それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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前回から出ているメイン州の提督さんですが、今後も使う可能性が出たためネームドに昇格しました。
これに伴い、前話も少しだけ手直ししています。

毎度誤字報告をして下さる皆様、真にありがとうございます。遅まきながら、感謝の意を表させて頂きます。

7月23日。一部数値に間違いがあったため訂正しました。


海を征く者たち71話 悲劇

 8月22日夕刻の鎮守府地下に併設されている戦闘指揮所。そこでは通信機器やレーダースクリーンを始めとした指揮に必要となる各種機器が備え付けられており、それらを妖精たちが慌ただしく操作していた。そんな重要区画の中央、巨大な海図が備え付けられているテーブルの前で、この鎮守府の最高責任者であるオルソン提督と監視役である特別調査官が顔を突き合わせていた。彼の後方には秘書艦であるガンビア・ベイが控えている。

 

(全く私も運が無いな)

 

 海図を確認しつつ、オルソンは心の中でため息を吐いていた。警備艦隊が見つけたマサチューセッツの艦隊だが、逃亡の原因はやはりアメリカ政府への不満によるものだった。何でもご丁寧に書置きが残されていたらしい。

 逃亡したい理由はよく理解できるため、彼の心情としては見逃してしまいたかったが、生憎と監視役がいる以上、見つけてしまったからには対応しなければならない。

 ならば他の鎮守府も巻き込んでやろうと、近所の鎮守府に応援要請をだしたものの、何処も「戦力が出払ている」としてやんわりと拒否されてしまった。お蔭でこの鎮守府のみで逃亡する艦隊の相手をしなければならなかった。

 現在、逃亡する艦隊は鎮守府や警備艦隊の呼び掛けには応答せず、それどころかこちらの送り出した偵察機を撃墜した。これにより警告の段階は終わり、武力行使の段階まで来ている。

 だが相手はかなり上手く逃走していた。

 

「思った以上にカナダ国境に近いな……」

 

 警備艦隊から送られて来た情報を海図に纏めたオルソンは、逃亡中の艦娘艦隊の位置を確認して、目を細めた。既に追撃出来るリミットであるカナダ国境まで目と鼻の先まで迫っていた。

 

「提督殿。亡命の阻止のために出撃をして頂きたい。奴らを見逃せばアメリカの未来は無い!」

 

 何処か焦ったように提督に詰め寄る調査官に、オルソンは呆れたような視線を向けていた。

 

(未来が無い? それは貴様の事だろう)

 

 大統領の肝いりにより、急遽設立される事になった特別調査官だが、人員を出す海軍にとっては、貴重な士官を浪費するだけのお荷物的な役職だった。唯でさえ士官不足である状況で、鎮守府をただ見張るためだけに優秀な士官を使いたくは無いのだ。そのため海軍は特別調査官には、問題行動が見られたり、実績の良くない士官をあてていた。言ってしまえば特別調査官を人材の墓場としていたのだ。

 そんな役職であるため、軍には残っているものの出世なほぼあり得ないのだ。また鎮守府が何かしらの問題を起こした場合、監査不足を問われ最悪退役にまで追い込まれる事になるだろう。だがそんな役職にあっても、この調査官は海軍から叩き出される事を恐れ、今の地位にしがみつこうと必死だった。内実はどうであれ今の時代では、軍の士官という肩書は国民から大いに尊敬されるものであるし、各種保証及び優遇も充実しているのだ。不遇な立場にあっても辞めると言う選択肢は簡単には出てこなかった。

 

「ガンビィ、相手の航行速度は?」

「あ、はい。約18ノットです」

「やっぱり速度を上げたか……」

 

 オルソンは海図を眺めながら、鎮守府に出撃可能な戦力を思い浮かべ、彼我の速度から会敵する海域を大まかに割り出す。そして導き出された計算を前に、彼は思わず呟くことになる。

 

「あー、これは」

「どうしたのですかな?」

 

 オルソンは自嘲気味に笑う。

 

「詰みだな」

「なんですと?」

 

 目を剥く調査官を無視して、彼はそのまま続けた。

 

「全艦隊を出撃させた場合、どう計算しても会敵予定海域がカナダ領海に入ってしまう。これではどうしようも出来ない」

 

 相手の艦隊は140隻規模の大艦隊だ。これに対応するには鎮守府の全艦娘を投入する必要があった。しかしここで、目標とする艦隊がカナダとの国境に近い事が問題となる。コロラド級を始めとした低速艦に艦隊の航行速度を合わせると、間に合わないのだ。

 

「ならば高速艦隊で固めれば、いいではないか」

「確かに高速戦艦を中心にした艦隊ならば追いつけるが、今度は戦力不足になる。確実に突破される」

「……」

 

 調査官は歯ぎしりしつつ考え込み、暫し後再び口を開いた。

 

「ならば航空機だ! 基地航空隊と全空母戦力で攻撃を仕掛ければ、打撃を与えられる!」

 

 逃亡する艦隊の航空戦力と、この鎮守府にいる全空母艦娘の航空戦力を比較した場合、ほぼ同等と言っても良い。その状態で基地航空隊を投入すれば、航空優勢は鎮守府が得る事が出来るのだ。勿論、それだけでは逃亡艦隊を止められないだろうが、波状攻撃を掛ければ足止めにはなる。

 調査官が必死に導き出した答え。それに対してオルソンは頭を振った。

 

「無理だな」

「何だと!?」

「もうすぐ日が沈む。攻撃出来ても1回が限界だ。これでは足止めにはならない」

 

 現代の戦闘機と違い、WW2の航空機を元としている艦娘用航空機では、夜間での戦闘は困難なのだ。一部には夜間攻撃が可能な機体もあるが、数がかなり少ないため、それだけでは敵の対空網の突破はまず不可能だった。

 

「ならばどうすれば良い!?」

「……実現できるかどうかは置いておいで、案自体はある。調査官殿の協力が必要だがね」

「何?」

 

 縋る様に顔を向ける調査官。そんな様子をオルソンは内心笑いつつ、続けた。

 

「第一案だが、海上を高速で移動できる足を用意する事だ。高速艇でも飛行艇でもヘリコプターでも何でもいい。鎮守府の全艦娘を運搬出来る乗り物を持ってきてもらいたい。生憎と私は元は民間人なので、それらを用意するツテも権限も無くてね。士官の調査官殿なら用意出来ないか?」

「……無理に決まっているだろう!?」

 

 調査官は悲鳴のような怒鳴り声を上げた。どれもこれも今すぐ鎮守府に取り寄せるには、大きな権限が必要になるものばかりなのだ。一介の士官、それも左遷させるような者に用意出来るはずもなかった。

 

「やはり無理か。ならば第二案だな。こっちは簡単だ。このまま全艦娘を出撃させカナダ領海で交戦、逃亡する艦隊を撃破し強制的に連れ帰る。調査官殿はこれを見なかった事にしてくれればいい」

「それこそ認められる訳がない! カナダとの外交問題になるぞ!」

 

 アメリカとカナダは友好国であるが、その力関係はアメリカが上にある。だがカナダ領海内で艦娘同士の戦闘が行われたとなれば、外交問題に発展するのは確実だった。

 オルソンもそこは勿論理解しているものの、とぼけたように続ける。

 

「提督と140人規模の艦娘戦力が流出する方が問題だ。確かにカナダとは外交問題になるだろうが、そこは国務省が上手くやるだろうさ」

「そんな事をすれば、責任問題になるぞ!?」 

「そこは仕方あるまい。何せ『奴らを見逃せばアメリカの未来は無い』のだろう? お互い覚悟を決めようじゃないか」

「なっ……」

 

 嘲る様に笑うオルソンに調査官は絶句した。調査官を辞めろと言っているようなものなのだ。

 彼の口上では二人そろって地位を捨てる事になっているが、実際にはそうなる事は無いだろう。何せ大戦力を持った提督は代えの効かない存在なのだ。政府が提督の亡命防止を命題としている事も相まって、大した罪に問われない可能性すらある。対して特別調査官の方はと言うと、こちらは幾らでも代えが効く存在だ。ほぼ確実に職務怠慢として軍を追われる事になるだろう。

 調査官にとって提督の提案は、決して受け入れられるものではなかった。

 

「どうやらこの案も駄目なようだな。ならば私からはもう出せる案は無いな」

 

 オルソンは調査官の考えを見透かすように笑うと肩を竦めた。

 

「今回は運が無かったという事で、諦めよう。一応航空機と艦娘を出撃させる。亡命の阻止は出来ないだろうが、流石に何もしないのも不味いからな」

 

 そう言って各方面への通達を始める提督。調査官はその様な光景に、内心怒り狂っていた。

 

(良い訳がないだろう、民間上りが! 折角返り咲くチャンスなんだぞ!)

 

 折角士官になったにも関わらず、様々な要因によって特別調査官に左遷されてしまったが、彼としてもこの地位は不本意な物であり、何としてでも出世の本流に戻りたいと常々考えていた。

 そんな所に現れたのが、件の逃亡艦隊だ。これを捕縛出来れば軍に自分の価値を認められ、出世コースに戻る事も夢ではないのだ。次にいつ逃亡者が現れるか分からない以上、何としてでも逃亡艦隊を捕縛しなければならなかった。

 そんな焦りからだろう。調査官は冷静さを欠いたまま、口を開いた。

 

「高速艦隊を先行させて敵艦隊を足止め。その間に低速艦隊を接近させて挟撃させろ」

 

 調査官からポツリとこぼれた作戦。だが、オルソンは即座に却下した。

 

「無意味だな。各個撃破されて終わりだ」

 

 調査官の案は艦隊を二つに分けての波状攻撃案だが、オルソンからすれば愚策だった。相手は140隻規模の大艦隊だ。この鎮守府に所属する全艦娘とほぼ同数の敵に中途半端な戦力をぶつけた頃で、簡単に撃破されるのがオチだった。

 だが調査官は何処か血走った眼で、提督を睨みつける。

 

「高速艦隊には轟沈してでも足を止めさせればいい!」

「海上特攻か? そんなことをしたところで相手は止まらないだろうさ」

 

 鼻で笑うオルソン。その光景に調査官は怒声を発した。

 

「艦娘可愛さに、下らん事をほざくか!」

「はー……」

 

 対する提督は一つため息を吐くと、調査官を嘲笑する。

 

「戦術、戦略的に無意味な犠牲を強要するか。士官の質が悪くなっているとは聞いたが、本当だったな」

「……調子に乗りおって!」

 

 調査官が腰に下げていたホルダーから拳銃を抜き、オルソンに突き付けた。

 

「もう一度言うぞ、艦隊を二つに分けて波状攻撃だ! 例え轟沈艦を出してでも奴らを止めろ! 貴様らのためにもな!」

 

 明らかに危険な状況だ。しかし銃を向けられているオルソンは、動揺した様子は無い。彼は冷めた視線を向けていた。

 

「……この場所でそれを向ける意味は解っているのか?」

「うるさい! さっさとしろ!」

「答えが聴きたいか? ――NOに決まっているだろ」

「――!」

 

 声にならない叫びと共に、調査官が拳銃のトリガーを絞った。銃声と共に銃弾がオルソンに吸い込まれようとする。だがそれが彼に届くことは無い。

 

「ナイスフォローだ」

「もう、無茶しないで下さい」

 

 ガンビア・ベイが咄嗟に艤装を展開しつつ、オルソンの前に立ち塞がったのだ。銃弾が艦娘に傷すらつける事も出来ずに弾かれる。

 

「なっ……」

 

 いつの間にか立ち塞がっていた艦娘に唖然とする調査官。それは致命的な隙となった。ガンビア・ベイはいつものオドオドした雰囲気が嘘かの様に、ためらいなく一瞬で調査官に接近すると、勢いをそのままに蹴り飛ばす。

 調査官の身体が衝撃により吹き飛ばされ、そして壁に叩きつけられた。数瞬後、彼の手から離れた拳銃が床に落ちる。

 そんな光景を前に、オルソンは小さく鼻を鳴らすと拳銃を拾い、海図の上に置いた。

 

「ちゃんと確認しただろう? 『この場所でそれを向ける意味は解っているのか?』って。こうなるんだよ」

 

 彼は未だに痛みで動けない調査官に言い放つと、秘書艦に向き直った。

 

「当鎮守府所属の全艦娘に通達。『パターン3が確認された。総員帰還せよ』」

「はい!」

 

 ガンビア・ベイと通信担当の妖精が艦娘たちに通信を始める。オルソンは彼女らに仕事を任せると、司令官用に用意されていた椅子に座り、調査官に振り返った。

 

「さて調査官殿。君との付き合いもいい加減うんざりしていた所だ。夜逃げさせてもらうよ」

「貴様……!」

「まあある程度準備はしていたとは言え、出発には少々時間が掛かる。それまで調査官殿には適当な部屋でのんびりしていてもらおうじゃないか。殺す事は無いから安心してくれ」

「……そう易々と思い通りにさせると思うか!」

 

 調査官は吠えると同時に、懐に潜ませている機械のスイッチを押した。独特な甲高い電子音が、一度だけ戦闘指揮所に鳴り響く。

 

「これで政府への通報は完了した! これで州兵が動く!」

「高々、州兵ごときで我々を止められると思っているのか?」

「ああ、止まらないだろうな。だが」

 

 調査官はニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。

 

「女一人、赤ん坊一人程度なら十分だ。直ぐにでも州兵が動くぞ!」

 

 オルソンの妻子は人質として監視されているのだ。鎮守府に反乱の兆しが見られれば、政府が動くのは当然だった。だが、

 

「ふむ、それは大変だ」

 

 その様な状況においても、彼は全く動じる事は無かった。その様子に調査官は不穏な物を感じ取る。

 

「……何を企んでいる?」

「何も企んではいないさ。そもそもだ――」

 

 オルソンは小さく肩を竦めた。

 

「私が何も対策を立てずに夜逃げを始めると思っているのか?」

 

 

 

 楽な仕事のはずだった。

 目標は女性一人、乳幼児一人の確保だ。それを陸軍州兵一個小隊を使って確保しろと言うのだから、おかしな話だ。とは言え、上官から与えられた任務だ。しっかりとこなさなければならない。

 条件も良かった。

 目標の住む場所はメイン州の郊外だ。ジャガイモ農家をしている事から、近隣の民家からはかなり離れている。お蔭で部隊の展開もしやすいし、何よりも無関係の人間を巻き込む心配もない。

 装備の十分だった。

 そんな好条件ではあるが、だからといって手を抜いて良い訳では無い。そんな立地条件なので、相手が銃で武装しているのは確実だ。だからこそ小銃は当然携帯しているし、ライオットシールド、フラッシュバン、スモークグレネード、果てには暴徒鎮圧用の催涙弾も持ってきていた。

 失敗する見込みは無かった。

 これだけの装備をした州兵一個小隊が、民間人一人に挑むのだ。まず負けるはずがない。強いて心配事として挙げるなら、目標を無事に確保できるかどうかだ。上官は抵抗した場合は射殺しても構わないとは言っていたが、流石にこの戦力差で目標を確保出来ずに射殺した、と言うのはプライドが許さなかった。勿論隊員に命の危機が迫る状況ならば、射殺する事は厭わないが。

 だからこそ――

 

「あんな奴がいるなんて、聞いてねぇぞ!?」

 

 目標の確保の為に出動した小隊の隊長は、装甲車の蔭に隠れながら悲鳴を上げていた。二階平屋建ての民家、その入り口に今回の任務においてのイレギュラーが仁王立ちしており、民家の敷地外には先程一撃でのされた隊員たちが倒れている。

 

「さあドンドンかかって来なさい!」

 

 ゆるくカールした金髪が特徴の女が叫ぶ。それに釣られたのか、遠巻きに物陰に隠れていた隊員が銃を連射した。周辺に被害をまき散らしつつ、女に何発も銃弾が命中するも、堪えた様子は無い。そんな光景に隊長は顔を歪める。

 

「艦娘相手にどうしろってんだ……」

 

 相手は艦娘、それも特徴からして戦艦コロラドだ。まず勝つ事など不可能だ。とは言え、任務は任務だ。簡単に諦める訳にはいかない。

 隊員たちが必死に戦っている様子を観察し、隊長は必死に頭を働かせる。そして幾つかの要素に気付いた。

 一つは対峙するコロラドが、非常に幸いな事に火器を使わず、完全に素手で戦っている事。提督の命令なのか、これで彼女が十分と判断したのかは分からないが、死者を出すつもりはないらしい。お蔭で艦娘の採れる戦術の幅が狭まっている。

 二つ目は、民家を守る様に動いている事。この動きから察するに、恐らく目標は民家の中に隠れている。事前に確認した間取り図から勘案して、恐らく二階にいるのだろう。

 三つ目。一番重要なのは今確認出来る艦娘が一人しかいない事だ。力の差は圧倒されているが、代わりに数はこちらが上だ。いくら艦娘でも複数方面からの同時攻撃には対応できない。

 以上の事を勘案して採れる戦法は――

 

「ジョンソン隊、マイヤーズ隊は一斉射撃で艦娘を引き付けろ。ヘンリー隊は裏に回って民家に突入、目標を確保しろ!」

《了解!》

 

 隊長の指示と共に、各隊員たちが動き出した。各方面からコロラドに銃弾を浴びせ、その間に一部の隊員たちが迂回して民家に接近していく。

 

(不安要素が多すぎるが、背に腹は代えられねぇ)

 

 隊長としても状況把握が不十分な状況で、このような作戦は採りたくなかったのだが、いつコロラドの気が変わって火器使い始めるのか分からないのだ。行動が制限されている今のうちに決着をつけなければ、目の前の艦娘から勝利をもぎ取る事は出来なかった。

 隊員たちが無事にたどり着けるように祈りつつ、コロラドに向けて銃を撃つ隊長。だが、

 

《突入成功! ――か、艦娘!?》

 

 インカムに隊員の驚愕した声と共に銃声が響く。彼は祈りが通じなかった事を悟った。

 

「……もう無理だな」

 

 今の作戦が失敗した以上、二人で連携する艦娘相手に、高々陸軍州兵一個小隊が勝てるはずもなかった。むしろコロラドを出し抜いた事により、火器を解禁する可能性が生じており、小隊は危機的な状況にあると言っても過言ではなかった。

 そう判断してからの小隊長の行動は早かった。

 

「撤退するぞ! ヘンリー隊はスモークでも何でも使って艦娘の視界を塞いで装甲車まで戻ってこい! ジョンソン隊、マイヤーズ隊は負傷者を回収しつつヘンリー隊の撤退を援護!」

 

 彼が通信入れると同時に、民家周辺のあちらこちらから爆発音と共に煙が広がっていく。しばらくすると隊員たち、負傷者を担ぎつつ素早く装甲車に飛び乗っていく。最後に一人が戻ってきたのを確認すると、彼は最後目くらましとして催涙弾を民家に打ち込むと、装甲車に乗り込んだ。

 

「全員居るな! 出せ!」

 

 こうして陸軍一個小隊に与えられた任務は、目標を確保できず失敗した。だが事態はそれだけで終わらない、それどころか一気に悪化してしまった事を――彼らが知るのはしばらくしてからの事になる。

 

 

 

 8月23日早朝。メイン州のある鎮守府では、そこに所属する全ての艦娘が集結していた。各々が旅立つための荷物を纏め、いつでも出港出来る状態にあった。だが予定時刻を過ぎても彼女たちは出港出来ずにいた。未だに提督からの号令が出ないのだ。

 艦娘たちが不審に感じ始めている頃、その提督の姿は――未だ執務室にあった。

 

「……馬鹿な」

 

 オルソンは呆然と呟いた。そんな彼にコロラドは頭を振るった。いつもの気の強さは鳴りを潜め、顔は真っ青になっていた。

 

「事実よ……。任務は……失敗したわ」

 

 本来ならば家族との再会を分かち合うはずだった時間。しかしそれが叶う事はなかった。

 

 コロラドたちは確かに州兵からの攻撃を撃退した。しかし事態はそれでは終わらなかったのだ。

 小隊の撤退時に多く使われた催涙弾。使われているのはCNガスだ。世界各国で暴徒鎮圧用の催涙弾として採用されており、効果としては催涙作用の他に呼吸器に入った場合、激しいクシャミを催す科学物質である。

 今回の場合、小隊は艦娘から逃れるため、少しでも視界を遮る用途で使われたのだが、あの場には艦娘以外にも人間が居た。提督の妻と娘だ。屋内にいたヘンリー隊の撤退時、そして小隊長が最後に放ち運悪く二人の立てこもってた2階に飛び込んだ催涙弾。それらのガスの被害を受ける事になる。そして悲劇に繋がった。

 暴徒という強者を撃退するための強力なガスが、『呼吸器に疾患を持つ乳幼児』という弱者に襲い掛かったのだ。娘はあっという間に呼吸困難に陥り――母親が気付いた時には、既に彼女の心臓は停止していた。

 

「……妻は」

「赤ちゃんを抱いて泣いてたわ……。私は何も出来なかった……、あの人が持っていた物にも気付けなかった……」

「自殺か……」

「……気付いた時には遅かったわ。拳銃で頭を撃ち抜いていた……」

「そうか……」

 

 オルソンはそれだけ呟くと、執務室を静寂が支配した。暫しの後、沈黙に耐えきれなくなったコロラドが口を開く。

 

「Admiral、私を解体しなさい」

 

 二人の死はコロラドの油断が招いた物だ。だからこそ自分は解体されるべきだと考えていた。しかしオルソンは小さく首を振るう。

 

「……駄目だ」

「なんでよ」

「……駄目なんだ」

「……」

 

 再び沈黙が訪れる。そんな時、執務机に備え付けられている電話が鳴り響いた。オルソンは受話器を取ると、耳に当てる。

 

「……こちら執務室」

『Admiral? ちょっといいかしら?』

「どうした?」

『偵察機がこちらに向かってくる陸軍の部隊を見つけたわ』

「……」

 

 大方昨日の戦闘の顛末を受けてのものなのだろう。オルソンはそう当りをつけた。彼は暫しの熟考し――、諦めたように小さく笑った。

 

「分かった。直ぐに掛けなおす」

 

 彼は電話を切るとコロラドに向き直る。

 

「……Admiral?」

 

 コロラドは提督の表情に何処か不穏なものを感じ取り、思わず問いかけた。

 

「コロラド、私は君を責めるつもりはないさ。君はよくやってくれた」

「……」

「大まかな予定は変わらない。皆でこの国から逃げるんだ。イギリスでも日本でもロシアでも良い。皆でやり直そう」

「Admiral……」

「でもさ……」

 

 オルソンは笑みを作ったまま――だが、今にも泣きだしてしまいそうな顔で呟いた。

 

「少しくらいこの国に仕返ししても、……良いよな?」

 

 




1d100による個別ルート判定。
1~5:アーロン大将による太平洋艦隊、艦娘、提督を味方に付けたクーデター。
6~65:鎮守府脱走は止まらず。時間経過と共に弱体化。緩やかな死
66~:艦娘VSアメリカ。

判定:71

アメリカは毎回上手く最悪を引いていくなぁ。
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