それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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誤字修正ありがとうございました。どうやっても誤字は出る物ですね。


海を征く者たち76話 ハゲタカたちの会談

 人類最強の戦力を保有するアメリカ。そんな国が急速に内部崩壊していく光景を前に、世界中の誰もが戸惑いを隠せなかった。各国のメディアでは驚愕しつつもこの現象についての話題が何度も取りざたされ、そして民衆も困惑しつつアメリカの動向を見守っていた。

 各国の国民はその様なある種傍観者と言った立場にあった。では国を動かす者たちもどうであるかと言うと、そんなはずが無かった。政治に関わる者たちは、誰もが世界情勢が大きく変わり始めている事を肌で感じていたのだ。

 そんな中、ロシアの首都モスクワでは日英露の三国の首脳が集結する事となる。

 

「アメリカも不甲斐無い。内ゲバをしている暇があるなら、深海棲艦の一匹位殺せば良い物を」

 

 ロシアのノーヴァ大統領はため息と共に吐き捨てた言葉に、日英の首脳は頷いた。

 

「全くああなるとは、思いもしませんでしたよ」

「あの植民地人どもは、どれだけ我々に迷惑をかけるつもりなのだか」

 

 そう呟く日本の真鍋首相とイギリスのマクドネル首相。その表情は落ち着いてはいたが、その内心は二人とも怒り狂っていた。

 昨年、孤立しかかっていたアメリカを何とか国際社会の場に連れ戻し、彼の国の国際的地位を守ったのが日本とイギリスなのだ。この外交交渉は国益にかなうと言う面も大きいが、それ以外にも人類存続のためにもアメリカの協力が必要不可欠である、と言う理由があったのだ。

 だからこそ艦娘亡命事件の時はある程度譲歩しようとしたし、パナマ奪還の際は自国の利益は少ないにも関わらず、囮として軍事作戦を行った。

 そんな日英の努力を、アメリカはたった1年で自分で滅茶苦茶にしてしまったのだ。彼らが怒るのも無理は無かった。

 

「その様子ですと、やはり皆さんもアメリカが崩壊すると予想していますか」

「当然だな。むしろあの状況を見て崩壊しないと予想出来ない者は、余程の無能だ」

 

 各国とも当然の事だが、アメリカについての情報の収集及び精査は行っているのだが、この仕事を担当している官僚たちは、情報が集まれば集まるほど頭を抱える羽目になっていた。

 

「あいつら深海棲艦と戦争中なのに、何をやっているんだ!?」

 

 反艦娘的な世論、碌に対策を立てれない政府、アメリカに愛想をつかす艦娘。本人たちは真面目にやっているのだろうが、傍目から見ればふざけているようにしか見えなかった。官僚たちが「近い内にアメリカは崩壊する」と結論付け、そして政治家もその報告に一も二もなく頷いたのは、ある意味で当然の事であった。

 

「まあ、だからこそ我々が集まったのだがな」

 

 マクドネルの言葉に、二人が頷いた。

 アメリカは太平洋、大西洋からの圧力を一身に受けている事から、各国の対深海棲艦戦略において重要な役割を果たしている。アメリカが陥落すれば、これまで彼の国が引き受けていた圧力がこちらに向くことは確実なのだ。

 そのため国家戦略を大幅に変更する必要があったし、各国ともアメリカ程の国力を有していない事から、国家間での連携が必須だった。今回三国のトップが会談しているのも、アメリカ崩壊後の世界戦略を大まかにでも決めるためだった。

 

「まあ、アメリカ側も予感はしているようですがね。お蔭で馬鹿げた要求をしてきましたよ」

「何をしてきた?」

 

 ノーヴァの問い掛けに、真鍋は苦笑した。

 

「援軍要請です。アメリカ本土へのね」

 

 アメリカとて艦娘が逃げ出している現状が不味いことを理解している。しかし既にアメリカ政府には艦娘を留める事が出来ない。ならば友好国から艦娘戦力を取り寄せよう、と意見がアメリカ政府内で台頭し始めた。

艦娘大国である日英ならば、戦力に余裕があるだろうし、大洋を超えて戦力を派遣する事も可能であるだろう。そんな希望的観測により、このアメリカ政府は日英両国に援軍要請を出したのだ。

 真鍋の思わぬ言葉にノーヴァは暫し考え込み、そして結論を下した。

 

「……あいつ等は、狂っているのか?」

「どうなんでしょうね? 貧すれば鈍する、という言葉も有りますが」

 

 当然の事だが、日英両国はこのような要求をして来るアメリカに対して、冷めた目で見ていた。現在の艦娘戦力の事を考えれば、アメリカまで辿り着く事自体は可能かもしれない。だが両国にはその様な余裕など存在していないのだ。

 

「今はアメリカの戯言は置いておこうではないか。重要なのはアメリカが崩壊した後だ」

 

 マクドネルが逸れかけていた話題を修正する。滅びが確定した国の妄言など、この場では何の価値もないのだ。

 

「……アメリカが崩壊した場合、中南米やカナダは持たないでしょう」

「だろうな。南北アメリカ大陸は艦娘保有国は多いが、アメリカを除けばどれも中小戦力でしかない」

「アメリカも各国に航空機を中心に、艦娘用装備の輸出はしていたと聞いたが……、まあ深海棲艦の戦力を考えれば、誤差でしかないでしょうなぁ」

 

 元々、アメリカ大陸の戦力はアメリカ合衆国が一強という事も有り、深海棲艦の攻勢を一手に引き受けてきたからこそ、アメリカ大陸は生き残ってきたのだ。その一強が消滅すれば、残された国ではどうしようも無かった。

 

「そうなると大陸丸々深海棲艦の領域となりますね。犠牲者が何処まで行くのか想像もつきませんよ」

「南米は全滅と見て間違いないな。北が深海棲艦の領域になれば、立地的にも深海棲艦に包囲される事になる」

「北米も似たような物でしょう。アラスカならシベリアに近いとは言え、ベーリング海峡は最狭部でも86㎞はあります。ベーリング海は荒い上に深海棲艦もいますし、難民がここを抜けるのは難しいですよ」

 

 南北アメリカに住む何億もの人類が、深海棲艦の犠牲となる。この事は確実だった。その様な現実を前に、彼らは小さくため息を吐いた。

 

「また面倒な事になりましたね」

「まあ今回は幸いな事に海の向こうの大陸の話だ。我々の下に難民が押し寄せる事はあり得ないでしょうな」

「それだけが救いだな」

 

 何億もの人間が死ぬと言う現実が目の前に迫っているにも関わらず、三人の表情は苦々しくありつつも、何処か安堵した様子が見られていた。

 深海棲艦との長い戦いにより日英露の三国には、生き残った国々には、アメリカから逃れて来た大量の難民を受け入れる余裕などないのだ。ここにいる三人は国を代表する政治家であり、自国の国益のために働いている。冷徹な話ではあるが、大量の難民と言う負担は何としてでも避けたかったのだ。

 こうして南北アメリカの人々の命運はほぼ決定づけられた。だが、例外も発生する事もある。

 

「亡命者がやって来た場合はどうしますか?」

「ベーリング海を渡って来た難民か? そこは保護するしかなかろう。見捨てたとなれば国民が煩い」

「いえそちらではなく、政治家や財界人が亡命して来たケースです」

「そちらか……」

 

 真鍋の疑問に、マクドネルは顔を思わず顰めた。確かに一般人と違い権力や財力を有している者ならば、アメリカ大陸からの脱出はしやすいだろう。とは言え、その数は微々たるものであろうし、受け入れても問題ないようにも見える。だが問題は別の所にあった。

 

「思想が問題だな。下手をすれば反艦娘思想を広められかねないぞ?」

 

 欧州やロシア、日本での、艦娘に対する世論は親艦娘となっているが、これは決して安定しているとは言いにくい。兵器派にしろ排斥派にしろ、反艦娘派を政府が全力で抑えているのだが現実だ。特に欧州の場合、スエズ攻防戦での艦娘の特攻により親艦娘派がメジャーになったが、フランケンシュタイン・コンプレックスから来る艦娘への恐怖は払拭された訳ではない。

 そんな不安定な所に、アメリカンジャスティスを率いて反艦娘活動をしてきた政治家や財界人が入って来て好き勝手した場合、反艦娘派の勢力が盛り返すだろう。最悪の場合、アメリカの二の舞になりかねない。

 

「彼らが自分の仕出かした事を反省しているのなら、良いのですが……、まあ無理でしょうね」

「ああいう輩は責任を他に押し付けるだけだ。構うだけ時間の無駄だ」

「まあ、そういう輩に限って声だけは大きいですがな」

 

 肩を竦める真鍋に、呆れたように鼻を鳴らすノーヴァ、そしてため息を吐くマクドネル。三人とも長く政治の世界にいるためか、その様な人間には心当たりがあったのだ。

 

「だが少なくともロシアへの亡命はないだろう。潜在的敵国にノコノコやっては来るまい」

「そうなると、アメリカと同盟関係にある日本か欧州ですか……」

「いや、日本は来るとしても数は少ないだろうな。人種的にも宗教的にも、アメリカとは違う」

「では欧州の何処か……いえ、国防能力を考えるとイギリスですか」

 

 結論が導き出され、ノーヴァと真鍋の視線が自然とイギリスの首相に集中する。マクドネルは露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「……勘弁して欲しい所ですな」

「しかし事前に対応策は出しておくべきです」

「少なくとも、現時点では亡命者を受け入れ、暫くの間は監視をつける位でしょうな」

「目に余る場合は?」

「当然、イギリス政府が『適切に』対処させて貰おう」

 

 マクドネルの返答に二人は満足した様に頷いた。ここで言う『適切な対処』は、脅迫や逮捕、暗殺など、合法非合法問わず、あらゆる手段で対応するという事だった。

 その後も、彼らは他の諸問題に対する結論を出していき、そしてこの会談のメインである国防に話が移る。

 

「予想はしていましたが、やはり国防計画を大幅に改定する必要がありますね」

「それは当然でしょうな。何せアメリカと言う最大戦力兼囮が居なくなるるんだ。囮を潰した深海魚たちが次に狙うのは我々だ」

 

 アメリカの崩壊は、これまで彼の国が引き付けて来た深海棲艦の戦力にフリーハンドを与える事と同じなのだ。そして当然、次のターゲットとなるのは日本やロシア、欧州の国々である。深海棲艦からの攻勢が一気に高まるのは確実であり、現状の防衛計画では対応し切れない事が予想されていた。

 とはいえ、日本とイギリスの場合は防衛計画の改定はしやすい国だ。両国とも艦娘大国であり、またWW2時の保有艦艇を鑑みれば、まだまだ伸びしろはある。問題はロシアだった。

 

「今のロシアの艦娘戦力は既に頭打ちになっている。通常戦力の増強も計画しているが焼け石に水だ」

 

 ロシアは陸軍国だ。その前身であるソビエト連邦の頃もそれは変わらない。WW2時のソ連海軍は日英の様な海軍国の海軍とは、比較にならない程小さいのだ。この事が70年以上経過した現代のロシアに多大な悪影響を及ぼしていた。

 しかしその様な状況にあるにも関わらず、ノーヴァは冷静であった。

 

「最も、『現状は』だがね。『遺産』が手に入る」

 

 小さく笑うノーヴァ。彼には戦力の当てがあった。そんなロシア大統領を見て、マクドネルは呆れたように鼻を鳴らす。

 

「『遺産』を当てにし過ぎるのも問題だろうに。まあいい。では本題のアメリカの625名の『遺産』をどう保護してくか決めようじゃないか」

 

 「遺産」――つまりアメリカで生まれた提督は、その保有する艦娘や装備を勘案した場合、各国にとって垂涎の的なのだ。そんな貴重な提督がアメリカが崩壊すれば自分たちの下にやって来る。

 彼らを如何に多く引き込むか。各々がより多くの国益を得るために暗闘が始まった。最初に口を開いたのは当然の事だがロシアだった。

 

「彼らはロシアの保護を求めている。そのまま我が国が預るのが筋ではないか?」

 

 アメリカから逃げ出すのに最も簡単な方法は、ベーリング海峡を渡りロシアに亡命する事だ。深海棲艦も出現するが、艦娘の艦隊を率いているならば突破は十分可能だ。ロシアは亡命して来た提督をそのまま取り込み、自国の強化及び国際的地位の向上を狙っていた。

 

「待て。その形で所属国家を強制するのは問題だろう」

「その通りです。それに下手に強制した場合、再び脱走しかねません。彼らは一度国を捨てたのです。二度目が起きないとは限らない」

 

 だがその様なあからさまな狙いに、当然の事だが日英による待ったがかかる。彼らとしては、自衛できる程度の増強ならばともかく、多くの提督を取り込み武力と資源を背景に覇権国家として圧力を掛けて来る可能性を危惧していた。

 

「提督側の意見も尊重すべきだ」

 

 そう言い切るマクドネル。アメリカにとってロシアは仮想敵だ。その意識は一定以上のアメリカ国民にも根付いており、そして当然アメリカの提督にも根付いている。そのため余程の餌が無ければ、アメリカの提督がロシアに居付く事は無いだろう。彼は「意思の尊重」を旗印として人種や宗教的にも近い欧州、ひいてはイギリスへの引き込みを狙っている。

 しかしこれに対しても日本が疑問を呈する。

 

「しかしそれでは一部地域に提督が集中してしまうのでは? 人類の存続のためにも、彼らには申し訳ないですが、ある程度は分散させる必要があります」

 

 真鍋の主張は、他の二人と違い最大の利益を狙うのではなく、ある程度の利益を確保しプラスアルファを狙っていた。日本はアメリカからの距離は近くは無いし、人種的、宗教的にも違いが大きい。とは言えイギリス程遠くは無いし、ロシア程嫌われてはいない。そのため「人類存続」と言うお題目を掲げる事により一定の提督の確保しつつ、日本をアピールしてある程度の提督を取り込もうとしていた。

 こうして喧々諤々の議論が始まろうとした所で――

 

「失礼します」

 

 三人の男が会議室に飛び込んできた。その姿にこの場にいる者は見覚えがあった。各々が連れて来た秘書だ。男たちは己の国のトップに静かに駆けよると、ある者は耳打ちし、あるのもはメモを渡した。

 報告を受けた三人は顔を顰める。

 

「……どうやら皆さんも同じ情報の様ですね」

 

 真鍋の言葉に二人は頷いた。ノーヴァは吐き出すように呟く。

 

「ああ。ハワイから深海棲艦による大規模攻勢が始まった。進路から推測だが、狙いはアメリカ西海岸だ」

 

 




深海棲艦「アメリカ殿、介錯致す!」

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