それぞれの憂鬱~深海棲艦大戦の軌跡~《完結》 作:とらんらん
壊滅した太平洋艦隊の残党たちが何とかアラスカに辿り着いた頃、太平洋艦隊の本拠地であるサンディエゴでは、新たな戦いが始まろうとしていた。
この地に迫る無数の深海棲艦艦隊を、基地に残されていた哨戒艦や近隣から派遣された戦闘機群、そして派遣されて来た陸軍部隊が全力を持って迎え撃とうとしていたのだ。
「まだ住民が安全地帯まで避難できていない! 何としてでも敵を食い止めろ!」
無数の深海棲艦の艦隊が迫る中、サンディエゴ海軍基地の司令官は部下に発破をかけていた。
何せサンディエゴは100万以上の人口を抱える大都市だ。太平洋艦隊の時間稼ぎと現場の陸軍軍人の必死の努力により、何とか全ての住民を市外に出す事は出来た。しかし彼らの努力もそこまでだった。その大人口故に、安全地帯とされている内陸部へと移送までは完了していなかったのだ。
彼ら軍人は散っていった太平洋艦隊の様に、一人でも多くの住民を逃すために、決死の覚悟で深海棲艦に挑もうとしていた。
「攻撃開始!」
数少ない海上戦力の一つであるフリーダム級沿海域戦闘艇からのミサイルを切っ掛けに、陸海空により同時攻撃が始まった。各々が持てる全ての火力を叩きつけていく。対する深海棲艦は射程範囲外故に、反撃する事は出来ない。
一見すれば一方的な戦いがそこに広がっている。しかし当事者たちはこの状況に絶望するしかなかった。
「駄目だ、止まらない!」
全力の太平洋艦隊すら易々と打ち倒した深海棲艦には、その程度の火力などそよ風に等しい。必死に食らいつこうとした哨戒艦をあっという間に駆逐し、空と陸から飛来するミサイルをものともせずに突き進んでいく。途中で、アメリカ陸軍が持ち込んだレールガンによる砲撃が始まった事により、深海棲艦に多少の損害を与えたものの、その歩みを止めるには至らない。
じりじりと迫る深海棲艦を前に、誰もが焦り、恐怖しながら敵を追い払おうと持てる火力を敵に叩きつけるアメリカ軍。しかしその願いはついに叶わなかった。
「砲撃、来ます!」
サンディエゴ海軍基地が戦艦クラスの持つ16インチ砲の射程範囲に入ると同時に、基地と市街地に何発もの砲弾が降り注いだ。それにより陸軍が持ち込んだ地対艦ミサイルの発射母機が数機破壊される。
しかしこれは始まりに過ぎなかった。少しして重巡が、暫くして軽巡が、最後に駆逐が砲撃に加わった。
この時には、攻守は完全に逆転していた。
アメリカ軍は防御陣地を敷いてはいたお蔭で何とか持ちこたえてはいたが、時間が経過するごとに損害が拡大していく。頼りは上空の戦闘機たちだが、戦闘機程度で深海棲艦が止まるはずがない。
余りにも悲惨な光景が広がっているサンディエゴ。だが本当の惨劇はこれからだった。
《っ!? 敵航空機が発艦した!》
《不味い、止めろ!》
深海棲艦艦隊上空で戦っていたF-15Eのパイロットが叫んだ。
特殊弾頭を搭載した対空ミサイルは、その特性上、低高度で使用した場合、地上の人間へ致命的な悪影響を与えてしまうのだ。敵の航空機が陸地に到達してしまった場合、空軍は手出しが出来なくなってしまうのだ。
対空装備を抱えた戦闘機たちが、発艦を阻止すべく対空ミサイルを撃ち込み、多くの敵航空機を薙ぎ払う。
しかし航空機側がミサイルで纏めて薙ぎ払われる事を警戒し、分散して飛行していたため、全ての機体を撃墜する事は出来なかった。
発艦した深海棲艦の航空機群は低空を高速で飛行していく。彼らが狙うのは海上艦が砲弾を叩きこんでいるサンディエゴ海軍基地――ではなく、その後方。サンディエゴ付近で、未だに安全圏まで逃げ込むことが出来ずひしめいている何万もの避難民だった。
「おい、あれ……」
難民の元に辿り着いた航空機は、空軍の努力により大きく数を減らしたとはいえ、何百機にも及ぶ大編隊。
そんな圧倒的な火力が、碌な遮蔽物も防御陣地も持たない避難民に襲い掛かった。
爆弾が投下されるたびに人々が跡形もなく吹き飛ばされ、機銃掃射により人間の身体が引きちぎられる。そんな残酷な光景があちらこちらで広がっていた。
地獄の様な光景が繰り広げられるサンディエゴ。だがそれは今アメリカで起きている悲劇の一つでしかない。
アメリカ太平洋艦隊を撃破した深海棲艦は艦隊を複数に分け、アメリカ西海岸に同時攻撃を仕掛けていたのだ。ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルを始め多くの都市で、サンディエゴと同様の惨劇が繰り広げられていた。
アメリカの西海岸が戦火に晒されている頃、日本でも急激に進行していくアメリカ情勢を協議するため、首相官邸に政府機関のトップたちが急遽集結していた。
「予想以上に事態の進行が早いな」
外務省が総力を挙げて収集した資料を、出席者の大半が食い入るように読んでいる中、真鍋首相は険しい顔で呟いた。それに天野外務大臣が大げさに肩を竦める。
「アメリカ軍も西海岸にかなりの戦力を投入しているようだが、各地で敗北している。死傷者もかなり出ているようだ」
アメリカ政府は迫り来る深海棲艦を前に、少なくない数の陸、空戦力を西海岸防衛に投入していた。政府関係者の誰もが深海棲艦に上陸されれば、国家に致命傷を受ける事 は理解していたのだ。
しかし彼らの努力は実る事は無く、結果は敗北。西海岸に残されていた僅かな海軍戦力と少なくない規模の陸軍戦力、そして避難の遅れていた何十万もの現地住民が犠牲となった。
「西海岸の大都市や大河川の河口に深海棲艦拠点が築かれた、か」
「今回の敗北を受けて、戦力の再編成のために軍は内陸部に後退している。恐らく戦線を後退させて防衛線を引き直すのだろうが、面白い情報も入っている」
「それは?」
「一部の議員が攻勢に出るように発狂している。『神聖なアメリカの大地から、深海棲艦を追い払え』だそうだ。しかも国民の大多数が賛成に回っている」
「それは……」
この報告に真鍋は思わず顔を顰めてしまう。確かにこのまま深海棲艦が本土に居座るのは大問題だ。しかしだからと言って現在のアメリカが反撃出来るかと問われれば、疑問符が付いてしまう。真鍋はチラリと視線をある人物に向ける。
「坂田防衛大臣。仮に攻勢に出た場合、結果は予想出来るか?」
首相の問いに、坂田は小さくため息を吐いた。
「考えるまでも有りません。艦娘の居ないアメリカでは通常戦力で出た所で、返り討ちに合うのが関の山です」
「だろうな」
防衛大臣の返答に誰もが頷いた。幾ら軍事に関して専門外でもこの場にいるメンバーであれば、この結論には容易にたどり着く。
「流石に軍も現時点での攻勢には消極的だがね。そもそもそんな暇もない」
「アゾレス諸島からの大規模攻勢ですか……」
深海棲艦側も現在の状況をチャンスと見たのか、大西洋のアゾレス諸島から大規模艦隊が出撃していた。この事態にアメリカ軍も大西洋のアメリカ艦隊総軍を投入しているが、敵の規模は先の太平洋の海戦と同じく約1000隻であり、太平洋艦隊の事例を勘案すれば、敗北は必死だった。
そして当然の事だが、この状況下では東海岸の住民も内陸部へ避難せざるを得ない。現地では住民たちが我先にと逃げ出しており、混乱が広がっていた。
「現在、東海岸では軍も投入しての避難が急ピッチで行われている。軍からすれば、西海岸に戦力を回す余裕はない」
「それに合わせて、首都も内陸部へ遷都か。次の首都は?」
「デンバーだ。既に閣僚たちが現地に入っている」
「内陸部での徹底抗戦といった所ですか。いつまで持つか……」
アメリカ政府は戦力、物資を内陸部に掻き集め、持久戦の構えを見せていた。とは言え、敵を追い返せる戦力が無い以上、ジリ貧になる事は目に見えている。それ故に、アメリカは状況を打破するための手段を外に求めていた。
「アメリカも長くは持たない事は理解している。お蔭で外務省にアメリカの駐日大使が通い詰めているぞ。毎日相手しているせいで、仕事が進まんさ」
「お疲れ様です」
日本は既に、先の三国会談により既に方針で固めているのだ。今更アメリカから幾ら利権を提示された所で、動くつもりは無かった。
「全くだ。ああ後、大使と話をしていて、面白い話も聴けた」
「何かありましたか?」
「アメリカの近隣諸国にも救援要請を出しているようだ」
「おいおい……」
形振り構わぬアメリカの行動に、真鍋は思わず呆れ返ってしまう。天野も嘲笑しつつ、続けた。
「カナダはともかく、南米もか? 碌な戦力が無いだろう」
「南米は何処も艦娘戦力は少ないです。仮に引っ張ってこれても、戦力の足しにはならないでしょうね」
南米は艦娘保有国が多いものの、艦娘戦力としては小国レベルに留まる。近年ではアメリカのテコ入れにより、航空機を始めとした各種装備により多少は強化されているものの、それでも小国の域を脱しては居ない。当然、自国の防衛で精一杯である事から、アメリカからの救援要請には応えられていなかった。
「カナダは?」
そうなると頼りはカナダになる。カナダにはアメリカから逃げて来た提督と艦娘がいるのだ。もしもこれらの戦力を投入できれば、アメリカに上陸している深海棲艦を駆逐する事も夢ではない。
それ故に、カナダでは大使館が全力でカナダ政府に対して働きかけていた。だが、
「カナダ政府も頑なに救援を拒否している。そもそも最近カナダに逃げて来た艦娘は、一時的に滞在しているだけだからな。カナダ政府ではどうしようもない」
そもそも逃げて来た艦娘としては、カナダという国はアメリカから近すぎる上に、アメリカとの関係から強制送還される可能性がある事ため、亡命先としては不適格だ。それ故に艦娘たちにとって、カナダは新天地に行くための通り道に過ぎなかった。今カナダにいる艦娘は、ある種の不法滞在者なのだ。
「それでも極一部の提督がカナダに居住いたと聞いたが?」
「数が少なすぎる。そんな貴重な戦力を本国から動かしたくない様だ」
「それに亡命した艦娘の心情も有ります。仮にアメリカに派遣された所で、戦力にはならないでしょう」
「ふむ」
外務、防衛双方からの言葉に、真鍋は頷くと暫し考え込む。アメリカは深海棲艦を前に圧倒的な劣勢であり、そのまま圧されて後退を続けている。また周辺国も自国の防衛で精一杯であり、アメリカに救援を送る事など不可能。このまま行けばアメリカは滅びる事となるだろう。
それはつまり、
「若干、時期がずれ込んだが、予定通りといった所か」
真鍋の言葉に、この場にいる全員が頷いた。既にこの場にはアメリカという国を心配する者はいなかった。
「次は自衛隊の出番だな。防衛大臣、準備は?」
「明日には始められるとの事です」
「よろしい」
真鍋は小さく頷くと、会議室を見渡し、部屋全体に通るような声を出した。
「ではアメリカの遺産の接収の準備にかかる。各々仕事を始めてくれ」
こうして日本の閣僚たちは、自国のために動き出した。
大西洋の海戦は展開が一緒だし飛ばします。