それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》   作:とらんらん

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またタイトルでネタバレ回。

誤字修正ありがとうございました。


海を征く者たち77話 太平洋艦隊の終焉

 2019年9月17日、太平洋のとある海域。戦力の中心である多数の原子力空母と巡洋艦、駆逐艦、を擁する大艦隊、アメリカ太平洋艦隊は慌ただしく動いていた。艦隊の中心に配置された原子力空母から、F-18やF-35が次々と発艦していっているのだ。轟音と共に次々と飛び立っていくジェット機たち。

 しかし空には、今の時代であれば確実にそこにあるはずの物が一つだけ欠けていた。空母艦娘たちが出撃させた航空機の姿が無いのだ。そして異常は空だけではない。本来であれば艦隊の前衛に配備されるはずの艦娘たちも、その姿は何処にも見られなかった。ここには艦娘出現以前の艦隊の姿があった。

 そんな様子を、太平洋艦隊司令官アーロン大将は、太平洋艦隊旗艦「マウント・ホイットニー」のCICで憂鬱気に眺めていた。

 

「……まさか今更になって、通常兵力が戦闘の主役になる光景を見る事になるとはな」

 

 自嘲気味に笑うアーロン。その様子に参謀長のウェズリーは返答する事が出来なかった。

 ハワイ諸島拠点から大規模艦隊が出撃。この情報を前にアメリカ政府は慌てて太平洋艦隊に迎撃の命令を出した。唯でさえ混乱しているアメリカだが、ここで深海棲艦の大艦隊が本土に攻め入られる事となれば、国家として致命傷となる事は理解していたのだ。

 だが下された命令を前に、アーロンを始めとした太平洋艦隊の面々は顔を歪めるしかなかった。

 

「不可能だ……」

 

 今回出撃した深海棲艦艦隊の規模は約1000隻。確かに大規模ではあるが威力偵察程度の物であるし、本来であれば原子力空母すら使わずとも十分撃退出来るレベルだった。

 しかし今は対深海棲艦戦の主力である艦娘たちはいない。誰もがアメリカを見限り、国のために深海棲艦と戦ってくれる事は無い。

 そうなれば通常兵器のみで深海棲艦を撃退しなければならないのだが、これだけの規模となると撃退など不可能だった。

 だが太平洋の守りを担う太平洋艦隊が、この事態を前に何もしない訳にも行かないのも事実だった。指令を受け、アーロンは太平洋艦隊の中でも現時点で稼働可能な艦を全て投入する事を決意。これを持って本土へ侵攻して来る敵艦隊を迎え撃つ事となる。

 

「F-35Cへの完全転換は間に合わなかったな」

「転換訓練の途中でしたし、そこは仕方ありません」

「分かっているさ。まあF-18でも対艦攻撃は十分やれるから、問題は無いが」

 

 今回の迎撃作戦において、太平洋艦隊上層部の面々は、対深海棲艦攻撃に有効であると思われる物を必死に掻き集めてきた。

 艦娘戦力が整って以来出番が少なくなった対艦ミサイルを積めるだけ詰め込んだ。艦も動かせるなら良しと無理矢理引っ張り出してきた。

 F-35Cも成果の一つだ。未だ一部の部隊が錬成中ではあるが、出し惜しみ出来る状況ではない事から、今作戦への投入が決定された。ステルス機の対フリントとしての能力は昨年のパナマ奪還作戦で証明されており、今回の戦いでもその活躍が期待されている。またそれ以外にも様々な兵器を戦場に持ち込んでいた。

 こうして出撃した太平洋艦隊。しかしながら問題もあった。

 

「しかし動きが悪いな……」

 

 CICに備え付けられているモニターで各艦艇の動きを確認しながら、アーロンは小さく呟いた。一部の艦艇が艦隊機動から遅れているのだ。また未だ続いている艦載機の発艦作業も、いささか遅れが見られていた。

 勝ち目のない戦いが目の前に迫っている。この事はこの戦場にいる者全てが承知していた。そんな状況で士気が上がるはずもなかった。国民を守るという軍人の使命感故か何とか艦隊として動けているが、その動きは往年の物とは比べ物にならない程に悪かった。

 

「演説でもしますか?」

「まさか。そんな程度でどうにかなるレベルではない。時間の無駄だ。……それより本土の方は?」

「未だに避難作業が続けられていますが、まだまだ現地に残されている住民も多くいるそうです。また避難民が多すぎて混乱も生じているとの事です」

「西海岸の全ての住民を避難させるんだ。無理もない」

 

 軍も、そして迎撃命令を出した政府も、今の太平洋艦隊では迫り来る深海棲艦の大軍を撃退する事は叶わない事くらいは理解していた。それ故に、政府は西海岸全域に避難勧告を通達し、住民の内陸部への疎開を大急ぎで行っていた。太平洋艦隊に下された迎撃命令も表向きこそ撃退とされているが、実態は避難の為の時間を稼ぐための物だった。

 

「それに避難の妨害は無いのだろう?」

「はい。現在の所、確認されておりません」

 

 この前代未聞の大疎開だが、現地では混乱が生じているが想定の範囲内に収まる範囲であり、避難を主導している軍からすれば順調に進んでいるといった具合だった。その事を確認し、アーロンは小さく肩を竦める。

 

「ならば問題ないな。仮に艦娘たちが介入していれば避難どころではなくなっていた」

「流石の艦娘も大艦隊が迫っているとなると、逃げるしかありませんからね」

 

 8月からアメリカを相手に散々暴れ回って来た艦娘たちだが、迫り来る深海棲艦の大艦隊の情報が知れ渡った途端に、反乱は一気に終息した。

 現在、アメリカでの提督1人が保有する艦娘の数は、平均して140人。これは人類を相手にするには十分すぎる数だが、約1000隻の深海棲艦の相手をするには全然数が足りていないのだ。提督と艦娘は迫り来る深海棲艦の大軍を前に、一斉にアメリカから逃げ出すのも当然の事だった。皮肉な事にアメリカは、敵である深海棲艦のお蔭で、ほんの短い時間だが平穏を享受する事が出来たのだ。

 

(しかし逆に言えば、アメリカに深海棲艦を倒せる存在がいなくなったという事だ。このまま本土に拠点を築かれれば、今のアメリカに反撃をする力は無い……)

 

 現在の人類の科学力では、深海棲艦が展開する赤色結界を突破する事はまず不可能。それはつまり、本土に築かれた橋頭保の排除が出来ないと言う事と同じなのだ。本土の軍もあらゆる手段を持って対抗するだろうが、最終的に押し勝つ事は出来ないだろう。

 

(まるで瀕死の人間を無理矢理延命させているようだな)

 

 最早奇跡でも起きない限り、アメリカが滅ぶことは確定しているのだ。この戦い自体が無意味としか言いようが無かった。この事に気付いたアーロンは口には出さないが、自嘲するしかなかった。

 

「空中管制機より通信です。敵航空機編隊をレーダーに捉えたとの事です!」

 

 CICに通信士官の声が響き、この場の緊張感が一気に高まっていく。アーロンも頭を占めていた不穏な思考を隅に追いやり、目の前まで迫っている戦闘に集中する。

 彼は通信機を取ると、この海域にいる全艦艇に通信を繋げた。

 

「これより太平洋艦隊は敵艦隊の迎撃を行う。各員一層奮励努力せよ」

 

 9月17日、9時45分。艦隊司令官の激励と共に、太平洋艦隊の戦いは始まった。

 

 

 

《Eagle-Eyeより航空隊各機。敵航空機編隊を確認した。なおフリントは確認できない。攻撃を開始せよ》

 

 管制機からの指示が飛ぶと同時に、対空兵装を装備したF-35Cの編隊が飛び出していく。

 

《Queen-1、FOX-3!》

《Joker‐3、FOX-3、FOX-3》

 

 特殊弾頭を搭載した大量の空対空ミサイルが発射符号と共に放たれ、敵の航空機編隊目掛けて殺到していく。轟音と共に空に幾つもの火球が膨れ上がり、そして深海棲艦が繰り出した航空機を空間ごと叩き落していく。

 深海棲艦の航空機編隊が大きく削られる。しかし敵機はその歩みを止める事はない。

 

《Eagle-Eyeより各機。敵の撤退は確認できない》

《Queen-1、了解。予想出来ていた事だ》

 

 以前から深海棲艦は特殊弾頭搭載型ミサイルの対抗策の一つとして、編隊の密度を薄くし被害の軽減を行っている。ミサイルで大きく削った所で、敵が引かない事は予想の反中なのだ。だがこれは航空隊にとっても厄介な事であった。

 これまでであれば、ミサイルで大きく削った後、バラバラになった敵編隊に艦娘の操る航空隊が突入し、蹂躙するという必勝パターンがあったのだが、今の艦娘の居ない状況ではそれは叶わないのだ。

 航空隊の十八番が使用不能な今、制空任務を担うF-35Cの採れる戦法は限られていた。

 

《各機、空からいなくなるまで撃ち込んでやれ! Queen-1、FOX-3!》

 

 無線に響く発射符号と共に、ミサイルが再度放たれ空に火球が幾つも花開く。今の太平洋艦隊が選択した方法は、対空ミサイルの飽和攻撃だった。6年以上深海棲艦と戦い続けてなお、未だに世界最大の戦力を持つアメリカだからこそ出来る、物量に物を言わせた戦い方だった。

 とはいえこんな乱暴な方法で完全に敵航空機の浸透を全て防げる訳では無い。

 

「敵航空機接近、数6!」

 

 艦隊の外周を守る駆逐艦の見張り員が叫んだ。同時にレーダーに僅かながらに反応を捉える。

 

「なぜ接近を気付けなかった!」

「敵機は超低空で飛来したようです!」

 

 深海棲艦の小さな航空機を捉えるために、各艦に搭載されているレーダーは改良されている。しかしそれでも今回の様にレーダーを避けるために超低空での侵入をされた場合、捉えられない事もままあった。

 以前であればこのような敵は艦隊上空で待機している艦娘が用いる戦闘機たちが対処しているのだが、艦娘の加護が消え去った今、艦隊の目の前まで接近される事態に陥っていた。

 

「撃ち方始め!」

 

 艦長の命令と共に駆逐艦の艦砲、機銃が起動し、砲火を上げている。コンピューター制御による正確な火砲が深海棲艦の航空機隊を絡めとり、次々と撃墜していく。そしてあっという間に6機の球体型航空機は全機撃墜された。しかしこの報告を前にしても艦長は油断しない。

 

「面舵一杯!」

 

 敵航空機の小ささ故、どのような攻撃がされたのか確認する事は困難なのだ。撃墜前に魚雷が投下されている可能性が否定できない。

 急旋回するアーレイ・バーグ級駆逐艦。その直後、艦尾を魚雷が通り過ぎていった。

 

「次が来るぞ、総員気を引き締めろ!」

 

 艦長が叫び、次の襲来に備える。その様な光景が太平洋艦隊のあちこちで繰り広げられていた。

 艦隊が航空攻撃に晒されている中で、空では人類による攻勢が始まっていた。敵の航空機隊をあらかた片付け、対空装備のF-35がフリント襲来を警戒している中、対艦装備を満載したF/A-18Eが、待ってましたとばかりに飛び出した。

 

《Gray-2、FOX-3、FOX-3!》

《Blue-1、FOX-3》

《Blue-3、FOX-3!》

 

 F/A-18Eの編隊から対艦ミサイルが一斉に放たれる。その目標は当然海上を群れと成して進む深海棲艦たちだ。敵がミサイルに気付いたのか対空砲火を上げるが、高々WW2当時の性能の対空砲火で、ミサイルの雨を止められるはずがない。

 次々と被弾し、炎に包まれる深海棲艦。次に視界が晴れた時には、少なくない数の駆逐艦がその姿を消していた。

 

《Eagle-Eyeより各機。攻撃は有効だ。このまま攻撃を継続せよ》

《Red-1、了解。全機行くぞ!》

 

 管制機の無線が響くと共に、再びミサイル攻撃が開始される。

 大量の航空機による反復攻撃。艦娘が出現する前に有効な戦術として世界中で見られた戦法が、東太平洋で再現されていた。

 一方的に深海棲艦の大群を相手に打ち据えていくアメリカ太平洋艦隊。現在の所、損害は軽微であり、人類が優位に進めていると言える。

 しかしこの様な状況の中にあっても、艦隊の指揮を執っているアーロンの顔色は優れない。

 

「分かってはいたが、厳しいな」

 

 彼は敵艦隊の情報を確認しつつ、悔し気に呟いた。

 確かに一方的に、そして継続的に攻撃は出来ているし、撃破数も伸ばしている。しかし問題はその内訳だった。

 

「事前の予測通り、撃破報告は駆逐艦クラスが大半です。装甲の薄い軽巡はともかく、主力艦クラスの撃破報告が極端に少なくなっています」

「やはりか」

 

 今の太平洋艦隊には圧倒的に火力が不足していた。航空機や艦艇に搭載している対艦ミサイルは最新の物を使っているため、駆逐艦クラスであれば有効打を与える事が出来ていた。しかしそれ以上の艦を撃破するのには厳しいのだ。

 今は少しでも数を減らすべく、撃破しやすい駆逐艦を狙って着実に撃破しているものの、いつまでもその様な事は続けられなかった。

 

「間もなく深海棲艦が我が艦隊の攻撃射程に入ります。……作戦はいかがしますか?」

「変更無しだ。予定通りに行くぞ」

 

 そんな破滅が目の前まで迫っている状況ではあるが、アーロンは作戦の継続を選択する。この状況を打破する手段は無いが、だからと言って撤退する事など出来ない。逃げ帰った所で、最後には勢いづいた深海棲艦にやられるだけなのだ。採れる選択肢などあって無い様な物だった。

 

「艦隊戦用意」

 

 深海棲艦艦隊を迎え撃つべく、空母が護衛と共に後方に下がり、入れ替わる様に巡洋艦や駆逐艦が前衛に出る。

 陣形を整え終えると同時に、深海棲艦の艦隊が現れる。そして、

 

「攻撃開始」

 

 アーロンの号令と共に、艦隊から一斉に対艦ミサイルが発射。太平洋艦隊に取り付かんと接近を続ける深海棲艦艦隊にミサイルの雨を降らしていく。

 

「……これで少しは怯んでくれればいいのですが」

「無理だろうな……」

 

 ウェズリーの呟きに、アーロンは小さく返した。この程度で怯む程度の相手ならば、人類はここまで追い詰められていない。

 

《こちらEagle-Eye。敵は戦艦クラスを前面に展開させている。予想よりも撃破数が少ない》

「そう簡単にはやられてはくれないか」

 

 深海棲艦も馬鹿ではない。艦隊の被害を抑えるために、装甲の厚い戦艦クラスが囮となったのだ。勿論大量のミサイルの集中打を受けては唯では済まなかったのか、極一部の戦艦は大破した様子ではあるが、大勢には影響はないレベルだった。

 前進を続ける深海棲艦。それを前に他に取れる手段が無い太平洋艦隊は、攻撃を続けるしかない。とはいえ、彼らも座して死を待つつもりは無かった。

 

「第35任務部隊が、特殊兵装の使用許可を求めています」

「許可する」

 

 アーロンの許可が下りると同時に、前衛に配置されている4隻のアーレイ・バーグ級駆逐艦が慌ただしく動き出した。備え付けられている砲が従来の物とは異なっているその4隻は、その砲を遥か彼方の深海棲艦に向ける。

 

「砲撃開始!」

 

 艦長の号令と共に艦載砲が一斉に火を噴く。放たれた砲弾は音速を遥かに超えた速度で飛翔し――「軽巡ホ級」を易々と貫いた。ホ級はそのまま活動を停止し、水面に沈んでいく。

 

《軽巡ホ級の轟沈を確認した》

 

 空中からその様子を確認していたEagle-Eyeからの通信に、砲撃した駆逐艦の乗組員が歓喜に湧いた。彼らの駆逐艦に搭載された砲、「艦載用レールガン」が有効である事が実証されたのだ。

 CICが歓声に包まれる中、艦長は小さく笑みを浮かべると声を張り上げた。

 

「このまま砲撃を継続する。あいつらに一泡吹かせてやれ!」

 

 ミサイルだけでなくレールガンの砲弾も加わり、太平洋艦隊は深海棲艦艦隊にダメージを与えていく。第35任務部隊が叩き出した思わぬ戦果を前に、他の艦の乗組員の士気も上がっていた。

 

「思ったよりも有効なのかもしれないな」

 

 そんな太平洋艦隊の様子をアーロンは、旗艦で冷静に観察していた。手元のタブレットには、第35任務部隊からもたらされるデータが表示されている。

 

「火力はスペックを考えれば満点といった所でしょう」

「連射速度は?」

「現在毎分5発で安定しています」

「投入した甲斐はあったか。……正直複雑な気分だが」

 

 このアーロンの呟きに、ウェズリーは苦笑した。

 このレールガンと言う大量の電力が必要となる兵器だが、海軍としては興味が薄かったのだが、政府から押し付けられる形で導入が決まった兵器だった。

 また政府の指示で試験的に実際に駆逐艦に搭載する事となったものの、電力の問題からそのままアーレイ・バーグ級駆逐艦に載せる事は難しく、大改装をしなければならなかった。ではこれで問題は解決したのかと言うとそうでもなく、レールガン搭載により艦の一部の機能が制限されると言う、海軍としては色々な意味で厄介な装備だったのだ。

 また今回実戦に投入した事により、新たな問題点も見えてきた。

 

「しかし攻撃力は良いが、命中精度がイマイチだな」

「砲ですからね。流石にミサイルの様には行きません」

 

 かつて砲撃が海戦の主役だった頃より格段に高いものの、他の現代兵器と比べれば命中率は低いと言わざるを得なかった。アメリカの誇るシステムで命中率の向上を図っていはいるが、海上と言う不安定な足場、環境を完全に克服する事は困難だった。

 頭を悩ませる二人。その時、艦隊に空中管制機の無線が響き渡った。

 

《こちらEagle-Eye。戦艦棲姫及び重巡棲姫が速度を上げた。突っ込んでくるぞ》

 

 Eagle-Eyeの眼下には、戦艦棲姫と重巡棲姫が先頭に立ち、その後を戦艦を始めとした主力艦クラスが付いていく光景が広がっていた。

 この通信を受け、第35任務部隊が素早く動き出す。

 

「照準を姫級深海棲艦に変更、砲撃開始!」

 

 4隻の駆逐艦により超高速の砲撃の雨が形成され、2隻の姫級に襲い掛かる。だが――

 

「っ! 止まらないか!」

 

 レールガンの砲弾が何発も命中しても、姫級はその足を止める事は無い。更に他の艦からミサイルを集中的に撃ち込まれるが、その様な中であっても最大速度で太平洋艦隊に肉薄しようと距離を詰めていた。

 この光景を前に、知らず知らずのうちにアーロンは小さくため息を吐いていた。

 

「ここまでか」

 

 レールガンという切り札が通用しない今、太平洋艦隊の命運は決したと言っても良い。相手の攻撃範囲に入れられ、太平洋艦隊は一方的に撃破される運命しか残っていなかった。

 だが軍人である彼は、その様な状況であっても使命を全うしなければならなかった。

 

(済まないな)

 

 使命に付き合わされる将校、将兵に内心で謝罪しつつ、アーロンはマイクを手に取り通信を繋げた。

 

「諸君、そのまま手を止めずに聞いてほしい」

 

 彼の声は太平洋艦隊の全ての艦艇に届いていた。突然の通信に、多くの者が彼の言葉に集中している。

 

「今、西海岸には多くの国民が避難できずに取り残されている。我々は1秒でも長く深海棲艦を足止めし、避難の為の時間を稼がなければならない」

 

 半ば姫級を盾として深海棲艦が突き進む中でも、通信は続いていた。

 

「これより太平洋艦隊は、敵戦力の誘引を行いつつ北上する。深海棲艦の目を我々に釘点けにし、アメリカから目を逸らせるんだ」

 

 敵の艦隊が迫る中、各艦艇は必死に応戦している。アーロンはモニター越しにその光景を目に焼き付ける。

 

「残念な事に航行中に敵艦隊に捕捉される可能性は非常に高い。撃沈される艦も出るだろう。しかし足を止めてはならない。ひたすらに北に向かわなければならない」

 

 彼は一つ息を吐き、そして太平洋艦隊司令官としての最期の命令を下した。

 

「全艦、転進。各員がその義務を尽くす事を期待する」

 

 

 

 海戦から数日後、アラスカ州アンカレッジに太平洋艦隊が入港しようとしていた。

 このニュースは直ぐにアンカレッジ中に知れ渡り、多くの人々が集まった。だが目の前に広がる光景に、誰もが愕然とする事となった。

 数日前まで世界有数の戦力を擁していた艦隊はその多くを喪失しており、僅かに生き残った艦艇はどれもボロボロだったのだ。

 人々が見守る中、次々と入港してくる艦艇たち。そしてその中に――太平洋艦隊旗艦「マウント・ホイットニー」の姿はなかった。

 

 




余談ですが、空母艦載機は対深海棲艦戦闘において有効な戦力であるため、本土に帰還させました。

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