怒涛のような二日目を終えた翌朝、官舎内に設けられている自分用の私室でベッドから上半身を起こし、爽やかな朝を迎える。
「HEY! 提督ぅ! It's morning!! 今日もGood weatherヨー」
「提督はん! 朝やでーっ!!」
「おはよう司令官! 朝ですよぉぉ!!」
予定だったが、目覚め数分でうららかで爽やかな朝とは無縁の時間が訪れてしまった。
私室の扉を勢いよく開けやって来たのは、秘書艦の河内と昨日新たに加わった二人の艦娘。
攻撃機型航空機との偶発戦後の後、再び建造して出来た
金剛は変わらずと言うべきか、金剛語と称するのが適切な独特の言葉遣いを用いている。
ただ、時折かなりネイティブに発音するものだから、聞き逃しそうになる。
そして朝風だが、名の通り朝が大好きな子で。
特に今日のような雲ひとつない快晴の朝などは特に大好きで、気分が高揚するようだ。
で、そんな一般に言えば騒がしい三人に起きて直ぐに絡まれて、爽やかで清清しい気分など味わえるだろうか。
答えは、否である。
「あ~、おはよう。朝から元気だな」
「なんや提督はん、テンション低いな?」
「……、いや、朝からお前らみたいなテンションなんて、無理だから」
「え? そうか?」
「別にこれ位のtension、normalだと思いマース」
「朝ならこれ位よね?」
「お前ら……」
やはり基準が根本から異なる三人に一般的な標準と言うものを諭そうとした自分が馬鹿だった。
着替えを口実に三人を私室から出て行かせると、気持ちを切り替え、寝間着から仕事着たる軍服に着替える。
こうして身なりも気持ちも新たにすると、今日も新しい一日を始めるべく必要な荷物を持ち私室を後にする。
「おぉ、提督はん。着替え終わった?」
「おう、終わったぞ」
「なら、これから皆で一緒にGo to eat breakfastネー!」
「さぁ、行きましょう司令官」
廊下で待っていた三人に引き連れられ、途中で谷川達や紀伊達とも合流し、まさに飯塚艦隊総出で朝食を食べに食堂へと向かう。
飯塚艦隊総出でも問題なく席に座れる食堂へと到着すると、各々が食べたい朝食を選択していく。
自分は、バターロールにオムレツとソーセージと言ったアメリカンブレックファストのような朝食を選択すると、テーブルにつく。
他の者達もテーブルへとつく中、ふと対面を見ると、座っていたのは紀伊であった。
紀伊の朝食は白米に豆腐の味噌汁、そして焼き魚に小鉢が幾つかと言った和食の選択であった。
「紀伊は和食なんだな」
「当然だ。朝は白米に汁物、そして焼き魚。和に生を受けたのなら、和を重んじなければ」
「お、おぅ……」
そう言えば昨日の朝食も紀伊は和食を食べていたのを思い出し、普段の言動なども合わせ、彼はまさに日本男児を体現しているのだなと思いにふける。
ただ、かと言って洋食は食べないとか頑固でもなければ英語は敵性語だとかを言うことはなく、そこは柔軟な対応を出来るようで。
選択肢に和があればそれを選択し、なければ他のものを選択できる度量は持ち合わせている。
「HEY! 紀伊! 朝食のお供に私が淹れた温かい紅茶はどうデースか!? 本場United Kingdomの美味しい紅茶デース!」
「駄目ですよ金剛さん! やっぱり和食には温かいほうじ茶だよ、ね、ご主人さま。やっぱりご主人さまもほうじ茶が飲みたいよね、ほうじ茶ウマウマ、メシウマだもん!」
「フードペアリングだよ、飲み物や食べ物のベストな相性を考え出す概念の事だよ。フランスでは古くからマリアージュと呼ばれる伝統的な考え方があり、そんな考えになぞらえて生まれたんだよ。因みにほうじ茶はチョコレートのようなスイーツと相性がいいんだよ」
「はわわ! 響ちゃんは博識なのです!」
「おい、食べ辛いぞ。できれば食べ終わった後にしてくれ」
ただ、出来る事なら。本当に出来る事なら、目の前でハーレムなんて展開しないで欲しい。
因みに、金剛は建造時河内が報告書作成で不在の為、一足早く終えた紀伊を連れて行った所で一目惚れしたらしく、金剛の性格から人目も気にせず猛アタックを紀伊に仕掛けている。
「て、提督……、その目は何なんだ?」
「いや、紀伊は本当に
「そう言う割りに目が血走っているが……」
くそう、紀伊が艦息だとしても何故こうも世の中は不条理なのだ。
何故この世には生まれながらにして異性に好かれる者と好かれない者とが別けられなければならないのだ。
もしも、もしも顔の良し悪しを決める神様がいるのだとしたら、その神様に一言言いたい。
何故自分はフツメンになったのでしょうかと。
「提督はん、提督はん」
「ん?」
「自然の摂理や、しゃあない」
「ちくしょうめぇぇぇぇっ!!」
わざわざ自分の傍までやって来て肩に手を置き、どうする事も出来ない正論を河内の口から聴いた瞬間。
心の中に溜まっていた自分自身の心の声が、場も弁えずに漏れ出してしまった。
あぁ、周囲の視線が、食堂内の視線が突き刺さる。
「……すいませんでした」
深々と頭を下げ、漸く突き刺さっていた視線は散漫した。
こうしてちょっとした、と言っても自業自得なトラブルを経て朝食に手を付け始め。
程なくして、食器に盛り付けられていた料理の数々は自身の胃の中へと収まるのであった。
「ご馳走様でした」
食後の挨拶も終え、相変わらず対面で食後は紅茶だ珈琲だお茶だとハーレムしている紀伊達を、心を守るために何処か遠い目で眺めながら食後の余韻に浸っていると。
不意に聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
「飯塚中佐の所は朝から賑やかですね」
「あ! こ、これはおはようございます、マッケイ少佐」
「敬語はよしてください、飯塚中佐」
「あ、あぁ、すまない」
声の方へと顔を向けると、そこにいたのは紛れもないマッケイ少佐であった。
顔見知りに先ほどの自身の失態を見られたかと思うと、その恥ずかしさから、動揺してつい敬語が飛び出してしまった。
「飯塚中佐の所は、既に大所帯でいいですね」
「いや~、そりゃ多くて助かってる所もあるけど、まぁ相応に疲れる部分もあるから、一長一短かな」
「でも賑やかなのは良い事です」
「まぁ……退屈は、してないかな。所でマッケイ少佐の所は、今後増やしていく予定で?」
「えぇ、ゆくゆくは」
自分の場合は桁外れの追加分があったからな、急激に戦力を充実させて大所帯となったが。
やはり一般的には少しずつ整えていくものだろう。
階級の差や属州の差なども、少しは関係してくるかとは思うが。
「所で飯塚中佐」
「ん、あぁ、はい」
「今日の午後からの演習、楽しみにしていますよ」
「あ、そう言えば……」
それは、昨日の攻撃機型航空機との偶発戦後の事。
ラバウル統合基地の司令部に呼ばれた自分は、ベイカー基地司令から直々に、基地の危機を救った事に関して感謝の言葉を述べられた。
基地被害回避の為に迎撃してくれた事に対して感謝されたが、結果としてあれは敵が河内達を勝手にターゲットに変更しただけで、進んで迎撃した訳じゃないんだがな。
ま、どうあれ基地を救った事に変わりはなく。感謝の言葉を受け取って終了かと思っていると。
不意に演習の話となり、その後とんとん拍子にマッケイ少佐との演習がセッティングされてしまったのだ。
「では、自分たちはこれで失礼します」
「またねー!」
ま、演習自体は何れ行わなければならない事だったので、快く承諾し、本日を迎えたのである。
「ん? ホバート、マッケイ少佐達もう行っちゃったぞ?」
「え、あ! ありがとうございます! そ、それでは、
と、マッケイ少佐と演習する事になった経緯を誰に向けるでもなく心の中で語っていると、何やらホバートが何かを見つめながら立ち尽くしている事に気がつく。
自分が声をかけると正気を取り戻したのか、軽くお辞儀をしてマッケイ少佐達の後を追うのであった。
そんな彼女の後姿を見送りながら、ふと彼女が見つめていた視線の先を確かめてみると、そこには未だに繰り広げられている紀伊ハーレムの姿があった。
「はは~ん。あれは恋する乙女の顔やったな」
「……何だ河内、お前も見てたのか」
「ふ、当たり前や。所で提督はん、どうやらまた一人、紀伊ハーレムの参加者が現れたみたいやな」
「みたいだな。……ま、ホバートはお淑やかだから、人目気にせず騒がしくはしないだろ」
「ふ、提督はん、甘いな。ああ言ったタイプの子こそ、二人っきりになったらとんでもない位大胆な事するんやで」
「そ、そうなのか、成る程。……って、くだらない事言ってる場合か! ほらほら、午前中の業務があるんだ! さっさと戻るぞ!」
「ほいほい」
河内の勝手な性格診断に頷いている場合ではない、午後の演習に向けて午前中にこなさなければならない業務は山の様にあるのだ。
食後の余韻に浸っている者や紀伊ハーレムの面々を急かし食堂を後にすると、官舎へと早足で戻るのであった。