転生提督の下には不思議な艦娘が集まる   作:ダルマ

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第10話 これより本格始動します その2

 二時間後、自分の姿は新しく模様替えされた執務室の、組み立て式にはない高級感と艶を持つ執務机で書類の処理に追われていた。

 同じ室内には、秘書艦用の机に添えられた椅子に腰を降ろした河内が、同じく書類仕事に追われていた。

 

「なぁ~、提督はん。ここちょっとはしょってもええか?」

 

「駄目だ。一から十まできっちり書いてくれ」

 

「うぅー」

 

 ただ、河内の手にしたペンの動く速さは、自分と比べるまでもなく遅かった。

 

「なぁ提督はん、ちょっと書類おおない?」

 

「始めだからな、仕方ないさ。ま、これを乗り切れば楽になると思って、頑張れ」

 

「うぅ……。提督はんはええよな、やる気の出るもん先にもうてるから」

 

「ん? それってこれの事か?」

 

 河内の言うやる気の出るもの。それが、腰の革製ホルスターに収まっている物であると察すると、ホルスターから抜き取り河内に見せびらかす。

 

「せや、ええよなー。提督はんはそれ貰ったからやる気出て」

 

「別にやる気出す為にって訳じゃないけどな」

 

 自分が手にしたそれは、軍用自動拳銃の、否、拳銃の代名詞ともなった傑作自動拳銃。コルト M1911。或いはコルト・ガバメントとも呼ばれる自動拳銃のカスタムモデルの一品だ。

 このカスタムガバメントは自分の護身用拳銃として受け取ったものなのだが、所謂官給品ではない。

 これは自腹で買った、言わば私物なのだ。

 

 わざわざ北アメリカ州はアメリカ管区西部にいる有名なガンスミスのもとに直接赴いて注文した一品で、これを手にするのにどれだけの貯金を使い果たした事か。

 

 ただ、ラバウルに来たのは公共交通機関であった為、当然ながらこのカスタムガバメントは持って行く事が出来なかった。

 そこで、後から輸送機でやって来る谷川に預けていたのだ。

 そして、この書類仕事を始める前に谷川から預けていたカスタムガバメントを受け取り。こうして無事に自分の手元に戻ってきたのである。

 

「あたしもやる気の出るもんなんか欲しいー!」

 

「ん~、それじゃ、頑張ったご褒美にほっぺにチューしてやろうか?」

 

「提督はん、知ってる? そう言うの、世間じゃセクシャルハラスメントって言うんやで」

 

「……冗談だって」

 

 ちょっとした冗談のつもりが真顔で返答され、出るとこに出される前に素早く謝るのであった。

 

「それじゃ、後でPX(基地内売店)にでも行って甘いものでも買ってやるよ」

 

「サンキュー! 提督はん! よっしゃ、やる気出てきたわ!」

 

「現金な奴だな」

 

「あ、そや! 実は今頭ん中で買ってもらいたい候補が色々あるんやけど、全部買ってもうてもええの?」

 

「どれぐらい候補があるんだ」

 

「マカロンの詰め合わせにカレヌの詰め合わせに、後それからティタムのバラエティーパックに間宮亭の羊羹三種詰め合わせ。後それから本場直送の紅茶!」

 

「却下」

 

「なんでやねん!」

 

「アホ! 多すぎわ! 買ってやるのは一点限りだ!」

 

「ぶーぶー!」

 

 頬を膨らませて不満を漏らす河内であったが、そんな事をしても自分の気持ちは変わらない。

 

「あぁ、あかん。期待したほど買ってもらわれへんかと思うたら、やる気もそんなに出えへんわ」

 

「おい、買わないなんて言ってないんだから頑張れよ」

 

「……じゃ、せめてもう一点増やしてくれたら、がんばったるわ」

 

「ぐ」

 

「あ~、あかんわ~、一点だけじゃおてての速度も十ノットも出えへん~」

 

「ぐぬぬ」

 

 駄目だ、乗せられるな自分。ここで甘い顔を見せれば後々痛い目を見るのは自分だぞ。耐えろ、耐えるんだ。

 しかし、だがしかし、ここで河内に頑張ってもらわないとどのみち自分に負担が。負のスパイラルが。

 

「……はぁ。分かった、じゃもう一点買ってもいいぞ」

 

「よっしゃ! 最大戦速でやったるでー!!」

 

「あぁ、さようなら、お財布の中の現金さん」

 

 結局、河内の最大戦速と引き換えに、自分の手持ちが数割減るという未来を迎えるのであった。

 あぁ、駄目だ、書類の文字が涙で霞んで見えないや。

 

 

 それから更に二時間後、漸く書類仕事に一区切りがつき、頃合も頃合なので河内に昼食を食べに食堂に行く誘いを行う。

 

「河内、行くぞ」

 

「はぁ……、やっと昼かいな」

 

 結局河内の最大戦速が続いたのは最初の三十分程度で、残りは言わずもがなな状況であった。

 それでも疲れただ何だと零しつつ投げ出さずにやってくれているだけ、まだあり難い。

 

「おーい、大尉。昼飯食べに行くぞ?」

 

「あ、はーい、只今」

 

 執務室を出て、隣の部屋の扉を叩き中にいる谷川達を昼食に誘う。

 執務室の隣の部屋は、副官を始め補佐の為のスタッフの部屋となっており、数人が詰めている。

 

「お待たせしました先輩」

 

「お待たせいたしました、提督」

 

「よし、それじゃ行くか」

 

 そんな詰めていたスタッフ達を引き連れて、自分達は食堂へと赴く。

 因みに、スタッフの中には人間のみならず艦娘の姿もあり、特に『大淀』と言う艦娘は、秘書艦である河内の補佐役として主に事務方面での業務を受け持っている。

 勿論、他にも色々と業務を受け持っており、大変あり難い存在の一人だ。

 

「所で先輩、第一戦隊からの定時報告で何か問題なのはありましたか?」

 

「いや、特にこれといってはいないな」

 

 紀伊を旗艦とした第一戦隊は、現在ラバウル統合基地の近海の哨戒に出撃していた。

 近海の地形や航路等を把握してもらう事や、艦隊行動の訓練等も兼ねてだ。

 

 肌身離さず持っているタブレットには、旗艦である紀伊からの定時報告が送られてきている。

 それによると、特に深海棲艦の艦隊等とは接触しておらず。問題らしい問題といえば、五月雨が野生の鯨に興奮して余所見をし、危なく電と艤装(船体)同士がぶつかりそうになった位か。

 

「近海は先任提督方のお陰でほぼ安全が保障されてるから、大丈夫だろう。万が一の場合は、無理せず退けとも言ってあるし」

 

 それに、紀伊の火力があれば、ある程度の敵は跳ね除けられるだろう。

 そんな一定の安心感からも、第一戦隊は無事に帰還してくれると信じていた。

 

「所で先輩。今日のお昼は何食べます?」

 

「ん~、昼は和食かな。うどんとか」

 

「あ、いいですね」

 

 こうして谷川と話している間に食堂へと到着すると、有言実行。昼食のメインはきつねうどんを選択する。

 こうして料理を各々選択し終えるとテーブルについて食べ始めるのだが。

 

「なぁ河内」

 

「ん、なんや提督はん?」

 

「お前、そんな服装なのにカレーうどん食べて大丈夫か?」

 

「大丈夫や、問題ない!」

 

 対面に座った河内の目の前には、メインとなる熱々のカレーうどんが入った丼の姿が。

 そして、汁がはねれば染み抜き待ったなしな服装にも拘らず、汁のはねなど心配無用とばかりの表情を見せる河内。

 

 これはもう、紙ナプキン待ったなしだ。

 

「大淀、悪いが紙ナプキン持ってきてくれ」

 

「分かりました」

 

「河内、汁が飛ぶから紙ナプキン付けろよ」

 

「ふ、大丈夫や提督はん。あたしのかれー(華麗)なるカレーうどん捌き、しかと見せたるわ」

 

「……じゃ、服に汁付けたら帰りにPXで甘いの買って帰るの無しな」

 

 この後河内は、大淀の持ってきてくれた紙ナプキンを付けてカレーうどんを食べたのであった。


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