それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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今回の話ですが、かなりショッキングな描写が入っています。ご注意下さい。


海を征く者たち74話 艦娘の逆鱗

 少年は英雄に憧れていた。

 父親が持っていたヒーロー物のアメコミを読んで以来、彼はヒーローが大好きになった。余りにのめり込み過ぎて、友人から呆れられたり、両親から叱られる事もあったが、彼はそれでもヒーローたちが大好きだった。

 

 少年は願った。

 少年が物心がついた頃、深海棲艦が現れ世界各地で戦いが始まった。少年はこの事態に対してよく理解は出来なかったが、とても大変な事が起きている事だけは分かった。だからこそ、少年は深海棲艦と言う悪者を倒す事の出来る力を願った。

 

 少年は英雄の卵となった。

 深海棲艦出現から4年。少年の下に艦娘と言うヒーローが現れた。何でも艦娘は深海棲艦を倒す事が出来、そして彼女たちが少年に従ってくれる事を知った。この事に少年は歓喜した。自分が司令官ポジションと言うのは若干ガッカリしたが、それでも自分が深海棲艦を倒すヒーローの一員になれたのだ。

 

 少年は基地で日々を過ごした。

 とは言えいくらアメリカでも、義務教育が始まったばかりの子供を戦場に放り出す事はしなかった。少年は海軍基地で過ごす事になり、出撃する艦娘を見送る日々が続いた。基地には少年と同年代の子供はおらず、そして少年の特性の関係上学校には通えなかったため、自然と艦娘と過ごす事が多くなった。しかしその様な環境でも、少年はヒーローとなるべく、勉強を続けていた。

 

 少年は英雄になった。

 生まれ育った町の近くに作られた鎮守府に行くことになり、少年の生活は少しだけ変わった。相変わらず艦娘と共に戦場に出る事は無かったし、学校にも通っていなかったが、鎮守府のトップとしての仕事をする事もあった。そのお蔭か、町に深海棲艦の魔の手が迫る事は無くなった。

 自分の手で人々を深海棲艦の手から守っている。希望とは若干違っていたが、少年はヒーローとなれたはずだった。

 

 少年はショックを受けた。

 少年の働きにより、人々は安全に暮らせていた。しかし誰も彼を誉めようとしなかった。多くの者が「艦娘は危険だ」「艦娘は管理されなければならない」と叫び、少年と艦娘を警戒し、彼の努力には目を向けようとはしなかった。誰も認めてくれないこの状況に、少年は落胆した。

 

 少年はそれでも努力した。

 幸か不幸か少年は純真であった。この様な状況であっても、少年は街を守った。艦娘からは不満が噴出していたが、彼は何とか説得して回った。大好きなアメコミでもこの様な状況もあったし、いつかは皆分かってくれると信じていたからだ。

だが――

 

「なんで……」

 

 少年は鎮守府庁舎の出口で、目の前に広がる光景を前に呆然と立ち尽くしていた。鎮守府を囲うフェンスの外、そしてゲートには近隣から集まった多くの住民が居るのだが、その誰もが殺気立ち、怒号を上げている。

 

「艦娘は出ていけ!」

「化け物なんてこの土地には必要ない!」

 

至る所から飛び交う怒声。そのどれもが艦娘へのバッシングであった。更に住民の中には銃器を持っている者も多く見られており、いつ暴発しても可笑しくない状況にあった。

 対する鎮守府側だが、見た目が成人である戦艦や空母艦娘がゲートの外に出て住民たちと対峙している。

 

「鎮守府周辺でのデモは禁止されているわ! 即座に解散しなさい!」

 

 アイオワを筆頭に、ゲートの外に出ている艦娘たちは住民たちに警告しつつライオットシールドを使い、ゲートから鎮守府へ雪崩れ込もうとしている住民たちを抑え込んでいる。しかしその動きは、住民側の自身へのバッシング故か何処か荒々しい物だった。

 

「どうしてこんな事に……」

 

 少年は絶望感に苛まれながら、そう呟く事しか出来なかった。

 切っ掛けは、メイン州で起きたオルソン提督による反乱だった。様々な不幸が重なった結果発生したこの反乱だが、一部の者たちはある事に注目していた。現地の州兵たちが艦娘たちからの攻撃になす術もなく打ち倒されている事だ。

 深海棲艦出現以降、軍事予算は増やされており、その恩恵は州兵にも及んでいる。人員の増員や一部武装の更新など、戦前と比べればその戦力は明らかに増強されている。それにも関わらず、メイン州の州兵は艦娘たちに一方的に叩かれているのだ。これこそ排斥派や一部の兵器派が叫ぶ、「艦娘が暴走した際に起こる状況」そのものだった。

 この事実はアメリカ国民に大きなショックを与える事となり、艦娘への見方にも影響を与えてしまった。親艦娘派から排斥派及び兵器派、兵器派から排斥派、排斥派から排斥過激派、と己の主張を変える者が続出した。

当然少年のいるテキサス州も例外ではない。テキサス州は元々保守思想の強い土地柄故か、兵器派や排斥派が大半だった。それがメイン州での反乱を受けて、反艦娘思想が一気に過熱してしまい、少年の居る鎮守府への艦娘排斥運動へと至ったのだ。

 そしてこの運動の排斥対象は、艦娘だけではなかった。

 

「おい、あれを見ろ!」

 

 住民側のある男が叫びつつ、指差した。その先にいるのは――未だにショックから抜け出せていない少年の姿がある。

 

「見たことあるぞ! ここの艦娘の提督だ!」

「あのガキを殺せば、艦娘はいなくなる!」

「……え」

 

 彼らの言葉に、少年は耳を疑った。唐突に向けられる悪意に、少年の思考は追いつかなかなかった。だが彼が何もできない間にも、住民たちの少年に向ける殺意は膨らんでいく。

 艦娘は人間と同じサイズであるにも関わらず、圧倒的な火力、防御力を持っている。銃を持った程度の人間が束になった所で、勝てるような相手ではない。

だがそんな無敵と言っても良い艦娘だが、大きな弱点がある。

提督の存在だ。

 提督が死亡した場合、三日以内に艦娘は消滅する。この事実は既に民間でも周知の事実だ。提督である少年の姿を見た住民たちは、直感的にこの事実に飛びついた。

 

 危険分子である艦娘は排除したい。しかし自分たちでは勝つことなど不可能だ。しかし人間である提督を殺せば、あの艦娘たちを一気に排除出来るではないか。

 

 そんな短絡的な思考が生まれ、そして集団心理の如く、住民たちの間に広まっていく。

 

「Admiral、早く中へ!」

 

 住民たちの異変に気付き、初期艦にして秘書艦のイントレピッドは少年に駆け寄った。このまま彼女の提督が住民たちの前に身をさらすのは、提督自身に危険が及びかねなかった。

 

「不味いぞ!」

 

 住民側の誰かも叫んだ。折角の艦娘を消滅させるチャンスを不意にしてしまう。艦娘も以降は警戒するだろうし、今が最初で最後のチャンスだった。

 住民たちの殺意、焦り、そして集団でいる事により鈍った思考。それらがごちゃ混ぜになり――そして限界に達する。

 

 鎮守府に一発の銃声が鳴り響いた。

 

 発砲は住民の一人。鎮守府に向けた物ではなく、空に向けての物だった。だがそれは住民たちのタガを外すには十分だった。

 

「っ! 撃て撃て撃て!」

「殺せ!」

 

 住民たちは半ば集団パニックに陥り、少なくない数の銃を持つ住民たちが銃を構え、そして少年に向けて引き金を引いた。絶え間ない爆発音と共に、銃弾が雨霰と少年に殺到していく。

 

「Admiral!」

 

 イントレピッドは咄嗟に提督を庇い、その身を射線に晒した。銃弾が弾かれ、金属が擦れた様な音が辺りに響く。ゲート前で住民たちと対峙していた戦艦艦娘である、アイオワが慌てて秘書艦に通信を繋げる。

 

「イントレピッド、Admiralは!?」

「無事よ! 今、私に乗艦させたわ!」

 

 イントレピッドの咄嗟の行動は功を奏した。彼女たちの愛する少年は怪我一つなく、この場で最も安全な場所の一つである艦娘の中へ避難出来ていた。

 この報告に、この場にいる艦娘たちは提督の無事に安堵し――、そして怒り狂った。

 

「やってくれたわね!」

 

 ゲートの外で住民と対峙していた艦娘たちが、一斉に艤装を展開する。更に鎮守府内で一連の騒ぎを聞きつけた艦娘たちも駆けつけて来る。

 人間が身勝手な理由で提督を殺そうとした。

艦娘たちが住民側に武装を向けるには十分な理由だった。

 

「イントレピッド、止めないでよ!」

「ええ、止めるつもりはないわ」

 

 イントレピッドは艤装を展開すると、小銃型のカタパルトを住民たちに向けた。いつもは少年の意向を酌み、何かと抑えに回る事の多かった初期艦だったが、目の前で起きた暴挙の前に彼女も怒り狂っていた。

 

「総員通達。鎮守府ゲート周辺を占拠する暴徒たちを殲滅するわ」

 

 イントレピッドの通信と共に、艦娘たちが殺意と共に砲を機銃を暴徒と化した住民たちに向ける。住民側も向けられる怒気に気圧され、一部の者はこの場から逃げようとしていた。だがそれは叶わなかった。

 

「攻撃開始」

 

 砲火、銃火が一斉に放たれた。本来深海棲艦に向けられるはずの攻撃を前に、生身の人間が無事であるはずがない。ある者は大火力の砲弾により跡形もなく消し飛び、ある者は爆発に煽られその身体がバラバラになる。銃火を受けた者も同様だった。人に向けられるには過剰な火力の機銃により、身体が引き裂かれる者が多発し、何とか即死を逃れた者も激痛で泣き喚き、そして絶命するしかなかった。

 

「逃げろ!」

 

 艦娘により一瞬で作り出された凄惨な光景を前に、住民たちが悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ惑う。そこに先程までの提督を殺そうと息巻いていた姿は無い。ただ目の前の脅威から少しでも逃れようとする人間しかいなかった。

 提督に迫る脅威は去った事は、誰の目にも明らかだった。だが、

 

「掃討戦に移るわ」

 

 その程度で艦娘は止まらない。自分たちを悪魔の如く罵り、そして何の罪の無い提督にまで銃を向けられた怒りは、簡単には収まらない。誰一人として生かして返すつもりはなかった。

 

「嫌だ!」

「助けて、誰か助け――」

 

 住民たちの悲鳴が木霊する中、艦娘たちは容赦なく砲火を撃ち続け、人間を殺していく。

 

「……」

 

 そんな目の前で起こる惨劇を、少年はイントレピッドの艦橋に備え付けられている艦長席で、ただぼんやりと眺めていた。

 

「……」

 

 彼の頭の中には、様々な思いがグルグルと廻っていた。ただひたすらに勉強していた事、いつもそばにいてくれた艦娘の事、町の人々から冷たい目で見られていた事、そして自分が目指していた事。

 少年が目指している象徴のあり方を考えれば、住民たちが虐殺されるのを止めるために、彼はすぐさま艦娘たちを止めるべきなのだろう。

だが今の彼にそれは出来なかった。艦娘を止めようと思っても、住民に向けられた感情が思い出されてしまい、躊躇ってしまった。

今の彼に目指していた象徴の様な力は無かった。

 

「もうヒーローになれないや……」

 

 少年は小さく呟き、顔を覆った。

 




筆が乗った結果がこれですよ……。
提督に危害が加えられるシーンは何回かやりましたが、マックレア提督の時は犯人自殺、ドローンテロの時は遠距離攻撃と、なんだかんだ艦娘たちが犯人に反撃する機会がなかったんですよね。で、今回は艦娘の目の前であんなことをしてしまい、そして当然の様に反撃されました。

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