それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
誤字のご指摘ありがとうございました。TBFを誤字してしまうとは……。
後、作中時間における一鎮守府の艦娘平均保有数を間違えてました。1月の時点で100人近かったのに、なんで減らしてしまったんだ……。これに伴い、一部の数値を訂正しました。
○オルソン提督の反乱に対するアメリカ合衆国の対応
オルソン提督によるテレビ局をジャックしての放送。この提督による宣戦布告は、アメリカ世論を大いに混乱させる事となった。アメリカ世論では、艦娘に対しては親艦娘派、兵器派、排斥派と意見が分かれるが、彼女らを指揮する提督に対しては基本的に「国を守る英雄」と目されていた。そんな英雄がアメリカに対して反旗を翻した事に、人々が驚くのも当然とも言えた。
この事態に対しての国民の反応だが、当然の事だが多くの国民はアメリカ政府に対して、オルソン提督の反乱の鎮圧を叫んだ。深海棲艦の打ち倒せる武力が自分たちに向けられるかもしれないとなれば、この反応は当然とも言えるだろう。
余談だが、極一部ではあるがオルソン提督に同情してアメリカ政府への批判も発生した。これはオルソン提督がTV局でのインタビューで反乱に至った経緯を赤裸々に語った事により、それに感化された一部国民が政府の対応へバッシングしたのだ。特に事故とは言え州兵が何の罪の無い幼児を殺害したと言う事実は、オルソン提督に一定の同情を得る一因となっていた。
ともかくこの時点でアメリカ政府は、国民からの声とバッシング、そして他の提督を抑えるためにも、早急にオルソン提督の反乱を鎮圧しなければならなかった。だがこの時、アメリカ政府には反乱を鎮圧出来るほどの戦力を直ぐに用意する事が難しい状況にあったと記録されている。
まず通常戦力だが、当時のメイン州にはある程度の戦力があったものの投入は真っ先に却下された。140名弱の艦娘を相手に戦うには大戦力をぶつける必要があり、それらを直ぐに用意できなかった事と、仮に鎮圧出来たとしても大打撃を受ける事は確実だったためだ。アメリカ軍としても、折角回復して来た貴重な戦力を内乱程度で消耗したくはなかったのだ。
そのため反乱鎮圧に使われる戦力として艦娘を採用する事は極初期に決定したのだが、問題はその戦力の選定だった。アメリカ国防総省は適切な戦力を選定するのに時間を要する事になってしまったのだ。
この背景として当時のアメリカに所属する提督は、相互監視システムや特別調査官、そしていわゆる「首輪」の存在により、アメリカ政府に対して多かれ少なかれ不満を持っている状況にあった事が挙げられている。これにより下手な提督を鎮圧に向かわせた場合、最悪の場合オルソン提督側に付きかねないのだ。そのため周辺地域の鎮守府には待機命令が出されると言う、異様な光景が広がっていた。
結局、幾多もの選考の末に、反乱鎮圧のための戦力がメイン州に向けて出撃したのが8月25日だった。当然、その間にオルソン提督配下の艦娘たちは、メイン州で政府機関を相手に一方的な攻撃を続けており、現地の軍部隊は生き残るために必死に逃げ回っていた。結果、オルソン提督の方針故に民間人に犠牲者は無かったが、代わりにメイン州の陸軍州兵を中心に多数の犠牲者が発生。その中にはオルソン提督の家族の下に部隊を送り込んだ者もいたと言う。
――20XX年出版「アメリカ合衆国は何故滅んだ?」より抜粋
「やっと来たか」
8月25日の夕方。ポートランドの滞在拠点として接収したとある廃ビルの一室で、オルソンはようやくやって来た鎮圧部隊来襲の報告に苦笑していた。妻と娘を殺した仇敵を撃つと言う最優先目標が達成された所にこれである。彼としては今更来たのかと言う感想しか抱けなかった。
「鎮圧部隊の規模は大よそ220。今は陸沿いに航行中よ」
「その割には空襲が無いな」
「まだ民間人が残っているかもしれないし、空爆なんて出来ないわよ。あなたもそれを狙ってここを仮拠点にしたのでしょ?」
「私は空軍対策のつもりだったんだがな」
陸戦において無敵とも言っても良い艦娘だが、天敵もいる。その一つが現代戦闘機だ。艦娘は音速を超えて飛翔する戦闘機を撃墜する事など不可能だし、飛来するミサイルを迎撃する事も出来ない。仮にアメリカ軍が費用対効果を無視して航空機によるミサイルの飽和攻撃をしたならば、いくら現代兵器に対する防御力が優れている艦娘であっても最終的には完封される事となるだろう。
オルソンはそれを警戒して、わざわざ民間人の多いポートランドに仮拠点を設置していたのだ。都市の封鎖はしないため、民間人がオルソンたちを恐れて次々と逃げ出しているが、6万人以上の住民全てがたった数日で脱出するのは困難だ。少なくとも住民が残っている間は空襲される事は無いとオルソンは考えていた。
「こちらの戦力は?」
「全員戻っているわ。補給も終わっている」
「資源は? この二日間でそれなりに使ったはずだが」
「昨日の内に、鎮守府に残してきた資源を持ってきておいたわ。当分は戦えるわね」
「流石だな」
鎮守府にいた頃と同じく、打てば響くような彼女とのやり取りに、オルソンは何処か安心感を覚えていた。
「それで? これからどうするの、Admiral?」
「そうだな……」
コロラドの問い掛けにオルソンは口に手を当て考え込む。家族の敵を取った事により、彼にある程度の精神的な余裕を持たせていた。オルソンとしては当初はアメリカ相手に戦う事も考えていたのだが、流石に単独では無謀であるし、このまま戦って艦娘たちを無為に死なせたくなかった。だからこそ、
「……逃げるか」
当初の目的が浮かんでくる。オルソンの導き出した答えに、コロラドも笑みを浮かべた。
「そうね。いつまでもここに居てもしょうがないわ」
「だな。……まあカナダへの亡命は難しいだろうが」
「そこは仕方ないわ」
コロラドが苦笑する。艦娘戦力が乏しいカナダであっても、流石にアメリカ軍を相手に戦った反乱分子を受け入れる事は無い事は容易に想像がついた。
「最悪、何処かの無人島にでも辿り着けば何とかなるわよ。ご飯は島で栽培すれば良いし、資源は補給艦でも拿捕すれば艦隊を維持出来るわ」
「そうだな。誰も邪魔されずに皆でのんびりと暮らそうか」
「ええ」
アメリカもカナダも敵に回した状態で、逃げ切るなど不可能に近い。そんな事は当然理解している。だがあえて二人は夢物語を語り、己を奮い立たせていた。
「よし、全艦に通達。今すぐ出撃する」
「ええ、行きま――待って、通信が入ったわ。……え?」
呆けたように立ちすくむコロラドの姿を前に、オルソンは訝し気に尋ねた。
「どうした?」
「えっと、偵察機からの通信よ。何でも鎮圧部隊が進路を180度反転したって……」
「……はぁ?」
思わぬ報告に、オルソンは間の抜けた声を出してしまう。偵察機の情報が正しいのならば、鎮圧部隊は反乱軍の目の前まで来ながら、撤退を始めたという事になるのだ。軍事的にも政治的にもまずあり得ない事、それが目の前で発生していた。
「何があったんだ?」
「さあ?」
二人は狐につままれたような顔で、立ち尽くすしかなかった。
時間軸を少し戻し8月25日正午。ホワイトハウスのある会議室で、ある会議が行われていた。その参加者は各政府機関のトップばかりという、錚々たる面子なのだが、その誰もが疲弊の色が隠しきれないでいた。
「それで、鎮圧部隊のメンバーに問題は無いんだな?」
「問題ありません」
何処かやつれた様子のクーリッジ大統領の問い掛けに、クルーズ国防長官は何処か冷めた雰囲気を醸し出しつつも頷く。
「これまでの戦績や提督の背後関係を始め、各種厳重なチェックを突破した者たちです。反乱側に寝返る事はあり得ないでしょう」
提督の亡命、低い士気、更に提督による反乱まで起きた事により、既に海軍のメンツはボロボロだった。そんな状況で鎮圧部隊が寝返る様な事態になれば、政府内での海軍の評価は文字通り地に落ちるし、最悪艦娘戦力の管轄が他に移される可能性すらあり得た。これ以上の失態を何としてでも回避すべく、鎮圧部隊の編成には、海軍上層部の総力が挙げられていた。
その様な事情もあってか、鎮圧部隊についてはクルーズとしても太鼓判を押せるレベルにあった。とは言え、編成に時間が掛かり過ぎていたもの事実だった。
「……その戦力を選出するのに、2日も掛かるとはな。流石に遅すぎるんじゃないかね?」
スチュアート内務長官の嫌味を飛ばす。だがクルーズは憮然と鼻を鳴らした。
「では適当な鎮守府を当てろと? 唯でさえ士気の低い現状で、下手な鎮守府を当てれば最悪反乱側に寝返るぞ」
「……寝返らない様に努力するのが君の役目ではないかね?」
「今回の反乱にしろ、士気の低下にしろ、原因は鎮守府の監視システムが原因だ。私も色々と対策は検討しているが、二週間前に国防長官に就任したばかりの人間が、短期間で解決出来る様な問題ではないな」
「貴様!」
前任者マーシャルだけでなくここに居る者たちへの批判を示唆する言葉に、スチュアートが真っ赤にさせて立ち上がった。対するクルーズはその様な光景を呆れた様な目で眺めている。
クーリッジはため息を吐きながら二人を遮る様に、口を開いた。
「そこの議論は後にしてくれ。ともかく鎮圧部隊は問題ない事は分かった。……だが編成に時間が掛かり過ぎて、メイン州の州兵に多数の犠牲者が出ているのは流石に不味いぞ」
「……分かっております」
クルーズは苦り切った顔で頷いた。下手な戦力では太刀打ちできないと言う事情があったとはいえ、結果的にオルソン提督を野放しにしてしまったのだ。幸い反乱側が民間人を狙わなかったためそちらの犠牲者は皆無だったが、代わりにメイン州の陸軍州軍には相応の犠牲が出ていた。
これによりメイン州政府及び州兵組織は、アメリカ政府へ猛抗議すると共に、不信感を募らせる事態に陥っていた。また他の州でもこの初動の遅さを目の当たりにし、不安感を抱かせる事となる。
そして反乱の影響はそれだけでは収まらない。
「それに今回の反乱を受けて、世論が錯綜している。これは後々に響くぞ」
このクーリッジの言葉には、会議室にいる誰もが顔を顰めるしかなった。
「艦娘がその武力を持って人間を殺害する」 そんな排斥派や兵器派が常日頃から危惧していた状況が、実際に起こってしまったのだ。
この事実を前に、多くの国民が半ばパニックに陥った。艦娘が砲を向けたら抵抗も出来ずに殺される。実際軍人が何も出来なかったじゃないか。この二日でその様な声がアメリカ各地で叫ばれた。
これにより親艦娘派や兵器派だった者が排斥派に転向が相次ぎ、人々の艦娘を見る目がより厳しい物となっていった。一部では人類解放戦線は間違っていなかったと主張する者すら現れたのだから、その混乱具合が見て取れた。
「国防長官の言う通り、反乱は鎮圧されるだろう。だが問題はその後だ。下手をすると世論が艦娘排斥一色になりかねない」
「……まさか本当に艦娘を?」
クルーズの懸念に、クーリッジは頭を振るった。
「流石にその様な事はしない。だがこのままでは、鎮守府側に何かしらの締め付けをしなければならない可能性が高い」
「待って下さい。これ以上の圧力は第二、第三の反乱に繋がります」
「分かっている。だが国民の声を完全に無視する事は難しい」
「……」
会議室に重苦しい静寂が訪れる。アメリカが最悪の状況に突き進んでいる事を誰もが肌で感じていた。だからこそ誰もが必死に思考を巡らせ、破滅を回避しようとしている。
だが、彼らにはその様な時間すら与えられなかった。
「失礼します!」
唐突に乱暴に扉が開かれ、会議室に転がり込んできた大統領秘書により、沈黙が破られる。
「どうした」
秘書の只ならぬ様子に、閣僚の誰もが何か重大な事件が発生した事を悟った。秘書はメモを手に、悲鳴のような声で叫んだ。
「テキサス州にて鎮守府と現地住民が衝突! 現地住民側に多数の死傷者が発生しました!」
やっぱりアメリカって民主主義を信奉していますからね。最後のトリガーは国民が引くべきです。