それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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まだアメリカを本格的には崩壊させません。崩壊の最後のひと押しを誰がするかは決まっていますがね。


海を征く者たち72話 ある提督の理論

 メイン州のとある街道。森林地帯を突っ切る様に作られたそれを、武装した兵士たちを乗せた軍用車両の集団が進んでいた。車体にはエンブレムが施されており、彼らがメイン州の陸軍州兵である事が見て取れる。

 そんな部隊の先頭、使い古された輸送トラックの助手席で、部隊長は誰に聴かせるでもなくぼやいていた。

 

「全く面倒な事になった……」

 

 事の起こりは先日の政府の要請より行われた作戦だ。なんでも陸軍州兵の作戦行動中に艦娘と遭遇、交戦したと言うのだ。作戦に当たっていた部隊は撤退する事になったものの、幸いな事に任務自体は何とか成功したと言う。

 だがここで問題となって来るのは、陸軍州兵の任務を艦娘が妨害した事だ。もしも妨害が個人によるものならば、対象の艦娘を処罰して手打ちになるだろう。だが上層部は、妨害が組織的に行われた可能性が高いと判断したのだ。

 そこで上層部は真意を問いただすため、件の艦娘の所属する鎮守府へ部隊を派遣する事にしたのだ。

 

「海軍の奴らは、俺たちの事を便利屋か何かと勘違いしてないか?」

 

 海軍管轄の鎮守府に陸軍州兵を派遣など、後々問題が噴出しそうな状況だが、意外な事に海軍はこの派遣を認めていた。何でも問題の鎮守府は通信に一切応答しない事から、逃亡した可能性が高く、仮に鎮守府が空になっていたのならば、占領、調査をして欲しいと依頼して来たのだ。海軍側は、空き家になった小さな軍事基地を一時的に占有させて州兵側の溜飲を下させ、更に各種面倒な調査を州兵側にさせるつもりなのだ。

 部隊長はチラリと運転席に座る部下に目をやった。海軍の説明通りならば簡単な任務のはずだ。しかし部下の表情は何処か固い。

 

(そりゃあ、緊張するわ)

 

 逃亡については『可能性が高い』という注意書きが付いている。つまり艦娘たちが鎮守府に残っている可能性も捨てきれないのだ。そしてそうなった場合、これまでの経緯故に鎮守府の戦力と戦闘になるかもしれなかった。

 

(まあ仮に艦娘と戦闘になる事になったら、直ぐに逃げるがな)

 

 では艦娘と交戦して勝てるかと問われればまず不可能だ。武装しただけの人間が軍艦に勝てるはずがない。部隊長としても部下を無駄死にさせるつもりなど無いので、明らかに不味い状況であったら、即座に撤退するつもりだった。

 

(そもそも経緯からしておかしいだろ。何があったんだ?)

 

 部隊長は前日の作戦がどのようなものだったのかは、知らされていない。だが鎮守府が州兵の任務を妨害するという状況自体が、異常である事は直ぐに理解できた。艦娘を使ってでも何かを隠し通したかったのか、何かを守りたかったのか。ともかく、艦娘が必要となるレベルだった事だけは確かだった。

 思考を巡らせる部隊長。だがそれは聴き慣れた音によって中断される事になる。

 プロペラ機が飛行する際に発する独特な騒音が聞こえて来た。

 

「なんだ?」

 

 部隊長は窓から顔をのぞかせ、上空を仰ぐ。進行方向、つまり件の鎮守府の方向から艦娘用の航空機が飛行しているのが見えた。そしてそれは1機や2機ではない。数十からなる航空隊だった。

 

「……」

 

 部隊長はその光景に、嫌な予感を覚え双眼鏡を目に当てた。編隊を構成する機体は戦闘機も見られるが、その多くは爆撃機や雷撃機だ。そのどれもが爆弾を搭載している。

 海から離れた内陸部で、艦娘用の航空機が飛び回るのは別に珍しい事ではない。深海棲艦の航空攻撃に対抗するため、迎撃機が飛び立つ光景は良く見られるのだ。

 だが今回は違う。爆撃機や雷撃機という対空戦闘に向かない機体が内陸部を飛行しているのだ。それも多数の爆弾を搭載して、だ。これは明らかに異常な光景だった。

 

「おい、あれ」

「なんだ?」

 

 輸送トラックの荷台に乗っていた兵士たちも、異変に気付いたのか騒めき出した。そうこうしている内に、上空の航空隊が次々と機首を下げこちらに目掛けて一気に降下して来る。その光景を前に、部隊長の顔から一気に血の気が引いた。

 

「不味い、逃げろ!」

 

 反射的に叫ぶも間に合うはずが無かった。軍用車両の集団に、急降下爆撃によって無数の爆弾が投下され、あちらこちらで次々と爆発し兵士達の乗るトラックを吹き飛ばしていく。そしてそれは部隊長の乗るトラックも例外ではなかった。直撃こそ免れたため損傷は少なめだが、爆発に煽られて横転してしまう。

 

「クッソ……」

 

 部隊長は痛む身体を引きずりトラックから何とか這い出し、周囲を見渡した。そこに広がっている光景は、悲惨としか言いようがない。あちらこちらに車両の残骸や、部下たちのバラバラになった死体が転がっている。また部隊長と同様に、何とか生き残った部下たちもそれなりにいるものの、大小の違いこそあるが誰もが怪我を負っていた。

 

「全員早く身を隠せ!」

 

 部隊長の叫びに、生き残った兵士たちは半ば状況がつかめないまま、動き出そうとする。だがそんな暇すら上空の航空機たちは与えない。

 第二波と思われる爆撃機、雷撃機の編隊が急降下爆撃を敢行し、執拗に爆弾をばら撒いていく。更に一部の機体に至っては機銃掃射すら行うという念の入用だった。

 

「嫌だ!」

「逃げ――」

 

一人も生かして返さないと言わんばかりの攻撃に、兵士達は悲鳴を上げながら次々と殺されていく。

 そんな惨劇が繰り広げられる中、部隊長は横転したトラックの蔭に隠れつつ、無線機に向けて叫んだ。

 

「HQ! こちら第2任務部隊! 我々は艦娘からの攻撃を受け――」

 

 しかし彼は司令部からの応答を聴くことは叶わなかった。司令部が応答したと同時に、TBFアベンジャーから投下された500ポンド爆弾が彼の隠れていたトラックに直撃し、爆発と共に彼の意識は永遠に消失した。

 

「……鎮守府に接近中の陸軍州兵部隊を撃破したそうよ」

「ああ」

 

 惨劇の現場から遠く離れた、ある鎮守府の執務室。コロラドの報告に鎮守府の主であるオルソンは小さく頷いた。

 

「各鎮守府への通達は?」

「もう終わっているわ。でも、返答は今の所無いわ。何処も戸惑っているみたい」

「明確に敵対しないのなら良いさ。それよりみんなの準備は出来ているか?」

「ええ、いつでも行けるわ」

「よろしい。行こうか」

 

 オルソンは立ち上り、歩き始めた。コロラドはその後を着いていく。

 

「進撃目標は例の司令部?」

 

 昨日の交戦にしろ、今撃破した部隊にしろ、州兵を動かしていたのは、メイン州陸軍州兵の司令部だ。オルソンにとって攻撃目標となるのは当然だった。だが彼は小さく頭を振った。

 

「確かにそこにも行くが、先に寄る場所がある」

「何処?」

「……ポートランドだ」

 

 

 

 8月23日の午前。アメリカ国防総省の庁舎であるペンタゴンは、混乱の渦に巻き込まれていた。

 

「メイン州陸軍州兵司令部より、州兵部隊が艦娘の攻撃を受けたとの通信です!」

「ポートランド近海に深海棲艦が出現しました!」

「メイン州の各都市に、所属不明の艦娘用航空機の編隊が現れたとの通報が入っています!」

 

 ひっきりなしに届く、異常事態を告げる報告。それらの前に、新たに国防長官に就任していたクルーズは悲鳴を上げていた。

 

「何がどうなっている!?」

 

 昨日のカナダへの亡命事件により開いてしまった防衛網の穴を、どう埋めるか頭を悩ませていた所に、この立て続けの異常事態である。情報も少なく、クルーズは碌な対応が取れないでいた。だが確実に言える事は、これらの騒動の下手人が深海棲艦ではなく、本来ならば味方のはずの艦娘からのものであるという事だった。

 

「ともかく、情報が足りん! 急いで各地の情報を集約するぞ!」

 

 クルーズは国防長官の権限をフルに活用し、陸海空軍、海兵隊、州兵の持つ情報を集め、ペンタゴンのスタッフ総出で情報を精査。そしてトップであるクルーズへと届けられた。

 

「メイン州配属のオルソン提督か……」

 

 届けられた簡素な報告書を前に、クルーズは苦々し気に顔を歪めた。様々な情報から今回の事件の犯人が特定され、そして同時に事件を起こす背景も彼の下に届けられていた。

 

「妻子の確保に失敗したが、対象の死亡が確認されたため作戦は成功しただと? 誰が殺害の許可を出した!?」

 

 確かに提督をアメリカに繋ぎとめるための政策は行われている。オルソン提督の場合は、彼の妻子であり、言ってしまえば人質だ。しかし人質故に、大切に扱わなければならない。下手な事をすれば提督の持つ武力が自分たちに向けられる事くらいは、政府上層部も理解していたのだ。

 しかしその命令は、国家と言う大きな組織ゆえに現場に届いた頃には、変質してしまっていたのだ。まるで伝言ゲームの様に。

 そしてそのゲームの結果が今回の事件へと繋がった。

 

「オルソンは既に州兵を殺害している事を考えると、こちらが呼びかけた所でまず止まらない。そうなると武力制圧か……」

 

 そこまで思考を巡らせて、クルーズは頭を抱えたくなった。オルソンの反乱は確実に各地の提督に動揺を与えている。それを抑えるためにも、早期に反乱を鎮圧しなければならないのだが、残念な事に提督の命令の下で陸上で組織的に動く艦娘たちを止めるには、生半可な戦力では止められないのだ。

 オルソン提督の艦娘戦力は140隻弱。数だけで言えば極々小さい組織だが、その戦闘能力はWW2で枢軸を相手に暴れ回った海軍戦力なのだ。陸軍が幾らハイテク兵器でその身を固めたとは言え、彼女たちを撃破するには規模の戦力と相応の犠牲が必要となるのは確実だった。

 

「そうなると、どこかの鎮守府をぶつけるしかないか」

 

 無駄な犠牲を抑えるためにも、相手と同じくこちらも艦娘戦力を繰り出す必要がある。艦娘戦力に加えて、軍によるバックアップもつければ、オルソン配下の艦娘の撃破は可能だろう。だが問題はその選出だった。何せ相手は深海棲艦ではなく、元は味方のはずの艦娘である。下手な艦娘戦力をぶつけても、士気崩壊招くだけだ。

 頭を悩ませるクルーズ。そんな彼の下に、慌てた様子のスタッフが転がり込んで来る。

 

「どうした」

「テレビ、テレビを!」

 

 その只ならぬ様子に、クルーズは執務室に備え付けられていたテレビを点ける。そこに映し出されていたのは――目の前の報告書にも載っていた顔が、スタジオで女性アナウンサーからインタビューを受けている姿だった。

 

『で、ではオルソン提督。メイン州の各地で見られる事件はあなたが指揮をしていると?』

『ああ、その通りだ』

 

 番組はアナウンサーは舞台下手、オルソンは上手に座り、対話形式でインタビューが行われていた。またオルソンの後ろには、艤装を展開しているコロラドが控えていた。また画面にはこのインタビューが現在進行形で行われている事が、記されていた。

 

「宣戦布告でもするつもりか」

 

 顔を顰めるクルーズ。そんなことをしている間にも、インタビューは続いていく。

 

『あなたのしたことは、れっきとしたテロですよ!? テロリストに成り下がるのですか!?』

『テロリスト? ああ、それで構わないさ』

 

 怯えるアナウンサーとは対照的に、オルソンはリラックスした様子でインタビューに応えていた。その顔には笑みすら浮かべている。しかしその目は何処か暗い物があった。

 

『私――いや私たちはね、ずっとアメリカのために戦ってきたのさ。艦娘を指揮して深海棲艦と戦ってきたし、時には艦娘たちと最前線に立つこともあった。それがアメリカのためになると信じてね』

 

 オルソンは肩を竦めると、笑みを崩さず語る。だがその声色にはどこか侮蔑の色が見え隠れしていた。

 

『だが政府は私たちに何をした? 私の家族を人質に取り、さらに無能な政治将校で邪魔をし、挙句の果てに家族すら殺した。……アナウンサー君に聴きたい。そんな政府に従いたいと思うかね?』

『……』

 

 答えに詰まったのか、それとも気圧されたのか。何も答えられず、アナウンサーは顔を真っ青にして沈黙していた。そんな光景を前にコロラドは、小さくため息を吐いた。

 

『Admiral、そろそろ行きましょ。時間の無駄だわ』

『ああ、そうだな』

 

 コロラドに促され、席を立つオルソン。その様子にアナウンサーが慌てて制止する。

 

『も、もう少しインタビューを! あなた方はこれから何を――』

『時間稼ぎのつもり? ああ、さっき警察が来たみたいだけど、表にいる子たちが制圧したわ』

『なっ……』

「余計な事を……」

 

 これまで黙ってテレビを観ていたクルーズは、テレビ局が取った対応に思わず舌打ちした。警察の装備程度で軍艦の化身を止められるはずがない事など、少し考えれば分かる事だ。拙い子供だましのせいでオルソンが逆上した場合、スタジオが惨劇の会場となるだろう。

 

『まあ、これが最後の質問だ。答えよう』

 

 だが、クルーズの懸念した事は、幸いにも起こらなかった。オルソンはその顔に薄ら寒い笑みを張り付けたのまま、はっきりと言い切った。

 

『政府が自分たちの理論を振りかざして、私の妻と娘を殺したんだ。ならば私が私の理論で動いてはいけない道理は無いだろう?』

 




被害が出ているのは、まだ軍関係のみ。オルソン提督は割と紳士的です。

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