それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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はよ、友軍はよ……(E-4削り中)


海を征く者たち67話 同時多発

○2019年初頭の親艦娘派

 2019年当時のアメリカ合衆国での親艦娘派はという存在は、一応ながら一勢力として確立しているもののその力は小さかった。排斥派の様に大物政治家や企業家がバックに居る訳でもなく、兵器派の様に合衆国での多数派と言う訳でもない。一般市民にとってはマイナーな思想であったし、国に影響力を持つ者たちの中でも支持者は、精々がごく一部の政治家に企業家、そして一定規模の軍人といった所だった。

 そんな親艦娘派だが、当時まとめ役として動いていたのは、アメリカ太平洋艦隊司令官であるアーロン大将だった。太平洋艦隊を親艦娘派軍人で固め、マックレアを全面的に押し出す事で一般市民に親艦娘派をアピールし、更に兵器派であったクーリッジ大統領とも渡り合った人物だ。2019年の初めには親艦娘派トップとして精力的に動いていたと言う。

 そんな親艦娘派について、当の艦娘はどう考えていたかと言うと、概ね好意的に見ていたとの記録が残っている。特に太平洋艦隊においてはその傾向が顕著であり、艦娘の周囲の環境が改善すると共に、彼女らの士気は他の地域と比べて高かった。一部の戦史研究家の中にはこの士気の高さがパナマの開放に繋がったと、唱える者もいるのだから、その士気の高さがうかがえる。

「今も政府は気に入らないが、あなた達のお蔭で改善の兆しも見え始めている。正直な所、亡命も考えていたがもう少し様子を見ようと思う。――ああ、これは私の艦娘も同じ意見だよ」

 これは当時親艦娘派によって行われたある提督へのインタビューから抜粋した言葉であるが、これこそ当時のアメリカ合衆国にいる艦娘の総意であると言われている。

 親艦娘派はある意味で艦娘と提督をアメリカ合衆国に留めておくための楔でもあったのだ。

――20XX年出版「アメリカ合衆国は何故滅んだ?」より抜粋

 

 

 

 男は敬虔な教徒だった。

 両親がアメリカでもメジャーな宗教に熱心であった事も有り、男も敬虔な教徒として日々を過ごしてきた。一部の者からは「やり過ぎじゃないか?」とも揶揄されたが、幸い男と同じほどに敬虔な者が周囲には多かったので、気にも留めなかった。

 

 男は祈った。

 そんなある日、深海棲艦が現れ世界で戦火が上がった。当然アメリカも巻き込まれた。彼も兵士に志願しようと思ったが、年齢的にも難しかった。そのため男は毎日欠かさず、教会で人類の勝利を神に祈った。

 

 男は艦娘を知った。

 アメリカ政府から艦娘という存在が公開された。多くの人々の例に漏れず、彼もジョークかと思ったが、事実である事が分かり唖然とした。

 

 男は恐怖した。

 艦娘の力が周知され、多くの者たちが深海棲艦を殲滅出来ると歓喜する中、男は艦娘の危険性をいち早く察知した。

 提督によって艦娘は建造される? それじゃあ艦娘は神の定めた理から外れた存在ではないか。それに形こそ人と同じだが力が強すぎる。よくある娯楽作品の様に、何かの切っ掛けで艦娘と人類が戦う事となれば、人類は負けかねない。

 艦娘を排除しなければならない。今ならまだ間に合う。彼はそう考えた。

 

 男は訴えた。

 男は周囲の者たちに艦娘の危険性を訴えた。しかし反応は芳しくなかった。多くの者は危険性についてはある程度理解してもらえたのだが、この状況で深海棲艦を容易に撃破出来る戦力を手放したくはないと言う。中には「彼女らも感情はあるんだ。ちゃんとコミュニケーションを取れば大丈夫」と呆れた主張をする者すらいた。

 彼の訴えに賛同したわずかな仲間と共に、頭を抱える羽目になる。

 

 男は合流した。

 自分たちがいくら艦娘の危険性を唱えた所で、少人数ではどうにも出来ない。しかし大きなグループを形成すれば、誰も無視は出来ないはずだ。そう考えた彼は仲間と共に、先日発足した艦娘排斥派組織「アメリカンジャスティス」に入る事を決めた。組織を運営しているのが政治家であるため、世間に主張しやすいと考えたためだった。

 

 男は努力した。

 アメリカンジャスティスで男は精力的に働いた。積極的に勧誘を行い、加入者を増やしていった。その事もあり、彼は気付けば組織の中堅クラスとしての地位にいた。

 

 男は憤った。

 しかし男の主張と組織の主張は、完全に合致していた訳ではなかった。男は艦娘を即座に排除する事を主張していたが、組織の幹部たちは「今はその時ではない」と男の主張を突っぱねた。

 冗談ではない。日々艦娘の数は増えている。今動き出さなければ、それこそ彼が危惧した事態に陥るだろう。諦めずに幾度も幹部に主張し、そして却下される日々が続いた。

 

 男は組織の現状を嘆いた。

 そんな日々が繰り返されている中でも、組織はどんどんと大きくなっていく。しかし同時に艦娘排除の志を持たない者も組織にいる事に、彼は気付いた。組織の政治家や企業家に近づくために入った者、ただ流されただけの者、騒ぎたいだけの者。組織の末端にはそんな者たちが多くいた。

 彼の目にはアメリカンジャスティスは腐敗しているようにしか見えなかった。

 

 男は決意した。

 そんな組織の中でも男の主張に賛同する者も少なからずいた。彼らは自然と集まっていき、一定のグループを形成するまでになった。彼らは武力を用いてでも早急に艦娘を排除すべしと叫んでいた。

 そんなグループのリーダー的な立ち位置であった彼は、その光景を前にふと考えた。

「アメリカンジャスティスにいた所で、自分の目的は達成すされる事はない。ならばここにいる必要はないのではないか?」

 彼の提案にメンバーは即座に賛同した。こうして彼らはアメリカンジャスティスからの独立が決定した。

 

 男は準備を始める。

 とは言え何の準備も無しに独立した所で、早々に行き詰まる事くらいは分かっていた。彼らはアメリカンジャスティスに留まり、独立のための準備を始めた。書類を改ざんして組織の資金を横流し、その金で戦うための武器を買った。

 アメリカ故に銃火器は容易に手に入った。深海棲艦への不安から国民が銃を求めたため、以前よりも大量に銃が出回っている。爆発物についても同様だ。こちらは政府が規制しているが、需要に目を付けたマフィアが大量に作っている。

 こんなことをすれば、政府機関に目をつけれかねないだろう。アメリカンジャスティス

には大物政治家が多い。その類い稀なる政治力があったお蔭で、捜査が入る事もなく、無事に準備を進める事が出来ていた。

 

 男は勇者を見送った。

 そんなある日、男はモーガンと言う青年と出会った。青年は男と同じく今のアメリカンジャスティスに憤りながらも、何処か期待を残していた。それ故に独立しようとしている男たちを止めに来たのだ。

 幾度目かの交渉が交わされたが、やはり意見は平行線をたどっていた。

そしてある時、青年は決意したようにこう言った。

「俺が先駆けになろう。それでアメリカンジャスティスが動くのならば独立はやめてくれ。……もし動かないのならば、正義はあなた達にある。好きにすればいいさ」

 数日後、青年はアメリカで英雄と称される提督を撃ち、そして自決した。その光景をテレビで見ていた男は、自然と涙を流していた。

 

 男は遺志を継いた。

 青年の決死の行動も虚しく、アメリカンジャスティスは変わらなかった。男はそれがとてつもなく悔しかった。決して彼の意思を絶やす事はしない。そう男は誓った。

 また彼の生き様と組織の怠慢を見て、アメリカンジャスティスを見限った者がグループに合流した事により、規模は一気に数百人規模にまで拡大する事が出来た。

 

 男たちは独立する。

 資金を手に入れ、戦うための武器も揃えた。直ぐにでも独立出来る。後は艦娘を相手にどう戦うかだ。

 銃や爆発物を使って正面切って戦った所で、艦娘一人倒す事も出来ない。また長期戦を仕掛けようとした所で、政府機関が介入して来る事は確実だった。

 ではどうするか。答えは既に男の中にあった。簡単な事だ。油断している所を全力で殴り掛かり、そして孤立させれば良い。

 

 

 

 「人類解放戦線」の設立宣言の動画が動画サイトに投稿されたのは、実のところ多くの者が入眠している深夜帯であったのだが、これには彼らなりの戦術的な事情あった。

 動画が投稿された直後、各地に散っていた人類解放戦線のメンバーは即座に動き出す。

 フロリダ州のある鎮守府。そこから程よく離れた地点にて車で待機していた彼らは、積み込んでいた切り札を車外に運び出した。それは近年登場し、民間に出回り始めた大型ドローンだ。そして腹には段ボールが搭載されている。

 

「よし、作戦開始」

 

 メンバーたちはリモコンを巧みに操作し数機のドローンを飛び立たせると、レーダーを避けるように障害物に隠れながら低空で鎮守府へと接近させる。

 鎮守府は軍事施設だ。深海棲艦の襲撃に対抗するために、滑走路やレーダー、対空砲に対空機銃と様々な武装が、鎮守府には備え付けられている。しかしこれらの武装は基本的に艦娘の使用している武装、つまり第二次世界大戦期レベルの武装が使用されている。いくら軍事大国アメリカであっても、大量に作られた鎮守府全てに現代兵装とそれを操る人員を配置することは不可能なのだ。

 それ故に鎮守府の目の前までドローンが接近し、レーダーがその姿を捕らえたとしても、

 

“地上側からレーダーに反応?”

“反応4。速度も遅いし……これってドローンなんじゃ?”

“ドローン? 珍しいね”

 

 この鎮守府、正確にはアメリカ各地の鎮守府では、排斥派によるデモ活動を受ける事は度々ある物の、これまで違法行為を受けるという事は殆どない。戦時中という事で、容赦がない事は分かっているためだ。他所では幾らかあった様だが、今回の様にドローンを鎮守府に侵入させようとするケースに遭遇したのは、この鎮守府では初めてだった。

 

“どうする?”

“んー、撃ち落としちゃおう”

“良いの?”

“提督が良いって言っていたし大丈夫”

 

 対ドローン用の妨害電波発生装置を持たない鎮守府に、対応できる手段は限られている。つまりは対空火器による撃墜しか手は無い。だがこの手段は、ある状況下では実行がかなり困難であった。

 レーダー手の要請を受け、施設の屋上で待機していた対空火器を担当する妖精がドローンを撃ち落とそうと、機銃を向けようとする。しかし、

 

“レーダー! 問題が発生した!”

“どうした?”

“下に向けられる機銃が少なすぎる!”

“なんだと!?”

 

 多くの対空機銃はその用途故に上への仰角は十分に採れるが、マイナス角度、つまり下向きへの角度を十分に取る事が出来ないのだ。妖精たちが慌てて辛うじて使用可能な機銃で迎撃を始めるも、暗闇の中時速60㎞以上で飛翔するドローンを容易には捉える事が出来ない。

 それでも意地か偶然か分からないが、ドローンの1機が弾幕に絡めとられ地面に叩きつけられる。そして次の瞬間、

 

ドローンが大爆発を起こし、周辺を炎で包み込んだ。

 

 唖然とする妖精たち。そして同時に、相手が何を運んでいるのかを察した。

 

“爆弾だと!?”

“警報を出せ! 機銃、何としてでも撃ち落とせ!”

“了解!”

 

 妖精たちが必死に叫びつつ火砲を上げる。しかしそんな彼らの努力も虚しく、残った3機のドローンは鎮守府に侵入させる事になる。

 レーダー手はその光景に思わず歯噛みし、夜勤として施設の警備についている艦娘に通信を繋げる。

 

“フレッチャーさん! 今どこにいますか!?”

《今ですか? 提督と執務室でお仕事をしていますが……。爆発音がありましたけど、深海棲艦ですか?》

“ドローンによる攻撃です! そちらも迎撃をお願いします!”

《! 分かりました!》

 

 鎮守府に警報が鳴り響く。提督執務室。徹夜で仕事をしていた提督の様子を見に来たフレッチャーは、艤装を展開すると執務室の窓を全開にして砲を外に向けた。

 

「フレッチャー? どうなってんだ?」

「テロです! 提督は奥へ!――見つけた!」

 

 目標を見つけ出し、艤装の対空砲と機銃をドローンに向けて照準を合わせる。引き金を引こうとするフレッチャー。だが、

 

「待て!」

 

 それを止めたのは彼女の提督だった。

 

「提督!? どうして!?」

「射線上に弾薬庫がある! このまま撃ったら巻き込むぞ!」

「あっ!」

 

 フレッチャーの持つ武装は、主に5インチ38口径両用砲、ボフォース40mm連装機銃、エリコン20mm単装機銃だ。どれもドローンを撃墜するには火力が過剰であるため、周辺に余計な被害を出してしまう。勿論、緊急事態故に、被害が出るのは仕方のない事なのだが、対象が弾薬庫となればそうも言っていられなくなる。下手に被害を出してしまえば、誘爆にして大惨事になりかねないのだ。

 

「!?」

 

 だが、その提督の制止が致命的だった。ドローンに内蔵されたカメラが提督の姿を捉えると、彼に向けて殺到していく。それを察知し、フレッチャーは咄嗟に提督を庇う。そして――

 

 執務室に飛び込んだドローンは一斉に大爆発を起こした。

 

 

 

 この様な鎮守府を標的としたテロは、アメリカ各地で同時多発的に行われた。提督が死亡すれば艦娘も消滅する。この特性を狙っての攻撃だったのだ。

 今回の同時多発テロにより、宿舎で就寝していた7名の提督が爆発に巻き込まれて死亡。他にも負傷した者が多数出る結果となった。

 真夜中に行われた鎮守府を目標としたテロに、多くの者たちは驚愕する事になる。だが後に――彼らは人類解放戦線のテロはまだ終わっていない事を、嫌でも思い知る事になる。




1d10で提督死亡者数を判定。結果:7
一人で寝ていたせいでこんな事に……。

因みに今回描写したフロリダの提督さんは無事です。真横にフレッチャーが居たので、乗艦して助かりました。
……今回活躍させたので、フレッチャーさんドロップして下さい(甲のドロップ率に絶望しつつ)

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