑似的に敗戦時のショックを国民に与える事を目論んでいたのだ。
「しかし飽くまでも演習だぞ? そこまで効果があるか?」
「まあ、疑似的ですが実例の一つにはなりますので色々と使えますよ。……少なくとも財務省に防衛費の増額を申請する根拠には出来ます」
「……どちらかと言えば、そっちが狙いじゃないのか?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ」
呆れ顔の真鍋と小さく笑う坂田。二人の間にどこか緩やかな空気が流れる。だがそれは、
「総理!」
一人の男が艦橋に飛び込んできた事により、吹き飛ぶこととなる。
「どうした」
二人が振り返ると息を切らした首相の秘書の姿がそこにはあった。その顔色は目に見えて真っ青になっている。只ならぬ様子に二人は大きな事件があった事を悟った。秘書は息を整え、そしてはっきりと言い切った。
「外務省よりアメリカで重大事件が発生したとの連絡が入りました!」
アメリカ合衆国の首都、ワシントンD.C.、リンカーン記念堂のとある一室。2019年になった直後であるにも関わらず、アメリカの英雄は仕事に勤しんでした。
「ああ、クソ。こんなん覚えてられっか!」
スピーチ原稿に目を通しながら、頭を掻きむしるマックレア。そんな時テーブルに頬りだしていた携帯端末から電子音が鳴り響いた。彼は端末を手に取ると通話先を確認すると、小さく笑い通話ボタンを押した。
《Admiral、A Happy New Year!》
彼の耳に聴きなれた声が響く。鎮守府で提督代理を勤めているアイオワだ。
「おう、A Happy New Year」
《どう、Admiral? 上手くやれそう?》
「スピーチなんて何回やっても慣れねぇよ」
彼は原稿をテーブルに放り出すと、コーラ瓶を煽った。本当なら酒が欲しい所なのだが、仕事中という事で却下されていた。
《今テレビで会場が映っているけど、もう人で一杯よ? 大人気ね》
「全く、年明けにも関わらず物好きが多いな」
今回のマックレアの仕事は、リンカーン記念堂前での新年最初の大規模集会だった。事前に大々的に告知していたお蔭か会場には既に多くの観客が入場しており、英雄の登場を待ち望んでいた。だがこのアメリカにはそれが面白くないと思う勢力もある。
《……因みに、会場の外にはデモ隊もいるわ》
端末から伝わるアイオワの声には、何処か不機嫌さが滲み出ていた。マックレアが親艦娘派の旗印である事も有り、リンカーン記念堂の敷地外では、一部の宗教団体を始めとした艦娘を嫌う勢力により、今回の集会に対してのデモ活動が行われていた。艦娘であるアイオワとしては、その様な光景など面白いはずもない。だがマックレアは気にした様子もなく肩を竦めた。
「そんなもん、いつもの事だ」
彼にとってスピーチ会場の外でデモをされる事など日常茶飯事であり、気にするような事ではなかった。特に今回は大規模集会という事でかなり厳重な警備が敷かれており、警備責任者が会場に乱入する事はまず不可能であると豪語するレベルだった。
また当然の事だが会場内の警備も厳重に行われており、観客の手荷物検査や会場内の調査は当然のように行われている。現在の所トラブルは一切起きていない。
《それでも気を付けて? Admiralに何かあったら一大事よ?》
「解ってる。それより土産物は何が良い?」
《確か近くに美味しいスイーツのお店があるみたいよ?》
「OK。そこで適当に見繕ってくる。っと」
マックレアは時計を確認した。既にスピーチの時間が目の前まで迫っていた。
「そろそろ時間だ。切るぞ」
《OK、Admiral。Buy》
通話が切れた。それと同時に控室にノック音が響く。
「さて、行くか」
マックレアはスピーチ原稿を手に取ると立ち上がった。
いつものようにスタッフに促され、会場に入り出番を待つ。チラリと見えた会場にはいつも以上に多くの観客の姿がある。その多くは親艦娘派の市民であると予想している。
視線を移してこれから立つことになるステージに目をやった。彼の立つことになる壇上もいつもの物より明らかに上等だし、その周囲にはスーツ姿の屈強なガードマンの姿もある。もしも観客が暴徒化した時には、マックレアを守る手筈となっている。
(この寒い中、ご苦労なこって)
とは言え、やる事はこれまでと何ら変わりない。いつもの様に拙いスピーチをするだけだった。
《それではお待たせしました。パナマの英雄、マックレア少佐の登場です!》
司会の紹介と同時に、大きな拍手と歓声が巻き起こる。マックレアはその轟音の中をいつもの様に手を挙げて答えながら壇上に立った。
「あー、この寒い中、このような場に――?」
スピーチを始めようと原稿に目を向けようとしたマックレアは、視界の端の違和感を感じ取った。彼は視線をそちらに移し――思わず目を見開いた。
「!? 不味い!」
「拳銃をこちらに向けるガードマン」を視界に捉え、マックレアは慌てて射線から逃れようと咄嗟に飛び退こうとする。
そして次の瞬間、
リンカーン記念堂に三発の銃声が鳴り響いた。
アメリカ動乱判定。1d100判定で前回と同じく70以上でアウト。今回は固定値無し。
アメリカ動乱判定:70
ダイスの女神さま「待たせたな!」